第361話 無敗の理由

――試合後、気絶したヘンリーはアイリの元に運ばれるが、特に大きなけがはなく気絶しただけだと判明する。一方で勝利したはずのレナの方が負傷が大きく、アイリは呆れた表情を浮かべながら回復魔法を施す。



「信じられませんね、砲撃魔法を受けてあれだけ動けるなんて……よほどレナさんの魔法耐性が高かったのか、それともこの鎖帷子が頑丈だったのか、どちらにしろこの程度の怪我で済んで良かったです」

「いてててっ……」

「ふむ、勝った方が重傷で負けた方が軽傷とは……面白い結果になったのう」

「でも勝ちは勝ちだ!!これであたし達の全勝だ!!」

「いや、ミナは引き分けだっただろ」

「あうっ……ごめんね皆」

「仕方ない、相手が悪かった。あれと戦ってむしろよく引き分けた」



今回の対抗戦はミナ以外の人間が勝利を果たしており、結果的には誰も敗北はしておらず、騎士科の生徒の圧勝といっても籠pんではない。一方で惨敗を喫したブラン達の顔色は悪く、試合前にあれほど自分達が勝利を確信していたにも関わらず、誰一人として勝てなかったという事実に俯く。


レナ達の事を舐めていたのは事実だが、彼等なりに警戒して全力で挑んだことは間違いなく、予想以上にレナ達の実力が高かった。そんな彼等に対してサブはため息を吐きながら問う。



「ブラン、シュリ、ツルギよ……儂は心を鬼にして言うぞ。何じゃ、あの試合の有様は?」

「うっ……申し訳ありません」

「我々の実力が足らず、老師に迷惑をかけてしまい、申し訳ございません……」

『面目ない』

「ふむ、少しは反省しているようじゃな」



素直に言い訳を行わずに敗北を認めたブラン達に対してサブは頷き、今回の試合を見て彼はブラン達の弱点を告げる。



「お主達は勝てなかったのは実力が及ばなかったからではない。儂の見立てではお主らと騎士科の生徒諸君の実力は伯仲していた……なのに何故、勝てなかったのか?」

「えっ?」

「答えは単純じゃ、お主らが傲慢だったからじゃ。最初から戦う相手を侮り、自分達の優秀さを見せつけるように本気で戦わなかった。特にシュリとブラン、お主達は勝つためならばいくらでも方法があったはずじゃぞ」

「「くっ……」」



ブランとシュリは何も言い換えず、確かに二人は試合の際中に何度か相手を仕留める好機はあった。しかし、それを敢えて見逃した結果、敗北を喫してしまう。


勝負事にあの時にああしていれば、などという言い訳は通用せず、どんな言い訳を考えようとブラン達がレナ達に負けたという事実は変わりない。サブはこの敗北を糧にもう無暗に相手を見下すような真似は止めろと注意した。



「シュリよ、お主の戦った相手はまだ子供である事から大怪我を負わせないように手加減したのだろう?その甘さが敗北に繋がったのだ。戦場では相手が子供であろうと関係ない、実戦の場では非情になれなければ寿命を縮めるぞ」

「はい……」

「ブラン、お主の場合はもっと酷いぞ。お主の扱う黒炎は応用性に優れ、どのような状況でも対処できる素晴らしい魔法じゃ。それにも関わらずにお主は余裕を見せつけるように黒炎を多用した……そのせいで弱点を見抜かれ、危うく儂が止めなければお主の顎は破壊されていただろう」

「し、しかし老師!!俺は負けたわけでは……」

「ほう、馬鹿者!!試合である事を忘れて相手を殺そうとしたことをもう忘れたか!!儂は自分の弟子に殺人鬼なぞいらんぞ!!」

「うっ!?」

「お主達は前々から自分の才能に溺れ、人を見下す傾向がある事は知っていた。だからこそ儂はお主達をこの学園に通わせ、お主達に匹敵する力を持つ者達と交流させる事でその傲慢な態度が少しでも緩和すればと思っていたのだがな……」

「老師……」

「ブランよ、それに他の者も聞け。儂の弟子だからといって気負う必要はない、お主らはまだ若い。変なプライドなど捨てて他の者と交流し、自分の力を伸ばすのだ。もう今回のような騒動は許さんぞ」

『は、はい!!』



尊敬するサブの言葉に弟子達は従うと、彼は満足そうに頷き、今回の件で少しは弟子達の心境に変化があったのかと喜びかけた瞬間、唐突にヘンリーの泣き声が響き渡った。



「うわぁあああっ!!やだぁあああっ!!僕は負けてないもんっ!!」

「ちょ、落ち着いてください!!急にどうしたんですか!?」

「何事ですか!?」

「それが、急に泣き出して暴れ出して……」

「わあああんっ!!もう一回、もう一回戦ってぇっ!!次は負けないからぁっ!!」

「ええっ……!?」



目を覚ましたヘンリーは小さな子供のように泣き叫び、アイリに羽交い絞めされながら抑えつけられる。唐突なヘンリーの変貌にレナ達は戸惑うが、サブだけは頭を抑えてしまう。


子供のように泣きじゃくるヘンリーの変貌ぶりにレナ達だけではなく、ブラン達も何が起きているのかと戸惑うと、サブは少し言いにくそうにヘンリー無敗の秘密を話す。



「ああ、またこれか……」

「ろ、老師!!ヘンリーの様子がおかしいのですが……」

「いや、実はお前たちに言っていなかったが……実はヘンリーの奴は大の負けず嫌いでな、自分が負けるとあのように泣き叫び、手が付けられなくなるのだ」

「ええっ!?で、でもヘンリーは負けた事がないのでは……」

「うむ、確かに奴は負けた事がない……何しろ、負けたとしてもあのように泣き叫んでは敗北を認めないから、結局は勝った方が折れて勝ちを譲ってしまうのだ。だからヘンリーは儂の弟子達の中で「無敗」なのじゃ……」

『な、何だそりゃあぁああああっ!?』

「びぇえええんっ!!戦わないならこの学園、火の海に変えますぅううっ!!」

「や、止めんかっ!!こら、広域魔法を発動させようとするな!!おい、誰かアイスを持ってこい!!甘いものを与えれば一時は落ち着くんじゃ!!」



ヘンリーの無敗の真実を知った者達は叫ばずにはいられず、結局は泣きつかれて眠ってしまうまでヘンリーは暴れまわった――

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