第655話 大蛇

(大蛇!?)



通路の先に待ち構えていたのは人間を丸呑みに出来そうな程の巨大な蛇である事が判明し、彼女は咄嗟に武器を構えようとした。しかし、大蛇が襲い掛かる様子は見せず、何故かシノたちの姿を確認しているが動く気配がない。


通を塞ぐように存在する大蛇を見てシノは驚き、他の者達はまだ視界に捉えていないので唐突に彼女が立ち止まったようにしか見えない。いったい何が起きたのかコネコはシノの背中から覗き込むと、大蛇の姿を確認して危うく声を上げそうになる。



「へ、蛇……!?」

「しっ」



シノは咄嗟にコネコの口元を抑え、静かにさせると彼女は大蛇を伺う。今現在は大蛇は動く様子はなく、何故か襲いもせずにシノたちの様子を伺っていた。その事にシノは普通の大蛇ではなく、恐らくは人間に躾けられているのだと判断した。



(この大蛇は……思い出した、名前は確か「バジリスク」まだ子供のようだけど……どうして「蛇竜」と恐れられる魔獣がここに?)



必死に記憶をたどって大蛇の正体を思い出したシノは冷や汗を流し、彼女の記憶が確かならば目の前の大蛇の正体は「バジリスク」と呼ばれる魔物で間違いなかった。


バジリスクは地球では有名な神話上の生物だが、こちらの世界では蛇型の魔獣であり、成長した個体は竜種級の戦闘力を誇る事から別名は「蛇竜」とも呼ばれている。そんな危険な存在が地下通路に潜んでいるなどシノは全く知らず、どのように対処するべきかを考える。


このバジリスクも盗賊ギルドが用意した魔物なのかと彼女は焦りを抱くが、バジリスクの方は何故か動く気配はない。バジリスクは危険種なので人間を襲わないはずがなく、考えられるとしたらこちらのバジリスクは人間に躾けられているのだろう。



(地上に出現した昆虫種のように誰かに操られている?)



本来ならば人間に従うほどの知能を持たない昆虫種が盗賊ギルドに利用されているように、こちらのバジリスクも盗賊ギルドに所属すると思われる「魔物使い」に服従しているのかとシノは考える。そうでもなければ蛇竜と恐れられる大蛇が餌である人間を前にして襲い掛からないはずがない。


シノはゆっくりと後退しようとしたとき、バジリスクはそれに反応して身体を動かす。その行動を確認したシノは直観的に背中を見せたら襲われると判断した。



(私達を観察して敵か味方か判断しようとしている……そうなると逃げようとすれば後ろから襲い掛かってくる可能性が高い。けど、戦闘になれば勝ち目は薄い)



蛇竜と称されるだけはあってバジリスクの鱗の硬さは尋常ではないとシノは聞いており、どうするべきか彼女は悩む。こんな事になるのならば自分一人で通路を調査するべきかと後悔しかけた時、不意にシノの背後から誰かが肩を掴む。



「大丈夫だ、シノ君。落ち着くんだ」

「……ルイ?」

「やれやれ、まさかこんな怪物まで地下に潜んでいるとは……だが、ここは泣き言を言っていられない。こいつを倒すしかないようだね」



通路を完全に塞いでいるバジリスクを確認してルイは冷や汗を流しながらもシノの首筋に手を移動させ、彼女の耳元に囁く。



「僕の補助魔法で君を出来る限り強化する。その後は、君の妖刀で奴を一か八か倒すしかないね」

「私が……?」

「大丈夫だ、君だってレナ君にも負けない金色の隼が誇る冒険者の一人だ。自信を持つんだ……君なら出来る」

「……分かった」



ルイの言葉にシノは頷き、そしてバジリスクが動き出す前にルイはシノの肉体に補助魔法を施す。使用する魔法は身体能力の強化と、魔法の力を一時的に強化させる補助魔法を選択した。



肉体強化アクセル魔法強化ブースト!!」

「っ……!!」

「シャアアアッ!!」



シノの肉体が光り輝き、ルイの魔法によって彼女は限界近くまで身体能力が強化され、更に妖刀が光り輝く。彼女が所有する「炎華」と「氷華」は所有者の魔力を吸い上げて威力を増幅するため、ルイの補助魔法によって魔法の効果も倍増した結果、妖刀も強化される。


炎と冷気を纏わせた妖刀を構えたシノは正面からバジリスクに挑み、襲い掛かろうとするバジリスクの顔面に向けて刃を放つ。バジリスクは顎を開き、そのまま彼女を丸呑みにしようとしたが、ここでシノは戦技を発動させた。



「十字斬!!」

「アガァアアアッ……!?」

「やったか!?」



妖刀の刃を振りかざし、漢字の「十」のようにシノはバジリスクの顔面を切り裂く。その結果、火傷と凍傷を同時に負ったバジリスクの巨体が怯み、その隙を逃さずにシノは踏み込むと両手の妖刀を構えて更に戦技を発動させる。



「剣舞」

「ッ――!?」



その場で回転するようにシノは両手の妖刀でバジリスクの肉体を切り裂き、次々と大蛇の胴体に無数の傷跡が発生し、傷口が発火と凍結を引き起こす。空中で舞うようにシノはバジリスクの胴体を飛び越えた時にはバジリスクの巨体が床に倒れていた。

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