第79話 異端審問官と冒険者の拳

 鋭い罵声と共に背丈ほどの棒を携えた五人の男が店へと入ってきた。席は広く取ってあるとはいえそれほど大きな食事スペースではない。男の声は空間にビリビリと響く。


「貴様ら!耳が付いているなら聞こえているのだろうが!!誰の許可を取ったと聞いている!?」


 響き渡る男の声。誰も口を開かない。プレスは獣人の家族連れに目を向ける。可哀そうに先ほどまで楽しそうに料理を頬張っていた獣人の子供が震えている。


『主殿…。どうするのだ?』


 ティアからの念話が飛んでくる。


『暴力を振るわずに難癖をつけるだけで出ていくならここは放置する。騒ぎを起こすと店に迷惑が掛かるかもしれないからね』


 こんな連中はプレスにとってどうということはない。自分にヘイトを向けられることを何とも思わないプレスであるが、ここで騒ぎを起こし店に迷惑をかけることを危惧した。


「ちょっとちょっとお客さん!困りますよ!」


 厨房からギゼルが顔を出す。


『ティア…。ギゼルさんが男たちの話を聞いて何事もなく終われば今はそれでいい…。それと念のため………を…………』

『心得た…』


 素早く指示を飛ばしたプレスにティアが応じていると


「う……?」


 という言葉と共に地面に伏すギゼル。下腹部を抑えながら真っ青になっている。どうやら先ほどの罵声の主が携えたその棒でギゼルの下腹部をいきなり突いたらしい。


「誰が貴様に喋っていいと言った?俺は客にと聞いたのだ!伏して我が神に詫びろ!下郎が!」


 そう言った男は周囲を見渡して言う。


「我が名はスタイン=ベオグリフ!クレティアス教の異端審問官である!この店で我が教義に反する西大陸の料理を出していると聞き及んだ。これより審問を始める!」


 ざわつく店内…。プレスも意味が分からなかった。この街、ロンドルギアはエルニサエル公国の街である。公国は信教の自由を保障しているはずなのだ。そのことをしているのかスタインと名乗った男は汚らしい笑みを浮かべる。


「まさかとは思うがこの国が信教の自由を認めているから関係ないとでも思っていたか?この街はガーランド帝国とエルニサエル公国の共同統治であることは知っているだろう?この街における公国側の領主殿は我々がこの街でクレティアス教の教えを広めることを快く認めてくれたぞ!」


 店内の客たちが不安げに視線を交わす。信仰が自由な中で生きる者達にとって、特に獣人にとってクレティアス教の教義下での生活は息苦しいものなのだ。


「既にこの街はクレティアス教と共にある。西大陸の料理などという穢れた動物の血を使用する料理をありがたがる貴様達には我が神の教えをその体に覚え込ませる必要があるのだ!」


 スタインが狂気の笑みを浮かべる、とその直後、スタインと名乗った異端審問官の棒がうつ伏せのギゼルを強烈に打ち据えた。それは一度で終わらない。何度も何度も打ち据える。他の客から悲鳴が上がる。獣人の子供は両親に目と耳をふさがれながら母親に抱かれていた。


「はははははは!どうだ?神の御意思を感じるか?このような料理を作るのは大きな罪だ。罪は償わなくてはならぬ。この痛みこそ神の教え!じっくりと神の御心を理解するがよい!!」


 笑みを浮かべ口上を述べながらもスタインの手は止まらない。ギゼルはうつ伏せのまま頭を手で覆い丸くなっている。ただじっと耐えている凄惨な光景だった。


 しばらくしてようやくスタインが手を止める。他の客は真っ青になり言葉もない。プレスはギゼルへの仕打ちを見せることがスタインの目的であり、彼が客たちに脅しをかけて立ち去るのなら見逃す気でいた。


 実はギゼルが下腹部を突かれる前、プレスは対物理攻撃用の結界をギゼルに張り付けるようティアに指示していた。ギゼルにも念話で伝えてある。ギゼルに魔法の心得があって助かったプレスであった。プレスはスタイン達がこれで満足して帰るようなら見逃してもいいと思い、ギゼルにわざと打たれるように頼んだのだ。


 しかし事態はそう上手くはいかない。


「それともう一組。神の教えを与えなくてはいけない者達がいる…」


 スタインの狂気にかられた視線の先には獣人の家族がいた。彼らの前に立つスタイン。


「貴様らのような汚れた存在が人と共に食事を行うなど…決して許されない…。愚か者共が!!穢れた子への仕打ちをもって神の御意思を知れ!!」


 プレスは目を疑った。スタインは母親に抱かれた息子の顔に棒を突き立てようとしているらしい。どう考えてもスタインは異常だとプレスの目には映った。既に客全員にティアが結界を張っている。スタインごときが何をしようとも彼らは無傷なのだが…。


 プレスが席を蹴るように立ち上がる。次の瞬間、神速で移動したプレスの拳は棒を振りかぶったスタインの顔面へとめり込んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る