第28話 闘拳

「うん、手にしっくりくるといいうか……これなら使いやすそうです」

「まさか、それを選ぶ気かい?言っておくが止めた方が良いよ。それは格闘家の称号を持つ人間の専用武器みたいな物だからね」



闘拳を気に入った風に装着するレナにキニクは驚いた声を上げ、慌てて引き留める。闘拳を使用する場合は必然的に相手に近付く必要があり、格闘家のように接近戦を得意とする称号を持つ人間ならばともかく、本来は後方支援を得意とする魔術師が装備する武具ではない。


だが、生憎とレナは普通の魔術師ではなく「付与魔術師」のため、普通の魔術師のように後方支援に向いているとは言えない。付与魔法を発動させる際は物体に触れる必要があり、そもそも遠距離攻撃も行えない。


適当な武具に魔法の力を宿して投擲を行うという手段もあるにあるが、冒険者試験の内容を考えると接近戦の武器を装備するのは悪くない気がした。



(あの狭い檻の中だとどうしても逃げ場は限られている。それに相手が近づいてくるのなら逆に攻撃の好機かもしれない)



二度目の試験が全く同じ条件で行われるとは限らないが、レナは檻の中で迫りくるバルの姿を思い返す。


格闘家である彼女は近づかなければ攻撃は行えず、当然だが接近されれば反撃の好機も生まれる。一か八か、彼女から逃げ切るだけではなく、反撃を繰り出す方法も有りかも知れない



「キニクさんも確か昔は冒険者をしてたんですよね。どんな武器を使ってたんですか?」

「僕かい?僕は剣闘士と呼ばれる称号を持っていたからね。武器と言えば剣や盾、場合によっては素手で戦う事もあったけど……」

「なら、お願いします。一か月の間だけ俺に格闘技の指導をしてくれませんか?」

「……本気かい?魔術師の君が格闘家を目指すというのか?」



レナの突拍子もない言葉にキニクは呆れた表情を浮かべるが、そんなかれに対してレナは彼に自分の力の一旦を見せるため、財布袋から銀貨を一枚取り出す。



「これを見てください」

「それは……銀貨かい?言っておくけど、その闘拳を売るとは僕はまだ認めていないからね」

「違います。これをよく見てくださいね」



闘拳を装着していない腕の方でレナは銀貨を握り締めると、意識を集中させるために瞼を閉じる。その様子を見てキニクはレナの雰囲気が変化した事に気づき、やがてレナは力込めた状態で付与魔法を発動させた。



地属性エンチャント

「これは……!?」



直後にレナの左手に紅色の魔力が滲むと、そのまま力の限りに銀貨を握り締めたレナはキニクに腕を差し出して掌を開く。掌の上には握りつぶされた銀貨が存在し、それを確認したキニクは目を見開く。


筋肉に自慢のあるキニクでも銀貨を折り曲げるならばともかく、握りつぶす事は難しい。少なくとも普通の人間では到底不可能な程に握りつぶされた銀貨を見て動揺を隠せない。



「ま、まさか……一体どうやって!?」

「確認してください」

「あ、ああ……」



差し出された銀貨の残骸を受け取ったキニクは驚愕の表情を浮かべながらも観察すると、押しつぶされているが本物の銀貨である事を確認する。


事前にレナが握りつぶした銀貨を用意して取り換えた素振りはなく、キニクはレナが本当に銀貨を握り潰した事を知る。



「し、信じられない。銀貨をこんなに簡単に握りつぶすなんて……まるで戦闘職の人間の腕力だ」

「戦闘職?」

「ああ、僕のような剣闘士や格闘家の称号を持つ人間の呼び名さ。最も別に称号と職業が一致しているわけではないけどね……いや、驚いたよ。まさかレナ君にこんな力があるなんて」



心底感心したようにキニクは握りつぶされた銀貨を返し、この状態でもう使い物にならないので後で処分する事に決めたレナは適当にポケットに戻すと、キニクは腕を組んで考え込む。



「ふむ……僕が見た限りではレナ君に銀貨を握りつぶせるような握力、というか筋肉があるようには思えない。それに握りつぶすときになにか呪文のような言葉を唱えたね。もしかしてこれが君の魔法なのかい?」

「はい。俺の魔法は重力というのを操作する魔法なんです。今のは手元の重力を操作して銀貨を押し潰しました」

「重力?それはよく分からないが、面白い魔法だね!!こんな魔法が存在するなんて知らなかったよ!!」

「にぎゃっ!?」



キニクは興奮したようにレナの両手を掴み、そのあまりの握力にレナは奇怪な悲鳴をあげてしまうが、キニクは決心したように頷いた。



「よし、さっきの言葉は取り消すよ!!君のこの魔法ならもしかしたら接近戦でも魔物や悪党を相手に戦えるかもしれない!!なら今の君に必要なのは技術と体力だ!!」

「じゃあ、指導してくれるんですか!?」

「ああ、もちろんいいとも!!但し、僕はあくまでも剣闘士だから本職の格闘家の人間と比べると格闘技術は劣ってしまうんだ。それでも僕の指導を受けてくれるかい?」

「はい!!お願いします!!」

「よく言った!!なら、指導料の代わりとしては僕の店の手伝いをしてくれないかな?そうだな、早朝に起きて朝の鍛錬を行った後、昼はこの店の手伝い、夜に格闘の技術を教える。これを一か月の間、毎日やれるというのなら引き受けるよ」

「はい!!よろしくお願いします!!」



レナはキニクの言葉に即座に承諾し、次に冒険者試験を受けられる日まで彼の元で指導を受ける事が決まった――

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