第22話 残されたメッセージ

『悪い夢でも見ているようだった。

 もし、お兄さんとサルースが同じように消えていたら、私は悲鳴をあげていたかもしれない。

 けれど、幸い、二人は、それにアウディは、残ったままだった。

 動揺している私に、アウディが言った。

「あれは現身(うつしみ)だ。別のユニットにいる彼らの姿を投影している人形――実際この場にいたのは、我々四人だけだ」

 アウディはゆっくりと、私たちのすぐそばまで歩いてきた。

 そして低く、ささやくような声で言った。

「私には、本当のことを話してもらえないか、フリギドゥス」

 お兄さんは、まっすぐアウディの顔を見返した。

「なんのことですか」

「君は私に何かを隠しているだろう?」

 アウディが、私のほうを向いた。

「君の心は読み取れなくても、その子の感情は感じ取れる。君の話している間、その子は、何か不審に思っていたようだ」

 私は、自分のせいで、お兄さんの立場を悪くしたのでは、と、不安になった。

 お兄さんはわずかに微笑んだだけだった。

「よく観察されていますね」

 ほかの人達が、お兄さんを怖がるのは、こうした態度のせいだろう。

 命を奪う道具を飲みこんでも、嘘をついたと指摘されても、お兄さんは顔色ひとつ変えなかった。

 だが、アウディはさすがに落ち着いていた。

「何を隠している? アニマの行く先を、本当は知っているのか?」

「残念ながら、見当がつきません。私の言葉が信じていただけなくても、裏切るつもりがないことは、『執行者』が証明してくれると思います」

「私は君を信じている。だからこそこの基地に招き入れ、特別な待遇を与えた」

「感謝しています。僕なりには。ですから、今までできる限り協力してきたつもりです」

「では、私のことも信じてほしい。話してごらん」

 お兄さんは、しばし考えるようにしてから言った。

「ひとつ、皆さんにお話していなかったことがあります。アニマは僕らに不可解なメッセージを残していきました」

「メッセージ?」

「自分を探しに来るようにと。それから、僕にこれを残していきました」

 お兄さんが、青いペンダントを差しだした。

 不思議な光を放つペンダントを見た途端、ふいに、記憶がひらめいた。

 小さくなっていくこころの姿が、脳裏に浮かびあがった。

「あ、あの、思い出しました。それ……そのペンダントを渡しながら言ったんです」

 私は緊張しながら、口をはさんだ。

「こころが……言っていました。プロジェクトFを始めるよう、お兄さんに話してほしいって」

「彼女が君にそう頼んだのか?」

 アウディが目を細めて私を見た。

「はい、そうです。それから私に言いました、『兄さんと一緒に探しに来て』って」

 少しずつ記憶がよみがえってきた。

 そう、こころはそう言っていた。

 お兄さんが心を持てば、分かり合えるかもしれない、そうも言っていた。

「ほう、なるほど」

 アウディが微笑んだ。

「ではキズナ、君がカギになるかもしれないな」

「カギ……?」

 アウディはそれには答えず、サルースさんのほうを向いた。

「サルース、プロジェクトFの状況はどうだ?」

「十分とは言えませんが、準備はできています。あとはエネルギーさえあれば……」

「アニマはエネルギーを残していった。それで足りるかね」

 アウディは、お兄さんの手にしたペンダントを指さした。

 サルースはペンダントを見て、意外そうに目を細めた。

「いやこれは……もうこんなにエネルギーが溜まっていたとは……そうですな、これなら一週間は持つでしょう」

 アウディは満足したようにうなずいた。

「ではすぐにとりかかりたまえ」

「本気ですか。今からプロジェクトFを始めると?」

 お兄さんが驚いたように聞き返した。

「君は施術を受けてすぐにその子と捜索に出たまえ」

 お兄さんは口をつぐんだ。

 アウディの意図を図りかねているようだった。

「プロジェクトFの進行中に外に出るのは危険です。どうしてもとおっしゃるなら従いますが、せめてキズナは元の時代に返すべきだと思います。違う時代の人間を、危険にさらす上、任務に支障をきたす可能性があります」

「アニマは四百年も前のメッセンジャーにアクセスして、この子を呼び寄せた。一緒に探しに来てくれと言った。そうだろう?」

「そうですが……」

「アニマがキズナに一緒に来るように頼んだのには、何か理由があるはずだ。言うとおりにすれば、向こうから会いにくるかもしれない」

「あいつの言うことは、支離滅裂です。昔からそうなんです」

「タイプAの行動は、常人には理解しにくい。だが、君は、君だけは、理解する必要がある」

 アウディは、じっとお兄さんの顔に目を据えた。

「そうでなければ、<逆流>は制御できない。そのためのプロジェクトFだ」

 お兄さんは、小さくため息をついた。

「努力はしてみます」

 アウディが、私の肩に手をかけた。

「キズナ、協力してくれるね」

 アウディの瞳は、お兄さんと同じように澄んでいた。

 それだけではない。強く確信に満ちた力を持っていた。

 こういう瞳を前にしたら、人は断ることができない。

 もっとも、頼まれなくても、私の心はとっくに決まっていた。

 もし本当に、お兄さんが私を元の時代に帰そうとしたら、私は哀しい気持ちになっただろう。

 私はこころを助けるために、はるばるここまでやってきたのだから。

 危険で恐ろしい任務を与えられたはずなのに、私はどこか高揚した気持ちになっていた。

 こころは私をこの時代に導いた。追いかけてきてと頼んだ。

 それだけで、高校生活で感じていた無力感はいつのまにか吹き飛び、私は自分が今この場にいることに、確かな意味を感じ始めていたのだ。

「もちろん協力します」

 私は深くうなずいた。

「でも……ひとつだけ教えてください。プロジェクトFというのはなんですか?」

 アウディは少し間を置いてから答えた。

「タイプFに感情を与える実験だ」

 私は小さく息を飲んだ。』

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