第65節・反撃への一手


 どうにか山の麓まで降りると私たちは直ぐに村に向かった。

村には撤退を完了していた別動隊が待機しており、兵士たちは私たちを見ると歓声を上げる。

私はクリス王子と笑みを浮かべ頷き合うとすぐに辺境伯軍が休んでいる場所に向かう。

そして人ごみの中に赤毛の青年を見つけると。


「エドガー!!」


「ル、ルナミア様……ぬぉおお!?」


 エドガーを抱きしめると彼はあたふたと慌てるがそんなこと気にしない。

本当に、本当に良かった……。

もし、彼が死んでいたら……他の仲間たちが死んでいたら私は耐えられなかったかもしれない。


「よく……よく、皆を守って生き残ってくれたわ。心の底から感謝します」


「……はい。ですが全員は守り切れませんでした」


 エドガーから離れると治療を受けている多くの負傷兵たちを見た。

中にはどう見ても助からない者もいる。

それでも皆、必死に治療を行っていた。


「被害はどれだけ……」


 そうエドガーに訊ねると彼は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、首を横に振る。


「殿にいた部隊は大半が討ち死にしました。辺境伯軍全体では百名以上が死亡。負傷兵、逃散兵を数えると全軍の半数を失っています」


 兵力の半数を失った。

それは戦術的に見れば全滅と言う状態だろう。

エドガーの話によればクルーべ侯爵の軍も同士討ちや兵の逃亡が相次ぎ、多くの兵を失ったという。


 大敗だ。

今まで小競り合いで負けたことは何度かあるがここまでの大敗は初めてだ。

皆、疲れ切った顔をしている。

ここから立て直すのは骨が折れるだろう。

そしてそれを待ってくれる敵ではない。


「そうだ! 本隊への連絡は!?」


「それならばクルーべ侯爵が既に伝令を出しています」


 流石はクルーべ侯爵だ。

エドガーの話では彼が退路に陣を設営してくれたお陰で殿は全滅を免れたらしい。

辺境伯軍の命の恩人である彼には一生頭が上がらないだろう。


「……ところで、エルたちは?」


 エドガーに言われ私は「こっちに戻ってきていないの!?」と驚く。

エルとは途中で分かれてしまった。

メリナローズから彼女がゲルデロートと合流し、私のことを捜索してくれているとは聞いていたがまさかまだ山の中か!?


