~アルヴィリア内戦・コーンゴルドの戦い編~

第11節・乱雲の予兆


 冬の青空の下。

レグの村と呼ばれるところから少し離れた丘の上に兵士たちが集まっていた。

彼らはコーンゴルドの旗を掲げ、武具の手入れをしながら村の様子を伺っている。


 そんな中、丘にある大きな岩の上に二人の人物がいた。


 一人は長身のエルフだ。

腰まで伸びた金の髪を風に靡かせ、常に目を瞑っているかのような女性は右手に己の身長程ある大弓を持ち遠くの村の方を見つめている。


 もう一人は小柄な鉄塊だ。

分厚く紅い派手鎧を身に纏い、その手には自分の身体がすっぽり収まるような大盾を所持している。


『エルさん、敵の姿が見えるぅ?』


 鉄塊はややこもっているが少女の声を発し、隣のエルフ━━エル・エ・エリに声を掛けるとエルは頷く。


「ええとてもよく見えますわ。品の無い顔をした男どもが村で乱捕りをしてますわね」


『はぁー、エルさん目がいいねえ。ウチはなんも見えないなぁ』


「……バイザーで見えないんじゃ?」


 エルがそう言うと鉄塊が『なるほど!』と言い、ヘルムのバイザーを上げる。

すると愛嬌のある少女の顔が現れ、彼女は「エルさんは頭がいいなぁー」とはにかむ。


「わたくしが頭いいんじゃなくてクロエさんがお馬鹿さんなんですわ」


「エルさんは口が悪いなぁー」


 「ありがとうございます」とエルが肩を竦めると鉄塊━━クロエの方を見た。


「クロエさんはどうして軍に志願したんですか? 生まれはクルギスの方ですわよね?」


「んだ。ウチのおっとうはもともとクルギス伯爵様に仕える衛兵だったんだけど、無実のゼダ人を匿ったら罪人扱いされてなぁ……。みんなで夜逃げしてきたんさ。どうにかコーンゴルドに逃げ込めたけどおっとうは大怪我を負って働けなくなっちまったのよぉ」


「つまり生活費の為に志願したと?」


 エルがそう言うとクロエは「うん」と頷く。


「ウチ、昔から少しだけ力持ちだったから兵隊に向いていると思ったんだべ。ルナミア様は出自や性別に関わらず受け入れてくださると聞いていたから思い切って志願してみたんだべさ」


「……少し力持ちどころじゃ無い気がしますが。まあいいでしょう」


 クロエが「エルさんは?」と訊ねるとエルは「そうですわね……」と暫く思案し、それから「好みだから」と答えた。


「はい? 戦が好きなんだべさ?」


「いえ、戦はそこまで。ルナミア様の顔を初めて見たときにビビッと来たんでのよ。あ、この人わたくしの好みの顔しているって」


「……エルさんはそっちの方だったかぁ」


「あら、男の方も顔が好みならいけますわよ。つまりわたくしは面食いという奴ですわね」


 「エルさんは自分の欲に素直でいいなあ」とクロエが笑うと角笛が鳴り響いた。

どうやら動くようだ。

相手は村を襲った傭兵たち。

奴らの雇い主はシェードラン大公である。


 レクター・シェードランが大公となった後、シェードラン領はレクター派と反レクター派で争うようになった。

そんな中もう一つのシェードランである辺境伯家は中立を宣言したが数か月前から大公の雇った傭兵たちが辺境伯領の村を戦時中の物資徴収と称して焼き討ちを行うようになった。

領主のルナミア・シェードランは当然大公に抗議したが大公からの返答は『現在、大公家は戦のため多くの傭兵を雇っておりその全てを統率できてはいない。今は戦時中のためどうか傭兵たちに物を分け与えて欲しい』というものであった。

