第62節・窮地の辺境伯


 フェリアセンシアが合流したこともあり一時的に敵軍を押し返すことに成功した殿の部隊は撤退を行っていた。

敵の追撃を警戒しつつ出来る限り後退を行う。

兵士たちは先ほどまでの激戦で疲弊していたがそれでも足を止めるわけにはいかず、必死にぬかるんだ道を走り続ける。


 暫くすると援軍に駆け付けたクルーべ侯爵の部隊と合流することに成功し、後方でも敵の襲撃がありルナミアが護衛と共に消息不明になってしまったことを知る。

ゲルデロートが数名の騎士を連れてルナミアたちを追いかけてくれたそうだが動揺せざるおえない。


 エドガーは合流したクルーべ侯爵の部隊と共に走りながら思案し続け、直ぐ後ろにいるメリナローズの方を向く。


「メリナローズ、ルナミア様とエルの援護に向かってくれ」


「ええ!? どこにいるのかも分からないのに!?」


「この中でお前が一番身軽で素早く動ける。敵と出会っても切り抜けられるだろう? それに、ここでルナミア様に何かあったらお前も困る筈だ」


 そう言うとメリナローズはやや躊躇った後に「ああもう! 分かった!!」と言い隊列を離れ森の中に飛び込む。

そして鎖を伸ばして木から木へと高速で移動していくのが見えた。


 彼女がルナミア達の護衛に加わればある程度はルナミアが安全になる筈だ。

自分たちはこのまま撤退し、敵が追撃して来たら……。


『副団長!! 敵が来ましたぁ!!』


「もう来たか!! 総員、反転!! ここで迎え撃ち、敵を押し返したら再度後退するぞ!!」


 号令と共に殿の部隊は反転し、陣形を組む。

どうやら先ほど押し返した敵が再編成され仕掛けてきたようだ。

数は敵の方が上回っている。

だがそれでも勝たなければならない。


「フェリアセンシア。悪いが頼ることになる」


「そのつもりで来ましたから大丈夫ですよー」


 そう言うとフェリアセンシアは最前列にいるクロエの前に立ち「さて」と両腕を広げる。


「クレスのように荒事が好きではありませんが私はやるときはやるドラゴンですのでー。血を流したいというのならば存分に流させましょう」


 直後、地面から次々と氷のスパイクが現れ迫って来ていた敵兵を下から貫く。

一瞬で数十名を即死させた姿を見ると彼女が人よりも遥かに強大な存在であることを改めて認識させられる。

仲間の死体を避けながら敵が押し寄せてくるとクロエが飛び出し、先頭の敵兵を全力で殴打して吹き飛ばす。

そしてそれと同時にアーダルベルト率いる傭兵団が斬り込み、敵の気勢を殺ぐことに成功した。


「押し返せえ!!」


 力一杯叫ぶと殿の部隊は敵軍と激突し、再び激しい戦闘が開始されるのであった。


※※※



 エルたちはルナミアが少しでも遠くに逃げられるように敵の伏兵を足止めしていたが限界に達しつつあった。

共に行動していた騎士たちの多くは敵に討たれ生き残っているのは五人である。

自分も矢が尽き始め終わりが近いことを察する。


 横から斬りかかってきた敵を大弓で受け流すと背後に回り込み矢筒から矢を取り出すと敵の首に刺す。

そしてその矢を引き抜くと別の敵を射抜いた。


「矢が尽きるのならば……!!」


 降り注ぐ雨を凝縮させ水弾を放つ。

水弾の直撃を受けた敵兵は鎧が酷く歪み、血を吐きながら吹き飛んでいく。

雨のお陰で水の魔術が非常に使いやすい。

魔力が枯渇するまで敵を吹き飛ばしてやろう。


「くそ!!」


 近くにいた騎士がぬかるんだ地面に足を取られ転んだ。

そこに敵が襲い掛かったため横から矢を放ち、頭を射抜く。


「すまない!!」


 騎士は直ぐに立ち上がるがふらついている。

生き残っている者も疲労困憊になっているのだ。

だがそれでも剣を振るい、敵と戦う。


「!!」


 森の中から矢が放たれそれを避けようとするが疲労から体が思うように動かない。

矢先が右肩を裂き、血が流れ出る。


(……新手、ですの)


 森の中から新手が現れていた。

その姿を見て騎士たちも心が折れ、地面に片膝を着いて「ここまでか」と項垂れる者もいる。

もう無理だ。

誰が見ても助からない。

だが……。


「頭を上げなさいな。わたくしたちはコーンゴルドの兵士。ならば最期まで立派に戦い抜く。そうでしょう?」


 大弓を構え、そう言うと騎士たちは頷き剣を構えなおした。


 その姿を見て口元に笑みが浮かぶと脳裏に遠い故郷にいる妹の顔が思い浮かんだ。

ここで死んだら妹は怒るだろうか?

