第9節・闇夜の脱出劇

 ボリバルは戦いにおいて優勢にも関わらず焦りを感じていた。


 確かに自分は強くなった。

力も頑丈さもシアたちなんかよりも遥かに上だ。

だと言うのに未だに一人も殺せていなかった。

それどころかこいつらは巧みに連携し、時折此方を冷やりとさせる攻撃を仕掛けてくる。


(ちくしょう!! 何なんだ、こいつらは!!)


 こいつら、自分たちより強い存在と戦いなれている。

人より大きく、圧倒的な力を持つ存在に対してどう戦うかを理解している。


 ユキノという女が苦無を投げてきた。

苦無を手で弾くとその隙をついてロイという自由騎士が飛び込んでくる。

それを左腕を振り下ろし、叩き潰そうとするがロイは此方の腕を盾で受け流し、そのまま後ろへと回り込んだ。

後ろに回り込んだロイの姿を目で一瞬追うと視界の外から鉄球が放たれ、それを体を捻って避ける。

そして体勢が崩れた所に風の塊が叩きつけられ、尻餅をつくように転んでしまう。


『チクショウ!!』


 すぐに起き上がろうとすると倒れた体にシアが着地し、彼女は双刃刀で此方の右目を狙って突きを放ってくる。


『!!』


 咄嗟に顔を逸らすと刃が角に当たり弾かれる。

すぐに手でシアを振り払うと彼女は此方の身体を蹴って後方へ逃れた。


 危なかった。

体は岩石のように固くなっているが目などは人と変わらない。

目玉を穿たれてもすぐに再生できるだろうがこいつら相手に僅かな時間でも視力を失うのは危険すぎる。


(時間をかけるとこっちが危険か……!!)


 強大な力を手に入れたがまだその力になれていない。

長期戦に持ち込まれたら此方が不利になるかもしれないのだ。

ならば一気にケリをつけにいったほうが良いだろう。


『オアソビはオシマいダ!! ソロソろ、ケッチャくをツケヨウぜ!!』


 そう叫ぶと両手を天に向かって伸ばし、体内の魔力を大量に放出し始める。

魔力は収束を始めると炎となり、頭上に巨大な火球が形成され始める。

そして限界まで火球を大きくするとシアたちに向かって放つのであった。


※※※


 ボリバルが巨大な火球を放つのを見るとすぐにミリが動いた。

彼女は私たちの前に立ち、風の障壁を生み出すと火球が障壁と激突し眼前で爆発する。

それにより私たちは後方へと大きく吹き飛ばされ、私は近くの木に背中から叩きつけられた。


 木に叩きつけられた衝撃で肺の中の空気が全て吐き出され、息が止まる。

そして背中に強烈な痛みを感じながら前のめりに倒れた。


(背骨は……大丈夫そうかな……)


 涙が出るくらい痛いが背骨は大丈夫そうだ。

悲鳴を上げる体を強引に起き上がらせ、立ち上がると辺りを見渡す。


 周囲には私と同じように吹き飛ばされた仲間たちが倒れており、特に火球を魔術で受け止めたミリは岩に激突したらしく、頭から血を流して意識を朦朧とさせているのが見えた。

あれはかなりマズイ。

恐らくミリは重傷だ。

彼女にこれ以上戦闘をさせることは不可能だろう。


「……?」


 ふとボリバルの方を見るとあることに気が付いた。

ボリバルの首の辺り。

そこにあった罅が大きくなっているように見える。

あそこに攻撃を加えればもしかしたら敵の固い皮膚を突破し、首を刎ねられるかもしれない。


「ロイ、敵の首!」


 私がそう言うとロイもボリバルの首に大きな罅があることに気が付く。


「……首の傷が治っていない? 妙だな……」


「妙って?」


「転成石で生まれた魔獣や魔人は凄まじい回復能力を持っているんだ。あの程度の傷だったら簡単に塞がれてしまうと思っていたが……」


 わざと傷を治していないのか、それとも傷を治せないのか。

ボリバルの様子を伺ってみると彼は先ほどの火球を放つためにかなり消耗したのか肩で息をしている。

もしかして傷を治すのに使う魔力が枯渇し始めているのか?


