第30話 閑話〈試験の裏側〉

――時はレナが冒険者ギルドへ訪れた日まで遡り、実技試験でバルの一撃を受けて気絶したレナが医療室に運ばれた際、三人の女性がベッドに横たわるレナの顔を覗き込んでいた。



「……はい、治療は終わりました。もう大丈夫ですよ、直に目を覚まします」

「そうかい、助かったよ」

「もう……こんな小さな子どもを相手に戦技を使うなんて何を考えてるんですかバルさん!?」



医療長のアイリがレナの怪我の治療を負えると、バルは安心した表情を浮かべ、イリナはそんな彼女に注意する。気絶しているレナの頭を撫でながらイリナはバルにどうしてここまで彼を追い詰めたのかを問う。



「バルさん、今回はどうして相手を気絶するまで追い込んだんですか?いつもなら未成年者が相手の場合は降参を促していたじゃないですか?なのにこんな大怪我を負わせるなんて……」

「仕方ないじゃないか、こいつから強い意志を感じられたんだよ。だから気絶でもさせない限り、このガキはきっと降参なんかしなかっただろうね。まあ、やり過ぎたのは悪かったと思ってるよ」



イリナの言葉にバルが罰が悪そうに言い返すが、流石にやり過ぎた事は自覚しているのか眠っているレナに両手を重ねて頭を下げる。




――冒険者ギルドでは実は未成年者が試験を希望する場合、通常の試験とは異なり、試験官と対戦を行う決まりが存在した。仮に成人年齢を超えている人間の場合は魔物との戦闘試験だけが行われるが、未成年者の場合は必ず魔物との実技試験の後に試験官との戦闘試験を行う事が決まっていた。




理由は将来有望な若者が冒険者という危険な職業を選択し、命を落とす事例が後を絶たず、ギルド側としても精神的にも肉体的にも未熟な若者の命を無暗に落とすような事は避けたいため、数十年前から未成年者の場合のみ、試験の内容が変更される取り決めになっていた。


冒険者の職業に憧れる子供は数多く、彼等の大半は絵本や昔話で語られるような立派な冒険者に夢を見て試験を受ける。だが、実際の冒険者という仕事は非常に過酷で命を落としかねない危険な仕事も多く、実際に冒険者の死傷者数はヒトノ国だけでも数百人を数える。実力を持たない人間が生きていける世界ではなく、冒険者になった人間の殆どは子供の頃の憧れなど捨ててしまう。


未成年者の試験だけが厳しい理由は彼等の将来を考え、理想と現実は違う事を思い知らせるために腕利きの冒険者が試験官として選ばれ、普通ならば合格できるはずがない条件で試験を行う。勿論、試験に合格すればちゃんとした冒険者として認めるが、少なくともイチノ街のギルドでは未成年の冒険者志望の人間が合格した事例は一度もない。


大抵の不合格者は試験の過酷さに心を折れてしまい、冒険者を志すのを諦め、他の職業を目指す。仮に諦めずに試験を受けようとする者が居ても大半は過酷な試験に受からず、結局は成人年齢を迎えて試験の内容が変更された時点で冒険者になる者も居る。但し、成人年齢を迎えている者の中には子供の頃に思い描いていた冒険者という存在が理想と現実では大きく食い違っている事を思い知らされ、辞職する人間も少なくはない。



「だけど、一般人相手に戦技をぶっ放すなんてやり過ぎですよ。この子、魔術師なんでしょう?戦闘職の人間でもない人に戦技なんて……下手したら死んでたところですよ」

「大丈夫さ、ちゃんと手加減はしてやったよ。それに試験を見ていなかったあんたらには分からないだろうけど、こいつだって只物じゃなかったんだよ」

「へえ、それは興味深いですね。どんな魔法なんですか?」

「それはこいつが起きた時に直接尋ねな。なら、あたしは仕事に戻らせてもらうよ」

「ちょっとバルさん!!この子が目を覚ますまで居てくれないんですか!?」

「あんたね……試験が不合格になった事を自分が負けた相手から知らされた奴の気持ちを考えたことがあるのかい?そういう役目はあんたの仕事だろ」

「うっ……確かに」



バルの言葉にイリナは言い返す事が出来ず、そのままバルは医療室から立ち去ろうとしたが、去り際に伝言を残す。



「……そうそう、そのガキが目を覚ましたらこう伝えてくれないかい?あんたには見込みはある、1年ぐらい鍛えなおせば冒険者に相応しくなるかもしれない、てね」

「えっ!?」

「へえ、この子にそこまで期待してるんですか?」



滅多に人を褒めないバルの言葉にアイリとイリナは驚いた表情を浮かべ、バルは手を振って部屋から退室すると、残された二人はレナの顔を覗き込む。少年というよりは少女のような容姿をしていてとても強そうには見えないが、冒険者ギルド内でも1、2を争う実力者のバルが「見込み有り」と判断した以上、もしかしたら本当にレナが凄い冒険者になれるのではないかと考えてしまう。



「こんな子供がバルさんにあそこまで言わせるとは……少し興味が湧きましたね」

「女の子みたいに可愛いのに……というより、本当に男の子なのかしら?」

「大丈夫です、その辺はしっかり確認しましたから!!」

「何を!?」



両手をわきわきとしながら自信満々に語るアイリにイリナは突っ込むが、まさかこの少年が一か月後に再び試験を受けに戻ってくる事になるなどこの時点ではアイリもイリナもバルでさえも予想だにしていなかった――

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