第665話 闇の王

「はああっ!!」

『ぐうっ……ふんっ!!』



衝撃解放の威力によってアルトは壁際まで押し込まれると思われたが、彼の身体から放たれる黒蛇が天井や床に噛みつき、衝撃波を耐え凌ぐ。その光景を見てレナは危険を覚え、すぐにオーガに視線を向けるとオリハルコンの弾丸の回収を行う。


掌を構えるとレナの元にオーガの頭部にめり込んでいた弾丸が飛び出して元に戻ると、魔銃に装填してアルトへ構える。だが、未だに混乱が収まらぬレナは魔銃を掴む腕を震わせ、アルトへ向き直った。



「……アルト、君じゃないのか」

『……やはり、お前がの障害となるか』



アルトの言葉を聞いてレナは唇を噛み占め、声音はアルトその物だが雰囲気が明らかに違い、何よりも全身から放たれる闇属性の魔力を感じ取ったレナはヒトラが発して魔力と全く同質の物である事に気付く。


ヒトラの死骸に一度だけレナは視線を向け、改めてアルトへと振り返る。いったいどのような方法を利用したのかは不明だが、ヒトラは間違いなくアルトに乗り移っていた。信じられない事だが、もう目の前に相対するアルトは以前のアルトではなく、新しい肉体を手にした「ヒトラ」だと理解した。



「ヒトラ!!」

『消えろ、お前の相手などしてられん』



レナはヒトラに向けて魔銃を構えるが、アルトの肉体である事を思い出して攻撃に躊躇してしまい、その様子を見たヒトラは全身から生やした八つの黒蛇を操作してレナの元へと放つ。


本能的に黒蛇に触れるのは危険だと判断したレナは咄嗟に身を守ろうとするが、あらゆる方向から迫りくる黒蛇に対して回避する術はなく、かといって反撃する方法も思いつかない。どうすればいいのかと考えた時、レナはアルトの姿を見てある方法を思いつく。



「はああっ!!」

『何っ……!?』




――レナの全身に紅色の魔力が覆い込み、噛みつこうとしてきた黒蛇の牙を紅色の魔力が遮る。レナは自分の肉体に付与魔法を発動させ、全身を覆い込む「魔力の鎧」を作り出した。その光景を見てヒトラは驚き、一方でレナは紅色の魔力が黒蛇を弾く姿を見て確信を抱く。




魔法拳を発動させるときもそうだったが、レナの地属性の魔力の本質は「重力」である。地属性の魔法は重力を利用してあらゆる攻撃を跳ね返す性質を持ち、それは闇属性の魔力すらも例外ではない。


本来は聖属性以外の魔力では対抗できないと言われている闇属性の魔力だが、地属性の魔力でも跳ね返せる事が判明した。対抗とまでは言い難いが、それでも魔力の密度を高めれば闇属性の魔力でも受け付けず、レナは全身に魔力を纏わせた状態で踏み込む。



「ヒトラぁあああっ!!」

『ぐぅっ!?』

『させんっ!!』



ヒトラと化したアルトに向けてレナは闘拳を振りかざそうとした瞬間、何処からか別の声が聞こえ、反射的に振り返るとそこにはカトラスを構えたジャックが存在した。ジャックは背後からレナに飛び掛かり、刃を振り抜く。



『くたばれっ!!』

「くっ……邪魔するなっ!!」



咄嗟に闘拳と籠手でレナはカトラスを弾くと、ジャックは舌打ちしながらも体勢を整えるために距離を置き、その一方でヒトラの方は扉の方角へと駆け込む。



『……ジャックよ、ここは任せたぞ』

『お任せください……この男だけは俺が殺しましょう』

『頼むぞ、我が忠実な僕よ』

「お前っ……!!」



この状況下で最悪の時に現れたジャックに対してレナは激怒するが、ジャックとしてもこれまで苦楽を共にした仲間を討ったレナを前にして引けず、二人は闘拳とカトラスを交わす。金属音が部屋へ鳴り響き、その様子を見たヒトラはすぐに扉を開いて部屋から抜け出す。


アルトの肉体を奪う事に成功したとはいえ、ヒトラ自身もまだ慣れない肉体に力が制御できず、彼は口元から流れる血と胸元の傷を抑える。もしもあのままレナと戦い続けていたら危険だったのは自分の方かも知れないと悟ったヒトラは忌々し気に呟く。



『付与魔術師如きがっ……!!』



世間一般では魔術師の落ちこぼれだと蔑まれている付与魔術師の称号の人間が、自分を追い詰めたという事実にヒトラは激しく憎悪を抱き、その憎しみの心が闇属性の魔力を生み出す。


皮肉にも負の感情を抱いた事で魔力を取り戻したヒトラは舌打ちし、すぐに次の計画へと移るために動く。一方で部屋の中ではレナはジャックと単独で戦い、ヒトラを何としても止めるために全力で戦う。



限界強化リミット……うおおおっ!!」

『ぐおおっ!?』



限界まで付与魔法で強化した闘拳が紅色へと変色すると、ジャックの胸元に向けて叩き込まれる。仮にゴブリンキングやミノタウロスなどの大物であろうと今のレナの一撃ならば確実に致命傷を負った一撃だったが、ジャックは身体を吹き飛ばされながらもすぐに傷口の部分に闇属性の魔力が覆い込み、傷口を塞ぐ。



『ははっ……大した力だ、そうでなくては面白くない』

「くそっ……!!」



治療とは違うが、今のジャックはどんな攻撃を受けたとしても闇属性の魔力によって傷口が塞がれてしまう。しかも死霊人形と化したジャックには苦痛の感覚は存在せず、躊躇なくレナに襲い掛かる事が出来た。

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