第52節・万壊の光刃


 それは嵐であった。

轟音と共に閃光が放たれ、大気を切り裂く。

近づくものは全て不可視と言えるほどの高速斬撃により断ち切られ、勝負の土台にすら上げてもらない。


 強い。

いや、強いなんてものじゃない。

格が違い過ぎるのだ。

何度も修羅場をくぐり抜け、それなりに力を持ったと思っていた。

だが上には上がいる。

今の私たちとこの聖女の差はまるで蟻と象、いや、ミジンコとドラゴンだ。


 身体強化を最大限にしても聖女の持つ戦斧を視認することができず、ほぼ直感に頼って避けている。

義姉も接近戦を諦め、魔術による攻撃で対抗しようとしているが……。


「ああ、もう!」


 ルナが火球を放ち、更に火球に風を纏わせる。

彼女が得意、いや、彼女しかできない複合魔術。

火球は聖女に直撃し、更に突風によって爆発の威力が増大する。

普通ならあれで跡形もなく消えるはずだ。

だが━━。


「厄介ですね。複合魔術というのは」


 一太刀。

炎と爆風が切り裂かれ、消滅する。

聖女は全くの無傷であり、彼女の戦斧を構えなおすと一気に踏み込んできた。


 一歩で数メートルを移動し、瞬く間に私の背後に回り込むと横薙ぎの斬撃を放ってきた。

それを脚部を強化し、思いっきり前に跳ぶと背中を刃が掠める。


(あ、あぶな……っ!?)


 僅かにでも反応が遅れていたら今頃真っ二つだ。

着地と同時に振り返ると目の前に聖女の足の裏が迫っていた。

慌てて槍で蹴りを受けると吹き飛ばされ、民家の壁に激突した。

背中に強烈な衝撃を受けたことにより咳込むとルナの「リーシェ! 構えて!!」と言う声が聞こえてくる。

その声に反応して槍を横にして体の前で構えると戦斧の刃が槍の柄に激突した。


(腕部強化……!!)


 腕部を緊急強化し叩き込まれた攻撃をどうにか押しとどめる。

聖女の刃が小鼻に触れるくらい近くにあり、歯を食いしばって必死に叩き斬れれない様に堪える。


「……我が刃で断てぬとは。その槍、特別なものですね?」


「エルフラントからのプレ……ゼントッ……!!」


 駄目だ。

押し込まれる。

腕部を限界まで強化してもこの聖女の攻撃を受け止め続けることは出来ない。

聖女の刃が僅かに小鼻を裂いた瞬間、聖女の背後からルナが襲い掛かった。

彼女は剣を突き出し、聖女の後ろ首を狙うが聖女は必要最低限に体を傾けてルナの攻撃を回避し、そのまま戦斧の石突側でルナに刺突を行おうとする。


「避け……れる!!」


 ルナは強引に腰を捻って聖女の刺突を避けると右手に風を纏わせた。

そして聖女の攻撃を回避した体勢から至近距離で突風を放つと聖女を吹き飛ばす。


「生きてる!?」


「うん……危なかったけど!」


 ルナが差し伸べた手を取り、彼女に引っ張ってもらうと横に並び立つ。

そして吹き飛ばされた聖女の方を見ると敵は空中で受け身を取り、綺麗に着地をしていた。


「良い連携ですね。流石はシェードラン辺境伯の娘たちです」


 聖女が一歩前に出ると私たちは武器を構えなおす。

戦いが始まってから数分で私たちは追い込まれた。

お互いに冷や汗を全身に掻き、一瞬でも気を抜けない戦いに肉体・精神共に疲弊してきている。

対してあの聖女は涼しい顔だ。

息も乱れず、汗一つ掻いていない。


「ルナから見てこの状況、どうかな?」


「……言わなくても分かるでしょ? 最悪よ!」


 私たちはお互いに反対側に跳ぶ。

すると私たちが立っていた場所に戦斧が叩き込まれ、地面が砕け散った。

相手は私たちよりも遥かに強い。

一対一では絶対に敵う相手ではないと痛感している。

ならば━━。


(……同時なら!!)