「直ぐに捜索隊を出しましょう! メリナローズ、貴女にも出てもらうわよ!」


「ええ!? 折角山から出られたのにい……はい!? 頑張ります!!」


 メリナローズを睨むと彼女は慌てて駆け出していく。

そんな彼女を見送ると少し立ち眩みがした。

エドガーが慌てて支えてくれ、「休まれたほうが」と言うが私は首を横に振る。

兵士たちが傷つき疲れ果てている中、私だけが休むわけにはいかない。

もし休むのであればエルたちが無事に戻って来てからでは無くては……。


「ルナミア殿。気持ちは分かるが今は休むべきだろう」


 そう声を掛けてきたのはクルーべ侯爵であった。


「将が休まなくては兵も休めまい。そんな憔悴しきった顔で皆の上に立つつもりか?」


「それは……」


 エドガーの方を向けば彼は無言で頷いた。

二人に説得され、私はゆっくりと息を吐くと「空回ってますね」と力無く笑う。

兵が辛い時程自分が頑張らなくてはと思っていたが、それがかえって兵の重荷になってしまう。

その事に気が付けないほど私は追い詰められていたのだろう。


 少し頭と体を休めるべきだ。

戦には負けた。

だが戦争はまだ終わっていない。

これから先のことを考え、動かなければ。


 そう思っているとメリナローズが戻ってきたため「さっきの件だけれども、貴女も一度休みなさい」と言うと彼女は「え!? あ、うん」と頷く。


「休んでいいなら休むけどその前にご報告ー。エルちゃんたち帰ってきたよ」


「本当!?」


 メリナローズは笑みを浮かべて横にずれると彼女の背後からエルたちが向かって来るのが見えた。

エルは此方に気がつくと表情をパッと明るくし、駆け寄って来る。


「ああ! よくご無事で!! 本当に心配しましたわ!」


「それはこっちの台詞よ! 貴女が無事で良かった……」


 彼女の手を掴み、私は項垂れる。

涙が出そうになるのを堪えて笑顔になり、顔を上げる。

今日、私は多くのものを失った。

でも失わなかったものも沢山ある。

まだ私は戦える。

これ以上私から大切な者を奪わせないため、私は━━。


「みんな、聞いて」


 エルの手を放し、振り返ると仲間たちを見渡した。

傷ついた者も、疲れ果てた者も、誰もが私に注目する。

だから私は自分の胸に手を添え、力強く頷く。


「私たちは負けた。それはどうしようもない事実。でも同時に私たちは生き残った。敵は私たちが疲れ果て、絶望していると思っているでしょう。ええ、確かに。私は絶望しかけたわ。でも貴方達が無事な姿を見て、まだ戦える。まだ勝てると思った」


 私の言葉に兵士たちは頷く。

皆、同じ気持ちだ。


「今日、散った者たちの為にも次の戦は絶対に勝つ。この戦いで私たちを全滅させられなかったことを後悔させるの。だから……私を信じて着いてきて!」


 そう言うと辺りは静寂に包まれた。

そして一人、また一人と立ち上がり拳を振り上げる。


「我らに勝利を!!」


「敵に敗北を!!」


「我らに再起を!!」


「敵に挫折を!!」


 辺境伯軍の兵士たちの熱気は他の軍にも伝播してく。

皆、拳を振り上げ力強く叫ぶ。

私はクルーべ侯爵やクリス王子と頷き合い、剣を鞘から引き抜くと力一杯振りかざした。


「鬨の声を上げなさい!! 山の向こうにいる敵軍に我らは健在だと知らしめろ!!」


 敗北からの再起を確信して私たちは絶叫するように鬨の声を上げ続けるのであった。


※※※


 ガーンウィッツ。


 ヴェルガ帝国を滅ぼした英雄の一人、オスロック・シェードランが築いた城はルマレール湖の傍に築かれた堅牢な城であった。

城下町は石造り壁によって完全に覆われており、城は町から少し離れた所に掘りに囲まれて存在していた。

王都メルザドールに次ぐ城塞都市として有名であり、過去にディヴァーンが王都を占領した際は国王がこの城に逃れ、一時的に王城となったこともある。


 そんなガーンウィッツの城のテラスから町を見渡している男が居た。


 レクター・シェードラン。

数か月前に父であるラウレンツ・シェードランを殺し、大公となった男だ。


 レクターは綺麗に整備された城下町をじっと眺めると美しいと思った。

城下町は代々シェードラン大公家が管理し、綿密に整備を行ってきた。

上に立つものが下に指示を出し、それを下のものが忠実に実行することによって完成した一種の芸術品だと思っている。

この町が完成するまで歴代の大公は何度もこうやってここから町を見渡していたという。


(上に立つ者がいてこその国家だ)


 民は愚かだ。

無知蒙昧で、野蛮である。

己の欲望に忠実で考えなしに行動する。

奴らではこのような美しい町は作れなかっただろう。


 民は獣だ。

獣を好きにさせては国は滅ぶ。

故に獣を調教する者が必要なのだ。

そしてそれこそが貴族であり、大公であり、国王だ。


 昔、民あっての国だとぬかした学者がいた。

だがそれは違う。

間違っている。

貴族あっての国だ。

領地を、経済を、民を管理する者がいてこそ国は成り立つ。


 だがここ最近、そのことを理解しない者が増えている。

自由だと? 公平だと?

