第653話 最悪の到来

「シャアッ……!?」

「え、どうしたのヒリュー……!?」

「そ、そんなっ……」

「……馬鹿なっ」



飛竜の異変に気付いたミナは顔を見上げると、上空を飛ぶ巨大な物体を確認して目を見開く。それは他の者も同様の反応を示し、ルイでさえも信じられない表情を浮かべる。




――闇夜を照らす月の光を遮る巨大な影が出現し、その姿を見た者は愕然とした。この王都へ接近しているという話は知っていたが、それでもあまりにも早すぎる到来に誰もが恐怖の表情を浮かべる。




王都を照らす満月を遮るかの如く出現した巨大な生物は両翼を伸ばし、やがて地上へと降り立つ。その全長はケルベロスを上回り、30メートルを超える体長に全身が金属を想像させる赤色の鱗に覆われ、何よりもその獰猛な貌を見ただけで飛竜でさえも怯えて動けなくなってしまう。


遂に王都へ訪れた「火竜」は咆哮を放ち、そのあまりの凄まじい声量に王都中の住民が震え上がった。最悪な状況で最凶の存在が出現した事にルイはすぐに皆に指示を出す。



「隠れるんだ!!すぐに近くの建物に身を隠せ、間違っても飛竜を飛ばすんじゃない」

「シャ、シャアアッ……」

「落ち着いてヒリュー……大声を上げないで……!!」

「ヒヒンッ……」

「よしよし、いい子ですわ……落ち着いてこっちに移動しましょう」



ルイの指示に即座に全員が従い、火竜に発見される前に全員が建物の路地へと身を隠す。幸いというべきか火竜はミナ達の存在には気づかなかったようだが、それでも状況は悪化した事に変わりはない。


火竜が王都へ向かっているという話は聞いていたが、あまりにも早すぎる到着にルイは冷や汗を流す。同行していたヒリューと天馬に関しては野生の本能で怯え切ってしまい、可愛そうにこの状態だと空を飛ぶのも難しい様子だった。


だが、不用意に上空へ飛べば火竜の目に留まり、狙いを定められる危険性も高い。ここで下手に動くよりは身を隠す方が安全だと判断したルイは全員に顔を向け、口元に指を近づけて騒がないように促す。



「皆、静かにするんだ……見つかったら危険だ。このままどうにか見つからないように飛行船へ避難しよう」

「で、でも……飛行船に避難すると言っても私達の進路方向上に火竜が待ち構えていますわ。飛行船に向かうにしても見つからないように大きく迂回しなければ……」

「それなら私にいい考えがある」

「シノちゃん?」



シノは火竜の様子を見て手招きを行い、全員に付いてくるように促す。ここはシノを信じて彼女の後に続くと、やがてシノは街道に出てある場所を指差す。



「あの穴の中に移動する」

「あそこって……さっき、兄ちゃんが壊した大穴じゃないか」

「そう、運が良い事にあの穴の中は地下通路が通っている……私の記憶が確かならばこの地下通路を潜り抜ければ丁度飛行船が保管されている場所の近くに抜け出す事が出来る」

「なるほど、下水道の通路を使うのか……この際、手段は選んでいられない。悪いが、天馬と飛竜はここに残しておこう」

「えっ!?おいて行っちゃうの!?」

「残念だけど、人間が通れるほどの広さしかないから飛竜や天馬を連れて行くのは難しい。そもそも私達と行動するより、ここで隠れていた方が安全」

「シャアアッ」

『ヒヒンッ……』



シノの言葉にヒリューと天馬は賛同するように大穴から離れ、路地裏の方に身を隠す。完全に火竜に対して怯え切っており、その様子を見たミナは無理やりに連れていくのは可哀想に思って最後に指示を出す。



「分かった。ヒリュー……ここまでありがとう。怖いだろうけど、ここからは一人で王城まで戻ってね」

「シャウッ」

「その飛竜、アルトの兄ちゃんが連れてきたんだけどな」

「……いや、僕は気にしてないよ」



当たり前の様にヒリューを従えるミナに対してアルトは複雑な気持ちを抱くが、今はそんな事を気にしている暇はなく、ミナ達は火竜に気づかれる前に大穴から地下の通路へと移動する。


レナは体力もあるデブリが背負おうとしたが、半裸で汗だくになっている彼に背負われるのは可哀想だと思ったルイがアルトに背負わせる。仮にも一国の王子であるアルトに抱えさせるなど問題行動だと思うが、アルトとデブリ以外の男性陣は疲れ切った状態のシデしかおらず、まさか女性陣に背負わせるわけにもいかずにアルトがレナを背負う事になった。



「申し訳ないね、アルト王子。レナ君を運んで貰って……」

「い、いや……僕はこんな状況ではこれぐらいしか役立ちませんから」

「きつくなったら言えよ。僕が代わりに運んでやるからな」

「止めろよ、デブリのあんちゃんが運んだら兄ちゃんに変な脂が付きそうだし……」

「うん、それは絶対に嫌だね……」

「……地獄絵図」

「流石にそれはちょっと……」

「おい、お前ら本当に失礼だな!?」

「大声を上げるんじゃない、地下とはいえ地上に聞こえたらどうするんだい?」



女性陣の容赦ない言葉にデブリは半泣きになるが、それをルイが注意する。今は傷ついたデブリを慰めるよりも早く地上へ抜け出し、他の勢力と合流するのが最優先だった。

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