第214話 神の見る夢

「我ながらカンペキね!素敵よ!」


 感嘆の野太い声が乙女言葉を伴って部屋へと響く。ここは孤児院のとある一室。否も応もなく放浪神マルコに掻っ攫われたティアは一瞬にしてこの部屋に連れて来られていた。そこで待ち受けていたものとは…、


「ぱっちりアイメイクは正解だったわ。リップも完了。はい。これで最後よ!チークをこうして入れれば…」


 柔らかい刷毛状のものがティアの頬に触れている。鏡台の前に座っているティアには見事なメイクが施されていた。下地、ファンデーション、アイブロー、アイシャドー、アイライナー、マスカラ、リップ、などなどなど…。この部屋に転移してからティアの耳には竜として過ごしてきた長い年月において聞いたこともなかった単語が洪水のように押し寄せていた。一つ一つに意味があるようでマルコが説明してくれたのだがとても一度で覚えられるものではない。鏡台の前に座り固まってしまったティアにマルコは熟練の手つきで素晴らしいメイクを施していった。


「マ、マルコ様…。これは…?」


 鏡に映る自分を見てどう反応していいか分からないティアが呟く。


「待ってティアちゃん。マルコはダメよ!なんて他人行儀な敬称は好きじゃないのよ。今のあたしはマルコ=ファーガスン。人呼んで。だからあたしを呼ぶときはマルコお姉さんか呼び捨てにして頂戴!」


「も、もしかして主殿が貴方を呼び捨てにしているのは…」


 ティアからの問いにマルコは自身の身体を抱きしめながら目を閉じる。可憐な乙女がすれば絵になる仕草の筈なのだが褐色の肌にダンディな口ひげを湛えた巨漢が行うと少し怖い。


「そうなの!聞いてよティアちゃん!プレスちゃんあの子ったらお姉ちゃんって呼びなさいって子供の頃から教えていたのに拒否したのよ!」


「そ、それで…?」


 嫌な予感がしながらも聞いてみるティア。


「あの時は結構なケンカになったわ…。三日三晩闘ってなんとか呼び捨てにするっていう妥協点を見出したの。あの頃はプレスちゃんあの子も血気盛んだったしね…」


 そう言って鏡越しに片目を瞑るダンディな巨漢。それはレーヴェ神国にとってとんでもなく危機的状況だったと感じたティアであるがこれ以上は触れないことにするのだった。


「さあ!ティアちゃん!こんどはこれよ!!」


 そう言ってマルコがドレスを持ってくる。上等な生地で作られたと思われるふわふわな質感を感じさせるスカイブルーのドレスは見事な品であった。


「え、えっと、マ、マルコ姉上…?あ、姉上と呼ばせて頂いてよろしいのでしょうか…、そ、それと………、こ、この状況は一体????」


 ドレスを着させられる段階になりやっとのことで姉上という新しい敬称と共にティアは最初から心に発生していた疑問を口にすることが出来た。


「素晴らしいわ!ティアちゃん!!姉上…、……そう呼ばれたことはなかった……。いい…、すごくいい…、サイッコーーーー!!!」


 祈るような仕草と恍惚の表情と共に天を仰ぐ褐色の巨漢。


「そ、それで姉上…、この状況は…?」


 ティアはなんとかそのテンションについて行きつつ本題の質問を重ねる。


「あら?プレスちゃんが言っていたじゃない?あたしの夢!美よ!美の追求よ!!」


「美の追求?」


「そう!天界にいた頃は誰もあたしのこの夢を本気にしていなかったのよね…。そんなときにこの世界に生きるみんなの存在に気付いたの!神は永久不滅、つまりずっと変わらない。だけどこの世界に生きるみんなの時間は有限だわ。そしてみんなはその有限の時間の中で自身の変わりゆく容姿をその時その時で最大限に魅力的にしたいと考えていた…。あたしはそれがとても自然で素晴らしいことだと思ったわ…。そんな彼らならあたしの美への想いを理解してくれると思ったのよ!」


「そ、それでこの世界に?」


「ええ。神であった全てを捨てることに何の未練もなかったわ」


「あ、姉上…?私は美というものについてよく理解していないのだが…、今の私は…、そしてそのドレスを身に纏うと…、美しくなるのであろうか…?」


 グレイトドラゴンに自身を美しく見せるという習慣はなかった。不安そうに問うてくる―元々の文句なく美しい容姿に完璧なメイクを施され見事な美しさを纏った―ティアにマルコは満面の笑みで頷くのであった。

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