「……勝負に出てみますか?」


 ユキノがそうロイに訊ねると彼は少し思案した後に頷いた。


「ああ、こっちもかなり消耗している。勝負に出よう」


 ミリは怪我のため戦線離脱。

ヘンリーにはミリの手当に専念してもらうことにした。

残りの三人は燃え盛る館を背に殺意の籠った視線を此方に送ってくる魔人と相対する。


「さあ! ケリをつけるぞ!!」


 ロイの言葉と同時に私たちは一斉に突撃を開始するのであった。


※※※


 ボリバルはシアたちが向かって来るのを見た。

すぐに火球を放つと敵は火球を躱し、火球は中庭の壁に激突して壁を吹き飛ばす。

そしてシアたちはそのまま突っ込んできた。


(こいつら! 勝負に出てきやがったか!!)


 恐らくこれ以上の戦闘は無理だと判断したのだろう。

それは此方にとってありがたい。

実は此方もかなり消耗しているのだ。

無尽蔵に湧いてくると思われていた魔力は巨大な火球を放ったあたりから枯渇し始めた。

全身に強烈な疲労感が生じ、体の動きが鈍り始めている。

力が体に馴染んでいない状態で無理をし過ぎたのかもしれない。

此方もこれ以上の戦闘は危険だろう。

故に、短期決戦を望む。


『マッコウショウブなラ、コチラガウエだ!!』


 馬鹿正直に突っ込んできてくれるなら力任せに叩き潰せばいい。

たった二人ならば十分対処できるはずだ。


(……ん? 二人?)


 真っすぐ向かって来るのはシアとロイだ。

最初、火球を放った時はあともう一人居たはずだが……。


『ドコニいッタ!?』


「あら、私をお探しですか?」


 右から苦無が飛んでくる。

それをすぐに右腕で払うと右側面からユキノが飛び込んできた。

彼女は払った右腕の下を潜り抜けると左側に回り再び苦無を放ってくる。

そちらには反応することが出来ず、放たれた苦無は左目に突き刺さった。


『グッガぁ!?』


 目に刺さった苦無を抜こうとするがその間にロイが斬りかかってきた。

彼は此方の首に剣を叩き込むと鎧のようになっていた筈の皮膚を叩き割り、首の真ん中まで剣が突き刺さる。


 すぐに左拳で彼を殴打し吹き飛ばすが今度はシアが飛びかかって来る。

それに対して危険を感じ、全力で後方に跳躍して逃れようとするのであった。


※※※


(……っく! 足りない!!)


 ボリバルが後方に跳んだことによって此方の間合いから逃れてしまった。

此方も彼を追って全力で跳躍するが追い付けない。

ここで勝負を着けられなければ恐らく私たちが負ける。


(もっと、もっと……速く!! 長く跳べたら!!)


 もっと自分に力があれば。

もっと敵に喰らいつけるような脚力があれば……!!


 歯を食いしばり、必死に敵を追いかける。


 ボリバルが着地した。

彼は再び後方へ跳躍し、更に私から距離を取ろうとする。


 駄目だ。

絶対に追い付けない。

首に深手を負ったことにより恐らく彼は傷口を完全に再生しようとするだろう。

そうなればもう此方に勝ち目は無い。


 負けたくない。

仲間を死なせたくない。

まだ私は何も知らない。

自分のことも、彼らのことも。

だから絶対にこの戦いに勝つ……!!


(だから……どうか……私に力を!!)


 そう願った瞬間、それは起きた。

私の体の奥底から溢れ出し始める何か。

それは全身に広がり始め、体が燃えるように熱くなる。

そして体に紅い紋様が浮かび上がり地面を蹴った瞬間、一気に加速した。


「!?」


 あまりの速さに思わず転びそうになる。

どうして急に加速した?

どうして私の体に紅い紋様が?