 私たちは同時に敵に突撃した。

ルナは敵の右側面から。

私は左側面からだ。

いくらあの聖女でも同時に二方向からの攻撃には対応できないはず。

そう判断したのだ。


 しかし相手は此方の予想を上回った。

聖女が突如此方に戦斧を投擲して来た。

私はそれを突撃しながら躱すがこの回避により足並みが僅かに乱れる。

そしてその僅かな乱れは敵が反撃するには十分な時間であった。


 聖女は投擲した直後にルナに方に踏み込んだ。

ルナは「ちっ!!」と舌打ちしながら剣を振るい、聖女を斬ろうとするがそれよりも早く聖女が右手でルナの剣の鍔を掴んだのだ。

そして即座に左腕による正拳突きをルナの腹に叩き込む。


「ルナッ!!」


 腹を殴打されたルナは大きく吹き飛び地面を転がる。

それを聖女は追撃し、転がるルナの頭を踏みつぶそうとした。


(間に合え……!!)


 身体強化を限界まで施し、弾丸のように突撃する。

そしてほぼ体当たりに近い形で聖女と激突しようとした。


 しかし私の体当たりを察知した聖女は即座に振り返り、突撃中の私の両肩を掴むと突撃の勢いを利用して放り投げた。

私は再び壁に激突し、目の裏で火花が散ったような感覚に陥る。

クレスと繋がったことによって強化された本能が危険を察知し、私は壁に叩きつけられた瞬間にしゃがむと私の頭があった位置に聖女の拳が叩き込まれた。

聖女の拳は石でできた民家の壁を一瞬で砕き、大きな穴を開ける。


 本能に従わなかったらどうなったかと思うとゾッとする。

私はしゃがんだ状態からバネの様に跳ね、地面を前転しながら聖女から離れる。

そして立ち上がると額に浮かんだ大きな冷や汗を拭うのであった。


※※※


 リーシェが体を張って聖女を引き剥がしてくれたお陰で命拾いをした。

咳込みながら立ち上がると鎧の腹のあたりがへこんでいることに気が付く。

殴られた瞬間に水の防壁を展開したがそれても貫通してきた。

もし防壁が無かったら鎧ごと腹を貫かれていたかもしれない。


 聖女はリーシェに猛攻を加えるのを止めると投擲した戦斧の方に跳躍し、地面に突き刺さった己の武器を回収する。


 リーシェが想像以上に強くなっていてくれたおかげでどうにか聖女に縋りつけている……と言いたいところだが……。


(手を抜かれているわね……)


 恐らく聖女レグリアはまだ本気を出していない。

それは私たちに対して手加減をしているからなのか、それとも本気を出すまでもないということなのかは分からないが私たちは今、彼女のお情けで生き永らえている状態だ。

そのことに歯ぎしりをすると剣の柄をきつく握りなおした。


 リーシェにアイコンタクトをし、彼女が頷くと私たちは同時に駆け出す。

基本的な戦法は先ほどまでと変わらない。

身体強化ができるリーシェが前衛、そして魔術を扱う私が後衛だ。

聖女はまず先行するリーシェを迎撃しようとしたため私は地面に手を着いて魔力を流し込んだ。

それにより聖女の周りの地面が隆起し、岩の柱が次々と現れる。


「リーシェ! 突っ込んで!!」


 リーシェは隆起する岩の隙間を抜け、一気に聖女に突撃を行った。

槍を思いっきり突き放つと聖女はそれを戦斧の柄で受け止める。

この戦いが始まって初めて敵が攻撃を受けた。

聖女が後ろに下がろうとしたため、退路を断つように岩の柱を出現させると彼女はその場にとどまり、思いっきり戦斧を振り回す。

するとリーシェを吹き飛ばし、一瞬で周囲の岩の柱を断ち切ってしまう。


「ルナ! 次!!」


「ええ、分かったわ!」


 聖女が私に目掛けて突撃しようとするのをリーシェが槍を投げて阻止すると私は水を召喚した。

そして強烈な水鉄砲を聖女に向かって放つ。

それに対して聖女は戦斧を振るい水鉄砲を断ち切るがすかさず次の手を打つ。

放った水鉄砲に今度は凍結の魔術を使い、一瞬で凍らせる。

高密度の魔術を織り込んだ氷は聖女を捉え、彼女の腕を戦斧ごと凍らせて固定する。


(今だ……!!)


