307ページ目…散策【2】

「おばちゃん、この肉盛り丼ってヤツ、大盛りで!」

「私は…焼き豚定食にします。」

「え、えっと…私は…うん、私も焼き豚定食でお願いします。」

「ローラは…超肉盛りセット…肉増し。」

「私は、そうですね…野菜炒め定食をお願いします。」


 たまたま目に付いた店が気になって入ったお店だが、まさかのお米を使ったご飯所…大衆食堂の様な飯屋さんだったのだ。

 この世界では、あまり米を喰う文化は流行っていない。

 とは言え、文献でも勇者セイギがこよなく愛した料理として、ご飯が紹介されている。

 と、言ってみた物の…白ご飯単品を料理と言って良いのか微妙な所である。


「はい、お待ちどうさま…えっと、肉盛り丼の大盛りのお客さんは…。」

「あ、それ僕です。」

「はいよ、結構、熱いから気を付けるんだよ?」


 そう言って、おばちゃんは僕の前に肉盛り丼を置く。

 ちなみに、出てきた料理は見た目、牛丼…ではなく、豚丼と言った所か?

 それを皮切りに、次々と料理が運ばれてくる。

 ほぼ全ての料理が同じタイミングで運ばれて来たので、一人だけ待ちぼうけと言う悲しい状況は無かったので、良しとしよう。


「んじゃ、料理も揃った事だし…。」


 僕の言葉に、全員が手を合わせる。


「「「「「いただきます。」」」」」


 5人の声がハモる。

 当然、周りの人を見ても、この様な事を言って喰う人は、まずいない。

 もはや、日本式の『いただきます』は、我が家のルール的な感覚だったりする。


 何はともあれ、まずは一口…生憎と箸は無かったのでスプーンで食べる事となった訳だが…。

 ちなみに、丼物は、箸で掻き込んで喰うのが醍醐味だと思った瞬間でもある。


『パクリッ』


 口の中に広がる肉本来の旨味…だが、残念な事に、それを打ち消すかの様に塩辛さが口の中に広がる。


「何だこれ…豚丼かと思ったら、やけにえぐみもあるし全くの別物だ…。

 それに塩辛いだけって言うか…もしかして出汁を取っていないのか?

 それに、何と言うか…米の炊き方が甘い…これじゃ、米が固すぎだ…。

 幾ら、丼物で米が汁を吸うからって、こんなに固かったら食感を損なうじゃん…。」

「そうですね…こちらの焼き豚定食の方も、似た様な感じですね。」

「そ、そうですね…何と言うか、食材を無駄にしている感は、ありますね…。」


 どうやら、プリンとクズハの方もアウトみたいだ。


「超肉盛りセット、肉増し…味はともかく、量はいっぱいだから、ローラは文句ない。」


 いや、味はともかく…と言ってる時点で、美味しくないと言ってる様な物だぞ?


「これは…味の好みと言うより、味音痴の方が作った料理なのでは?」


 野菜炒めを頼んだアリスまでもダメ出し…これは、フォローのしようがない。

 だが、そんな僕達の感想を聞いたお客さんの一人が、僕達に文句を言ってきた。


「おうおうおう!さっきから聞いてりゃ、塩辛いだの何だの…さては、お前ら余所モンだろ?

 この店の料理が不味いなんて言いやがると承知しねーぞ、オラッ!」


 まるっきりチンピラのイチャモンである。

 だが、不味い物は不味いのだから仕方が無い。


「す、すいません…そう言うつもりで言ったんじゃ…。」


 ひとまず、謝り音便にやり過ごそうとする僕…だが、伏兵が居た。


「貴方に、そんな事を言われる筋合いはありません。

 こっちは、お金を払って料理を食べて居るんです。

 貴方には美味しいのかも知れませんが、私達には美味しくない…ただ、それだけです。」


 と、プリンがしっかりと反論してしまった。


「ご、ごめんなさい…ですが、これを料理と言うには些か、語弊があると言うか何と言うか…。」

「量だけは多いけど…でも、辛い。」

「食材の良さが死んでます…料理と言うのは、調味料を多く入れれば良いと言う物ではありません。」


 その結果、プリンに続き、クズハ、ローラ、アリスまでもがダメ出しをする。


「オイオイ…勘弁してくれよ…。」

「てめぇら…よくもオヤジの作った飯を、ボロクソの様に言いやがったな!」

「ボロクソですか…でも、この程度の料理なら、私達が適当に作った料理の方が、美味しい物が出来るでしょうね。」


 と、プリンはさらに挑発する。

 ってか、オヤジの作った料理と言う事は、もしかして、この店の店主の息子なのか?