突然のことに混乱し、一瞬思考が止まるが……。


「リーシェ! 考えるな!! 今は━━行けっ!!」


 ロイの言葉にハッとする。

そうだ、今は考えている場合ではない。

急に身体能力が上がったのなら素直にそれを受け入れ、敵に向かって突撃するのみ。


 私はもう一度地面を蹴って前方へ跳躍すると一気にボリバルに詰め寄った。

そして双刃刀を全力で振るい、彼の首目掛けて放つ。


 ボリバルは急に間合いを詰めてきた此方に驚愕しながらも咄嗟に首を腕で守ろうとするが……。


『バ……カなッ!?』


 双刃刀がボリバルの腕を断ち切った。

その際に刃が折れ、私はボリバルとほぼ同時に地面に着地する。

そして彼の左側面に回り込むと双刃刀を持ち替え、反対側の刃を上に向けた。


『オ、オレサマはマダ……!!』


「……ごめん、ボリバル」


 私は双刃刀を振るう。

月明かりに照らされた刃が魔人の首に吸い込まれるように叩き込まれ、そして━━断ち切った。


※※※


 私はボリバルの首を刎ねるとゆっくりと息を吐き出した。

体に浮かんでいた紋様はいつの間にかに消え、無理な動きをしたせいか全身に激しい痛みが襲う。


 その場に片膝を付き、双刃刀を地面に突き刺して体を支えると額から地面に向かって大粒の汗がいくつも滴り落ちる。

そして頭を上げた瞬間、目の前に先ほど刎ねたボリバルの首が落ちてきた。


『チ……キショウ……カラダ……が……サイセイシヤガラネエ……』


 ボリバルの体の方は既に崩れ始め、光となって消え始めている。

彼は私を見ると僅かに驚いた後、苦笑した。


『ドウして……てめえがそんな顔をしてやがる……俺のこと嫌いだったんだろう?』


「うん、嫌いだよ。でも、やっぱり知り合いが死ぬのは辛い」


 そう言うとボリバルは『ヘ、へへ……お前は、やっぱり甘ちゃんだ』と笑った。


『……だから……俺はお前が嫌いだったんだ……。ああ……でも……俺も……お前のように生きられたら……もっと……別の……』


 ボリバルは目を閉じ、息絶えた。

彼の頭も光となり霧散すると私は己の胸に手を当て、性格の悪かった同僚に黙祷を捧げる。


「……リーシェ様。大丈夫ですか?」


 後ろに立っていたユキノに声を掛けられ私は頷く。


「うん。大丈夫。それよりも皆は?」


 立ち上がり、振り返るとロイは全身に怪我を負っているが「なんとかな」と苦笑し、ミリもいつの間にかに現れていた妖精が治癒を行っていた。

全員ボロボロだがどうにか生きている。

そのことにホッと胸を撫でおろすと炎上している館の方からドン・マルコが出てくるのが見えた。


 彼は茫然とした顔で此方に向かって来ると足を止め、そして鬼のような形相で此方を指さして来る。


「き、貴様ら……!! 貴様らは絶対に許さん!! 私から全てを奪った!! 殺す! 殺してやるぞ!! 絶対に殺してやる!!」


 ドンはやがて泣き崩れその場で蹲り、私たちは何とも言えな気分になった。


「……行こう」


「うん……」


 炎上している館からドンの部下たちが出てくるのが見えた。

消耗している今、彼らに取り囲まれるのは不味い。

そう判断するとユキノがミリに肩を貸し、ヘンリーが「こっちの壁に穴が開いてます!!」と叫んだのでそちらに向かう。

そして私は一度立ち止まり、振り返る。


「…………」


 燃え盛る館を背に泣き崩れる男。

その姿は裏社会を牛耳っていたドンの姿ではなく、ただ一人の……娘を失った父親の姿であった。


「リーシェ! 行くぞ!!」


 ロイの言葉に頷き、私は駆け出す。

悪党を倒し、脱出で来るはずなのに胸の中に何か重いものが残り続けるのであった。


※※※


『……所詮はこの程度か』


 館の屋上から”隠者”は一部始終を観察していた。


 あのボリバルという男が転成に成功し、魔人となった時には期待したのだが結局二つ目の転成石を取り込んでも人間に敗北した。

もともと戦いのセンスが無かったことと二つ目の転成石による更なる変化に適応できず体が内側から崩壊していた。

あれではこの戦いに勝ったとしてもそう長くは無かっただろう。


『……それにしてもリーシェ・シェードランのあの力……失ったと思っていたが……』


 魂が崩れかかっていたとしてもその力は残っていたか。

いや、レプリテシアが彼女の為に遺していたのか。

どちらにしろあの娘にはまだ利用価値があるかもしれない。


