第130話 河口の街リドカルの精霊
「ハア、ハア、ハア…」
漆黒の触手で構成された魔物はやっとの思いで隠れ家としている一軒家に辿り着くと床に這いつくばった。『南海の迷宮』にあるリヴァイアサンの棲み処から逃げ帰るのに想像以上の魔力を消費してしまった。あの強力な海底の流れを逆行することができたのは、ただプレスから逃げたいという思いのおかげだったと言える。
「ナ、ナニモノダッタノダ…?」
全く訳が分からなかった。どんな攻撃を受けてもたちどころに再生する筈の触手が再生していない。それどころか斬られた箇所からは今も激烈な痛みを感じている。感じたことのない感覚を伴う想定外の状況に魔物は恐怖を覚えた。
「コンナコトニナルトハ…」
河口の街リドカルではリヴァイアサンが人の姿となって夏祭りを見物に来る…。そんな情報が得られたことでこの魔物に与えられた任務は二つ。夏祭りの際にこの街へと集まる貴族を殺し街を混乱に陥れること。そしてリヴァイアサンを洗脳し配下に加えることであった。
ただし、
『我らの存在を表に出さないため、自らが動くことは極力避けよ』
とのことだった。
そこでたまたま見つけた魔道具に取りつかれた男を利用し一年かけて準備をした後、祭りの見物に来ていたリヴァイアサンを洗脳することにしたのだが…。
結局、リヴァイアサンを魔道具で完全に洗脳することは出来ず、竜は何処かへと去ってしまい、街で暴れさせることができなかった。ただ大河オーティスを下るリヴァイアサンを見つけ棲み処の場所を特定できたことは運がよかったと言えた。さらに幸運だったのはリヴァイアサンよりも位階が低いと思われるドラゴンが人の姿で祭りを見物に来ていたことである。これを好機とし、男にそのドラゴンの洗脳と貴族への襲撃を言い渡し、自分はリヴァイアサンの洗脳に向かったのだった。
その結果がこの様である。フィルゼガノンとファウムが何者かに討伐されたとの話は聞いていた。
「マ、マサカアイツガ…、フィルゼガノンサマトファウムヲ…?ツ、ツタエネバ…」
強烈な痛みに喘ぎながらそんなことを考えていると、
「みーつけた!」
「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」
呑気な声と本日何度目になるか分からない魔物の絶叫が重なる。
「なるほど…、触手からなる異形の魔物ね…。残念だけどもう逃げられないさね。ひっひっひっひ」
突如、部屋全体が輝くと同時にクリーオゥが老婆の姿のままで現れ魔物の頭部を素手で後ろから貫いたのだ。
「イタイ!イタイ!…!?…ナゼダ!?ナゼニゲラレナイ!?」
「あんたの存在は既に儂の体の中さね…。逃げることなどできないよ。それにしても上手くやったものさね…。まさか人族の体内に触手として侵入し支配することで儂を欺くとはね。そんな方法があるなんて知らなかったよ…。だがお前は間違えたよ。この河口の街リドカルは儂の街…。リヴァイアサンのあの子は儂の友人さね。お前は許されないことをした…。ここで滅んでもらうよ…」
魔物を貫いているクリーオゥの右手…、つまり魔物の頭部の内側へと光が集まり始める。光は徐々に大きな奔流となって直視できないほどの明るさを伴いながら魔物の頭部を中心に渦を巻く。
「ガガガガガガガガガガ…」
魔物が全身を痙攣させる。老婆であったクリーオゥの姿が光に溶け、輝く銀髪をなびかせたうら若い美女の姿が現れる。
「せっかくプレスちゃんが譲ってくれたんだ。恩返しをしないと…。私の力で読み取れる
美女がにこやかにそう宣言し、光の渦がその勢いを増してゆく。
「ギィイイイイイイイイイイイイ!!」
魔物の全体像が崩れ、光の渦に飲み込まれた全てが灰のように消滅する。それが愚かにもこの河口の街リドカルでリヴァイアサンを洗脳しようとした触手の魔物の最期であった。
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