第69話 魔道具 〈小杖〉

「なっ!?てめえ、よくも俺の部下をやってくれたな!!」

「へっ、悪党でも仲間の事が心配なの?あんたもこの男と同じようにしてやるよ!!」

「ちっ、ガキが調子に乗りやがって……」



大男は少女の言葉に苛立ち、肩にかづいていたもう一人の部下を下ろすと杖を取り出す。それを見た少女は大男に対して小馬鹿にするように話しかける。



「それって小杖ワンドだろ?確か魔術師の子供が扱うような魔道具だっけ?おっさん、いい年してそんな子供の武器を扱っていて恥ずかしくないの?」

「な、このガキ……!!」

「へへ、図星を突かれて恥ずかしがってやんの」



少女は大男の取り出した杖を見て笑うと、大男は顔を真っ赤に染めて杖を構え、先ほどレナに仕掛けた魔法を放つ。それを見たレナは少女の身が危ないと注意した。



「喰らいやがれ、このガキ!!」

「駄目だ、逃げて!!」

「大丈夫だって、こんなのあたしに当たるわけないんだよ!!」



杖から魔法が放たれる前に少女は駆け出すと、一瞬にして大男との距離を詰め、そのまま大男の顎を蹴り飛ばす。予想外の少女の攻撃に大男は口を切ってしまい、血を流す。その少女の人間離れした速度にレナは驚き、蹴り込まれた大男も口元から血を流しながらも後ずさる。


自分が攻撃を受けたという事実に大男は動揺を隠せず、その様子を見て少女は笑みを浮かべると、今度は大男の腹部に目掛けて蹴りを放つ。小柄な少女の攻撃なので威力は大したことはないが、動揺して身体の力が抜けているときに攻撃を受けた大男は苦痛の表情を浮かべた。



「とりゃっ!!」

「ぐあっ!?こ、こいつっ……!!」

「ほらほら、どうした?杖も魔石もなければ魔法なんて使えないんだろ?お・じ・さ・ん♪」



挑発するように少女は大男の前で舌を出しながらちょこまかと動き回り、大男は怒りを露わにして小杖を腰に戻すと、少女を直接殴りつけようと攻撃するが、相手は身軽な動作で拳を回避する。



「くそっ!!このっ、このっ!!」

「はっ、遅い遅い!!そんな攻撃、あたしに当たると思ってんの?」

「凄い……」



格闘家のバルや剣闘士のキニクよりも軽快な動作で攻撃を回避する少女にレナは驚き、彼女が恐らくは戦闘職の称号を持っている事は間違いない。しかし、レナが知っている戦闘職の人間の中で彼女ほどに軽快な動作で相手を翻弄する事が出来る人間など見たことがない。


バルのような格闘家とも違い、キニクのような剣闘士にも見えず、この二人と比べたら少女は動きは速いが攻撃の際は隙が大きく、派手に見えるが攻撃を受けている大男はそれほどの損傷を受けている様子はない。それでも少女の方が動きが早いため、不用意に殴りつけようとしてきた大男の脛に踵を叩き込む。



「てりゃっ!!」

「ぐあっ……!?」

「へっ、これで終わりだっ!!」



脛を蹴りつけられて苦悶の表情を浮かべた大男に対して少女は右足を振り翳し、今度は顔面に踵を叩きつける。蹴りつけられた大男の身体がよろめき、少女は勝利を確信したが、大男は倒れる寸前に少女の蹴り足を掴み取った。



「このガキがっ!!」

「わあっ!?は、離せ……この馬鹿!!」

「へっ、捕まえればこっちのもんだっ……大人しくしろ!!」



少女の攻撃を堪えた大男は彼女の足首を掴んで引き寄せ、彼女の身体を抑えつける。必死に大男から抜け出そうと少女はもがくが、力は年齢相応なのか大男を引き剥がす事は出来ずに首を締め付けられる。



「手間取らせやがって……てめえ等は娼館に売り飛ばしてやる」

「ふざけんなっ……このっ!!」

「いでで!?腕に噛みつくな馬鹿っ!!」

「あうっ!?」



自分の腕に噛みついてきた少女に大男は慌てて拳骨を食らわせると、大男は少女を大人しくさせようとした。だが、そんな彼の肩を何者かが叩く。



「あの……」

「あん!?今は取り込み中だ、邪魔をするな!!」

「いいからこっちを向いて下さい」

「何だってんだ……うぎゃっ!?」

「あいてっ!?」



大男が振り返った瞬間、闘拳を装備したレナが容赦なく大男の顔面を殴り付け、拘束されていた少女を解放させた。大男は闘拳に殴られた際に鼻が折れたのか鼻血が止まらず、その隙にレナは少女を抱き寄せて彼女を庇う。


先ほどまでは身体が痺れて碌に動けなかったレナだが、少女が大男の注意を引いている間に大分身体も動くようになり、大男に先ほどの攻撃の仕返しを行う。一方で自分が少女に気を取られている隙にレナが装備を整えた事を知った大男は鼻を抑えながら睨みつけた。



「て、てめえ……まだ逆らう気か!!」

「当たり前でしょ?そっちも仲間がやられてまだ戦うつもりですか?」

「このクソガキ共がっ……上等だ、二人纏めて黒焦げにしてやる!!」



鼻血を噴き出しながら大男は腰に手を伸ばし、小杖を取り出そうとしたが、腰に装着しているはずの小杖が無い事に気付く。


驚いた大男は何度も腰に手を当てるが、いくら確かめようと先ほどまで身に着けていたはずの小杖が奪われている事を知る。



「あ、あれ!?どうして……」

「へへん、お探し物はこれですか?」

「なっ!?い、何時の間に……」



レナの背中に隠れた少女は先ほどのどさくさに紛れて盗み出した小杖を見せつけ、唯一の武器を失った大男は顔色を青く染めると、レナは左手に装着した弾腕のスリングショットを解放して腕を構える。



「へ、へへへっ……なあ、話し合いで解決は」

「お断りします」

「ぎゃあっ!?」



容赦なく大男の額にレナは銀玉を打ち込み、大男は頭部から血を流しながら地面に倒れ込むと、白目を剥きながら気絶した。一応は加減したとはいえ、本気で打ち込めば数匹のゴブリンの身体を貫通するほどの威力が誇るため、どうにか威力を抑えられた事にレナは安心した。


助けられた少女の方はレナが左腕の籠手に身に付けているスリングショットを物珍しそうに視線を向け、珍しい武器を身に着けたレナに興味を抱いたように訪ねてきた。



「なあ、姉ちゃん。この腕に装備している奴なんていうの?こんな形の腕鉄甲なんてあたし見た事ないんだけど……」

「え?ああ、これは知り合いの鍛冶師さんに作ってもらった物で……特注品みたいな物かな」

「へえ、特注品か……あ、それよりも助けてあげたんだからお金くれよ!!あたしのお陰で姉ちゃんは助かったんだからな!!」

「姉ちゃんじゃなくて兄ちゃんなんですけど……」

「えっ!?嘘だろ!?そこらの女の子よりも可愛い顔してるのに!?」



レナの返答に少女は驚愕の表情を浮かべ、とりあえずは気絶した3人組を縛り上げ、都市の警備兵に引き渡す事にした――

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