愚か者どもめ、貴様らにそれを与えれば目に入るものを全て奪う蛮族と化すであろうに。

だから自分は”絶対的”になろうとした。

何人たりとも逆らえない”大公”として君臨し、諸侯や民を支配する。


 そう階級は絶対なのだ。

王の下に大公がおり、大公の下に領主たちが、そしてその下に下級貴族が、そして民がと続いてく。

父はそのことを理解していなかった。


 エリウッド王が先代を弑逆したのは確かに大きな罪であろう。

だが王の気持ちは自分には良くわかる。

もし先王が王家の秘密を公表していたら?

もし自分の後継者として王族でも大公でもない辺境伯の小娘を指名していたら?

そんなことをしたらこの国は大変なことになる。


 だから自分はエリウッド王を指示した。

アルヴィリア王国には歴史ある王家が必要だ。

そして大公とはその王家に仕え、守るのが使命のはず。

だから自分のしていることは……。


「……間違っていない」


 そうだ、間違っていない。

自分は何も間違っていない。

全てはこの国を、シェードラン領を守るため。

だからあの時、自分は父を……。


「閣下、アーレムナ砦のヴォルフラム様より書状が」


 テラスに騎士が現れ、此方に書状を差し出してくる。

それを受け取り中身を確認すると目を見開き、口元に笑みが浮かぶ。


「ヴォルフラムめ、相変わらず役に立つ」


 手紙の内容は先日行われた反大公軍との戦いのことであった。

アーレムナ砦を奇襲するために山越えをしようとしていたルナミアの軍を待ち伏せし大損害を与えたこと。

敵はアーレムナ砦攻略を諦めモーレナ砦に撤退したこと。

敵の士気は大いに下がり、今こそ決戦に持ち込むべしと力強く書かれている。


(動くべき、か)