当然ルナミアは激怒したがこれが大公からの挑発だということは重々承知をしており、傭兵を攻撃せず追い払うことに専念していた。


 だがそのルナミアの堪忍袋の緒もそろそろ切れそうだ。

今回は此方から傭兵に攻撃を仕掛けるかもしれない。

しかし、此方から攻撃してしまったら大公家は大喜びで辺境伯家に討伐の兵を差し向けてくるだろう。


「エル殿! クロエ殿!! ルナミア様がお呼びです!!」


 後ろから兵に声を掛けられ二人は顔を見合わせると陣の方に向かうのであった。


※※※


 丘の上にある陣の外から私は村を見ていた。


 村が襲われたという報が入ったのは今日の早朝。

傭兵たちは村人を追い出しそのまま村を占領。

いつも通りある程度占領し食料や金目の物を奪ったら村に火を付けて逃げるつもりだろう。


 大公家の傭兵を此方から討ってしまっては従兄との戦争に発展しかねないため今までは我慢してきた。

大事な民の村を何度焼かれ、その度に腸が煮えくり返ってきた。

もういい加減ウンザリだ。

奴らには今まで誰の領地で火遊びをしているのか分からせてやろう。

勿論、本家が介入し辛いようにだ。


「ルナミア様、二人が来ました」


「ええ、分かったわ」


 振り返るとそこには赤毛の騎士━━エドガーがいた。

ベールン会戦以降彼は更に逞しくなり、ついにコーンゴルドの副騎士団長になった。

史上最年少の副騎士団長は片腕を失ったものの引退し損ねたウェルナー卿を良く支え、彼に文句を言う騎士は誰もいない。

このままならすぐに騎士団長になれるだろう。


 私はエドガーと一緒に陣に戻るとエルとクロエが待機していた。

二人とも軍では新参者だがエルは弓の名手として、クロエはその怪力に期待している。

二人は私を見るとすぐに跪き、私は彼女たちの前に立つ。


「二人に来てもらったのはやってもらいたいことがあるから。もう薄々気が付いている思うけれども今日、私はあの傭兵どもを一掃するつもりよ」


「おお! ついにやっつけるんですね!!」


 クロエは「やったるー!」と意気込み、エルは「ふむ」と眉を顰めた。


「……それはつまり大公家と戦を行う決意をしたと?」


 エルの言葉に私は首を横に振る。


「いいえ、従兄上と戦争をする気はないわ。あくまで我が領を荒らす不届き者を成敗するだけ」


「大公家が納得するでしょうか? 此方から討って出れば辺境伯家に翻意ありと言いがかりをつけられるのでは?」


「あの馬鹿なら間違いなくそう言って来るでしょうね。だから私たちからは仕掛けない」


 私は口元に笑みを浮かべるとクロエの方を見る。


「クロエ、貴女には使者になってもらいます。傭兵たちに対して降伏勧告行います」


「ええ!? ウチがですか!? ウチ、使者だなんてそんな……向いてないと思いますけどぉ……」


 私はクロエの傍に行くとそっと肩に手を添える。


「貴女ならできるわ。いえ、貴女にしかできないわ。文を渡すから傭兵たちの前に行ったらそれを呼んで戻ってくるだけでいいわ」


 クロエは暫く悩んできたがやがて「分かりました!」とガッツポーズをする。


「ウチ! 頑張ります!!」


 その様子に私が満足そうに頷いているとエルが察したらしくクロエに憐みの視線を向けた。

それから「ルナミア様って意外と酷いお方ですわね」と言ってきたので「この子は大丈夫だって思ってるから」と返す。


「さて、クロエが降伏勧告をした後”もしも”の時はエル、貴女に働いてもらうわ」


「お任せを。”もしも”にならないことを祈りますわ。まあ可能性は低いでしょうですけれども」


 よし、これで二人には指示を出し終わった。

あとは……。


「エドガー! 兵に出陣の準備を! 久々の戦よ! 腑抜けている奴が居たら喝を入れてやりなさい!!」


「は! すぐに兵を出せるようにします!!」


 エドガーが兵たちの方に向かい、クロエとエルも下がると私は村の方をもう一度見た。

そして腰に提げている剣の柄に手を添えると「痛い目見せてやるわ」と呟くのであった。


※※※


 村を占領した傭兵たちは村の広場に奪った物資を集めていた。

本当ならば女も襲いたいところだがあまりやりすぎると辺境伯家を本気にさせかねない。

大公からは嫌がらせをする程度でいいと言われているのだ。


「御頭!! 奪えるものは大体奪いましたぜ!!」


