第187話 ダンジョン『白狼の咢』最下層

 もうもうと舞う粉塵が薄れ周囲の視界が良好になる。プレスはその様子を確認して結界を解除した。周囲には完璧な闇が広がっている。


光球ライティング…」


 プレスの呟きと共に複数の光球が生み出される。生み出された光球はふよふよと周囲に漂い現在の状況を明らかにした。


「ティア!無事かい?」


「主殿!ここだ!それにしても…、その多重詠唱と同時操作…。相変わらず見とれてしまうような魔力操作だ…」


 振り向くと少し離れた位置に無傷のティアが佇んでいた。


「ふふ…、そう言ってくれるのは嬉しいものだよ。それより…、数十階層は落ちてきたと思うけど…、ここは第何階層くらいかな…?おっと!この反応は…?」


 上を見上げていたプレスは感じた魔力に驚く。


「流石!主殿もこの魔力を感じたか。どうやら最下層まで辿り着けたようだぞ…」


 二人はかなり強い魔力反応を感じ取った。第五十階層でフェンリルの思念体から感じたものと同じ種類の魔力である。


「思念体のフェンリルよりもかなり強力な奴がいるってことか…」


「うむ。これがダンジョンコアだと思うのだが…」


 プレスの疑問に答えるティアの歯切れが悪い。


「ティア、思念体のフェンリルが放つ魔力は間違いなく神獣と呼ばれる存在のものだった。しかしそれがダンジョンコア…。神獣であることとダンジョンコアであることが両立するなんてことが可能なのか?」


「主殿…。我もそんなことは聞いたことがない。だが、そんなが起こっている可能性は極めて高いぞ…」


 それを聞いてプレスの手にある金色の長剣が光を放つ。


「確かめてみるとしよう…。行こうか…」


「うむ」


 頷き合った二人はダンジョン『白狼のあぎと』の最下層で最奥を目指す。


「ふっ!!」

「はっ!!」


 金色の長剣が一閃され五匹の魔狼が首を寸断されて絶命し、振りわれる拳によって同数の魔狼が壁に打ち付けられて絶命する。魔狼と呼んでいるが最下層のそれは唸り声と共に紫色の魔力を牙が覗く咢と逆立てたたてがみから漏らしつつ身体強化の魔法を駆使して飛び掛かってくる凶悪な魔物であった。


「こいつら狼なのにたてがみがある…、本当に狼か…?それにかなり強いぞ…」


 剣を振るいながらもそう呟くプレス。勿論、神々を滅するものロード・オブ・ラグナロクの力を行使している現在のプレスとグレイトドラゴンからさらに進化を遂げているティアの相手ではない。そうであってもかなり強いと感じるプレスである。恐らく並の冒険者では瞬殺されるだろう。この狼型の魔物一体の討伐にA級冒険者で構成したパーティ以上で挑む必要があるくらいだ。S級冒険者であっても一対一では勝ち目が薄いと思われる。


「恐らく…、しつこい狼だ…、ふん!!…あのダンジョンコアから発せられる強力な魔力に曝されて異常に進化したのだろうな…、とりゃ!!」


 次々と飛び掛かってくる魔狼を薙ぎ払いながらティアが答える。そう…、数が多いのだ。S級冒険者で構成されたパーティであってもこの数は難しいかもしれない。


「正気を保っているとは思えない…、ひと思いに楽にしてやるのがいいのか…」


「その通りだ!主殿!」


 次々と襲い掛かる異常形態の魔狼を苦も無く斃しながら二人は歩みを進める。その戦いの最中もプレスは第五十階層で戦った思念体のことを考えていた。


「…あの思念体は間違いなく意志を持っていた…。そしておれは『あの子を護る』という言葉を確かに聞いた…。あの子とは…?」


 口の中で呟きながらも足を止めないプレスとそれに従うティアは広いホールへと辿り着く。洞窟型のダンジョンにおいて異質とも感じられる奇麗なドーム型に造られた空間である。先程から感じているダンジョンコアの魔力反応はこのホールの最奥から感じられた。先程まで数限りなく飛び掛かってきた魔狼の姿はホール内には見当たらない。


「ここだな…」

「うむ。ダンジョンコアがあるはずだ…」


 光球ライティングを飛ばしながら歩を進める。


 ドゥルルルルルルルルルルルルルルルルル!!!!


 その直後、凄まじい唸り声がホールに響き渡る。唸り声のする方へと光球ライティングと視線を送ったプレスとティア。二人の視界に飛び込んできたのは…、美しい毛並みを輝かせつつ、全身からとてつもない量の魔力を噴き出してこちらを威嚇する巨大な純白の魔狼…、まさにフェンリルの実体そのものであった。

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