第100話 転移石

「くそっ……今回は外れだな」

「収穫はあっただろ?」

「回復薬を3本も消費したんだぞ?これぽっちの素材でどうにかなるかよ!!」

「仕方ないだろ、それが大迷宮ってもんだ……」



茶色の魔法陣から現れたのは3人組は全員は返り血を浴びており、その中の一人は腕を負傷しているのか包帯を巻いて出てきた。


3人は大きな荷物を抱えながらもぶつぶつと文句を呟きながら広場を出ていく。その様子を見て兵士が同情するように彼等に視線を向ける。



「どうやら彼等は失敗したようですね。高い挑戦料を支払っているのにそれに見合った素材は手に入らなかったようです」

「あれ?そういえば僕達は挑戦料を払ってないような……」

「大丈夫です、魔法学園の生徒さんは無料でお通しをしてますよ。あ、それとこの水晶板を持っていてください」

「水晶板……あの、これは何ですか?」



どうやら魔法学園の生徒というだけで大迷宮に入れるだけではなく、挑戦料も支払わなくて良いらしい。どれほどヒトノ国が魔法学園の生徒を大事にしているのかを思い知らされる。


しかし、兵士達はレナ達が大迷宮に繋がる魔法陣に向かう前に板状に作り上げられた水晶を差し出す。大きさは片手でぎりぎり収められるほどの大きさの水晶を渡され、不思議に思ったレナが尋ねると兵士は丁寧に説明してくれた。



「この水晶板はかつて知恵の勇者様が作り出された魔道具です。原理は我々もよく分かっていないのですが、これを所持した状態で魔物を倒すと板に名前と討伐数が記録されます」

「へえ、それは便利ですね……でも、どうしてわざわざそんな事を?」

「過去に大迷宮に挑んだ冒険者が他の冒険者から魔物を素材を盗んだり、あるいは強奪して逃げ返ってきた事もあります。だから勇者様は必ず戻って来た冒険者の素材の確認を行い、そして水晶板に記載された魔物の素材であるのかどうかを確かめるように義務付けたました」

「そんな事があったんですか!?」

「ええ、といっても大昔の話ですけどね。この水晶板が導入されるようになってからは規則は守られています。また、水晶板は紛失した場合は持ち帰った魔物の素材はこちらが回収します。それと倒した魔物と素材が一致しない場合は何処で入手したのか事情聴取を行うのでお気を付けください。ちなみに他人の水晶札を奪って持ち帰ったとしても記録は自動的に抹消されるので不正は出来ません」

「凄い魔道具だな!!どんな技術だよそれ!?」

「勇者様が残した魔道具ですからね、我々の常識が通じない物だと考えてください」



水晶板の説明を終えると兵士は改めてレナ達はこれから向かう場所の再確認を行う。出発前にダリルや冒険者に色々と情報を聞き出せたのは運が良く、これまでの情報を纏めた上で話し合う。



「ダリルさんの話だとミスリルを手に入れられるのは『荒野』と『迷宮』の大迷宮だけらしい。だけど、迷宮の方は冒険者の死亡率が高いから俺達は荒野へ向かえと言ってたけど……さっきの人達が出てきた魔法陣みたいだね」

「あいつら、装備を見た限りだと中堅の冒険者だと思うぜ?見た目は汚れていたけど、装備品は一級品だった」

「コネコちゃん、そんな事も分かるの?凄い観察力だね……僕は全然気付かなかったよ」



暗殺者のコネコは人並み外れた観察能力も持つらしく、先ほどの冒険者達の装備品が価値を見抜いてどの程度の実力者なのか予測したらしい。


ミナはともかく、レナでさえも彼等の身に着けている装備品までは上物である事は気付けなかった。コネコの言葉が確かならば一級品の装備を整える冒険者でも苦戦する場所だと判明し、緊張感を抱く。