 魔力で補強した氷のため先ほどの岩の柱よりは敵の動きを止められる。

私は動けなくなった聖女目掛けて突撃を行うと飛びかかる様に斬りかかろうとする。

だが━━。


「━━ッ!?」


 一閃。

戦斧の刃に光が宿り、まるでバターを切り裂くように氷を断ち切る。

そしてそのままの勢いで戦斧が迫ってきたため慌てて敵の刃を剣で受けた。

光を纏った刃が私の剣に食い込むのを見るとこのままでは剣ごと叩き斬られると判断する。

ダメージを受けるのを覚悟で聖女との間に風の塊を生み出すとそれを弾けさせ、大きく吹き飛んだ。


 リーシェは吹き飛んだ私を庇うために聖女に肉薄しようとするが聖女が高速の斬撃を放つとリーシェも大きく吹き飛ばされる。

そして私たちは地面を転がるとボロボロになりながら悠然と佇んでいる敵を睨むのであった。


※※※


 ロイは聖女レグリアとリーシェたちの戦いを見て戦慄していた。

強すぎる。

リーシェやルナミア様だって決して弱くはない。

いや、むしろアルヴィリア内でも有数の実力の持ち主たちだろう。

だがあの聖女はその遥か上を行っていた。

無敵。

まさにそんな言葉がふさわしい存在だ。

人はあまりにも強すぎる存在相手には尊敬を通り越して畏怖の念を抱く。

その無比なる強さに神聖さを感じてしまう。

そうだからこそ彼女は聖女なのだ。

アルヴィリアを守護する最強の戦斧。

女神の加護を受けた聖女。

それがあの敵なのだ。


「…………」


 リーシェたちを助けるためにあの戦いに飛び込みたい。

自分が参戦したところで勝てる気はしないが僅かにでも彼女たちの生存率が上がるのならそうしたい。

だが……。


(動けば……奴らも動く、か)


 敵は聖女だけではないのだ。

自分たちと同じように遠巻きに戦いを観戦している軍団。

レグリアが率いている聖アルテミシア騎士団だ。

アルヴィリア王国が誇る精鋭部隊が動けば戦い慣れていない民兵が混じっている此方はあっと言う間に敗走してしまうだろう。

反大公軍も聖アルテミシア騎士団と交戦したくないため大人しくしているのだ。


 ふと聖アルテミシア騎士団の一人であるイルミナと呼ばれた少女と目が合った。

彼女は此方の視線に気が付くと嗜虐的な笑みを浮かべる。


(性悪女め……)


 あの女は確信しているのだ。

自分たちの主がこの戦いに勝つと。

いや、彼女だけではない。

他の聖アルテミシア騎士団や味方のコーンゴルドの軍やクルギスの軍までもシェードラン姉妹があの無敵の聖女に勝てないと思ってしまっている。


 ならば自分は二人の勝利を信じる。

誰もがシェードラン姉妹の敗北を信じるなら、自分は二人の勝利を胸を張って信じる。

イルミナに強気な笑みを送り返すと彼女は眉を顰め、それから不快そうな表情を浮かべて此方から視線を逸らした。


「……ロイ殿。いざという時は辺境伯軍と共に突撃する覚悟は出来ている」


 隣にいたドーウェン卿の言葉に頷く。

二人の勝利を信じているが”もしも”の場合は何が何でも二人を救助しなければいけない。


「王国最強の騎士団。相手にとって不足は無い」


「頼もしい言葉だ」


 ドーウェン卿が口元に笑みを浮かべ共にシェードラン姉妹と聖女の戦いの方に視線を移す。

するとちょうどリーシェがルナミア様に駆け寄っているところであった。


※※※


 片膝を着いているルナの傍に行くと「大丈夫!?」と手を差し伸べた。

義姉は私の手を取ると頷き、私は彼女を引き起こす。


「危なかったわ。あと少しで剣が斬られるところだった」


 ルナの剣は刀身の中ほどまで断たれている。

この剣は確かエドガーの父親がルナの為に鍛えたミスリルの剣だ。

鋼よりも硬い剣がこうも容易く破壊されかけるとは……。


「あの光……かなりヤバいわね。強力な魔力の凝縮体。超高濃度のマナの刃」


「つまり?」


 ルナは呆れたように苦笑すると剣を鞘にしまう。


「鉄だろうが魔力障壁だろうが一瞬で断ち切る究極の刃よ」


「その通りです。これは森羅万象を断つ女神の一撃。その刃を使うのは久しぶりです。シェードランの娘たちよ、あなた方に敬意を払います。そしてだからこそもう一度言いましょう。お二人とも、今すぐ投降しなさい。この刃を前にして生き延びた者は古今東西一人もおりません」


