7-3

 自室に戻って鍵を二重にかけた。

よく言いきかせてあるから葛城隊がこちらの部屋にやってくることはないと思う。

でも、信用はしきれない。

「鶴の恩返し」という童話の主人公みたいに、作業中の俺を覗こうという考えを起こしてもおかしくはないのだ。


 正体を見破られた鶴は西の空へ飛んでいったけど、正体を見破られたデブはどうすればいいのだろう? 

まあ、死に戻りの特性がバレたところで、いろいろと頼まれるのが面倒ということだけだ。

深くは考えずにおこう。


 これで、ようやく葛城ちゃんたちから解放された。

あとは、どこで死ぬかが問題だ。

そういえば、俺が死んだあとって死体はどうなるのだろう? 

魔物に食われたときは気にならなかったけど、部屋で自決するとなるとこれは大問題だ。

何時間後かに転移して、そこで頭が吹き飛んだ自分の死体を見るのはおぞましすぎる。

でも、実験しておいた方がいいんだろうな……。


 部屋の外からは葛城隊が周囲を点検している音がしてくる。

各部屋をチェックして安全を確かめているのだろう。

今はこの部屋から出ることはできない。

だったらバスルームで自決をはかるか。

それなら片付けも簡単そうだ。


 バスタブに座り込み、指を咥える。

以前ほどの抵抗感はもうないな。

今はバンジージャンプをする程度の意気込みで心のトリガーを引けるようになった。

恐怖よりも寿司への渇望が勝っているのだ。

死にぞこなわないように、3点バーストで魔弾丸を発射した。



 気が付くと渋谷の松濤公園の手前だった。

時刻は16時前だ。

そういえばここから転移したんだったな。


 さっそくエルナに電話した。


「もしもし、突然だけどエルナは寿司を食べられる?」


 異世界人は生魚が苦手かもしれない。


(もちろんじゃ。中トロとウナギが特に好きでな。ただ、高値こうじきゆえに食べる機会は少ないのじゃ)


「それはよかった。今回は300万円ほど稼げたから今からお祝いをしようよ」


(なに300万円とな!?)


「おう、新宿駅南口の改札のところで待ち合わせない? 」


「うむ! すぐに出向くゆえ、待っていてたもう!」


 電話はあわただしく切れた。



 エルナと寿司を堪能し、すっかり満腹になってアパートに帰ってきた。

二人で3万円ほど使ったが、今の俺たちにはどうということもない。

大金を持ち歩くのは不安だから、明日にでも銀行へ行って美佐の口座に200万円くらい振り込んでおくか。


 私立小学校の授業料がどれくらいかかるのか知らないけど、とりあえずはそれで入学金くらいは足りるんじゃないのかな? 

足りるよな? 

詳しいことはなんにもわからない。

次回、会った時はもっと真剣に話を聞くことにしよう。


 それからエルナのマンスリーマンションも借りてやらないといけないな。

いつまでもこんなオッサンとワンルームで暮らすわけにもいかんだろう。


 アパートの扉を開けて、俺はあまりの光景に口をあんぐりと開けてしまった。


「ふふふ、見違えるようじゃろ?」


 すぐ横ではエルナが小さな胸を張っている。

室内は隅々まで掃除が行き届いて、以前よりも眩しく光り輝いていた。


「どういう魔法だよ?」

「ふん、宮廷魔術師長を舐めるなよ。じゃが、これは魔法じゃなくてただの掃除じゃ」


 この部屋がここまできれいなのは入居以来のことじゃないのか?

さすがは超家庭的王女様だ。

身分と反比例せずに生活力が高すぎる。


「ただの居候では肩身がせまいからのぉ。今の私にはこれくらいのことしかできぬゆえ」

「いや、ありがとう。なんか部屋の中もいい匂いだ」

「それは私のシャンプーの匂いじゃ。出かける前に使わせてもらった」


 ヤバい、いきなりエルナの女としての部分を感じてしまった。

このまま一緒にいたら変な気持ちになっちゃうよな。


「とりあえず、明日になったらエルナの新居を探しに行こう」

「ん? なぜじゃ、ここに置いてくれるのではないのか?」

「そうはいかないだろう。俺もエルナも独身だし」

「結婚している方が問題だと思うが? いわゆるW不倫というやつじゃな」


 エルナは生真面目な顔でそう返す。


「そういう問題じゃなくて、男女が同じ部屋で暮らすというのは……エルナの世界ではそういうのは問題にならないの?」

「なると言えばなるのだが、ずっとネカフェ暮らしで感覚が麻痺しておるのかな? それに寛二といると心地いいのだ。まるで失われた魔力が補充されるみたいで……っ!」

「どうした?」

「ひょっとすると本当にそうなのかもしれん」


 エルナは真剣な顔でパラボラアンテナ付きクッキー缶と水晶玉を引っ張り出してきた。


「それって……」

「魔力測定器と、今日完成した魔素濃度測定器じゃ。この凹みに新たな魔素測定器を嵌め込めば……寛二、動くでないぞ」


 昔の家庭用ゲーム機みたいに機能を拡張しているようだ。

ほら、メガドライブとかPCエンジンみたいに、って、オッサンの例えはわかりにくいか? 

エルナの命令のまま部屋の中央で立ち尽くす。


「おお、やはりそうじゃ。お主の周りには魔素が集まりやすいのじゃよ。おそらく体質じゃろう」


 魔素って魔力の元になる物質だったな。


「ほーん、それはいいことなの?」

「もちろんじゃ。魔素が濃いところにいた方が魔力運用はうまくいく。それに私はこの世界に来てからどうも体内保有魔力が下がっていたのじゃが、ここのところそれが回復している。おそらく寛二が魔素を集めてくれているからじゃ」


 地球の魔素濃度はイシュタルモーゼに比べるとずっと薄いそうだ。


「ん~、やはり私をここにおいてはもらえぬか? イシュタルモーゼへ帰るための時空転移魔導書を書くためには膨大な魔力が必要になる。寛二の傍にいれば効率よく回復がはかれるでな……」

「でも、いいのか?」

「お主は紳士ではないか」


 表面上はな……。

頭の中とハードディスクの中身は絶対に見られたくない。


「やっぱり、夜は別々の部屋で寝た方がいいって。その代わりなるべく長い時間一緒にいるからさ」

「そうか……」


 エルナはニヤリと笑った。


「やはり紳士ではないか」

「ふん……」


 その夜、俺は小説の新章を書きだし、エルナはすぐ横で魔導書の作成に入った。

静かに、静かに、夜は更けていった。

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