「コネコは頼りになるな。よしよし」

「こ、子ども扱いすんなよ……止めろって、兄ちゃん」

「何だか本当に二人とも仲いいね。本当に今日会ったばかりなの?」



コネコの頭を撫でるレナを見てミナは不思議そうな表情を浮かべ、言われてみれば二人が出会ってからまだ数時間程度しか経過していないが、もしかしたら二人とも似たような境遇なので共感する部分があるのかもしれず、相性が良いのかもしれない。


レナはコネコに構う事で緊張感を解した後、最後に大迷宮に挑む前に大迷宮から抜け出す方法を確認するために兵士に話しかけた。



「兵士さん、大迷宮へ戻る方法は他にありますか?」

「ありますよ。大迷宮では「転移石」と呼ばれる魔石があります。この魔石を使用すればこちらへ帰還する事が出来ますよ。ほら、丁度良くあそこで販売しています」



兵士が指差した方向には広場の中で露天商が並んであろい、その中の一人は先ほどレナ達と会話をしていた男性冒険者も混じっていた。男性はレナ達に気付くと手招きを行い、不思議に思ったレナ達は兵士に礼を告げて露天商の元へ向かう。



「よう、さっきぶりだな。お前等も無事に入れたようだな」

「おじさんは何をしてるんですか?」

「見ての通り、商売さ。色々とあるぜ?」



男性は絨毯の上に並べた品物を指し示すと、確かに言葉通りに様々な品物が置かれていた。回復薬と呼ばれる緑色の液体が入った小瓶、外見は水晶のように加工された魔石、調理用の鍋など夜営用の道具も並べられていた。


どうやら男性冒険者がこの場所に訪れた理由は大迷宮へ自分が挑むためではなく、大迷宮の挑戦者を相手に商売を行うためにわざわざ入場料まで払ってここに来たらしい。



「おっちゃん、大迷宮に挑まずにこんな所で商売してんのか?わざわざ銀貨3枚まで支払って……」

「おいおい、そういう言い方はないだろ?俺が大迷宮に挑むか、挑まないかは俺の自由だ。それに俺だって偶には仲間と大迷宮で入ってるんだぜ?」

「でも、こんな所で売れるんですか?」

「こんな所だからこそ売れるんだよ。さっきも荷物を忘れて挑戦料を支払って入ったおっちょこちょいの奴が色々と買ってくれたぜ。昨日は大迷宮から戻ってきた奴等が回復役を相場より高めで買ってくれたしな」

「まるで商人みたいだなおっちゃん……」



冒険者にも関わらずに商魂がたくましい男性冒険者にレナ達は呆れるが、この際にレナは自分が試験の時に回収しておいた魔法腕輪の事を思い出し、いくつか魔石を購入しておく事にした。



「そうだ、地属性の魔石はありますか?」

「地属性の魔石?また変わった物を欲しがるな……生憎だが今は持ち合わせがない。だけど、変わりにこいつはいらないか?」

「それは?」



露天商の男は虹色に光り輝く魔石を取り出してレナに差し出し、その不思議な色合いにレナ達は不思議に思う。基本的に魔石は7つの属性の色しか存在しないはずだが、これが何の魔石かを質問する前に露天商は答えた。



「こいつはな転移石と呼ばれる魔石だ。大迷宮内でしか入手出来ないレア物だぞ」

「転移石って、さっき兵士の人が言っていた魔石だよレナ君!!」

「これを使用すれば大迷宮から脱出出来るんですか?」

「何だ、知ってたのか。こいつの別名は帰還石、太陽に光を翳した状態で「帰還(ワープ)」と叫ぶと地面に魔法陣が展開する。その上に立っていれば光に飲み込まれて無事に戻ってこれるというわけさ」

「へえ……」



転移石と呼ばれる魔石の使い方を知ったレナは値札を確認すると、その金額を見て目を見開く。購入出来ない金額ではないが、それでもレナの手持ちの資金の殆どを失う程の高額な値段である。

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