『暫く泳がせてみるか。もしアレが再び完全に力を取り戻すならば大いに役に立つだろうな』


 さて、そろそろ此方もこの場を離れたほうがいいだろう。

今回の騒ぎで間違いなく”連中”に気が付かれた。

奴らと今戦うのは上策ではない。

当初の予定通り東へ、アルヴィリア王国に向かうとしよう。

あちらも大いに燻っている。

盛大に火をつけ、奴の目を逸らすとしよう。


 そう判断すると踵を返し、闇に消えるのであった。


※※※


 私たちはドンの館から脱出するとなるべく人目につかないように狭い路地などを使って移動を続けた。

そして孤児院の近くまで行くとヘンリーが「馬車を用意します」と言い、一旦分かれることにした。

孤児院に立ち寄り、あの少女を回収した後町の東門で合流する予定だ。


 物陰から孤児院の様子を伺うが明かりは全て消えており、静寂に包まれている。

もう全員町から脱出したのだろうか?


「行こう」


 私がそう言うとロイたちは頷く。

そして辺りを警戒しながら孤児院に近づくと孤児院の扉が開いた。


「……シア!」


 孤児院から出てきたのはマザー・カルラだ。

彼女はボロボロになっている私たちの姿を見ると驚き、慌てて駆け寄ってくる。

そしてそれから少し遅れて少女を背負ったゼーグ団長が孤児院から出てくる。


「シア、その怪我……それに恰好! 大丈夫なの!?」


「うん、怪我はそのうち治るし、服は……まあ、後でどうにかする」


 そう言うとマザーはホッと胸を撫でおろしロイたちの方を向いた。


「シアを助けて下さり、ありがとうございました」


「仲間ですから。当然のことをしただけです。それよりもまだ町から脱出されていなかったのに驚きました」


「貴方達が戻ってきた時に誰もいないと困ると思って。子供たちは既に南門の馬車に乗せていますわ。あとは……」


 マザーがゼーグの方を見ると彼は頷き私の前に立つ。


「この子も連れて行くんだろう? まったく大変な時だってのに全く起きやしねえ」


 ゼーグが背負っている金髪の少女を担ぎなおすとロイが「やっぱりクレスセンシアか……」と呟いた。


 クレスセンシア。

それがこの少女の名前だったらしい。

確かに何故かその名前を聞き、少女の顔を見るとしっくりくる。

きっと私も昔はそう呼んでいたのだろう。


 ロイがクレスセンシアをゼーグから受け取り担ぐと私はマザーに「すぐに町を出たほうがいい」と伝える。

最後に見たドン・マルコの様子。

彼はきっと私たちを全力で追って来るだろう。

この孤児院にも間違いなく部下を送ってくるはずだ。


「ええ、分かったわ。シア? 貴方達も一緒に来るんでしょう?」


「私たちは東門からアルヴィリアに向かうつもり。わざと見つかりやすいように街道を行くからマザーたちは南門から街道を避けてアルヴィリアに向かって」


「囮になるってことか? かなり危険だぞ?」


 ゼーグの言葉に頷く。


「うん。でも私たちだけならどうにかなると思うから……」


 子供たちを乗せた馬車を守りながら逃げるのは至難の業だ。

ならば敢えて目立つように動き、敵の注意をこちらに引き付けたほうが良いだろう。


 マザーは心配そうに私たちを見るがやがて決意したように頷くと私の手を両手で握る。


「シア、気をつけてね? コーンゴルドで会いましょう」


「マザーも。コーンゴルドに着いたら一緒に新しい孤児院を建てよう。今度こそ、子供たちが静かに暮らせるようにしよう」


 私たちは目を合わせて頷き合い、マザーは私から離れる。

そして次にゼーグの方を向くと「みんなをお願い」と頭を下げる。


「ああ、任せろ。絶対に送り届けてやるさ」


 ゼーグはそう言うと口元に笑みを浮かべ、ロイの方を向く。


「あんちゃん、ウチの紅一点を頼んだぜ」


「任せろ!」


 ロイの返事にゼーグは満足そうに頷くと「ところで……」と私に訊ねてきた。


「……ボリバルの野郎は? 奴のことは一発殴ってやらんと気が済まんのだが」


「ボリバルは━━━━死んだよ。私が、殺した」


 私の言葉にゼーグは僅かに眉を動かし、それからため息を吐いて「そうか……」と呟いた。


「まったく、馬鹿な奴だよ。欲をかかなけりゃ、分相応の幸を求めてりゃ……。もう言っても遅いか……。兎に角、嫌な思いをさせちまったな。奴の上に立つ人間として謝罪する」


