第109話 宰相の娘と騎士の要求
ティアを商船ウエストウッドに残し、プレスはリンドバル号へと向かう。各国の王族や要人、その関係者ともなると謁見する者の種族などを鑑定する高機能な魔道具などを使用することがある。ティアがドラゴンであることを見抜けるような魔道具はそうそう見つからないだろうが、不可能ではない。念のためプレスは自分だけでその要人と会うことにしたのだった。
「ようこそリンドバル号へ。船長のグレイスよ。私が案内するけどその前に言わせて!助けてくれてありがとう」
そう言って迎えてくれたのはリンドバル号の船長であるグレイス。プレスも挨拶を返す。案内をしてくれるようだ。
「こちらの都合でしたことさ。気にしないで大丈夫。おれはC級冒険者のプレス。そちらに乗船している貴族様がおれに会いたいと聞いたけど…?そもそもどなたが乗船しているのかな?」
「港湾国家カシーラスの宰相マテウス=フランドル様の御息女マリア様よ」
プレスの問いにグレイスが歩きながら答える。
「宰相の御息女って…、それはちょっと身分が高すぎるんじゃないかな…。なぜこんなところにいるんだ?」
そう答える直前、プレスがほんの僅かに笑みを浮かべた。しかし誰一人としてそのことに気付くことができなかった。
「大河オーティス流域への視察よ。川沿いの村々への訪問なども予定していたの」
「そんなことをするとは珍しい…」
「『貴族とは民を守り、民と共に生きる者』という宰相様の教えを受けたマリア様ご自身が国王様に願って行っているものなのよ」
「ほう…」
そんな会話しながら宰相の娘がいる船室の前に到着する。既にプレスはその船室が薄い魔力の膜のようなもので覆われていることを感知していた。魔力が少なすぎてどんな効果を持つのかは分からないが、やはり何かの魔道具が使われているらしい。ティアを連れてこなくてよかったと思いつつグレイスに案内される形で入室する。船室にはソファに一人の女性…とそれを警護するかのように騎士と思われる四人の男が立っている。
「ようこそおいでくださいました。マリア=フランドルと申します」
美しいダークブラウンの髪を後ろにまとめ、その瞳に意志の強さを感じる美しい娘が立ち上がってプレス達を出迎えた。
「此度は危ないところを助けて頂きありがとうございました。何かお礼の品を差し上げたいと思うのですが…」
とても気さくな態度にプレスは好感を持つ。普通、貴族は冒険者相手にこのような態度はとらず、もっと理不尽に接することが多い。
「いやいや、気にしないで下さい。今回の戦闘は依頼の範囲内ですので何も問題はないです。それよりも全員が無事でよかった」
そう答えたプレスに『ええ、本当にありがとうございました』と笑みを返すマリア。しかし彼女の周囲は異なる考えを持っているらしい。
「プレスとか言ったな…。貴様は冒険者か?」
見事なまでにこの世界の貴族代表のような物の言い方でそう尋ねてきたのは騎士と思われる四人の中の一人。装備を見るにこの四人の中では最も序列が上の騎士なのだろう。全員が貴族の出かもしれない。
「ああ…C級冒険者だけど?」
高慢な態度を歯牙にもかけない様子で平然と答えるプレス。男の額に少しだけ血管が浮き出たようだ。プレスの態度が気に入らないらしい。マリアは騎士の態度に驚いたような表情を浮かべて固まっている。
「使った武器と魔道具を見せろ!」
その問いの意味が分からず困惑するプレス。
「武器と魔道具?」
淡々とした態度で問い返すその様子に騎士達は苛立ちを覚えているらしい。
「シラを切ってもいいことなどないぞ!?先ほどの火矢、リヴァイアサンへの攻撃、守りの結界、どれをとっても貴様のような冒険者ができることではない!使った武器と魔道具を見せろと言っている!!それは貴様のような下賤の冒険者が持っていていいものではない!!」
そう言われてプレスは理解した。この者達はプレスとティアの力を知らない。何らかの効果が付与された武器か魔道具を用いて戦っていたと考えたのだろう。
冒険者はダンジョンなどの探索でそのような特殊な効果を持つ武器や魔道具を入手する場合がある。そんな情報を嗅ぎつけた貴族が権力に任せてそれらを冒険者から取り上げるというのは冒険者内ではよく知られたことであった。これもそういうことなのだろう。
「ふう…」
思わぬ厄介事の到来にプレスはため息を漏らすのであった。
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