第31節・追求の轟雷、拒絶の疾風


 振り下ろされる大剣を寸前のところで避けると後ろへ大きく飛び退いた。

全身から冷たい嫌な汗が噴き出る。


 このドライと名乗った大男から放たれる攻撃は全てが一撃必殺だ。

大剣が風を切り、唸りを上げるたびに寿命が縮んだかのような感覚になる。


 豪快かつ巧みな攻撃を前に全員慎重になり防戦一方になってしまっている。


 敵の背後に回り込み隙を突こうとしたガイに対してドライは彼の方を見ずに裏拳を放つ。

それを潜って避けようとしたが敵はガイの行動を予測していたらしく低姿勢の回し蹴りを放って来た。


 ガイは舌打ちをしながら後方へ跳躍すると此方の隣にやって来る。


「……腹立たしい。手を抜かれてこのザマか」


「同感だが冷静さを失うなよ」


 ガイは「お前に言われんでも分かっている」と言うと再び背後に回り込むために駆け出した。

それに合わせてヘンリーが牽制として鉄球を放つがドライはガイを警戒しつつヘンリーの攻撃を軽く往なした。


 敵が手を抜いているのは嫌と言う程痛感している。

まるで此方の力量を測るかの様に動いているし何よりも最初の一撃以外あの漆黒の稲妻を放っていない。


 戦いが成立しているのは敵の手加減によるものだと思うと腹が立つし焦る。


 とにかく1番身軽なガイが敵の懐に飛び込みやすいだろうと判断し自分とヘンリーは彼の援護に専念する。

少しでも敵の注意を逸らさせるため真正面から突撃を行った。

即座に大剣による横薙ぎの斬撃が放たれるがそれを身を屈めて避ける。

すると敵は横に振った大剣を手首を捻って斜め下に向かって叩き込んできた。


 急激に軌道を変える刃から逃れるため地面を思いっきり蹴って横に跳ぶ。

だが敵はもう一度強引に手首を捻ると刃を地面から横に跳んだ此方の腰目掛けて放ってくる。


(くそ……!! なんて軌道だ!!)


 身の丈程ある大剣を腕力だけで強引二回も軌道修正してきた。

しかも恐ろしいことに刃の軌道が変わる度にその速度が速まっている。

敵はこのまま一気に此方を叩き斬るつもりか!!


「いや、違う!?」


 ドライは此方を見ていなかった。

奴は終始一貫して背後に回り込んでいたガイの方を見ており、殺気も彼に放っている。

「……ガイ!! 離れろ!!」


「なにっ……!!」


 ドライが大剣を両手で持ち、腰を落とすと高速の回転斬りを放つ。

大剣の先端が腰の鎧を掠め、そのままガイの方へと向かっていく。


 ガイは突撃を止め、全力で後ろへ飛び退くと迫ってくる刃の方に二対の双剣を構えた。

そしてガイの剣とドライの大剣が激突すると双剣はいとも容易く砕け散る。


 避けられない。

そう思った瞬間、ドライの大剣に鉄球が叩き込まれた。

それにより僅かに大剣の速度が遅くなり、ガイは後ろに転がるように倒れた。


 彼の腹からは血が出ているが傷はそこまで深くないようだ。

額に浮かんだ冷や汗を手で拭うと舌打ちした。


「まさかドワーフに助けられるとは……!!」


「この借りは後で酒場で返してもらいましょうかね!」


 ヘンリーの言葉にガイはまた舌打ちすると「生きて帰れたらな!」と近くに斃れていた守護者の持っていた剣を拾う。


「……成程。お前たちの力量は大体理解した」


 ドライはそう言うと構えを解く。


「我らに力で叶わぬは当たり前。なれどその技と、連携は光るものがある。良き人の戦士たちよ。今すぐ立ち去るなら見逃しても良い」


「……な!! どういうつもりだ!!」


 あまりの予想外の言葉に思わず困惑する。

するとドライは兜越しに此方をじっと見つめてきた。


「我が望みは至高の武を得ること。その為には全力を尽くし、戦う”強敵”が必要。レプリテシアの器は見逃せぬが貴様らは見逃しても良い。そして更にその武を高め、我が前に立ちはだかれ」


