第70話 レーヴェ神国聖印騎士団

 冒険者が初めてE級の資格を取る時、全ての冒険者が研修を受ける義務が課せられる。これは冒険者として生きていく上での最低限のルールを学ばせるためにギルドが定めた規則なのだ。


 研修内容は時代に合わせて数年おきに修正、変更されることになっているが決して変わらない箇所がある。冒険者として生きるのならばこれだけは守らなくてはいけない最低限の生きるためのルール。


 それは…。


『レーヴェ神国と事を構えるな』


 というものである。


 レーヴェ神国とはこの大陸の東に位置する国である。エルニサエル公国の東に広がる大森林のさらに東…。大森林の東に隣接するこの大陸の三大大河の一つである大河ミネルバを渡り、そこに広がる小国家群とよばれる広大な地域のさらに東にある海に面した小国こそがレーヴェ神国であった。と名乗ってはいるが明確な国教などは特になく多神教の多民族国家である。今となっては何故と呼ばれるのかを知る者もいない古くから存在する国である。


 この大陸では西側に行く程、人族と獣人などの亜人を区別し、亜人への差別的な対応を取るクレティアス教の信仰が強くなる傾向があった。エルニサエル公国は国教を定めておらず種族的差別を禁じているが、その西にある大陸最大の国ガーランド帝国は国教をクレティアス教としており亜人には住みづらい国と言われている。


 それとは逆に大陸の最東端を持つレーヴェ神国は一切の種族的差別もなく信仰も自由であり、穏やかな四季と良質のダンジョンから出る豊富な資源を持つ非常に豊かで安定した国として知られていた。多くの人々の中ではレーヴェ神国と言えばその豊かで安定した国政と治安から貴族の保養地としても知られる風光明媚な観光地である。


 しかし冒険者達はその豊かな側面と同時に全く異なるこの国の内容を教えられていた。


 それがレーヴェ神国聖印騎士団の存在である。それは一騎当千の怪物達で構成されるこの大陸最強の騎士団と言われていた。


 E級冒険者が受ける最初の研修のマニュアルには次のような記載がある。


 いかなる理由があってもレーヴェ神国と事を構えてはならない。聖印騎士団に敵対した時点で君は既に死んでいる。聖印騎士団に敵対した時点でその街は既に廃墟である。聖印騎士団に敵対した時点でその国は既に滅亡している。これらを決して忘れてはならない。


 別にレーヴェ神国が好戦的な軍事国家という訳ではない。多くの人々が感じる様にレーヴェ神国は豊かで安定したよい国なのだ。もちろん冒険者にも人気があり多くの冒険者が拠点として活動している。ただ他の国の冒険者よりも圧倒的に人格の優れた冒険者が多い…と言うか人格的に優れた高潔な冒険者しかいないことでも知られていた。


 レーヴェ神国聖印騎士団の強さは幾度も語られているが、直近では五年前の戦いがよく引き合いに出される。


 五年前…。現在は小国家群と呼ばれる広大な地域に五つの国が存在していた。この五つの国は同盟を結び五万もの連合軍を形成してレーヴェ神国に宣戦を布告した。レーヴェ神国の豊富な資源を狙ってのことである。五万の大軍が国境に迫った決戦前夜、レーヴェ神国からたった一人の騎士が書状を携えて使者として現れた。本人はレーヴェ神国聖印騎士団の何番隊かの隊長を名乗ったと言われている。書状はレーヴェ神国の国王からのもので内容はおおよそ以下のようなものであった。


 『軍勢を引いてもらいたい。これは意味のない戦いである。我らは争いを好まない。しかし降りかかる火の粉を払わないような臆病者では決してない。我らにはあなた方を滅ぼす力がある。もしここで引いて頂けるのであれば今後もこれまで通りの付き合いを保証する。もし一歩でも国境を越えることがあった場合、我々はそれを我々への侵略行為とみなす。必ずあなた方の軍を全滅させるし、あなた方の国も亡ぼす。そこに一切の容赦はない。頼むからここは引いてほしい』


 連合軍を率いていた将軍はこれを笑い飛ばし書状を焼き捨て使者を帰した。


 そして翌早朝、進軍の号令がかかった時、連合軍の前方には一人の騎士が立っていた…とされている。実はこの後の出来事はよく分かっていない。学者によって経緯の見解が分かれているが事実はたった一つ。僅か一刻の間に五万の連合軍は全滅したのである。生き残ったのは進軍命令が下った時にさぼっていた雑兵僅か二名のみ。


 さらにその数刻後、五つの国の主要都市が同時に炎上。各国における王族、貴族、国政に携わるもの全員が死亡した。一切の容赦もなくレーヴェ神国は敵対国を蹂躙したのである。しかもその戦いに参加したのはたった数人の騎士。各都市で数人の化物が暴れまわったと伝わっている。後にそれこそがレーヴェ神国聖印騎士団であるとレーヴェ神国は声明を出していた。


 そうしてこの地域一帯に国が存在しなくなってしまった。現在は小国家群と呼ばれ自治を続ける小さな街が点在するのみである。


 レーヴェ神国は決して好戦的な国ではないが襲ってくる存在を見逃すほど甘くはない。そのことを各国が改めて理解した瞬間であった。


 この世界においてレーヴェ神国聖印騎士団こそ最強。これは揺るがない世界の評価であった。


 そんな聖印騎士団の紋章が先ほどミケが提示した鷲と剣、そして背景に城の紋章である。例え絶対的な権力があったとしても身内ではない者に居所の照会などできる訳はないのでマリアは勇気を振り絞って言ってみる。


「申し訳ありません。身内の方である証明がないと照会ができないのですが…」


「ほらミケさん。受付の方が困っているではありませんか?騎士団名で何とかするなんて無理筋もいいところですよ!脅迫しているようなものです!!後で怒られても知らないですよ!!」


「やっぱりか…。そうだよね…。迷惑をかけた。ごめんなさい」


 サラと呼ばれた女性に叱られミケはぺこりとマリアへ頭を下げる。


「いいえ…。とんでもない…」


 想定外の素直な対応に毒気を抜かれたように放心するマリア。


「「では失礼します」」


 そう言って踵を返した二人は会話を交わしながらギルドを後にする。周囲の冒険者達は既に言葉もない。失神した者達の介抱すらおぼつかない状態だ。


「それにしてもどこにいるのかな?これから夏だし南に行ってみようか?」

「きっと冒険者をしているというミケさんの推理は当たっていますよ。私もそう思いますし…」


 そして声が遠のく。


「問題は名前だよな…。きっと……で……だから……で偽名を使って………」

「分かりませんよ…。結局は……だし……プ……とか……」


 それ以上の内容はマリアの耳には届かなかった。

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