 村の高台から辺境伯軍の陣を見ていた大柄の男にやせ細った男が話しかけた。


「おう! じゃあ村に火を着けてさっさとズラかるぞ!!」


「へへ、楽な仕事でさぁ。奪い放題、燃やし放題。辺境伯は大公様を恐れて俺たちに手出しができない」


「アルヴィリアの子孫だのベールンの聖女だの言われているが所詮は小娘よ。恐れる必要は何もないってやつだ」


 傭兵団長はそう言い笑うと辺境伯軍の方から何かが向かって来るのが見えた。


 それは鉄塊だ。

紅い鉄塊が歩いて此方に向かって来ていた。


「ありゃあ……なんすかね?」


「騎士……じゃあねえな。鎧はごっついがちいせぇなぁ。ガキが鎧を着てるのか?」


 部下と顔を見合わせ首を傾げると鉄塊が村と辺境伯の陣の中間くらいで立ち止まった。


『えー! こほん! 村を占領する傭兵たちに告げる!!』


 鉄塊からはかわいらしい声が放たれたため思わず「女かよ」と呟いてしまう。


『即刻、村から立ち去れ!! お前たちはシェードラン辺境伯家の領地を不当に占拠しており、またこれまでの悪行は到底見過ごすことがでひな……あ、噛みました! 噛んじゃったのでもう一度最初からいいですかぁー!!』


「うるせー!! さっさと続きを言いやがれ!!」


 鉄塊に向かって怒鳴ると『うひゃあ! おっかない!』と身を竦めた。

アレはなんだ?

辺境伯家はあんなものを兵にするほど戦力に困窮しているのか?


『では続きから……。これまでの悪行は見過ごすことはできない!! 今までは野盗にも劣る見ずぼらしい貴様らに慈悲の心で物を分け与えていたがそれに気づけず、犬畜生以下の知性しか持たぬ獣であるのならば容赦はしない! これは最後通告である! 今すぐ村と奪った物を返すのならば命だけは助けてやる!!』


「……小娘が、馬鹿にしやがって。おい! 弓兵!! あの小さいのを撃て!!」


「お、御頭!? いいんですかい!? 辺境伯家と戦いになっちまうんじゃ……」


「大公様が俺たちの後ろにいる以上奴らは反撃できねえよ! 脅して村から追い出そうという魂胆だろうがそうはいかねぇ! 痛い目見せてやるぞ!!」


 弓兵が集まり構える。

そして攻撃の号令を出すと一斉に矢が放たれた。

矢は放物線を描きあの鉄塊に向かって降り注ぐが……。


『いた!? いたたたた!? 刺さんないけど響くんですよぉ!?』


「な!? どんだけかてえんだ!?」


 矢は全てあの鎧に弾かれた。


 鉄塊が大盾を持ち、後退を始めたので弓兵に次を放つように命じると再び矢が放たれたのであった。


※※※


 エルは突き出た岩の上からクロエが矢の雨に襲われ続けているのを見た。

「まあ、可哀そうに」


 あの子の鎧は鉄壁だがその分重量があり俊敏には動けない。

恐らくこのままではひたすら矢を喰らい続けてキャンキャンわめくことになるのだろう。

まあ、それはそれはで面白そうだが……。


「任された仕事はしっかりとやりませんとね」


 クロエは立派に敵から仕掛けさせるという仕事をやり果たした。

此方が出した使者に対して傭兵たちは非道にも矢を放って来た。

我々コーンゴルド軍は致し方なく応戦をする。

そういう筋書きだ。


「言葉遊びですわね」


 だがそういった言葉遊びをしなければならないのが今の辺境伯家の立場なのだ。


 「さて」と呟くと長弓を構える。

次にやることは敵を村から引き摺り出すことだ。

村に立て込まれては戦い辛いし、なによりも民の住む場所を燃やす訳にはいかない。


「一矢一殺、撃たせて貰いますわ」


 目を薄らと開けて敵を狙う。

敵の矢の軌道から弓兵の位置を予想し……放った。

放たれた矢は敵の矢と交差し、村の方に落ちる。

すると敵の攻撃が止んだ。


 暫く様子を伺うと角笛が鳴り響き村から騎兵が出てくるのが見えた。


「まあ、堪え性の無い方たち。簡単に挑発に乗ってくれて助かりますわ」


 簡単に敵を誘い出せた。

あとは……。


「敵を迎え撃ちなさい!!」


 ルナミアの号令の下、コーンゴルドの兵士たちも一斉に動き始める。

傭兵団は此方を戦えぬ子猫か何かかと思っているようだが大間違いだ。

コーンゴルドは眠れる獅子。

奴らが獅子の尾を踏んでしまったことを思い知らせてやろう。


「では二発目。行きますわ!!」


 再び矢を放ち、突撃してくる騎兵を射抜くのであった。


※※※


(のわぁー!? 突っ込んで来ましたよぉ!?)