「……貴様……俺たちを侮辱するか!!」


「侮辱ではない。認めているのだ。お前たちならば更に上を目指せる。未熟だが殺すのは惜しい存在だ」


 恐らくドライは本心から言っているのだろう。

だが論外だ。

俺たちはこいつの為に生きているわけじゃない。

それにレプリテシアの器……つまりリーシェを見逃すつもりが無いのなら答えは決まっている。


「悪いが断る! リーシェに手を出すつもりなら俺は一歩も退かない!!」


「ま、そういうことです。それに私は別に至高の武とか興味ありませんから。至高の詩ならば心動かされますがね」


 此方の回答にドライは「そうか」とやや残念そうに呟くと大剣を構えなおした。

そしてその瞬間、嘗てないほどの殺気がドライの身体から放たれる。

彼から放たれる気は熱となり、まるで蜃気楼のように空間を歪ませる。

大地が振動した。

体の芯から”逃げろ!!”と言う叫びが聞こえてくる。


「ここで討つは残念だ……。ここまで奮闘した貴公らに我が力の片鱗、見せてやろう!!」


 ドライが大剣を天に掲げる。

マズい。

あれはマズい。

何としてでも阻止しなければ。

ほぼ本能で駆け出し、ガイとヘンリーも続く。


「招来せよ! 天を裂き、大地を砕く漆黒の轟雷よ!! 我が武の髄を見よ!!」


 直後、天より幾つもの漆黒の稲妻が降り注いだ。

それにより三人とも吹き飛ばされ大地を転がる。

そしてドライの大剣に稲妻が宿り、彼は大きく大剣を構えた。


「唸れネァイリング!! 我が敵に栄光の滅びを与えん!!」


 大剣より轟雷が放たれた。

あらゆるものを焼き払い、砕く漆黒の一撃。

それが叩き込まれ、強烈な爆発と共に吹き飛ばされるのであった。


※※※


(……終わったか)


 ドライはネァイリングの構えを解くとそう落胆した。

惜しい。

実に惜しい。

あの騎士たちならば更に上に行けた筈。

至高の武に至るための最高の"強敵"となり得たかもしれぬのだ。

それをくだらぬ意地で失うとは……。


「……ほう?」


 立ち込める土煙の中、何かが見えた。

それは人影だ。


 地に伏したのが二人。

そして一人は未だ立ち、此方に剣を向けている。


(直撃を避けたのか)


 ネァイリングの一撃を受けてまだ息のある人間と出会ったのは初めてだ。

地に伏している二人はもう動けなさそうだが立っている騎士は満身創痍ながら未だに鋭い闘志を此方に向けている。


「止めておけ、お前たちは良く戦った。今は休み、いずれ再戦を……」


「今を守れなきゃ意味がない」


「………理解できんな」


 それ程までにレプリテシアの器が大事か?

他人の為に可能性のある己の未来を台無しにするのか?

理解不能だ。

人は己の命が最も大切なはず。

弱肉強食の世界では狩られる側から狩る側になる為に己を鍛える。

その筈だ。


「誰かの為に剣を振るえないお前には至高の武なんて無理だ」


「戯言を」


 自分は武を極めるために生み出された存在だ。

人では辿り着くことが出来ない極限の武。

孤高で、至高の存在になるのが我が全てであった。

周りの存在は険しき山を登るための足場。

その足場のために危険を犯すなど論外だ。

だが……。


(群の強さ、というものもあるか)


 人は群れることで時に己の限界以上の力を発揮することがあると聞く。

個の強さと群の強さ。

どちらが勝るか興味はあるが……。


「我が武を侮辱するのであれば貴様の武を示してみよ! さあ! 人間よ!! この状況、どうやって打破する!!」


 再びネァイリングを構える。

次は外さない。

例え敵が傷だらけで足を動かすことすら辛い状況であっても全力の攻撃を叩き込む。

誰かの為に剣を振る者の力を私に見せてみろ!!


