第81話 晴れ渡る闇
◇side.グロウ
俺は一体何をしているんだ?
己の置かれている状況がよく分からない。何を悠長に人質にする奴から出されたお茶を啜っているのだ……この女は俺の存在などなんの興味すらないというのか? くそっ。
「どうですか? 精霊に味覚はないと言われてますけど感情や感覚として捉えることができるでしょう?」
この女がさっきから一体何を言っているのかわからん。
普通殺されそうになった相手に対してお茶に誘うか?
ある意味この|捕獲対象(ユミリア)、討伐対象(ココット)よりやばいのかもしれないぞ?
それに今はHPもMPも心許ない。
お誂え向けに出された紅茶とお茶受けに自己回復効果率上昇の付与がなされている。
俺を舐めているようだがMPさえ回復すればさっきのようにはいかんぞ?
次こそはその素っ首貰い受けてやるからな。
従うフリをしながら自己回復に努める。誘いに乗ればうっかり隙を晒してくれるかもしれないと思ったからだ。適当に頷いて話を合わせていく。
……調子が狂う。
だが、少しだけ楽しいと思っている自分もいる。
こうして腰を落ち着けて話を聞くというのは久しぶりだ……だからかあの頃を思い出す。
こんな俺だが、好きでプレイヤーキラーになんてなった訳ではない。
最初こそ友達と一緒に楽しんでいたんだ。
俺は完全サポートだったからそいつと一緒に少しずつ強くなっていった。そうしていくうちに冒険者ランクも上がっていき、やがてコンビとして名が売れ始めた。
攻略組や先駆者なんて化け物連中と肩を並べるなんて自殺行為だったが、酒場で噂されるくらいには有名になってやるって、友達といつも語り合っていた。
その足がけとしてクランを作った。
だけどそのクランがきっかけで、俺達は袂を別つ事になった。
こればかりは誰のせいでもない。
友達はヒューマンで、俺が精霊だった。たったそれだけの問題である。
俺たちのコンビはそれなりに有名だったが、クランでリーダーを務めたのは友達で、俺はサブリーダーとして裏方を務めていた。
最初こそ上下関係なんてない、対等な間柄だった。だが人数が増えるにつれ、とある噂が立つ。
それは精霊の俺が、実質友達がいなきゃ役立たずの俺が……サブリーダーの肩書きだけで偉そうにしている事が気に食わない連中が出てきたのだ。
友達は気にするなと言ってくれたが、自覚していた俺は友達に何も言わないでクランを去った。
最初こそすぐ強くなって見返してやるんだ。それぐらいの気概で事に望んだ。だが現実は非情である事を俺に告げてきた。
今までは友達がいたからこそ、当たり前のようにできていた事が何一つできなかったのだ。
その最たるものが『移動』だ。
ドライアドほど不自由ではない。自由に空をかけることはできるが、その支配地域以外への移動が出来ない。
俺はクランから一歩出ただけで、自分で思っている以上に精霊という種族が非戦闘員である事を痛感した。
俺はすぐにログアウトをして掲示板を覗き込んだ。
そこでとある噂を耳にして、そして信じられない情報を目にした。
『ノワール伝説』
それは今から10年も前、このゲームの一つ前の作品。Imagination βraveの時代。未だその存在価値がよくわからないとされていた精霊種で全プレイヤーのベスト10を決める大会で、7位に食い込んだ精霊の存在を知った。
同じ精霊で、英雄になった存在。
それこそがノワールであり、俺はそのプレイヤーの在り方に心打たれた。
そこからはひたすら努力の日々だ。
あの人の背中はとても大きく、追い越すなんておこがましいけれどそれでもプレイヤーキルをするくらい容易にできるくらいに成長した自負がある。
あの人もPKだったから、俺もその道に踏み込むのに躊躇はなかった。
最初こそ腕を疑われたが、結果を見せたら直ぐに認めてもらった。
それからは相棒とも呼べる存在、アシッドと組んだ。アシッドは相手を油断させるために軽口を叩くやつだが、普段が物静かで何を考えているかわからないヤツだ。でもお互いのことが分かりあってる感じが一緒にいて気が楽だった。それこそ一緒に始めた友達のように……いや、あの頃はもっとズケズケ言い合っていたか。
今はビジネスライクの付き合いだ。
だから今回の仕事を失敗したのをなんて言い訳するか頭を巡らせたが上手い言い訳はとんと出てこなかった。
それもそのはず、目の前では俺を無視して捕獲対象がペチャクチャと勝手に話をしていたからだ。
「もう、聞いてますぅ?」
『ああ……聞いてる』
「嘘ですね。さっきから目が泳いでますよ。あ、お紅茶お代わりしましょうか? 随分と減ってるようですね。お気に召してくれました?」
『ああ』
「うんうん、素直なのはいいことです。では少しお待ちくださいね」
言うだけいうと立ち上がり、その場でアイテムバッグから調理台を取り出す。
すごいな。ヒューマンはあんなにも大きなものをバッグに詰め込めるのか?