 クルーべ侯爵の離反後、怪しい動きをする者が増えた。

そのため裏切りを警戒して諸侯の動きを徹底的に監視した。

少しでも怪しい動きをすれば問いただし、場合によっては成敗し続けた。

お陰で諸侯は此方を恐れて大人しくなった。

今ならばガーンウィッツから打って出られるであろう。


「出陣の準備だ! 諸侯にも伝えろ! 兵を総動員しタールコン平原にいる反乱軍を討伐する!!」


「は!」


 騎士が去って行くと力強く拳を握り締める。

いよいよだ。

いよいよあの目障りな従妹を排除出来る。

アレは自分にとって最大の障害。

認めてはならない存在だ。

奴さえいなくなれば自分は真の"大公"になれるのだ。


「誰かいるか!」


「ここに!」


 先ほどとは別の騎士がテラスに入って来ると振り返り、少し躊躇ってから口を開いた。


「……母上はどうされている?」


「依然としてルマレールの自室に籠られてるようです」


 父を殺したあと、母は泣き叫び暫くは自分の部屋に引きこもった。

そして数日が経つとやつれた母は何も言わずに城から出て行き、かつて父が住んでいたルマレールの砦に移ったのだ。


 母が父と同じように反大公軍と結託しないように監視させ、ほぼ軟禁状態にしている。


「……俺の話など聞きたく無いだろうが反大公軍を潰し、ルナミアを討つと伝えろ」


 そう言うと騎士は無言で頷き去っていく。


 あと少しだ。

あと少しでこの胸のざわめきが治るに違いない。

やっと心安らかになれる日が来るのだ。


「貴様にこれ以上奪わせるものか……」


 そう呟くと遠くの方を睨み、そして踵を返して城の中に戻るのであった。


※※※


 ノスの戦いでの敗北は反大公軍の勢いを止めることになった。

大きな損害を受けた反乱軍はモーレナ砦まで撤退。

反大公軍は再度攻勢に出る様に訴えるルナミア派と守りを固めるべきだというバードン伯爵派に分かれ、足並みが大きく乱れる。


 一方大公軍はレクター大公が大軍を率いてガーンウィッツより出陣。

アーレムナ砦のヴォルフラム軍と合流し、反大公軍との決戦に臨もうとしていた。


 エスニア歴1000年仲春。

後にタールコン平原の戦いと呼ばれる決戦が幕を開けようとしていた。


※※※


 私はモーレナ砦の軍議の間から出ると深いため息を吐いた。

連日大公軍と決戦をすべきか軍議を行っているが話は一向に纏まらない。

先日の敗戦以降将兵の士気は下がり、消極的になってしまっている。

ここで退いてはもう二度と反撃に出られなくなる。

そうなればあとは大公軍にすり潰されるだけだ。


 だが同時にバードン伯爵たちが慎重になるのも理解できる。

レクター軍とヴォルフラムの軍が合流したことにより敵は反大公軍の二倍以上となった。

平地で真正面から大公軍と戦うのは圧倒的に不利だ。


(どうにかしなきゃ……)


 何か……何か勝機を見いだせれば消極的になっている諸侯の重い腰を上げることができるはず。

だがその勝機が見つからない。


(タールコン平原での決戦を避け、有利な地形に誘い込む? いえ、それでは撤退したのと同じこと。ぎりぎり保っている士気を撤退で失えば兵は次々と逃げ出してく。そうなってしまったら戦いどころじゃないわ。反大公軍から離反する者も出るかもしれない……)


 つい数日前までは私たちが優勢であったのにこの様だ。

これも全て私が無謀な山越えを提案したためか?

いや、今は余計なことを考えるな。

前を向いて次の戦に勝つことだけを考えろ。


「ルナミアさん」


 背後から声を掛けられ振り返るとクリス王子とその後ろにレゾが居た。

私は王子に一礼すると「何か御用でしょうか?」と訊ねる。


「進退窮まったといった顔をしていたので。次の戦のこと、一人で悩まないでください」


「……そう、ですね。どうにも一人で抱え込もうとしてしまう癖があるみたいで……。以前、ウェルナー卿にも言われましたわ」


 こんな時にウェルナー卿が居たらとつい思ってしまう。

彼は今、コーンゴルドの城主代行をしてもらっている。

彼ならばこの状況を打開する策を思いつくだろうか?


「少し話があります。できれば人のいないところで内密に」


 クリス王子が辺りを警戒しながらそう呟くと私は少し間をおいてから頷く。

王子は私の回答に頷きを返し「こちらへ」と歩き出した。

そして彼についてくと城にある物置の前に辿り着く。


 クリス王子は再び周囲を警戒すると「レゾ、見張りを頼む」と言い物置に入っていく。

私も彼に続いて物置に入るとすぐに部屋の埃っぽさにくしゃみが出そうになった。


「このような場所ですみません。ですが誰にも聞かれたくないので」


 真剣な表情のクリス王子に私は頷くと静かに物置の扉を閉める。


「それで、話とは?」


「先日の戦いのことです」


「…………」


「ルナミアさんは妙だとは思いませんでしたか? いくらヴォルフラム・ブルーンズが智将とはいえああも完璧に僕たちの動きを把握していたことを」


 それは思った。

事前に村を調略していたこと。

的確に伏兵を置いていたこと。

まるで最初から此方の動きが筒抜けだったかのようだ。


「僕は間違いなく内通者が反大公軍にいると思っています。それが将なのか兵士なのかは分かりません。ですが内通者がいる限り僕たちに勝機は無い」


 どんな策を練っても事前に敵に知られてしまっては意味が無い。

かといって無策で勝てる相手でもない。

ならば━━。


「━━内通者を始末しますか?」


 そう訊ねるとクリス王子は頷いた。


「決戦の前に内通者は排除しないといけないでしょう。でもその前に一つ策があります」


「策、ですか?」


 私の言葉にクリス王子は笑みを浮かべ、そして「失礼します」と耳元に口を寄せてきた。

そして彼の策を訊くと私は驚き、それから笑みを浮かべるのであった。

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