第221話 少年の正体
――その日の晩、カーネの屋敷の元に七影の一角であるジャックが訪れる。今回、彼が赴いた理由はカーネに用事があるわけではなく、彼の監視役と連絡係を任せている同じ「七影」からの定期報告を受けるためにわざわざ訪れていた。
「……以上がカーネ商会の近況です。ミスリル鉱石を安定して輸入できるようになり、以前の様に活気を取り戻しています」
「なるほどな、それは悪くない話だ。カーネ商会が裕福になればなるほど盗賊ギルドの受けられる援助も増える……だが、報告はそれだけか?」
隠し部屋の中でジャックは正面に座る少年に視線を向け、彼が書き記した報告書を読み取りながら他に問題はないのかを問う。特に報告書の内容に怪しい点はないのだが、盗賊の勘が働いて少年に尋ねる。
鉄仮面越しに少年はジャックの勘の鋭さに内心感心する一方、彼に怪しまれないように昼間の間に起きた出来事を伝える。ここで変に隠し立てをするよりは上司の彼に報告するのが最良だと判断した。
「この部屋の存在を外部の人間に知られました。ですが、ご安心ください。既にそちらの方は手を打っておきました」
「何だと……この部屋を他の人間に見られたというのか?」
「責めるのなら隠し部屋の管理をずさんに行っていた会長を責めてください。僕が駆けつけた時には既に見られていました」
「ちっ、カーネめ……あれほど気を付けろと言っていたのに。それで誰に見られた?殺したのか?」
自分ではなくカーネの失敗を強調した少年に対してジャックは苛立ち気に眉をしかめ、何者に部屋の存在を知られたのかを問う。その質問に対して少年は意味深な返事を行う。
「大丈夫ですよ、彼は我々には逆らえません。むしろ、こちらにとっては都合が良い相手と繋がりが持てました」
「何だと……まだ生かしているのか?」
「手を出せば少々不味い相手でしてね、ここで殺せば面倒な事態に陥ると判断し、現在は監視付きで返しています」
「勿体ぶるな、いったい誰だ?」
「名ばかり貴族、と言えば分かりますか?」
「……ああ、あの伯爵か」
正体を知った途端にジャックは頭を抑えて座り込み、よりにもよって面倒な相手にこの部屋の秘密を知られてしまったと溜息を吐く。仮にも伯爵家の人間を殺せば色々と問題が多く、しかもカーネ商会の関係者となれば迂闊に手を出す事は出来ない。
だが、少年の「都合が良い相手」という言葉にジャックは引っ掛かり、それはどういう意味なのかを尋ねようとする前に少年の方から話を切り出す。
「ジャックさん、あの男は使える。この機会に奴を利用する策を思いつきました」
「何……どういう意味だ?まさか、あんな金なし貴族に盗賊ギルドのパトロンに加えさせる気か?」
「いえ、あの男をこちら側に引き込むつもりはありませんよ。但し、あの男が所有する宝石を利用するんです」
「……ヒヒイロカネか」
ゴマン伯爵は領地も領民も持たない貴族ではあるが、彼がそれでも他の貴族に一目置かれているのはこのヒトノ国の中でも稀少で珍しい宝石を所有しているからだった。その宝石は「ヒヒイロカネ」と呼ばれる希少な魔法金属によって構成されており、多くの貴族が求める最高級の宝石である。
ヒヒイロカネは非常に頑丈な魔法金属で価値も高く、しかもミスリルよりも魔法耐性が高い。更にミスリルには存在しない「魔力強化」と呼ばれる性質を持ち、所持しているだけでその人間の魔力が高められ、魔法の力が強化されるという魔術師の間でも人気の高い魔法金属だった。
「国内でヒヒイロカネを所有する人間は極僅か、王族でさえもヒヒイロカネは所有していない。だからこそ、ヒヒイロカネを欲しがる人間は後を絶たない事は知っていますね?」
「ゴマンを脅してヒヒイロカネを盗賊ギルドに献上させるつもりか?」
「いえ、いくら希少な宝石と言えどもそれだけでは我々にとっては大きな利益にはなりません。だからこそ、これを利用しましょう」
「どういう事だ?」
「競売です、ヒヒイロカネを利用してゴマンに競売を行わせるんです。勿論、相手は貴族だけではなく、この国の商会主にも連絡を伝えます」
「競売だと?」
ゴマンがヒヒイロカネを盗賊ギルドに献上させた所で得られる利益は限られているが、彼にヒヒイロカネを競売に出させた方がより多くの金銭を得られると少年は提案する。
「金はいくらあっても困らない物……我々もカーネ商会や貴族の援助を受けていますが、やはり将来の事を考えても大金を確保しておくべきでしょう。ヒヒイロカネを競売に出せば必ず成金共が集まり、大金を貢いでくれるでしょう」
「なるほど……それを我々が奪うという事か?」
「少し違いますね、我々はゴマンを通じて大金を得た後、ヒヒイロカネを落札した者から後々にヒヒイロカネを奪う。そうすれば大金もヒヒイロカネも盗賊ギルドの元へ集まり、我々はより大きな組織へと成長するでしょう」
「……なるほど、養父に似て悪知恵が働くな」
「あんな豚と一緒にしないで欲しいですね。僕は合理的なんですよ」
「仮にも義理の父親を豚扱いか、親不孝者め」
少年がゴマンと接した時とジャックの対応を行う時の態度が大きく異なり、目上の人間には気遣い、自分よりも立場の下の人間には傲慢に振舞う。これが少年の本性であり、同時に父親以上の知恵を持つ。
――カーネには実の娘の他に義理の息子が存在し、死んだ妻の連れ子である14才の少年を養っていた。その名前は「リョフイ」カーネの義理の息子にして盗賊ギルドに所属し、史上最年少の「七影」に抜擢された恐るべき少年だった。
七影の殆どは盗賊ギルドに長く仕えた者達ばかりであり、最年長者は80才を超えている。その中で僅か14才の年齢で七影に上り詰めたリョフイは異様な存在であり、他の七影達の中でも特異な存在である。
彼が七影に選ばれた理由は色々とあるが、一番の理由は盗賊ギルドの最大のパトロンである「カーネ商会」の「跡継ぎ」であり、仮にカーネの身に何かあった時は全ての財産はリョフイへと受け継がれる事が最大の理由だった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます