ミスリル

第36話

 昨晩はお楽しみでした。ええ。


 急遽注文した豪華なコース料理は問題無く届けられた。お陰様で3人揃って舌鼓したつづみを打ち、ロザリアの機嫌は依頼以前より良くなるといった始末で、それに続く様に俺とシャルもご機嫌だった。


 お酒も一杯だけ頂いたが、味見とばかりにひと舐めしたシャルがべろんべろんになってしまうというハプニングも起きたため、今後はしばらく禁止となった。それでも楽しい時を過ごせたのは事実だから、また折を見て少しだけたしなもうという話で落ち着いた。


 風呂上がりでキッチリとトリートメントまでしたシャルの毛並みは大変好評で、ほろ酔いの俺とロザリアによるもふもふ大会は寝るまで続くという参事も引き起こした。起きた時には同じベッドで3人仲良く寝てるもんだから相当焦ったが、別にやましい事をしたわけでは無いのでノーカン。


 真っ先に起きたので、うっかり同衾どうきんしてしまった事実は闇の中に葬れたと考えていいだろう。朝風呂の間に気持ちを落ち着ける事も出来たし、バレてない。きっと。


 そして今日。


 今日は装備を新調しよう、という事で話がまとまった。何せ俺もロザリアも武器を失ってしまったし、防具もボロボロだ。訓練するにしたって、まずその辺を整えなければ始まらない。折角だから可能な限り強化してしまおうという事になったのだ。


「こんにちは。ギルドでこちらを紹介されたのですが」


 ガンテ防具店。防具専門と言う訳ではなく、一式取り揃えている店だ。中でも防具はこの街でトップクラスの職人であることから、防具店と看板に掲げているそうだ。ギルドで話を聞いた時、ここなら色々と融通が効きやすいと教えられた名店だ。


「あいよ、ちょいとばかし待っとくれ。すぐ対応する」


 そう言って目の前で作業しているのがこの店の主、ガンテだろう。聞いた通りの横にデカイ身体と、二つに分けられて結ばれた立派な髭。そして僅かに後退し始めた頭髪と、聞いた通りの情報と一致する。


 この世界に来て初めて会った亜人がドワーフというのは少し残念ではあったが、想像通りの種族で感動した。しかし想像通りでない部分もある。鍛冶屋のドワーフと言えば年中鉄を打っているイメージだったが、目の前の男は太い指で非常に繊細な細工を行っている。まさかアクセサリーの製作まで行っているとは驚きだった。


「待たせたのう。それで、どんな要件じゃ?」


 待っている間軽く店内を見て回っていたが、どれも仕事が細かく、丁寧といった印象だった。シャルとロザリアは装備そっちのけでアクセサリーを眺めていたので、俺が要件を伝えることになった。


 必要なのは防具一式。現在装備している籠手を大幅に延長し、左腕全てを覆う形の物だ。足もグリーヴと呼ばれるすね当ての部分まで作ってもらい、余裕があれば武器という注文だ。


「ふむふむ。成程な。それならお前さんが今装備してる籠手を見せとくれ」


 言われてそのまま装備を外し、渡す。事前に魔石を取り外しておいて良かった。見つかったら何を言われるか分かったものでは無い。


「ほぉ、これはまた凄い細工じゃのお。中々お目に掛かれんレベルじゃな」


 師匠の技術は世界イチィ。実際チートスキルで最大レベルと同等の能力を持ってたんだからそりゃそうだよな。ここはとりあえず貰い物だと言って誤魔化す。引退した師匠から貰ったと言えば、疑われることは無いだろう。


「道理で、このサイズじゃお前さんにはあっとらんものな。折角の攻撃力も通り辛かろうて」


 防御力ではなく攻撃力と表した。つまり見ただけで用途がわかったという事だ。流石は鍛冶屋と言った所だ。魔石を外したことで空いたスペースと俺の手を見比べただけで、サイズの違いまで言い当ててしまうのは本当凄い。


「そうなるとワシからも色々と提案があるが、聞くか?」


 勿論と伝えると、用途に合わせて色々と提案してくれる。ごく自然にこちらの職業を言い当て、それに沿ったプランを出してくるのだから恐ろしい。俺が考えた程度のアイディアなど、簡単に飛び越えた内容を出してくるものだから、ただただ楽しい時間だった。


「それで肝心の素材なんじゃが、出来ればミスリルをお勧めしたい。値は張るが間違いなく用途に合うし、その籠手を超えるとなると他の素材じゃ恩恵を感じないじゃろうな」


 それなら、と師匠から奪った10本のうちの1本を取り出す。ミスリル製の戦槌ウォーハンマーだ。非常にデカく重いので、俺には無用の長物だった。一般的な鉄製のロングソードが2kg前後、ミスリル製なら1kg以下と言う所に、この戦槌は30㎏を超えるというバカみたいな武器だ。折れず、曲がらず、刃零れしない武器といえば理に適っているが、ぶっちゃけ脳筋専用だ。ゴリラ以外には扱えない。


「この量ならプレートアーマー一式でもお釣りがでるぞい⋯⋯なんてモンを持ち込むんじゃ」


 あれ、俺また何かやっちゃいました?って言ってみたいよなあもう。これも師匠から譲り受けたが使い道がないという事で納得して貰う。正直処分に困ってたとも付け加えておく。


「それでもだいぶ余るの。他に要るものは?」


 それなら愛用していたククリとダガーも変更して貰おうかと考えた所で、ロザリアの事を思い出す。というかいまだにアクセサリーに釘付けなのは凄い。女子ってああいうのがあれば1日中過ごせるのだろうか?


