第三章 趣向を変えてみよう
第39話 子犬モード
6月1日月曜日。外は既に暗く、ぽつぽつと雨が降ってくる。
そんな中―
スー、ハー。スー、ハー。
僕は真澄に首の匂いを嗅がれていたのだった。
「やっぱええ匂いやわ~」
「よしよし」
二人でいちゃいちゃし出すと、真澄はこういう風な様子になることがある。この状態の真澄を、僕は「子犬モード」と呼ぶことにしている。
最初こそとまどったものの、僕も慣れたもの。
ただ、これを認めるのは、何かが間違っている気がするけど、
僕は、これにかなりグっと来てしまっているのだ。
ぎゅっと真澄の背中を抱きしめる。
「うん。暖かい……」
「ふぁぁ」
今の真澄の反応は本当に動物っぽい。
そんな様子の無邪気な真澄が、容姿と不釣り合いに幼く見えて、ゾクっと来ることがある。
そのまま押し倒してしまいくらい。
ちゅ。ちゅ。首筋に冷たい何かがあたる。
「ちょ、ちょ。くすぐったいから」
感触がくすぐったくて、思わず言ってしまう。
「ええやんか~」
真澄は不満そうだ。
「するなら、くすぐったくないところにして」
「じゃあ、こうする~」
胸にぞわわっとする感じが来る。
今度は、胸を舐めに来たようで。
「う。ちょっとゾクゾクする」
「じゃあ、続けるで~」
再び、真澄に舐められる僕。
「ちょ、たんま。なんか変な感覚に目覚めそうだから!」
「ええやんか。それくらい」
このモードになったときは、どうも普段と違って、割とわがままを言うらしい。
なんとか引きはがすと、目を閉じて、顔を近づけてくる。
顔を近づけて口付けする。
こういう瞬間は真澄を自分だけのものにできた気がしてしまう。
こんな独占欲があったのは自分でも意外なのだけど。
そういえば。もし、動物なら。
「真澄、お手」
手のひらを出してみる。
「ウチは犬やない!」
怒られてしまった。理性まで消えているわけじゃないらしい。
「真澄、ワンワン」
「ウチに喧嘩売ってるんかい」
睨まれる。動物扱いはやめておこう。
ん。
真澄からキスをされる。
キスの後の唇は少し湿っていて、生々しい。
再び、僕たちはイチャイチャするのだった。
―――
行為の後、僕の部屋にて。
ベッドに二人で寝転がりながら話をする。
ちなみに、服を脱いだままだと恥ずかしいらしく、
真澄はすぐに服を着てしまう。
「そういえば、子犬モードのときってどんな感じなの?」
なんとなく気になっていたことを聞いてみる。
「子犬モード?」
「さっきまでみたいなの」
思い返して言ってみた。
「何勝手な命名しとんねん!」
脳天にチョップを食らってしまった。
「あたた。いや、ごめん。で、名前はおいといて」
「うーん。そやなー」
顎に手をおいて、思案する様子の真澄。
普段の様子も、やっぱり可愛い。
「言葉囁かれたりすると、スイッチが入る言うんかな」
「意識してるわけじゃないの?」
ちょっとジョークを入れてみたら反応してきたし。
「意識してるわけやないな。なんやろね」
はっきりとはわからないらしい。こういうのは、男性と女性の違いなんだろうか。
「そういえばさ」
「なんや?」
「僕の部屋から、時々靴下がなくなってることがあるんだよね」
自分で洗濯機にかけて、棚にしまっている。どこに行ったのやら。
「……!そ、そうなんや。ど、どこに、あるんやろね~」
すると、急に真澄が落ち着かない様子になる。
そういえば、いちゃいちゃするときに、いつも匂いを嗅いでるけど…
「まさか、真澄が持ってないよね?」
「う、ウチは知らんよ」
ここまでわかりやすいと怪しい。
本気で嘘をつく気もないんだろうけど。
「ほんとのことを言っても怒らないから」
「……実は、ウチの部屋に持って帰っててな」
僕の彼女が変態さんになっていました。
「それで、影で、すーはーすーはー、匂いを嗅いでいたと」
「そんなに激しくやないよ!」
いや、それは弁解になってないから。
「まあ、ならいいよ。でも、あんまり持ってかないでね」
「引いたりせぇへんの?」
「これで引いてるなら、子犬…じゃなかった、さっきのときで引いてるよ」
影で靴下のにおいを嗅がれるくらいなら。
それにしても、先月の奈月ちゃんのイタズラで
ほんとに新たな性癖に目覚めてしまうとは。
「ナツが悪いんやよ、ナツが」
「否定はしないよ」
そう苦笑する。
それにしても。
恋人同士になってからも、色々変わっていくんだなあ。
そんなことを実感した夜だった。
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