第72話 旅のごちそう

 国境の街ロンドルギアを目指すプレスとティアはゆっくりとその歩みを進めていた。目的は港湾国家カシーラスで夏を過ごすため、船を調達して大河オーティスを下ること。本格的な夏になるまでにはまだ余裕があった。


 ロンドルギアまでの街道沿いに宿場町は少ない。プレスは街道を離れ森で食料を調達することにした。


 そして現在、プレスは森で草むらに身を潜めている。ティアは気配を消しながら森の奥に移動中だ。圧倒的な力を持つティアではあるが気配の消し方もうまい。それであっても索敵に優れたプレスの感覚は従魔であるティアの位置をしっかりと把握していた。それに加えていくつかの魔物の反応を感じているプレスである。ちょうどプレスとティアの中間に大きめの魔物が移動してきたのを感じる。


『ティア…。おっけーだ。こちら側へ頼む…』


 念話を用いてプレスはティアへと指示を飛ばす。


『主殿。了解した…』


 その瞬間、ティアの位置から魔力が噴き出す。ほんの少しの時間だがかなり強力な魔物が森に出現したような反応だ。ティアは器用にその殺気を魔物に向ける。ティアの魔物としての格は通常の魔物とでは比較にならい。殺気を受けた大型の魔物は一目散にプレスの方向に逃げ出してくる。見事なまでにプレスの作戦が嵌ったのだ。


「ぎゃー!ぎゃー!」


 鳴き声が聞こえる。どうやら鳥型の魔物らしい。空を飛んで逃げないところを見ると地上を駆けるタイプの鳥型の魔物だろうか…。そうこうしている内に距離が詰まってくる。森の中ではあるがちらっと見えた姿からプレスは相手を特定していた。


「アイアンバードか…。大物だね…。美味しいんだよな…」


 呟く声は嬉しそうだ。これはプレスゆえの反応である。これがプレスではなく単独ソロで旅をしている普通の冒険者であれば絶望感に苛まれるところだ。


 アイアンバードは飛べない鳥の魔物だがその屈強な脚力で地上を高速移動し、その蹴りの威力はミスリル装甲すら貫くといわれる体長四メトル程の巨大な魔物である。B級以上とされており、一般の認識ではかなり強力な魔物だ。少人数のB級冒険者のパーティでは討伐ができたとしてもメンバーに重傷者を出してしまうだろう。A級冒険者であっても単独ソロでの狩猟、討伐は勧められていない。


 そんな魔物が猛然と向かってくるのをわくわくしながらプレスは待っていた。そうして距離が詰まる。気配を消していたプレスに気づくことなく一目散に後方の殺気から逃げようとするアイアンバードの走路にプレスが飛び出した。


「ギャギャギャギャ!」


 アイアンバードがプレスを見つける。全力で走りながらも攻撃をするようだ。アイアンバードが走りながらもプレスを蹴りつけようと構えを取る…。しかしそれよりも速い動きでプレスはアイアンバードの足元に飛び込んだ。蹴りを放つために引かれた右脚内側の足元に移動したプレスは腰の長剣を抜き放ち、左肩に担ぐようなに構えからすれ違いざまに二回切りつける。恐ろしい程の剣の冴えである。


 アイアンバードの脚の外皮はかなり固い。しかしプレスの斬撃は的確に両脚の付け根の関節部分を捉えていた。この箇所はアイアンバードを解体する際における脚の解体において最初に刃を当てる部分として知られる最も外皮が薄い個所である。弱点と言えるような箇所であるが高速で移動できる生きているアイアンバード相手にこの部分を、付け加えるなら一度に両脚を、攻撃できる冒険者など通常は考えられない。


 鬼気迫るような斬撃はアイアンバードの両脚を斬り飛ばした。凄まじい轟音と共に木々を巻き込んで横転するアイアンバード。素早く近づいたプレスは外皮をものともしない斬撃で首を落とす。魔物であるアイアンバードは首を落としただけでは一定時間動き続ける可能性が指摘されており最初に移動を封じたのであった。


 頭部、胴体、両脚という形にされたアイアンバードを入手したプレスは慣れた手つきで解体を始める。アイアンバードの外皮は外側からの斬撃には強いが内側からは容易に切断可能なのだ。


 食用になる肉さえ手に入れば問題ないプレスである。他の部位もギルドに行けばかなりの高額で買い取ってくれるはずではあるが今回は廃棄することにした。ちなみに肉は最高級の鶏肉として貴族が独占している。一般人がアイアンバードの肉を食べることは殆どないと言えた。そんな貴重なものをC級冒険者のプレスが冒険者登録していないティアと二人で狩ったというのはどう考えても目立つ。ギルドに調査でもされたら最悪だ。


 本当は血抜きをした方が美味しくなるんだけどね…などと考えながら胴体と脚から食用にできる部分を切り出してゆく。手元の調味料は塩のみだがアイアンバードの焼き鳥と鶏ガラを煮出したスープは極上の出来になるだろう。

 そうこうしている内にティアも合流する。


「主殿。流石の太刀筋なのだ…」


 ティアは感心している。


「そう言ってもらえると嬉しいな…」


 そんなことを話しながらプレスは解体する傍らに生えているちょっとしたハーブを見つける。これはスープの薬味にぴったりだ。


 そして完成した本日の晩餐は旅の冒険者とは思えないほど豪華な味を湛えるのであった。

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