友達はバッグの容量をいつも気にしていたからそこまで物が入らないと思っていたが……いやいや、今がチャンスだろう。
行くか? MPの貯蔵はやや不足しているが、闇を溜め込むくらいなら——
「ああ、そうそう。その闇を広げるの、穴があるって知ってました?」
なっ!
精霊の魔法操作は息をするのと同義。
それの展開を一目で見破っただと?
「その様子だと知らない感じですね?」
俺はポーカーフェイスを貫いた。
「精霊にポーカーフェイスは出来ない。これはかつての友から送られた言葉です」
『……そんなことない。俺は無口で仲間内ではクールな奴だって思われてるぞ』
「あなたの中ではそうでしょうが、実際顔に出てますよ。いいえ、顔ではありませんね。あなたの場合は動きや癖で丸わかりです」
『……』
「信用してませんね? いいでしょう。まずあなたは自分で思っているほど怖くありません。むしろ可愛らしい事を自覚してください」
『でも……俺は男だ』
「リアルではそうでしょうね。ですが精霊という種族特性がその事実を曖昧にします。そのせいであなたは可愛いのです。だからどんなに声を荒げようとも周りからは『ムッとして怒る姿が愛らしい』程度で認識されます」
『そうなのか!?』
「いい反応ですね」
『…………謀ったな!』
俺はいつの間にか|討伐対象(かのじょ)のペースに乗せられていた。
話し始めたらあれよあれよと言う内に、会話に花が咲く。
最初こそからかわれてムッとしていたが、トークの話題が憧れのあの人に移り、もしかしたらこの人はあのノワールと一緒に遊んだことがあるのでは? と年甲斐もなくワクワクしてしまった。
当時のことなんて眉唾的な噂話で埋まり切ってしまっているのに、それを見て聞いてきたように語るのだ。
だからこそ理解した。
そんな人に俺なんかが勝てるわけがないと。しかし彼女はゲームが久し振りだと言う。
妹に誘われて復帰したのだと。その妹が例のココットだったと。
偶然とは恐ろしいものだ。これも血筋がなせる業だろうか? あのココットが誰を目標にしているのかよくわかる。
あいつもまた俺と同じ目標に向かって邁進していたのだ。
だがココットは俺の一歩どころか三歩前まで行ってしまっている。
だと言うのにこの人は、ユミリアさんはそれすら可愛いものだと言い切った。
それこそノワールを知っていなければ言えない言葉だ。
いつしか俺は、ユミリアさんにすっかり気を許していた。
もはや捕獲対象だなんて頭から抜け落ちるほどに。
『それじゃあユミリアさんはノワールとはそれ以来会ってないんだ?』
「うん。あの子も学業に習い事にと忙しくてね。前作終了間際は殆ど遊べなかったんだ」
『それは、残念ですね』
「そうでもないよ?」
『え……』
「少し中身は変わってしまったけど、当時のピュアなままの彼女は今もここに、NPCとして存在している。私はその噂を聞いて戻ってきたのよ」
『そういえば……酒場にいるって噂ですね。でも俺、PKだし……会いに行けないよ』
「それは住民たちに目の敵にされるから?」
『うん……そうだ』
「そんなの無視しちゃえばいいじゃない」
『えっ……?』
この人は、なんて事を言いだすのだろうか。
「私の知ってるノワールって子は、確かに迷惑行為ばっかりしてたけどね、誰よりも自由だったわ。それこそ自分こそがルールだー、なんてね。あなたは、グロウ君はどう? いちいち住民の態度が気になるから街には行けないの?」
『…………』
「それこそ自分の特性を生かしなさい。それともあなたは自分が何の種族か忘れちゃった?」
『闇だね……そうだ、俺は闇だ』
「うん。日が照れば建物の裏側には影ができる。その影の支配者たるあなたが何を住民の視線ごときにビビってんのよ。PK様が聞いて呆れるわよ?」
『うぐ……ユミリアさんはそう言いますけど、ハンターって案外肩身狭いんですよ』
「そこじゃないわ。何故わざわざ人目につく必要があるのか。私が言いたいのはそこよ。あなたは闇であり、影である。人から人へ、影から影へ渡り歩いたらいいじゃない。それこそ酒場の中なんて影ばかりよ?」
『…………』
目から鱗だった。
そうだ……何故そんなことに気づかなかった?