 ともかくロザリアを呼び、彼女の防具も新調して貰う事にする。当然の如く遠慮されたが絶対に譲らない。それでも余ると言われたので武器一式も頼む事になったのだが、まだ足りないと言われるともうどうしようも無かった。


「ふむ。従魔には金属鎧は向かんじゃろうし、革鎧を付けた所でお代としては微々たるもんじゃしな。合い分かった。それなら布の方も新調してしまえ」


 どんどん話を進めていくガンテさん。ありがたいけど大丈夫なのか。少し心配になってきた。


「という事で布面積の多いお嬢さん、まずはアンタからじゃ」


 そう言うと奥側からびっくりする程可愛い服をぶら下げた棚を滑らせてくる。どんだけ幅広い商売してるんだこのオッサンは。完全にペースを握られて押されていたロザリアだったが、服の山を見るなり1点攻勢に出た姿は微笑ましいものがあった。つられてシャルも誘因されていく姿は、まるでダンジョンの罠だな、なんて思ってしまう程だった。


「お前さんはアレじゃ、スカートを履いた方が良い」


「戦闘時は動きづらいですし、見えたりしたら恥ずかしいのですが」


「見せた所で減らんモノならどんどん見せるべきじゃよ。それに戦闘時においてもしっかりとした意味があるんじゃぞ?愛用してる男もおるくらいじゃ」


 マジかよ⋯⋯なんて思ったが、説明を聞く限りは納得できる内容だった。詐欺師の手口かな?


 なんでも、ヒラヒラする物をつい目で追ってしまうというのは生物の大多数が抱える本能なのだそうだ。人間の男性相手であれば特に効果は高く、そうでない魔物が相手であっても一定の効果が認められているとの事。スカートとは言わないまでも、尻を覆うように腰布を巻いている男性は多い筈じゃ、と言われると確かに街中でそこそこ見かけた様な気もしてくるから不思議だ。


「それにな⋯⋯」


 そう言いかけると一度こちらに目をやり、ロザリアを呼び寄せる。内緒話ってヤツだな?


(あのヘタレな唐変木を誘惑するにしても効果は高いぞ。あいつの性癖に刺さるのを見繕みつくろってやるぞい)


 すまんが耳がいいせいで全部聞こえてるんだよなあ。ヘタレとか性癖とか、何でそんな事までバレてるんですかね?ていうか俺とロザリアの進展状況まで。装備見ただけでそこまで判っちゃうの?鍛冶屋スゴイ。


「分かったわ。全面的に任せるからヨロシクね、ガンテさん!」


 ロザリアもロザリアで乗っちゃってるし。ていうかガンテさんもロザリアに見えない様にこっちに親指立てるの止めて貰えませんかね?そりゃスカート姿、見たいけどさ。


「ボクも新しいの欲しいー!」


 既に他人の前で喋る事を自重しなくなったシャルも声をあげる。ガンテさんも特に気にせずシャルの相談に乗っているし、問題は無いだろう。


「よしよし、それなら折角だから全員お揃いの素材を使った方がエエじゃろ。オルトとロザリア嬢ちゃんのはミスリルとの複合装備、シャルちゃんのは革装備って具合じゃ」


 続けてガンテさんがその素材について語る。その素材なら隠密性に優れ、ミスリルの擦れ合う金属音も大幅にカットすることが出来ると言うのだから、斥候スカウトの俺としてもありがたい。ついでに骨も使う事によって、魔力の巡りと防御系魔法の定着にも恩恵があるというのだから至れりつくせりだ。


 もっとも俺の場合は、その骨部分を魔石に変えられるという目論見もあるので受けない手はない。ガンテさんに黙って素材を変えるのはあまり良くないとは思うが、人に知られる訳にもいかないから許してほしい。


「ロザリア嬢ちゃんの武器に関しては仕込みを入れとくから少し短めにするぞい。折角だからソレも全部ミスリルで仕立てちまうが構わんか?」


 ええ勿論、と頷くロザリア。話がどんどん進んでいくんだが、お代の方は大丈夫だろうか⋯⋯


「実は肝心の素材がこの工房には少なくてな。冒険者なら依頼として多めに狩ってきてくれればタダでエエぞ。余ったミスリルもこっちで貰えれば大儲けじゃ」


 それなら有難い話なのだが、正直迷惑になってないか不安だ。大丈夫なのかと尋ねると、なにやら持ちこんだミスリルは鉱山で獲れる総量の2か月分にもなるらしい。一つの店に入る分としては破格なのだそうだ。


 やっぱりやらかしてるじゃないか。ていうか師匠、結構ヤバイもん持ってたんだな⋯⋯

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