第66話 旅立ち 彼らとその後
ここはエルニサエル公国ハプスクラインの西側にある小さな森。エルニサエル公国全体の東に広がる東の森のような広大な森ではないがある程度の広さがある。森の東側からは光が溢れ始めているが、日の出を迎えるにはもう一刻は必要だろう。夏を控えたこの時期とはいえ大陸の中央部にあるエルニサエル公国の朝は少し肌寒い。近くには東西に延びる街道が続いていた。街道の東へ目を向けると湖岸の街ハプスクラインへと続き、西の先はガードランド帝国へと続いている。
そんな森の中、紫色の魔力の光が淡く光る。地面に魔法陣が浮かび一人と一匹が姿を現した。
「ふぅ…。やっぱり外は気持ちがいいな…」
「きゅ!!」
C級冒険者プレストンとその従魔であるティアである。ダンジョンの最下層に封印を施した二人は魔法陣に乗ることでここに転送されたのであった。
「ここは…?森だけど、どの辺りかな…?」
「主殿。あのダンジョンの気配を感じる。どうやらあのダンジョンの西側に転移したらしい。ちょっと見てくる」
そう言ったティアはぱたぱたと羽ばたきながら空へと上がり、森の上空から周囲を見渡しプレスの元へと戻ってくる。
「主殿。こちらの方向に東西に延びた街道が見えた」
そう言って指をさす。
「そうか…。じゃあ西へ行こう」
「主殿?行く当てはあるのか?」
「ああ。後で説明するよ。それよりもティアの姿…。どうしようか…?」
「このかわいい子竜の姿ではだめなのか?」
プレスの周りをふよふよと飛ぶ小さな形態のティア。確かにかわいい。
「うーん、テイマーという職業は一般的だけど人語を使うドラゴンをテイムできる者なんていないだろうからね…。…そうだ!ティア!人の姿になることはできるかい?」
「人の姿とな?」
「ああ。もし苦にならなければね。そうであればティアを冒険者登録することもできる。人語を話すドラゴンを連れたテイマーでは目立ちすぎるからね」
「問題ないぞ。我のような竜であれば造作もないことだ。どれ…グルル…ルル…ルル……」
ティアの身体が光に包まれる。そして………、
「!!!」
プレスがティアに飛び掛かった…と思うと彼のマントがティアの身体を包んでいる。
「どうしたのだ?いきなり飛び掛かってくるから主殿も男であると喜んだのに…。存在としての我は従属魔法で魂までも捧げた身である。主殿が我に何をしても問題はないのだぞ?」
「なんで…全裸なの?」
「先ほどから我はこのままであったろうが?それともこの姿では主殿は欲情しないのか?」
プレスの前には全裸の美女がマントを巻いた姿で佇んでいる。どうやらこの姿こそティアがとる人の姿であるらしい。金髪に金の瞳を湛えたそれは絶世の傾城のと呼ばれるほどの美しさを誇り、その肢体は細くしなやかながらも女性の魅力を最大限に伝える量感を湛えていた。
「いや…それは置いておいてくれ…。その姿がティアにとって一番楽な人の姿ってこと?」
「うむ。どんな姿になることも出来なくはないが他の姿ではちと気を使ってしまう。この姿であればずっと保っていることができるぞ」
「なんか…。テイマーよりも目立つかもしれないけど…ま、どうにかなるか…。ちょっと待ってよ。女性ものの服なんて持ってないぞ…。たしかローブにシャツとパンツ一式ある魔導士用の装備なら…」
プレスは慌てながらもマジックボックスを漁り始める。
「…それよりもこんな人気のない場所で、全てを受け入れている半裸の美人を見ても主殿は何もしないのか?」
「パーティを組んだその日に仲間に手を出すってどんなやばい奴なんだよ…。ティアその話はまた今度だ。今はこれに着替えてくれ!」
そう言って魔導士用の装備を渡すプレス。下着はどこかの街で買うしかないようだ。パーティ内の恋愛は嫉妬などで人間関係を悪くすることが知られており、上手くいっているパーティはごく少数と言えた。たとえ二人だけのパーティであっても合同で動く際に他のパーティから変なやっかみを受けたら彼らに背中を任せられない。冒険者同士の恋愛は難しいと言われる所以である。プレスも相棒になった相手へいきなり肉体関係を迫るようなことはしたいと思わなかった。
「我は主殿に従うだけなのでそのあたりは主殿に任せるぞ…」
魔導士の装備に腕を通しながらそんなことを言ってくるティア。この美貌でそんなことを言われたら普通の男であれば…この話は…もういいだろう…。
「はいはい…」
プレスの疲れた声が聞こえた。
着替えたティアを伴い街道へと出るプレス。東に目をやると遠くに朝日が差し込むハプスクラインの街並みが見える。
「いい街だった…。トム…。頑張れよ…」
「主殿…。我もダンジョンに加護を与えた。問題ないだろう」
「ああ、きっと…もっといい街…。もっといい国になる…」
そう言い残して冒険者と魔導士らしい美女は街道を西へと歩き始めるのであった。
その後、湖岸の街ハプスクラインでは…。
帰還したトーマスはプレスの提案通りに報告。勇者候補の冒険者遺族に手厚い報奨を与えている。第二夫人のシーラルにもプレスのことを伏せて真相と結果を話し和解することに成功した。ダンジョンより空へと打ち上げられた光の柱が多数の人々に目撃されており、彼らは継承の儀が成功した証であると信じているようであった。まさかドラゴンのブレスであるとは言えないトーマス達は口を噤むことにしたのでる。
その後、皇太子として認められたトーマスは大公イサーク=ラーゼルハイドの下でユスティと共に辣腕を振るったと言われる。大公を継いでからは騎士団長を務めていたサファイアを貴族の養女とすることで体裁を整えた後、結婚。家族に恵まれ幸せの中、腹心である弟ユスティと共に父の商業主義を継続。エルニサエル公国は大陸中央における流通の要所としてハプスクラインとカーマインの街は更なる発展を遂げることとなる。
そして初心者用のダンジョンであったハプスクラインのダンジョンもティアの加護により変貌を遂げていた。階層は少ないながらもフロアは広大となり、階層ごとに初級からやや上級まで幅広いモンスターが現れ、そのドロップ品と採取できる鉱石などはどれも高品質なものであった。下はE級から上はA級までの冒険者が実績を積める大陸でも有数の優良ダンジョンとなっていたのである。
そのことを知ったトーマスはかねてよりの方針として冒険者とのわだかまりをなくすことに腐心。数年後、ハプスクラインは冒険者にとって滞在しやすい豊かな街として大陸に知られるのであった。そのことによってさらに多くの人と物資がエルニサエル公国に集まるようになる。
常に市民や冒険者と同じ目線で物事を考え、彼らの暮らしを良くすることだけを思い善政に努める大公トーマスを人々は賢王として褒め称えた。
後年、大公家付きの歴史家に大公としての信条を問われたトーマスは語っている。
「たった一人の冒険者が余の運命を変えた。旅をする彼が再度この国を訪れたとき、以前よりもよい国だと思ってもらえる国を造ることこそ我が信条である」
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