それとも泣くだろうか?

いや、私の妹のことだ。

姉の仇だと言ってレクター大公を討ちに行くかもしれない。

ともあれ妹には迷惑を掛けることになる。

そのことを申し訳なく思いつつ━━。


「━━エリ。姉は立派な最期を迎えますわよ!!」


 そう呟きながら新手に対して矢を放とうとした瞬間、敵兵が吹き飛んだ。

鎧が砕ける豪快な音と共に敵兵が宙を舞い、地面に叩きつけられる。


「これは……」


 大男だ。

戦槌を振り回しながら大男が敵に斬り込んでいく。

そしてそれに続きクルーべ侯爵家の旗を掲げた兵士たちも敵に突撃を仕掛け、敵を蹴散らしていく。


「ゲルテロード殿だ!!」


 辺境伯家の騎士の一人が剣を掲げながら大声を出すと他の騎士たちも歓声を上げる。


 援軍だ。

死を覚悟した矢先にクルーべ侯爵家からの援軍が到着したのだ。

そのことに気が抜けそうになるがすぐに首を横に振り「わたくしたちも加勢しますわよ!!」と指示を出し、敵兵に向けて矢を放つのであった。


※※※


 クルーべ侯爵家の援軍のお陰でどうにか敵を撃退すると生き残った辺境伯の騎士たちは力尽きたようにその場に座り込む。

エルもクルーべ家の兵士に傷の手当てを受けながら腰に提げていた小さな酒瓶に口を着け、一口酒を飲む。

喉に酒が流れ、胃が温かくなると自分が生き残ったことを感じられる。


「ほう? あれだけの戦のあとに酒とは豪胆よの」


 ゲルデロートはそう言うと笑みを浮かべ、私の前に座る。


「逆ですわ。酒を飲むことで死の恐怖から逃れてますの。口では最期まで戦い抜こうと言いましたがいざ死が迫ると手足が震えましたわ」


「それは当然のことだ。死ぬのは怖い! だがその恐怖に打ち勝つ者こそ真の強者だ」


 「お主は打ち勝った」とゲルロートは褒めてくれたが私は打ち勝ってなどいない。

死ぬのが怖いから、死から逃げたいから全力で足掻こうと思ったのだ。

ゲルデロートは私の肩に手をポンと乗せ、「お主はよく頑張った」と頷くと立ち上がる。

そして「暫し休息したらルナミア様を探すぞ」と言う。


 その言葉にハッとする。

そうだ、ルナミアを追いかけなければ。

この状況では敵がどこに潜んでいるのか分からない。

もしかしたら逃げた先で再び敵に襲われているかもしれないのだ。


 そう考えると休んではいられない。

慌てて立ち上がるとゲルデロートが「休まなくても良いのか?」と訊ねてくる。


「平気ですわ。それよりもルナミア様を探さなくては!」


「ええ!? ルナミア様ここに居ないの!?」


 上から突然声がしたため慌てて身構えると木の上からメリナローズが降ってくる。

そして目の前に着地すると彼女は「やっばいなぁ……。ここじゃないのか……」と舌打ちする。


「メリナローズ!? 貴女、殿にいたんじゃありませんの!?」


「エドガー君の指示でルナミア様を守りに来たのよ。でもここじゃないなら急いで見つけ出さなきゃ……」


 メリナローズの髪や服には木の葉や折れた枝が着いている。

恐らく全速力でここまでやってきたのだろう。

いつものふざけた雰囲気が無いメリナローズに「わたくしたちも今から捜索しますわ」と言うと彼女は頷く。


「エルちゃんたちは道沿いに探して。アタシは一人で駆け回って来るわ」


「一人で大丈夫ですの?」


「むしろ一人の方が楽」


 ”使徒”であるメリナローズならば並大抵のことは切り抜けられるし彼女の身軽さについて行けるものはいないだろう。

ならば彼女の言う通りにすべきだ。


「ルナミア様を探すのならば戦の痕跡を追うが良い。敵であれ味方であれ、死体のある方にルナミア様はいらっしゃるはずだ」


「おっけー。血の匂いを追ってみるわ!!」


 そう言うとメリナローズは鎖を伸ばし、森の中に消えていく。

彼女を見送ると私たちは頷き、ゲルデロートが「我らも出立するぞ!!」と号令を出した。

私も大弓を手に取りルナミアの無事を祈りながら未だ戦いの続く森の中へと歩き出すのであった。


※※※


 敵に追われ、ひたすら走り続けた。

敵に追い付かれそうになる度に誰かが犠牲となって私を逃してくれる。

吐きそうだ。

いったい何時まで逃げ続ければいい?