何に怯えていたんだ?
袂を分かった友達にどこか遠慮していたのかもしれない。その事にユミリアさんは気づかせてくれた。
なんだか心がスッと軽くなった気がした。
今ならなんでもできる気がする。
いつまでも悩んでいたらダメだな。
俺はユミリアさんに頭を下げてその場を後にした。
パーティ欄の二人……アシッドとリシッドのネームが灰色になっている。
つまり俺たちは負けたんだ。
それを理解するのにそう時間がかからなかった。
今更人質が通用する相手ではない。
それ以前に、俺はこの人に敵意を向けられない。今はこの作戦に参加する前よりも晴れやかな気持ちになっているが、その間一切隙を見せなかった彼女にまるで勝てる気がしなかったからだ。
「今なら追わないわ。行ってらっしゃいな」
『いいのか?』
「私はお友達と昔話を楽しんだだけよ。それ以外の何者でもないわ。ただ私の妹って過保護なところがあるから、ここに居るのは得策ではないと思っただけ」
『ありがとうございます』
「うん、達者でね」
彼女の言葉に背中を押され、俺はその場を後にした。ただの敵前逃亡ではなく、彼女には相手にすらされてなかった。
なんと言ってもあの人こそがノワールだと言っても差し支えないほどの実力を有していたから。
敵わないなぁ。ああ、本当に。
自分が強くなっただなんて思い上がりもいいところだ。影に潜って駆け抜けた先、俺の中に燻る闇はすっかり晴れ渡っていた。
◇side.ユミリア
「驚いた、姉さん無事だったの?」
グロウ君と別れた後、満身創痍のカザネを文字通り足を持って引きずって来た無傷のココットと合流する。
取り敢えずお茶にしましょうか、と着席する旨を促しますと、先ほどまで死に体だったカザネはいつも通り席に腰をついていた。全くこの子ときたら、誰かさんと同じく現金なんですから。
紅茶を啜り、何がどうなってああなったかを聞きます。
目的はココットで、私とカザネはそれに巻き込まれたと言う事をカザネがくどくどと嫌味ったらしく説き、その横では両手で耳を塞ぐココットの姿。
それはリアルでよく見たあの二人の姿と重なります。
見た目は全然違うのに、中身は変わらないんですね、と思わず笑ってしまいました。それにつられるように二人も笑い、そのままお昼ご飯を食べてしまいます。
作り置きを出すだけなので楽チンです。
食後に先ほどの続きを語らいます。
二人とも私の事を大層心配してくれていたようでした。
特にグロウ君は彼女たち目線では結構厄介な相手らしく、万全の状態のココットでも手を焼くのだとか。
これは……アレですね。無傷で完全勝利した、とか言ったら何かと疑われそうです。
そうだ、なんとか逃げる事に成功したと言う事にしましょうか。それがいいですね。グロウ君も既に戦う気はなかったようですし、そうしましょう。
そう言う事にしました。
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