 ネァイリングに轟雷を宿し、振りかざす。

それに対して騎士は諦めず、ゆっくりと構えなおした。

そして剣を振るおうとした瞬間、突如洞窟の中より雷撃がフィーア目掛けて放たれるのであった。


※※※


 フィーアは正直落胆していた。

”お父様”がやたらと気にしていたレプリテシアの器とその仲間たち。

あの”お父様”の気を惹くなってどんな奴らなのか腹立たしく思うのと同時に興味があったのだが残念過ぎる。


 弱い。

弱すぎるのだ。

確かに普通の人間よりは強い。

だが私たち”神の子”に比べたらまるで赤子のようだ。

ドライの奴はわざわざ神装を持ち出しているがこんな奴ら神装どころか力を使う必要すらない。


 あのエルフと黒髪の女は私が軽く掛けるだけで私の姿を見失う。

どうやら気配で此方の動きを追っているようだがそれにも限界がある。

奴らは私に一撃も与えられず絶望しながら死ぬのだ。


「ねえ! どっちから死にたい? 先に死にたいって言ったほうは優しく殺してあげるわよ!」


「うるさい! お前が死ねバカ!!」


 エルフが矢を放ってくる。

無駄なことを。

お前の放つ矢なんて簡単に避けれる。

いや、本来なら避ける必要すらないのだ。

だが可愛そうなので避けてあげている。

だってこれは遊びなのだから。

時間を掛けて、じっくりと楽しまなければ勿体ない。


 矢を顔を逸らして避けるとそのまま一直線にエルフに向かって駆ける。

そのまま体当たりに近い正拳突きを放って腹を貫いてやろうと思った。

しかし……。


「そこです!!」


 黒髪の女が私の進路目掛けて苦無を振り下ろした。

私がエルフを狙っているのを先読みして攻撃を放っているのだ。

黒髪の攻撃を躱し、横をすり抜けるとその際に爪でわき腹を裂いてやる。


 黒髪は苦悶の表情を浮かべ、その場に蹲る。

今のは結構深く裂いてやったはずだ。

痛みであの厄介な黒髪の動きを封じられただろう。


 エルフが「ユキノ!?」と動揺するが黒髪は「大丈夫です……!!」とわき腹を押さえながら立ち上がる。


「頑張るわねぇ。もう諦めたら? どんなに抵抗してもどうせ死ぬんだしサクッと逝ったほうが幸せじゃない?」


 肩を竦めてそう言うと二人は険しい表情を浮かべながら身構える。


成程。

どうやらこいつらは馬鹿のようだ。

レプリテシアの器の為に死ぬ覚悟ができているというのだろう。


 ああ、鬱陶しい。

人のため? 友情のため? 愛のため?

おてて繋いで仲良く歩きましょう?

馬鹿みたいだ。

いや、馬鹿だ。

なぜ人の為に己の歩調を合わせなければいけないのか?

人よりも速く駆けられるならぶっちぎって走り続けるべきだ。


 私は孤高の風だ。

この世の誰よりも速く、全てを吹き飛ばし突き進む疾風。

凡人共は私の背中を追い続けるがいい。

そして絶望し、私がどれだけ至高の存在なのかを思い知るがいい。

私はその為に生まれたのだから。


「……いいわ。いい加減終わらせましょうか? さっさとレプリテシアの器も始末しなきゃいけないしね」


 お前たちが私の動きを予測しているというのならばその予測が意味を成さなくすればいい。


 腰を落とし、ゆっくりと息を吐く。

これまでの単純な走りではない。

本当の速さというのを見せてやる。


 駆けた。

一瞬で相手の背後に回り込む。

そこからまた大地を蹴り次は左側面へ。

そして近くの岩を蹴ると今度は右側面へ。

左、右、前、斜め左後ろ、斜め左前━━敵を中心に無数に跳躍し縦横無尽に駆け回る。

私の姿は目で捉えることは出来ず、また気配で追おうとしても全方位から私の気配を感じて此方の居場所が分からなくなっている筈だ。


(アハッ……! 焦ってる!!)


 エルフの顔が目に見えて焦っていた。

いい表情をする。

まずあれから潰そう。

足を捥いで、動けなくしたら次は黒髪だ。

あの黒髪は厄介なのですぐ殺そう。

そうしたら生意気なエルフを徹底的に辱めて苦しませて殺してやる。


 獲った。

完全に此方の居場所を見失い、翻弄されている敵の死角に回り込む。

そして一気に距離を詰めると……。


「……ミリ様!!」


 突如敵を中心に凄まじい風が生じた。


(これは……魔術か……!?)


 辺りを吹き飛ばす強烈な突風だ。

それに正面から直撃し、思わず動きが鈍る。


「この程度の風で……!!」


 突風の中から黒髪が飛び出してきた。

彼女は一直線に私を狙い飛びかかって来る。


「甘いっての!!」


 飛びかかってきた黒髪に前蹴りを叩き込む。

黒髪は左腕で咄嗟に身を守るが私の足が黒髪の左腕をへし折り、彼女はそのまま吹き飛ばされる。


 此方の動きを止めて一瞬の隙を突こうという腹積もりだったのだろうが無駄なことだ。

確かにあのエルフの魔術に驚きはしたものの普通に対処できる範囲である。


 だが、気が付いた。

あの吹き飛ばされた黒髪が笑みを浮かべていたことを。

なんだ?

