第614話 凶刃
「……あいつがどうなったのかは俺も知らねえ、だが生きているとしたらまだ工場区にいるはずだ」
「工場区に……では、行きましょうかシデさん」
「あ、ああ……おい、ブラン。お前はどうするんだ?」
ドリスは話を聞くと工場区に向かおうとするが、シデはブランにこれからどうするのかを聞く。こうなった以上は彼に残された手段はサブに従うか、あるいはシデのようにサブの元を離れるかしかない。
シデとブランでは立場が違い、ブランの場合はサブに対して恩義がある。だが、先ほどのドリスの言葉を思い出して本当にサブの事を大切に想っているのならば彼が間違った道を歩もうとするのを止めるのが正しい役目ではないのかと考えてしまう。
「俺は……!?」
立ち上がったブランは判断を決めようとしたとき、彼はドリスの近くに存在する建物の屋根の上に人影がある事に気づき、嫌な予感を覚えた。ブランは咄嗟にドリスの元へ駆け寄ると、彼女の身体を突き飛ばす。
「離れろっ!!」
「きゃっ!?」
「何をっ……!?」
ブランはドリスを突き飛ばした瞬間、屋根の上に存在した人物は地上に向けて降りると、先ほどまでドリスが立っていた場所に両手に握りしめていた「カトラス」を振り落とす。
「馬鹿がっ!!」
「ぎゃああああああっ!?」
「ブランさん!?」
「ブラン!!」
結果から言えば振り下ろされた刃はドリスを庇ったブランの背中を切り裂き、彼の悲鳴が街中に響き渡る。その光景を目撃したドリスは目を見開き、シデは駆け出そうとしたが、背中を斬りつけられたブランは地面に倒れ込もうとした。
彼は背中を切り裂かれた瞬間、焼けるような痛みに襲われ、こんな状況にも関わらずに斬られると傷口が熱くなることを知る。背中から血が噴き出す感覚に襲われ、このままでは意識を失いかねず、彼は自分が倒れる前に切り付けた相手の顔を確認する。
「て、めぇっ……!?」
「ちっ……ガキが、余計な真似をしおって」
「あ、貴方は……!?」
地面に倒れたブランに対してカトラスを握りしめた男は彼の頭を踏みつけ、その男の顔を見たドリスは目を見開く。彼女の視界に現れた男は少し前に裏街区を脱出しようとしたときに襲い掛かり、シノに深手を負わせた人物で間違いなかった。
――ドリス達の前に現れたのは七影の一角であり、今は亡きリッパーの代わりに七影の長の片腕を務める「ジャック」が存在した。彼は両手にカトラスを握りしめた状態でドリスと向かい合う。
この状況下でジャックと相対したドリスは冷や汗を流し、彼の足元に抑えられたブランを見て下手に動く事が出来なかった。そもそも彼女はここまでの道中で大分魔力を消耗し、もう残された魔力では合成魔術をあと一度でも発動できるかどうかだった。
「命拾いしたな、このガキが余計な真似をしなければお前の首を斬り落とせたんだろうが……まあ、せいぜい数秒ほど寿命を延ばしたに過ぎんがな」
「ぐああっ!?」
「お前、ブランから離れろ!!」
「おっと、動けばこいつの命はないぞ?」
シデはブランを踏みつけるジャックを見て我慢できずに杖を構えようとしたが、彼が魔法を発動させる前にジャックはブランの首筋にカトラスを近づける。下手に動けばブランの命が危うく、ドリスとシデは動く事が出来なかった。
「ば、馬鹿野郎……俺の事なんか気にするな、さっさとこのくそ野郎をぶっ飛ばせ!!」
「で、ですが……」
「威勢がいいな、随分と仲間想いだな。だが……」
「ぎゃああっ!?」
「や、止めろっ!?」
ジャックはブランの背中に容赦なくカトラスを突き刺し、再びブランの悲鳴が街中に響く。その様子を見てシデは近づこうとした瞬間、ジャックは彼に対してもう片方のカトラスを向ける。
カトラスを向けられたシデはあまりの迫力に動く事が出来ず、一方でドリスの方も下手に動けばブランの命が危うい事は理解した。しかし、このままではここにいる全員の命が危ない事にも気づいていた。
(この男、強い……!!)
魔術師であるドリスだが、彼女はこれまでに何人もの武人を見てきた。彼女の家は商家のため、様々な人物が訪れる。その中には冒険者も多く含まれ、彼女は小さいころから数多くの武人を目にしてきた。
ジャックを相対したドリスは彼から異様な気迫と雰囲気を感じ取り、一目見るだけで只者ではない事を見抜く。仮にドリスが万全の状態だったとしてもまともに戦って勝てる相手ではないかもしれない。それほどまでに今現在のジャックは鬼気迫る威圧を放ち、そんな彼に対してシデも動けない。
(いったいどうすれば……)
考えている間にもブランは痛めつけられ、このままでは彼の命が危うい。だが、助けようにも下手に魔法を発動させればジャックだけではなく、ブランにも被害を与えてしまう。そもそもジャックがドリスやシデに魔法を発動させる隙を与えるはずもなかった。
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