第163話 首都ヴァテントゥールの冒険者ギルドにて

 プレスがヴァテントゥールへの移動を開始した日の夕暮れ…。


「たのもー!!」

「ですから!ミケさん!道場破りではないのですからその挨拶はいかがなものかと…」


 そんなことを話しながら二人の女性がヴァテントゥールの冒険者ギルドへと入ってくる。事態を理解している受付嬢が飛んできた。


「ハーティア様!スターシーカー様!お早いお着きで…。ギルドマスターからはは到着されるのは明日の夜か明後日と伺っていましたが…?」


「依頼は達成したよ!マテウスさんとフロイツェンさんはいる?二人に報告したいことができたんだ。サラと話して早い方がいいだろうってことで他の人達と別れてあたい達だけ先に帰ってきた」


 その言葉にフロアにいた冒険者達はざわつく。既にS級冒険者パーティ二組が撤退したらしいという話は彼らの耳に届いていた。


「か、かしこまりました!ギルドマスターもマテウス様も会議室におられますのでご案内します!」


 そう言った受付嬢に連れられて会議室へと移動する二人の美女。


「あれがレーヴェ神国聖印騎士団の分隊長…?」

「依頼達成って…。S級冒険者パーティが二組で潜って失敗するような依頼だったって…」

「たしか…、それぞれ単独ソロって話だ…」

「それにしてもどっちもいい女だ…。くぅ、たまらないぜ…」

「やめとけ!知らんのか!?」

「何がよ?」

「『風の牙』のヴォルフがあの猫族ワーキャットって両手と右脚を持っていかれたって話だ…」

「え!?ヴォルフってS級の!?」

「死にたくないなら黙ってろ…」

「…」


 周囲の雑音など気にしない素振りで二人は二階の会議室へと消えていった。


 それと同時にギルドの扉が開かれる。


「ふぅ。着いたぁ!」

「主殿?途中の街で泊ってもよかったのではないか?」

「連絡は入っているはずだけど…、まぁ、大変な状況だったみたいだしね。きちんと報告して安心させてあげたい…、ってところかな?」

「ふむ…、そういうことであれば…」


 のんびりとした口調でそんな話をしながら男女の二人組が入ってきた。プレスとティアである。


 今のティアはローブのフードを被っていない。当然のように先程まで美人の騎士二人組に欲情した視線を送っていた連中の目はティアに釘付けとなる。その美貌が周囲のよくない冒険者ろくでなしに与える影響と選ばせる行動は大体いつも決まっていた。致命的な間違いなのだがプレスを弱い優男だと解釈した者がここにもいたらしい…。


 ヴァテントゥールの冒険者ギルドのホールは広い。その奥にある受付へと移動しようとするプレスとティアだが、大柄な冒険者に行く手を遮られる。その取り巻きだろうか…、四人程の男達も近づいてくる。


「おい…、やべーぞ?あの若い二人…」

「ガボットの奴らに絡まれるとは…」

「見るな…、こっちにまでとばっちりがくるぞ…」


 そんな小さな声がプレスの耳にも届いてきた。


「おい!見ない顔だな?この俺様に挨拶もなしか!?」


 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら、むさくるしい髭面でそんなことを言ってくる筋骨隆々の冒険者。どうやらガボットという名前らしい。プレスはため息をつきながら男を見上げる。どうしてこういう冒険者はどこにでもいるんだろう…。そんなことを考えるが一応、答えることにするプレス。


「旅をしているC級冒険者だよ…。通してもらっていいかな?受付に行きたいんだけど?」


 そうは言ってみたが通してくれないんだろうとプレスは思う。


「ああ!いいぜ!ただしお前だけだ!女は俺様と一緒に来い!A級冒険者の俺様が主人として今日から可愛がってや…」


「やば…」


 そう呟きながら相手の台詞が終る前に電光石火の勢いでプレスはティアを子猫のように右腕に抱くと一メトルほど冒険者達から距離を取る。


「主殿…」


 ティアの顔が赤い。抱きかかえられたのが嬉しいようだ。


「なんだ!?てめえ…、俺様に逆らうのか!?」


「おいおい…。助けてやったんだぞ?感謝してほしいくらいだ…。おれが彼女を止めなかったら今頃は内臓ぶちまけて前衛的なオブジェになっていたよ?」


「主殿…。ぶちまける物がないくらいに粉微塵にするつもりだったのだがな…?」


 ドスの効いたガボットなる冒険者の声に怯むことも恐れることもなくやれやれと言った表情のプレス、それとプレスに抱えられたままプレスの首に手を回して嬉しそうにしながらも物騒なことを言うティア。


「なめやがって!!」


 絡んでくる冒険者のお手本のように殴りかかってきたガボットはその右手をプレスの空いている左手に掴まれ勢いよく宙を舞った。ギルドの石造りの床へ頭から落とされる。


「ボヘ!」


 変な音を出して意識を失うガボット。


「やりやがったな!」


 取り巻きの冒険者達が武器を構える。


「何をしているのですか!!」


 奥から受付嬢の鋭い声が響く。


「なんというお決まりの展開ナンダ…」


 プレスが乾いた呟きを口にしたその時…。


「いやー、よかったよかった。あたいは結構大変かなーと思っていたから報告に来たけど…。解決したって聞いて安心したよ!ね!サラ!」

「ええ、場合によってはわたくしたちのどちらかがダンジョンに向かうことも考えていましたから…」


「お二人のお気遣いに感謝します…」

「本当に…」


 そんなお気楽な女性二人の声と生真面目な男二人の声が階段の上から聞こえてきた。


「ん…?どうしたんだ?」


 そう言って猫族ワーキャットが階下を見る。彼女の目に入ってきたものは、大の字で気を失っている大男、武器を構えた四人の冒険者、そして…、女性を片手に抱く黒髪黒目の一人の男。


「あ…。あ、あ、あ…」


 次の瞬間、猫族ワーキャットのミケは全速力で駆け出したのだった。

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