 矢の雨を降らされたと思ったら次は騎兵が向かって来ている。

なんだがみんな殺意を此方に向けてきているがどうしてだろうか?

こっちは文を読んだだけなのに。


(よく分かりませんが止めます!!)


 敵は私を突破したらルナミア様たちのところに向かうに違いない。

それは阻止しなければ。

自分はコーンゴルドの兵士。

主人を守るために命懸けで戦う存在。


『よぉし! 勝負ですよぉ!!』


 正面から来る騎兵を受け止めようと腰を落として構えると敵は「馬鹿め! 轢き殺してやる!!」と馬で体当たりを行なって来た。


『根性ぉー!!』


 馬の首に腕を回すようにし、地面を強く踏む。

すると体が馬に押されて後ろへスライドするがさらに足に力を込めると馬の動きが止まる。


「ば、馬鹿な!?」


『痛いから降りた方が良いですよぉ!!』


 馬をそのまま持ち上げ振り回すと投げ飛ばした。

騎兵と馬が宙を舞い地面に叩きつけられる。


 その光景を見た敵は思わず動きを止め、その隙を突いてコーンゴルドの騎士団が敵に斬り込み蹴散らす。



 その後、傭兵たちは十数分の戦闘を行った後に壊走。

辺境伯軍はこれを猛追撃し壊滅させるのであった。


※※※


 アルヴィリア西部にあるシェードラン辺境伯領はベールン会戦後以前にも増して栄えていた。


 領主のルナミア・シェードランがアルヴィリア内戦が勃発すると早々に中立を宣言したことによりアルヴィリア内で唯一戦火が及ばない土地となり多くの人々が逃れてきた。

特にコーンゴルドはルナミアが非アルヴィリア人への迫害を行わないという評判が広がったため多くのエルフやドワーフ、ゼダ人が移住するようになり今ではアルヴィリアで最も多人種が住む土地となった。


 かつては木の柵で覆われているだけのコーンゴルドも三重の壁で覆われた大きな都市となり始め、コーンゴルド軍も二千を超える兵力を有するようになる。


 そのため大公も反大公派もコーンゴルドには迂闊に手を出すことが出来ず、大公からの嫌がらせは度々あるものの比較的に平和な時が流れているのであった。


※※※


 私は傭兵の討伐を終え、コーンゴルドに帰還するとまず汗を流すことにした。

そして汗を流し終えると塗れた髪にタオルを乗せたまま己の執務室に向かう。


「……ふぅ」


 執務室に入るとすぐにドアにもたれ掛かりホッと息を吐く。


 今回の戦、数人負傷者は出たものの死者はいなかった。

大勝利と言っても過言ではないだろう。

そう、思わず大勝利をしてしまったのだ。

本当は傭兵をある程度蹴散らしてもう二度と悪さをしないように脅しつけるつもりだったのが今までの鬱憤もありついつい壊滅させてしまった。

正当防衛の反撃がいつの間にかに殲滅戦だ。

あの従兄に何て言おうか……。


 頭に乗せていたタオルを近くのソファーに投げ捨てると執務室の自分の席に座る。

そして羊皮紙と羽根ペンを取り出すと従兄に対する手紙を書き始める。


 内容としては今回の戦が行われた経緯、傭兵に村から出るように使者を出したが突然攻撃を受けたこと、それに対してやむ負えず応戦し戦いが乱戦となったため収拾がつかなくなった。

