9-4

 松濤公園の人々は嬉々として魔物の解体をしていた。

これで当分の間は食料に困ることはないからだろう。

季節は冬ということもあり、乾燥肉や燻製肉が作りやすい時期だ。

塩漬けも当然作られる。

倒した魔物は50体を越えたのでコミュの人が全員で分けても冬を越せる量があるのだ。


「寛二よ、一度戻ってシャワーを浴びたいのじゃがよいかの?」


 牛頭の血を頭から浴びたエルナは気持ちが悪そうだ。

さすがにこのままでは可哀想なので1時間ほど松濤公園で休憩をさせてもらうことにした。

部屋を借りて元の世界へ戻るためなのだが、休憩のために同じ部屋に入っていく俺たちはさぞやバカップルに見えたことだろう。

だけど、実際はそんないいもんじゃない。


「はぁ……何度やっても自決は辛いよ」

「迷惑をかけるの」

「いや、世話になっているのはお互い様だし」


 さっきまで脂肪を掴まれた状態でヤイヤイと言い合っていたのに、ふとした拍子に俺たちの会話はこんな風にぎこちなくなってしまうことがある。


「そんじゃあまあ……行くか?」

「うむ」


 指を咥えて心のトリガーを引く瞬間に、エルナの手がそっと俺の背中に触れたような気がした。



 エルナがシャワーを浴びている間に買い物に出た。

並行世界では醤油が貴重になっているみたいだから、塚本さんたちにも差し入れてあげようと考えたのだ。

醤油だけじゃなくて味噌や酒、砂糖なんかも持っていくかな。

醤油+砂糖+酒+みりん+出汁……ネギを買っていけば魔物の肉ですき焼きができる!

食べたい! 

ということで生卵と米も買った。

そう、これも反町寛二の流儀。

白飯と溶き卵がないすき焼きはすき焼きとは認めません! 

10キロのコメや酒の2リットルパックを抱えるのはきつかったので、アパートまではタクシーで帰った。

金があると、こういうところで贅沢になっていくね。

ワンメーターなのに快く乗せてくれた運転手さん、ありがとう。

お釣りはとっといてくれ!


 俺は大人だ。

大人の定義を聞きたいかい? 

ラッキースケベを自主的に回避できる人間が大人なんだ。

そんなことを考えながら自宅のチャイムを押した。


「おかえり」


 短パンとTシャツだけのラフな格好で、頭にバスタオルを巻いたエルナにグッときてしまう。

これはやばい、ローブローのようにじわじわと効いてくる攻撃だ。

部屋に充満したシャンプーの香りも地味に心を浮き立たせる。

そんな場合じゃないとわかっているのにウキウキした気持ちになってしまうのだ。


「随分と買い込んだのぉ」

「うん……」


 十代の少年の頃のような気持が蘇ってきてエルナと目を合わせられなかった。


「すぐに着替えてくるゆえ、ここで待っていてたも」

「ああ……」

「どうした? 様子が変じゃが」


 そりゃあ、そう思うよな。

オッサンは隠し事などしないでシンプルに生きる方が人生は楽になると知っている。

だから素直になった。


「エルナが魅力的過ぎてクラクラしてんだよ。さっさと着替えてこい」


 もちろんおチャラけ風味で伝えておいたぞ。


「さようであろう。後で背中に乗ってやるゆえ堪能するがよい」


 ニヤリと笑ったエルナがそう返した。

楽しむのは自分のくせに……。

閉められた扉の前で荷物を下ろすことも忘れて突っ立っている自分に気がついた。

年甲斐もなく緊張していたか。

こういう自分が恥ずかしくもあり、可愛いとさえ思うこともある。

仕方がないだろう? 

俺はナルシストのデブなんだから。


 結局、その晩は魔物のすき焼きをたらふく食べて松濤公園に泊まった。

魔物の肉は歯ごたえがあって、味わいは牛肉よりも濃い感じだ。

種類によっては甘みのある脂肪を持つのもあって、極上の和牛にも劣らない味がした。

コミュの人たちも久しぶりのすき焼きに感動していたし、中には涙を流す人もいた。

泣いている人はきっと、その人の幸福な記憶を呼び起こされてしまったからなのだろう。

すき焼きにまつわる家族の記憶とか……。

そういえば、倫子はおでんのこんにゃくが好きだったな。

いけね、俺まで泣けてきてしまった。


 翌日は早朝から亀戸へと向かった。

渋谷から亀戸は直線距離で十数キロ。

道の状態にもよるけど今日中に着ける距離だ。

いつものように魔物を排除しつつ道を進む。

昨日エルナが倒した牛頭は強敵だったようで、エルナのレベルも4に上がっている。

そろそろ念願のレベル5に到達するかもしれない。


「レベルが5にあがったらどうなるかのぉ? なにか特別な技が覚えられるかのぉ? 突きや蹴りの必殺技を覚えたいのぉ。宮廷魔術師長にして華麗なる格闘家とはいい響きじゃ」


 スキップをしてエルナがはしゃいでいる。

吉永さんの手ほどきを少し受けただけで、もういっぱしの格闘家気取りだ。

俺だって負けてないんだぞ。

昨日の戦闘ではレベルも22まで上がっているんだ。

コンスタントさなら俺の方に軍配が上がる。

だけど、エルナはそんな些細なことを一発でひっくり返す恐ろしいまでのパワーがあるからなあ……。

必殺技など覚えられたらますます頭が上がらなくなってしまうではないか。

それはそれで悪くないような気もするけど……俺、いつからこんなM気質になったんだ? 

きっと腹の脂肪を掴まれてからに違いない。

いや、背中に乗られたときからか?


 思い悩む俺の前に新たな魔物が出現した。


レベル :20 → 22

弾数  :18発 → 19発

リロード:5秒 → 4秒

射程  :41メートル → 42メートル

威力  :30 → 31

命中補正:24% → 25%

モード :三点バースト、フルオート、デュアル・ウィルドゥ、テーザーガン、??? →三点バースト、フルオート、デュアル・ウィルドゥ、テーザーガン、???


 

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