いったいあと何人犠牲にしなければならない?

私を護衛する騎士もついに二人になってしまい自分の終わりが刻々と近づいていると感じてしまう。


「ルナミア様!! 前に! 前に山小屋らしきものがあります!!」


 若い騎士が前方を指さすと朽ちた山小屋が見えた。


「一度あそこに隠れ、休憩しましょう」


 老齢の騎士の提案に私は頷く。

体を休ませたいというものあるし何よりも気持ちの整理を一度行いたい。

こんな混乱してる頭では冷静な判断なんて出来ないだろう。


 山小屋の近くに来るとまず騎士たちが慎重に近づいて辺りを警戒した。

そして安全であることを確認すると私を手招きし、山小屋の中に誘導する。


 山小屋の中に入ると私は脚の腐った椅子にゆっくりと座る。

どうやら昔は木こりたちが使っていたようで部屋の隅には錆びた斧が放置されていた。

騎士たちは「我々は外で見張ります」と言い、山小屋から出ていき山小屋の中で一人になった私は己の身体を抱きしめるように項垂れる。


 殿の部隊は大丈夫だろうか?

エドガーが指揮をしているし、アーちゃんや若ランスロー卿もいる。

彼らなら上手くやると信じているが敵の数が多すぎる。

もし、もしエドガーが敵に討たれていたら?

既に殿が全滅していたら?

一度そういうことを考えるとどんどん不安になっていく。


「大丈夫。私は大丈夫。皆も大丈夫。大丈夫よ、ルナミア。大丈夫に決まっているわ」


 言い聞かせるように大丈夫と呟き続ける。

そうでもしないと不安に押しつぶされてしまいそうだ。

どうしてこんなことになってしまった?

あの村が敵に内通していたからか?

いったい何時から?

クリス王子が村の人間に山道のことを聞いた時から?

いや、その可能性は低い。

村人がヴォルフラムに密告するとは思えない。

だとすると此方の策が敵に筒抜けであった?

それはつまり内通者が……。


 暫く内通者について考えていると外で物音がした気がした。

見張りをしてくれている騎士だろうか?


「…………」


 警戒しつつ扉の方に向かうと扉がゆっくりと開く。


 山小屋に入って来たのは若い方の騎士だ。

彼はゆっくりと私の方に近寄り、そして両膝を着いて崩れるようにその場に倒れた。


「!!」


 騎士の背後から複数の見知らぬ兵士が現れたため、すぐに剣を引き抜こうとするがそれよりも早く頭を強打される。


 床に叩きつけられるように転び、軽い脳震盪がおきたのか目眩がする。

どうにか立ち上がろうとするがその前に腹に蹴りを入れられ、床を転がってしまう。

そして髪を掴まれ起こされると後ろから拘束された。


「……貴方たちは!!」


「誰かは名乗れないが悪いがアンタの敵である事は間違いねぇなぁ」


 リーダーと思われる男がいやらしい笑みを浮かべながら私に近づき、喉元にナイフを突きつける。

コイツら……鎧や武具は騎士の様だが恐らく傭兵だ。

ブルーンズ家が雇った連中か?


「おお、怖い怖い。可愛い顔をしているがまるで猛獣の様な目だ」


 「おい!」とリーダーの男が部下に命じると私に紫色の手錠をかける。

これで此方を無力化したつもりか?

まだこっちには魔術がある。

こんな奴ら、纏めて焼き殺してやる。

そう考え、魔術を使おうとすると異変に気が付いた。


(魔術が……使えない?)