何を笑っている?

お前たちの作戦は失敗した━━。


「━━は? なにこれ?」


 いつの間にかに腕の中に黒い球のようなものが詰まった袋があった。

それには何やら紐のようなものとあと……火の匂い?


 これは何だろうかと首を傾げた直後、袋が腕の中で大爆発するのであった。


※※※


 ユキノは全身に激しい痛みを感じながらもゆっくりと立ち上がった。

吹き飛ばされ地面に叩きつけられたせいで眩暈がする。

左腕は敵に蹴られたことによってあらぬ方にへし折れている。

腕がちゃんともとに戻るか心配だが逆に腕一本であの敵に打撃を与えられたことに安心する。


 奴にぶつけたのはいざという時用に持っていた炸裂球だ。

中に火薬を詰め、爆発させる単純な武器だが大量に爆発させればかなりの威力になる。

持っていた炸裂球を全て使ったため辺りは爆煙で覆われてしまっている。

想定よりも爆発の威力が大きい。

ミリが巻き込まれていなければいいが……。


 そう思っていると煙の中からミリが現れ、彼女は咳込みながらこちらに向かって駆け寄ってくる。


「……生きてる!?」


「はい、ちゃんと生きてはいます」


 私がそう言うとミリは安堵の笑みを浮かべるが直ぐに此方の腕を見て息を呑む。

そして慌てて隣に来ると「腕……!」と指さした。


「この程度で済んだのですから幸運です。そんな顔をなさらないでください。こっちまで気が滅入る」


「アンタねぇ……。人が心配しているってのに……」


 ミリが肩を竦めると振り返り、爆発の中心を見る。


「やったのかしら?」


「……そう願いたいですが」


 油断はできない。

あの爆発を至近距離で喰らえば普通なら即死だが万が一ということもある。

じっと煙の中を見つめていると突如煙が何かに切り裂かれた。


「!!」


 即座に二手に分かれて跳ぶと先ほどまで立っていた場所を風の刃が通る。


(……鎌鼬!!)


 背中にぞわっと感覚が来る。

煙が晴れるのと同時に感じる圧倒的な殺意。

殺せていない。

そう理解し、舌打ちするのと同時に苦無を鎌鼬の放たれた方向に投げつけるが、何かによって弾かれた。


「━━残念だったわねぇ。結構惜しかったかもよ? アンタたち」


 敵だ。

先ほどと同じ場所に敵が立っていた。

彼女は殆ど無傷であり、怒りと殺意を込めた笑みを私たちに向けてくる。


「そんな……どうして!?」


 ミリが思わず叫ぶ。

だが同感だ。

どうやってあの爆発を凌いだ?


「ツヴァイやドライならヤバかったかもしれないけど、生憎私の力は風。あの程度の爆風を無理やり自分とは反対方向に押し出すことなんて容易いのよ」


 風だと!?

あの敵は至近距離の爆発を己が発生さえた風で跳ね返したというのか!?

ありえないと思った。

爆発と同等、いや、それ以上の風を即座に生み出したというのだ。

高等な魔術か?

否、これは……。


「私はフィーア。”お父様”に何者にも追い付かれない疾風を授けられた者。私にとって風を操るのは息をするのと同じくらい自然で、容易いことよ」


 フィーアが手を此方に向けると彼女の前に風が収束していく。

それを見たミリが信じられないという様子で目を見開いた。


「あいつ……精霊の力を無理やり行使しているの!?」


 魔術とは精霊と契約し、その力を借りて使う術のこと。

しかしあのフィーアという敵は周辺の精霊たちの力を無理やり奪って己のものとしている。

当然そんなことをすれば精霊たちは力尽き、消滅してしまう。

精霊の死は自然の死。

やってはならない禁忌だ。


「は! そんなこと知ったことか!! 精霊ども! 私の為に死んで役に立てぇ!!」


 直後、凄まじい威力の風の塊が放たれ私たちは吹き飛ばされるのであった。


※※※


 フィーアの放った風によってミリは大きく吹き飛ばされると地面に叩きつけられるように転がった。

意識を失いかけては地面に激突する衝撃で目を覚ますのを繰り返し、体が止まったころには指一本動かせなかった。


 痛い。

全身が痛い。

骨は運良く折れてはいない。

でも動けない。

骨ではなく、心が折れてしまったのだ。


 フィーアが精霊たちから力を根こそぎ奪う光景を見て恐怖した。

あまりにも力が違い過ぎると理解してしまった。


(……悔しい!!)


