第345話 対抗戦第一試合〈デブリVSツルギ〉

『隠れもせず、堂々と出てくるとは……愚か者か、あるいは自信家か、どちらにしろ大した男だ』

「ふん、こんな時まで筆談か……距離があるから小さい文字は読みにくいんだぞ」

『それはすまないと思っている』

「本当にすまないと思ってるならもっと近づけて見せろよ!!」



あくまでも声を使わず、ノートの筆談で意思を伝えてくるツルギにデブリは調子を狂う。そもそもデブリの方も魔術師にも関わらずに身を隠さないで自分の前に現れたツルギに疑問を抱く。


石壁の利点はなにもデブリだけが有利というわけでもなく、接近戦に持ち込まれれば不利になるのは魔術師であるツルギの方に思われた。だが、彼は身を隠す事もせずに堂々と姿を現し、デブリと向き合う。



「何を考えているのか知らないが、容赦はしないぞ!!」

『望むところだ』



デブリは上着を脱ぐと上半身が裸になり、更にズボンも捲し上げて短パンのように変化させる。肌を露出する方がデブリの調子も上がり、更に彼は「四股」を行う。足が石畳を踏みつける度に闘技台に振動が走り、デブリの集中力を磨く。



「ふんっ!!」

「うわっ!?揺れた!?」

「なんて奴だ……」



闘技台の外の選手たちは監視水晶越しの映像を通して観察し、闘技台の傍に控えるブラン達はデブリの行動に驚かされる。傍からみればデブリの行為は理解しがたいだろうが、四股を行った瞬間にデブリの雰囲気が変化した事に気づき、冷や汗を流す。


それでもブラン達は全員がツルギの勝利を確信しており、対戦相手がツルギにとっては最も相性が良い相手だった事に余裕の笑みを浮かべる。



「おい、お前の所の先鋒に伝えてやれよ。大怪我をしたくなかったら棄権しろ、とな……」

「はあ!?あんちゃんがあんな筆談野郎に負けるかよ!!」

「おいおい、こっちは善意で忠告してるんだぜ?よりにもよってツルギの奴と当たるなんてな……運がないぜ」

「どういう意味だ?」

「まあ、見てれば分かるよ」



ブランの余裕のある言葉にレナ達は疑問を抱くと、画面上のデブリが十分に精神を集中させたのか動き出し、ツルギの元へ向かう。ツルギは身構えもせずに正面から迫るデブリに対して立ち尽くす。



「どすこいっ!!」

『…………』



迫りくるデブリに大してツルギは背中に手を伸ばすと、全身を覆い隠すローブの下に隠していた魔剣を取り出す。ブラン達が所有する物よりも刀身部分が長く、更に風、火、水、雷の魔石が柄に埋め込まれた魔剣を抜き放つ。


魔剣を引き抜いたツルギはデブリに向けて正面から振り下ろすが、寸前でデブリは危険を悟り、反射的に右手を吐き出す。結果としてはツルギが振り下ろした刃はデブリの左肩に食い込み、逆にデブリの突き出した張り手はツルギの左肩に衝突した。



「ぐあっ!?」

「っ……!?」



デブリは身体に血飛沫が舞い上がり、その場に膝を付く。一方でツルギの方も予想外の腕力によって身体が吹き飛ばされ、後方に存在した石壁へと叩きつけられた。


四股によって集中力を高めていた事によってデブリは反射的に反撃を繰り出せたが、左肩から胸元に大きな傷を負う。



「ぐううっ……!?は、刃物で攻撃するだと、お前魔術師じゃなかったのか!?」

「…………」



ツルギの方は吹き飛ばされた影響で左肩が脱臼したのか腕が上がらくなり、残された右腕の魔剣を床に突き刺して立ち上がる。相手が魔術師だからと魔法だけを使用してくると思いこんでいたデブリは予想外の攻撃に戸惑うが、損傷自体は皮一枚切れた程度で大したことはない。


出血はしたがデブリの方が軽傷で済んだのは彼の肉体が筋肉と脂肪を組み合わせた「肉の鎧」と言っても過言ではない強度を誇り、一方でツルギの方はデブリに外された左腕の脱臼を治そうと苦痛の表情を浮かべながら肩を抑え込む。戦闘職であるデブリと魔法職のツルギでは純粋な身体能力はデブリが上回る。



「くっ……まだ僕の身体は刃物を弾くほど強くはないか。だが、その程度の切れ味の武器で僕を倒せると思うな!!」

「…………」



ツルギはデブリの言葉に大して黙って睨みつけると、外れた肩を力尽くで戻す。腕は痛むようだが動かす事は出来るため、彼は今度は両手で魔剣を構えた。それを見たデブリは鼻息を鳴らし、自分の頬を叩く。


相手が魔術師なのに刃物を扱って攻撃するというのは予想外だったが、最初から刃物を使用してくる事が分かればデブリは恐れる事もない。対人戦で剣士と戦った事は何度もあるため、デブリは再び構えをとる。




――しかし、ツルギはデブリが攻撃に移る前に剣を掲げると、刀身に掌を構えてゆっくりと口を開く。その声が聞こえたのはデブリだけであり、彼は驚愕の表情を浮かべる。その直後、柄の部分に埋め込まれた魔石が光り輝くと、刀身に電流が迸った。




刃の部分に電流を帯びた魔剣を構えたツルギを見て最初に驚いたのデブリではなく、付与魔術師のレナだった。遅れて他の者達も動揺を隠せず、一方でブランの弟子達はツルギが本気を出した事を知る。



「……そういえばあいつの称号を教えていなかったな。奴は魔法剣士だ」



思い出したようにブランはレナ達にツルギの称号を話すと、刀身に刃を纏わせたツルギはデブリに向けて剣を振り下ろす。

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