「おおっと! お前たち魔術師はおっかないからなあ、魔術を封じさせて貰ったぜ!」


 再び蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられる。

聞いたことがある。

魔術師の罪人などを拘束するための魔具。

魔術を封じる手錠だ。

これでは手だけではなく魔術まで使えなくなってしまった。


「……貴方達、ブルーンズ家の兵士ではないわね。何が目的?」


 床に倒れながらリーダーの男を睨むと男は「へえ、流石に分かるかい」と感心したように言う。


「ええ分かるわよ。ヴォルフラム・ブルーンズは貴方達のような下品で下劣な輩を配下にしないでしょうからね」


 強気な笑みを浮かべて吐き捨てるように言うと傭兵の一人が私の髪を思いっきり引っ張って「テメエ、立場分かってんのか!!」と怒鳴りつけ、拳を振り上げる。

それをリーダーの男が片手をあげて止めると椅子に腰かけ「まあ落ち着けや。あんまり傷つけちゃあ後で楽しみ憎くなっちまう」と私を品定めするように見てくる。


「お嬢さんの言う通り俺たちゃあ下劣な傭兵よ。だから戦場に紛れ込み、お前を捕らえたのは金のため。あのルナミア・シェードランを捕らえて大公軍に引き渡しゃあたんまり金が貰えるってもんよ。仮面様様って奴だな」


「仮面ですって……」


「おうよ。妙な仮面を着けた奴が俺たちにお前を捕まえさせてくれるって言ってきてなあ。最初は胡散臭い話だと思ったが思い切って話に乗ってみて正解だったぜ」


 仮面……その言葉で思い浮かぶのは”蛇”だ。

彼らの背後には……いや、この戦いの背後には”蛇”がいた?

先ほど内通者がいるのではと考えていたがまさか彼女が……?

いや、彼女と決まったわけではない。

それに今は内通者が誰かよりもこの場をどう乗り切るかだ。


「ねえ、交渉しない?」


「交渉だあ? お前と?」


「ええ、そうよ。私を解放してくれたら大公軍よりも金を払ってあげる。それだけじゃないわ。私がクリス王子に貴方達を推挙してあげる。騎士になれるわよ? もしかしたら城主になれるかも」


 そう言うと部下の傭兵たちは「おお!?」と盛り上がるがリーダーの男は口元に笑みを浮かべながら顎を指で摩る。

そして椅子から立ち上がると私の目の前まで来て視線を合わすようにしゃがんだ。


「そいつぁ素敵な提案だが……お嬢ちゃん、嘘が下手だな。俺は仕事柄、そいつが嘘を吐いているか目を見て分かるんだよ。お前の目はいつでも相手の喉元に噛みつけるように牙を隠している虎だ。こいつ等は兎も角俺を騙せると思うなよ?」


 リーダーの男は私の顎を手で掴んできたため顔に唾を吐きかけると彼は不快そうに眉を顰め、それからため息を吐いた。


「少し痛い目を見ないと大人しくならないようだ」


 リーダーの男は私を突き飛ばすと部下たちに「おい! ”男”が言っていた迎えが来るまで好きにしていいぞ」と言い、椅子に座りなおす。

その言葉に傭兵たちはいやらしい笑みを浮かべると私を囲むようにじわじわと寄ってきた。

彼らの視線を受け、背筋が凍る。

奴らが何を考えているのか、これから何をしようとしているのかすぐに理解した。


「来たら舌を噛む!!」


 壁際まで這うように逃げ、そう叫ぶとリーダーの男は「好きにしろ」と肩を竦めた。


「引き渡すのは死体でもいいし、死んで暫くは”使える”からな」


「……下種ども!!」


 そう叫んだ瞬間、地面に押し倒され傭兵の一人に馬乗りされる。


(嫌だ。嫌だ。嫌だ……!!)


 女が戦場に出ればこうなる可能性もあることは承知していた。

でも、それでも嫌だ。

怖い。

戦で戦うのよりもずっと怖い。

こんなことで、こんな奴らに私は……。


(エドガー助けて……! リーシェ、お願い、誰か……)


 傭兵がナイフを引き抜き、私のスカートを引き裂き始める。

こんな奴らに裸にされて汚されたくない。

そんな苦痛を味わい、敵軍の虜囚になるくらいなら……辱めを受けるくらいなら舌を嚙み切って自害しよう。

そう覚悟を決めて涙を流しなら目を閉じ、口を大きく開けた瞬間━━。


「お前たち!! 何をしている!!」


 小屋の扉が力強く開かれ誰かが入ってきた。


 ずぶぬれになりながら怒りに満ちた顔で男たちを睨む青年。


 クリス王子だ。

クリス王子が組敷かれ、スカートを裂かれた私を見ると怒りを爆発させ傭兵に体当たりをするのであった。




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