 動きたくても心が動けない。

そんな自分に涙が出る。

駄目だ、諦めるな。

諦めたら死ぬ。

そして死ぬんだったら前を向いて死ね。

だが心の奥底で出来てしまった恐怖はまるで錘のように私に圧し掛かる。


 誰かが私の前に立った。


 ユキノだ。

全身傷だらけで血を流した彼女は右手に苦無を持ち、必死に立っていた。


「……ミリ様、動けますか? 動けなくても動いてください。私が少しでも時間を稼ぎます。その間に撤退し、どうかリーシェ様と一緒に……」


「あ……ん、た……何を……」


 そんなこと出来るはずがない。

ユキノが命懸けで戦うというのならば私も戦わなくてはいけない。


 拳を強く握りしめ、歯を食い縛って立とうとする。

立て、立つんだ私。

こんな格好の悪いところ、ミリに、リーシェに……アイツに見せられるか!!


「誠に残念ですが勝ち目がありません。ならば私はリーシェ様とミリ様が生き残れる方法を選ばざるおえません」


「……どうしてよ。リーシェは兎も角、私は━━」


 ユキノは私の方を見て困ったように微笑んだ。

それは罪悪感と諦めが混じったような笑みだ。

困惑する私をよそにミリは首を横に振る。


「私は今まで様々な罪を犯してきました。全ては仕方ないことだと、気にしてはいけないとそう言い聞かせていたのです。ですが私は皆様と出会い、皆様と共にいたいと思った。変わってしまった。だから……私はミリ様をお守りします。それが、私にできる精一杯の贖罪だから」


「贖罪って……なによ。勝手に、一人で考えて決めないでよ!! 私になんかして、後ろめたいことがあるんだったら……逃げるな、馬鹿!!」


 ユキノの横に立ち、弓を構える。

もう弦が切れそうだ。

だがまだ矢が撃てるのなら撃ってやる。

この馬鹿がなんで私に対して罪悪感を持っているのかは知らないが死なせてたまるもんか。

罪を償いたいというのなら生きて償え!!


「あのさあ。茶番終わった? 勝手に盛り上がってるけど私、アンタら逃がす気無いよ?」


 フィーアが再び手をこちらに向ける。

もう一度あの力を使って来るつもりなのだろう。

今度は避けられない。

間違いなく死ぬだろう。

だが……最期の最期まで諦めない。

手足捥がれてもアイツの喉元に喰らいついてやる。


「それじゃあ、さよならよ。なかなか楽しめたわよ」


 フィーアが風を収束させ始める。

そして此方に向かって放とうとした瞬間━━。


「!?」


 洞窟の方から彼女の背後に向かって雷撃が放たれた。

フィーアは咄嗟に風を雷撃に放つが風と雷撃の激突によって生じた衝撃波によって吹き飛ばされるのであった。


※※※


 ロイは唖然とした。

洞窟から放たれたあの一撃。

見覚えがある。

間違いない、アレは……雷竜王の……!!


「クフ、クフフフフ!! ハァーッハッハッハッ!!」


 高笑いが鳴り響いた。

そして洞窟の中より一人の少女が飛び出す。


 雷のような金の髪を持つ小柄な少女。

雷竜王クレスセンシアがそこにいた。


「儂、ふっかーつ!! 人が寝ている間に随分と好き放題してくれたようじゃのう!!」


「クレスか……!!」


 そう言うとクレスは此方を見て「おお」と笑みを浮かべる。


「貴様、赤毛の小僧か! なるほどあれから一年半以上経っているものな。中々男前になって来たではないか!! で、メイドとエルフは酷い有様じゃなぁ……。こりゃあ、主様が激怒するぞ?」


 主様……?

それはいったい?


「……クレス、一人で先走り過ぎ」


 声が聞こえた。


 良く知っている声。

命を賭けて守ろうと誓った人の声。


 洞窟の中から槍を持ったリーシェが現れ、クレスの横に並び立つ。

最後に見た時とはっきりと違うと分かった。

彼女の雰囲気は、そう、昔の━━。


「……リーシェ」


「ロイ、イヤリングのこと。ずっと持っててくれてありがとう。きっとロイが持っていてくれたおかげで私たちの絆は途絶えなかった」


「お前、記憶が━━」


 リーシェは頷く。

そして重傷のミリとユキノを見ると怒りの表情で立ち上がったフィーアを睨みつけるのであった。


「私の大切な人たちをよくも傷つけたな。絶対に……許さない!!」


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