 恐らく事実だろう。

あんな無茶苦茶な刃を展開されたら勝負になる筈がない。


「……ルナ。ルナができる最大級の攻撃ってある?」


「あるけど……でもそれは使うのに時間が掛るしあの刃があったら恐らく無効化されてしまうわ」


「じゃああの刃さえどうにかすればいけるかもしれない?」


 ルナが頷くと私は「あの刃をどうにかする」と言う。


「出来るの?」


「たぶん。かなり分が悪い賭けだけど」


「乗るわ。というかもう何をしても分が悪い賭けよ」


 そう言うとルナは強気な笑みを浮かべて聖女レグリアに「悪いけど私たちが貴女の刃を生き延びた最初の二人になるわ」と言う。


「……そうですか、残念です」


 聖女が戦斧を構えるとそれだけであの光の刃が大気を振動させる。

あれは恐らく直撃しなくても危険な刃だろう。


「リーシェ。奥の手は一回きり。あと私が合図をしたら思いっきりあの聖女から距離を取って」


「やってみる。ルナの奥の手で死ぬのは御免だから」


 と、言ったもののあの聖女の足止めをしてそんな余裕があるかは分からない。

だがやれるだけやってみよう。

ここからは後先考えない全力の戦いだ。

全身に紅く輝く紋様を浮かび上がらせ、身体強化を限界まで行う。

恐らく数分で魔力が枯渇するだろうがそれで十分だ。


「よし、行こう!!」


 私が動くのと同時に聖女も動き、私たち姉妹の大きな賭けが始まったのであった。


※※※


 疾い。

レグリアはそう思った。

リーシェ・シェードランの速さは先ほどよりも更に上昇し、常人ならば目で捉えきれない程になっている。

彼女の身体に浮かんでいる紋様の発光具合を見るに恐らく身体強化を限界まで施しているのだろう。

あれだけの強化を行なっているとなると魔力の消費量はかなりのものの筈。


(勝負に出た、ということですね)


 義姉であるルナミア・シェードランの方も何やら己の魔力を一気に放出し始めている。


(放置するのは危険。ならばーー)


 まずはルナミアから狙う。

物理攻撃に特化したリーシェよりも魔術を扱えるルナミアの方が厄介だ。

大規模な魔術に対する切り札はまだいくつかあるが今はまだ使いたくない。


 "なるべく"殺さないようにルナミアに斬りかかろうとするとリーシェが眼前に飛び出してきた。

義姉の魔術が発動するまで時間を稼ごうという判断か。

だがそれは無謀だ。


 地面を蹴るように踏み込むと高速の斬撃を放つ。

リーシェは限界まで強化した肉体と反射神経でどうにか此方の攻撃を躱すが刃が彼女を掠める度に彼女の肉体を削ぎ落とす。


 戦斧に宿っている光刃は空間ごと万物を切り裂く超高密度の魔力だ。

刃に触れなくても刃が斬り落とした空間に巻き込まれて傷を受ける。

このまま躱し続けてもいずれは力尽きるだろう。


「ッ!」


 光刃がリーシェの右太腿を削いだことにより、リーシェは体勢を崩す。

それを好機とし戦斧を大きく振り上げた。


「ここまでです!」


「ま……だまだぁ!!」


 リーシェが此方の戦斧を槍の柄で受け止めようとするが無意味だ。

この光刃がある限り、どのような槍であろうともーー。


「ーーこれは」


 受け止められた。

刃は槍を断たず、槍の柄に激突する。

何が起きたのかは一瞬で理解した。

リーシェの槍から放たれる光。

この光が此方の光刃を打ち消しているのだ。


「レプリテシアの力ですか。どうやら女神の力を使いこなせるようになってきたようですね」


「まだまだ未熟だけど……!!」


 リーシェと繋がっていたレプリカが消滅し、レプリテシアの力は途絶えたと思っていた。

だがそうでは無かった。

この娘は力を失うどころか更に深く女神と結びついた。


(これ以上覚醒されては危険ですね……!!)


 アルテミシアと対になるレプリテシアの力は自分たちにとって脅威となる。

ならばここで脅威の芽は摘み取ってしまうべきだ。


 腕に込める力を増し、リーシェを叩き斬ろうとする。

それに対してリーシェも歯を食いしばって堪え、彼女の足元に亀裂が走る。


「ル、ルナー! 死ぬ! これ以上は死ぬと思う!!」


 リーシェがそう叫んだ瞬間、此方を囲むように魔力の塊がいくつも現れた。


「待たせたわね! 巻き込まれる前に下がりなさい!!」


 周囲に現れた魔力の塊に気を取られた隙にリーシェは思いっきりこちらから離れる。

そして一人取り残されると思わず苦笑してしまった。


「六大属性の同時展開。少々侮り過ぎたようですね」


 直後、あらゆる属性による魔力が爆発し、一瞬で此方を飲み込むのであった。

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