そしてその結果村を”不当”に占領していた傭兵たちは壊滅した。

最後にこの様な結果になってしまったことは此方としても不本意であるが、我々も本当に必要なときは反撃せざるおえないということを覚えていて欲しいという風に書いた。


「下らないやり取りよね……」


 本家と分家。

互いにいがみ合い、だが直接対決は避ける。

このような下らないことで民や兵の血が流れるのは非常に腹立たしい。


 私は羽根ペンを机に置くと立ち上がり窓方に移動した。

窓からはコーンゴルドが一望でき、数年前から大分大きくなった村……いや、町の様子が見える。


 ゲオルグ王の崩御から始まった内戦は今も続き、シェードラン領も二つに分かれて争っている。

今はまだ中立を保ててはいるがいずれはこのコーンゴルドも戦に巻き込まれるだろう。

その時までに出来ることはすべてやり、備えておかなければ……。


「……っ」


 少し立ち眩みがした。

父の跡を継いでから心が安らかになったことが無い。

毎日必死で、亡き父の大きな背中を必死で追いかけ、乗り越えようとしてどうにかここまで来た。


 私は立ち止まるわけにはいかない。

私は休むわけにはいかない。

私は私を信じてついてきてくれている多くの人々の命を背負っているのだから。


「……みんな、どうしているのかしらね?」


 行方不明になったリーシェを探しに行ったロイやミリ、ヘンリーおじ様。

そして未だ音信不通のユキノ。

館にも、町にも人がたくさん増えたが心を許せる人は減ってしまったような気がする。

正直心細い。


いま、ここにリーシェたちがいてくれたらどれだけ心強いことか……。

 来年には千年祭だ。

あの木に刻んだ約束の通り、私たちはまた会えるのだろうか?


『ルナミア様? いらっしゃいますか?』


 ドアがノックされたので「入っていいわよ」と言うと右肩に青いマントを掛けたウェルナー卿が入ってくる。

彼は私を見ると「おっと」と言い、目を逸らす。


「ご領主なんですから身なりには気を付けて貰いたいものですな」


 ウェルナー卿に言われ自分の姿を見てみると下着に近い状態であった。

あれ? もしかして私はこの姿のまま廊下を歩いていたのか……?


「ご、ごめなさい。そこのローブ取ってもらえるかしら」


 私は頬を赤くしてそう言うとウェルナー卿は壁に掛けてあったローブを取り、私に渡してくれる。

それを羽織るとすぐに「こほん」と一度咳をし、「失礼を」と謝る。


「もしかしてその姿で廊下を歩いていたんで? さっきエドガーが顔を真っ赤にしていたから何事かと思っていましたが……」


「……エドガーがいたことにすら気が付かなかったわ」


 後でエドガーを呼び出そう。

私が決して露出癖があるわけではないと言い聞かせないと。


「大分お疲れのようですな。あ、座っても?」


「ええ、どうぞ」


 ウェルナー卿はソファーに腰かけようとするが塗れたタオルが置いてあることに気が付き座るのを止める。


(か、かなり恥ずかしい……)


「だいぶお疲れのご様子で。数日くらい休まれては?」


「そうはいかないわ。今日の件で間違いなく従兄上がまた噛みついてくるでしょうし」


 私がそう言うとウェルナー卿は机の上に置いてある羊皮紙を見て苦笑する。

そして懐から手紙を取り出すと机の上に置いた。


「……それは?」


「バードン伯爵からの手紙です。再度反大公軍に加わるのを検討して欲しいと。大分切羽詰まった感じの文章でしたね」


 以前から何度も反大公軍からの接触があった。

その度に断ってきたがここ最近は反大公軍側が大公軍に押され始め焦っているのだろう。

旗印のいない彼らは結束力が弱く、また兵力も大公側に比べて劣っている。

つい先日反大公側だったルノー子爵が大公側に寝返ったという話も聞いた。


 私は手紙を取り内容に目を通す。

そこには自分たちがかなり苦境に立たされていること、せめて物資だけでも援助してほしいということが書かれていた。


「……バードン伯爵には申し訳ないけれども」


「ええ、分かっております。返答は私の方からしておきましょうか?」


「いえ、自分で書くわ」


 コーンゴルドを守るためには中立を保つしかない。

だがそれは本当に正しいことなのだろうか?

お父様だったらどうしただろうか?

叔父様だったら?

私は……どうしたい?


「悩みの種を増やしてしまったようですな。ルナミア様、一人で抱え込まずどうか私や皆を頼ってください」


「ふふ、ありがとう。そうね、本当に行き詰まったら皆と相談してみるわ」


 私がそう言うとウェルナー卿は神妙に頭を下げ「ではこれで」と退室した。


 執務室でまた一人になると私はもう一度窓の方へ行き、外の様子を伺う。


 遠く、東の空が暗く曇っているのが見えた。

もうすぐ雨でも降るのだろうか?

私にはそれがこれからの未来を表しているような、そんな不吉なものを感じた。


「……バカバカしい。本当に疲れているみたいね」


 バードン伯爵への返事を書いたら少し寝よう。

そう思い机に戻るのであった。

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