 それとも、大将とかと同じ感じで呼ぶ名称か?

 すると、厨房の奥から一人のオッサンが出てきた。


「このクソガキが!幾ら料理を貶されたからと言って、お客さんに対して、何て口を利きやがる!」


『ドカッ!』


 吹っ飛ぶ男…幸いにも、テーブルやらに当たることなく、そのまま通路に倒れ込むだけで済んだ。


「お客さん、うちのバカ息子が、とんだ失礼を…。」


 ふむ、やはり息子だった様だ。


「えぇ、本当に…迷惑な人だったわ。」

「ですが…ね?うちも、代々、勇者セイギが残した料理を守ってきた店でして…不味いと言われて、はいそうですかと引き下がる訳にはいかないんですよ。

 先程、私達が適当に作った料理の方が美味しいとか何とか言ってましたよね?」


 勇者セイギが残した…と言う事は、やはり、この料理は元の世界の牛丼…じゃなかった豚丼とかだったって事か…道理で見た事のある料理な訳だ。


「えぇ、確かに言いましたが?」

「では、その言葉通り、作って貰いましょうか…その美味しい料理とやらを…ね。

 あぁ、そうですね…もし、美味しい料理を出来なかったら、その時は土下座でもして謝って貰いましょうかね。」

「なるほど…では、美味しい料理が出来たら、貴方と、そこの男が私達に土下座をすると言う事ですね?」


 売り言葉に買い言葉…店主に対してプリンが反撃する。


「おう、良いだろう…その時は、土下座でも何でもしてやるよ!

 その代わり、それだけ大口叩いたんだ…ちゃちな料理を作ったらどうなるか、覚悟しやがれ!」

「ふん…だったら、さっさと厨房に案内しなさい!

 格の違いを見せてあげるわ!

 クズハ、アリス…付いてきなさい!」

「プリン、ローラは?」

「あ~…ローラに料理は期待出来ないから、ご主人旦那様と一緒に待ってて良いわよ?

 あなたも、それで良いかしら?」

「そ、そうだね…僕も手伝おうかと思ったけど、ローラ一人残しておくのもアレだし…僕も残っておくよ。

 それと…レシピの方は、大丈夫かな?」

「えぇ、それについては、ご主人様あなたとの記憶は共有していますから♪」


 プリンはそう言うと、軽くウインクをする。

 あぁ、やっぱりプリンは可愛いな…そう思った瞬間だ。

 しかも、その仕草を見ていた他の客達の中から、ざわつきが聞こえる。


 『うひょ~、あの子、プリンちゃんって言うのか…可愛いな~!』とか『そうか?俺はクズハちゃんかな?』とか『はぁ?断然、アリスちゃんだろ!』とか言ってるが…残念!

 あの子達は、全部、僕のだ…絶対にお前達なんかに渡さないからな!


あなた、何か変な事考えてる?」

「い、いや…そんな事はないぞ?」

「そう…なら良い…。

 それより、どれくらい待つ?」

「どれくらい待つって…料理が出来るまでか?

 そうだな…クズハだけじゃなく、アリスもいるし…早ければ30分掛からずに完成させるんじゃないか?

 あ…でも、米を新しく炊くだろうし…もう少し掛かるかも知れないな…。

 でも、それがどうしたんだ?」

「ローラ、お腹空いた…。」


 そう言えば、先程の料理は殆ど手を付けていなかったな…。


「だったら、さっき注文した料理でも食べたらどうだ?」

あなたの意地悪…ローラだって、美味しい料理の方が良い。」

「それもそうだな…しっかし、こっちの料理、このまま残すのも勿体無いな…。

 どうせだから、ちょっと別の料理に作り替えちゃうか?」

あなた、ナイスなアイデア!

 美味しい料理が増えるならローラ嬉しい。」

「そっか…だったら、僕達は店先を借りて、違う料理にしてしまおう。」


 こうして、プリン達は店の厨房で、僕は店先で料理に取り掛かる事になる。

 果たして、どうなる事やら…。

 そして、運命の時は、刻、一刻と近付いてくるのだった…。

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