第152話 二番隊隊長とS級冒険者
ギルドの練武場は冒険者向けの講習や冒険者の昇格試験の会場に使用されるが午前中のこの時間帯は人影も疎である。
「…はぁ…。…これから緊急の要件で練武場を使用する…。悪いが関係者以外は出て行ってもらいたい…。すまんな…」
そう言って練武場にいた冒険者達を出て行かせるギルドマスターであるフロイツェンの言葉にいつもの覇気がない。
「なんでこうなるのか…」
項垂れながら呟くギルドマスターの傍では宰相のマテウスが同情を示している。
「俺が望んでやることだ!親爺さん達が気に病むことじゃないぜ!」
練武場の中央に進み出るS級冒険者パーティ『風の狼』のリーダーであるヴォルフはやる気のようだ。
「ヴォルフ…。ちょっと来い…」
疲れた表情で手招きしフロイツェンはヴォルフを呼び寄せた。肩に手を置いて語りかける。
「いいか…。S級冒険者の先輩としてアドバイスをする…。いや…、先輩冒険者じゃない…。死んだお前の父親が話していると思って心して聞け!」
「何を大袈裟な…」
ヴォルフはそう言おうとしたがフロイツェンの真剣な目の光を前に押し黙った。
「死ぬな…。これがアドバイスだ…」
「お、おう…」
同意はしたがヴォルフはフロイツェンのアドバイスの重要性を理解していなかった。
「ここでやるの?」
この状況が楽しくて仕方がないといった様子でビキニアーマーの上にローブを纏った紅い髪の
「ああ。先ずは武器を選びな!お嬢ちゃん!一番得意なもので構わないぜ!どうせなら真剣でもいいぞ?」
判定人として二人のやや近くに移動したフロイツェンがそれを聞いて頭を抱える。
「え?いいのか?じゃあ、あたいは…」
そう言って懐から何かを取り出すような仕草をするミケ。
「ミケさん!!」
鋭い声にミケが動きを止める。
「サラ?どうしたの?」
「どうしたの?じゃありません!今、何を出そうとしたのですか!?」
「いや…。一番得意な真剣でいいって言ったから…。…ダメだった?」
ミケの答えにサラの顔が引きつる。
「ダメに決まってるじゃありませんか!これから戦力として参加して頂く冒険者の方を殺してどうするんですか!それにその剣を使ったら遺体の消し炭も残りませんよ!?消滅したら復元は出来ませんからね!」
「わ、わかったよ!じゃあ、これで…」
サラの剣幕に押されたミケがそう答えるといつのまにか彼女の手には短剣が握られていた。
「それならいいでしょう。でも首を落としちゃダメですよ?」
「了解!」
そんなやり取りを目の前でされたヴォルフの表情からは怒りの感情が見て取れた。
「あんた達はS級冒険者をバカにしているのか?」
そう言われて振り返るミケ。
「あたいらはバカになんてしてないさ…。そんなことよりあんたも武器を決めたら?あたいもあんたが何を使っても構わないよ。けど背中の大剣は高そうだから使わないほうがいいと思うけど…」
ヴォルフは背中の大剣の柄に手をかける。低い声が漏れた。
「余裕だな…。これを使ってもいいって言うのか?」
鋭い目つきでミケを睨みつける。
「え?違う違う!あたいが言いたかったのは高そうだから折れたら大変って…」
「親爺さん!!開始の合図だ!!」
怯むこともなく余裕で自慢の大剣を折ってみせると話すミケの態度に我慢ならなかったのかヴォルフがそう叫ぶ。
フロイツェンはミケを見る。いつでも良いという表情でミケは片目を瞑って見せた。
「これより模擬戦を始める!相手を殺害することは禁止する!勝敗は敗北を認めるか俺が戦闘不能と判断したとき決着するものとする!双方いいか!?では…、始め!!」
フロイツェンの合図と同時にヴォルフは自慢の大剣を抜き放ち一気にミケとの間を詰める。そして最高速度による最大威力の斬撃をミケの左肩に叩き込もうとした。
S級冒険者パーティである『風の狼』と『翡翠の矢』の面々は斬撃が決まったと確信していた。あんな華奢な
レーヴェ神国の騎士が最強という話を彼らは聞いてはいた。しかし彼らは聞いていただけで理解していなかった。最強の騎士の実力を…。
大剣が振り下ろされる瞬間、ミケは振り下ろされる大剣の刃元へ飛び込むように間合いを詰め、迫りくる大剣の刃元に短剣を合わせた。
ミケがヴォルフの右側面を駆け抜けるように通過し二人の間合いが離れる。ヴォルフの大剣は刃元から真っ二つに切り飛ばされていた。信じられないものを見たかのように呆然としたヴォルフは次の瞬間、襲ってきた激痛に絶叫してのたうち回る。
ヴォルフの両腕は手首から斬り落とされ、斬撃の余波か腹部から下半身にかけての右半身がざっくりと抉られ形も無かった。大量に出血する。
『風の狼』と『翡翠の矢』の面々は絶句する。宰相は俯いて頭を押さえる。ギルドマスターの声が飛ぶ。
「勝負あり!!」
サラがヴォルフへと駆け寄り治療を始める。
「ミケさんー。やり過ぎですよ?」
「結構手加減したんだけどなー」
「あなた最初手加減しようとしなかったでしょう?」
「だからサラに言われて気をつけたよー」
「でもやり過ぎです」
二人によるのんびりとしたやり取りだけが練武場で聞こえていた。
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