第142話 魔銃の真の威力

「ふうっ……よし、もう一度だ」



コネコは額の汗を拭うと、人形から5メートルほど離れた距離で立ちどまり、両手に短剣を抱えた状態で構える。そして集中力を高めるように瞼を閉じると、開いた瞬間に駆け出して人形へ向けて飛び込む。



「乱切り!!」



次の瞬間、人形の肉体にコネコの短剣が幾度も放たれ、彼女が通り過ぎた時には人形に4つの切り傷が生まれていた。それを見たコネコはため息を吐き出し、その場に座り込む。



「はあっ……失敗か、この程度の人形も破壊できないようじゃ魔物相手に通じるはずがないかぁ……」



人形に掠り傷程度の損傷しから与えられなかった事にコネコは落ち込み、彼女は自分の非力さに嘆く。暗殺者の職業は隠密や移動速度に特化した能力を覚えるのに対し、攻撃方面の能力に関しては残念ながら格闘家や剣闘士と比べると遥かに劣る。


コネコの持ち味は「速度」であり、彼女が本気で動けば誰も追いつく事は出来ない。しかし、反面に彼女は腕力が弱く、短剣以外の武器を扱う事は出来ない。人間が相手ならば別に今のままでも問題はないが、相手が魔物となるとコネコの力では及ばない敵が多い。



「あ~あ、止め止め!!こういうのはあたしには似合わないや、戦闘は今まで通りに兄ちゃんたちに任せてあたしは他の事で援護しよ」



戦闘訓練を諦めたかの様にコネコは短剣を放り投げ、そのまま後片付けもせずに立ち去る。その様子を見送ったレナは裏庭に残された木造人形に視線を向け、窓から外へ抜け出して人形の前に立つ。



「コネコの奴、また勝手に学校の備品を持ち出してきたな……でも、よくこんな物まで運んできたな。本当の職業は盗賊じゃないだろうな……」



コネコは手癖が悪いところがあり、ちょくちょく魔法学園の訓練用の器材を持ち帰る事があった。最も正式に教師から許可を得れば学園側も訓練器具の提供は行うのだが、彼女の場合は手続きが面倒なので勝手に持ち帰ってくる事が多い。


毎回、コネコが持ち出した器具に関してはレナかミナが代わりに学校側に報告して手続きを行っているのだが、今回の「木造人形」に関してはかなり頑丈な素材で構成された代物らしく、触れてみると岩の様に硬い事にレナは気付く。



(硬いな……これって、もしかして硬樹で出来ているのかな?という事は魔法の授業用の人形か。何処から持ち出してきたんだコネコの奴……)



魔法学園の魔法科の生徒が授業で利用する特別製の人形をコネコは持ち出してきたらしく、この世界にしか存在しない「硬樹」と呼ばれる特別な木材で作り上げられた人形だった。


名前の通りに硬樹は非常に頑丈で並の樹木の数倍以上の強度を誇る。場合によっては金属製の武器を上回るほどの硬度を誇り、流石に魔法金属には及ばないが木刀などに下降すれば鋼鉄の刀にも劣らない武器と化す。レナは試しに人形に掌を構えた状態で「反発」を発動させる。



「はあっ!!」



人形の胸元に強烈な重力の衝撃波が放たれ、人形は数メートル先まで吹き飛ばされ、胸元の部分に亀裂が走る。


これが普通の木材で構成された人形ならば原型も留めない程に粉々に砕け散るところだが、世界樹で構成された人形は魔法耐性が高いらしく、一発では破壊できなかった。



「おお、流石に頑丈だな……なら、これに魔銃を撃ち込んだらどうなるんだろう?」



レナは人形を立たせると少し離れた位置に移動し、魔銃を引き抜いてシリンダーに付与魔法を施した弾丸を装填する。しっかりと狙いを定め、木造人形の頭部に向けて発砲を行う。


引き金を引いた瞬間、魔銃から強い反動が走り、銃口から加速したミスリルの弾丸が木造人形の頭部を貫通し、そのまま屋敷を取り囲む煉瓦製の壁さえも貫く。


更に壁の向こう側に植え込まれていた樹木に衝突した辺りでやっと弾丸は停止すると、人形の額の部分には貫通した穴が残ってしまい、それを見たレナは唖然とした表情で魔銃に視線を向ける。



「ちょっ……嘘でしょ?これ、こんな威力があったの!?」



リッパーとの戦闘の時よりも威力が強化され、レナの想像では人形の頭部を粉々に砕く程度の威力だと思い込んでいたが、まさか人形を貫通して煉瓦の壁にめり込む程の威力にまで上昇している事に驚く。


弾丸を変えた程度ではこれほどの威力が向上するとは思えず、レナは魔銃に視線を向けると、いつのまにか装着されている土属性の魔石が新品に取り換えられている事に気付き、どうやらムクチが気を遣って魔石を交換していたらしい。



「ムクチさん……気を遣ってくれるのは有難いけど、これは人には使えないよ……」



魔法科の生徒の砲撃魔法さえも耐え抜くはずの木造人形を貫通したミスリルの弾丸にレナは冷や汗を流し、当然ながらに先生に相談するまでもなくこんな破壊力を秘めた魔銃を人を相手に使えるはずがない。残念ながら魔法科の生徒の対抗戦では魔銃は使用できず、もしも使った場合は下手をしたら死人が出てしまう。


しかし、魔銃の威力が向上した事で魔物との戦闘では心強くなり、その点に関してはムクチに感謝しなければならない。これほどの貫通力を誇る弾丸ならば赤毛熊のような大物であろうと急所に確実に撃ち込めば仕留められる可能性は高い。

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