 私たちは無言になるとユキノが後ろから「リーシェ様、そろそろ」と声を掛けてくる。


 そうだ。

長話をしている場合ではない。

いつドンの部下が来てもおかしくないのだ。

急いで町から脱出するとしよう。


「それじゃあ、マザー、団長。またコーンゴルドで」


「おう、さよならじゃなくて”また”だな!」


 私たちは互いに頷き合うと動き出す。

私たちは東門へ。

マザーたちは南門へ。


 またコーンゴルドで会うために夜の自由都市からの脱出が始まるのであった。


※※※


 東門に辿り着くと門の前に多くの人が集まっているのが見えた。


 街の衛兵たちと武装した男たち。

そして東門は鉄格子が降り完全に封鎖されている。

恐らくドン・マルコが私たちを町から逃がすまいと指示を出しているのだろう。

この状況……南門のマザーたちは大丈夫だろうか?


 私たちは建物の影に隠れながら東門の様子を伺っていると門の近くに幌馬車が停まっているのが見えた。

ロイに確認してもらうとあの馬車がロイたちの馬車であることは間違いないらしい。


 さて、あの馬車に辿り着くのも大変だが衛兵たちが封鎖している門をどう突破するかだが……。


「私が潜入して門を開けます。門が開いたら一気に脱出してください」


「……大丈夫なの?」


 私がそう訊ねるとユキノは不敵な笑みを浮かべる。


「潜入、破壊工作は私の得意分野ですから」


 最近のメイドは破壊工作ができるのか。

凄いな。

怖いな。


 ロイたちを見ても「大丈夫だ」と言っているためユキノを信じて私たちは幌馬車に向かうべきだろう。

ユキノからミリを受け取り、肩を貸すとミリが「ごめん……足引っ張って……」と呟く。


「ううん。ミリが居なかったら館で死んでいたから」


 私はしっかりとミリを抱え、ユキノが門に向かって移動するのと同時に動いた。


 物陰から物陰へ移動し、そして馬車の荷台に飛び込む。

荷台には鉄球を構えたヘンリーがおり、彼は私たちの姿を見ると「ふぅ」と息を吐く。


「皆さんでしたか。急に飛び込んでくるからつい攻撃してしまうところでしたよ」


「ここまで来て仲間に殺されたらシャレにならないな。で? 準備の方は?」


「完了してます。門さえ開けばすぐに出発しますよ」


 荷台からそっと門の方を見ると私たちの捜索に出かけたのか先ほどよりは衛兵の数が少ない。

だがそれでもかなりの数の兵がまだ待機している。


「ユキノが門を開ける。門が開いたらすぐに出よう」


「ユキノさんはどうするんで?」


「門を開けたらすぐに合流すると言っていた。彼女を信じよう」


 ロイの言葉にヘンリーは頷き、御者台の近くに移動する。


 暫く私たちは息を潜めてあたりの様子を伺っていると門の方が騒がしくなってきた。

そして門の鉄格子が上がり始めるとヘンリーが「開きましたな!」と荷台から御者台に移動する。


「さあ! 飛ばしますよ!! 振り落とされないように気をつけてくださいね!!」


 ヘンリーが手綱を握るのと同時に馬車が動き始め、門に向かって突撃を開始する。


「ほら! 退いた退いた!!」


 いきなり突っ込んできた幌馬車に衛兵たちは驚愕し、幌馬車に轢かれぬように逃げ回る。

そして幌馬車が門を潜るのと同時に荷台の幌を突き破ってユキノが荷台に着地した。


「え!? まさか上から振ってきたの!?」


「ええ、そうです。上手くいくかは半々でしたが成功しましたね」


 なんて無茶なことを……。

幌に空いた穴を見ながら苦笑するとヘンリーがユキノに「後で塞いでおいてくださいよ?」と言う。


 荷台の後ろから町の方を見ると東門から慌てて衛兵たちが出てき、此方に向かって矢を放つが全て手前で落ちた。

恐らくすぐに騎兵を放ってくるだろう。

その前にできるだけ町から離れておく必要がある。


「街道を一気に駆けますぞ。荷台に幾つか弓があるから今のうちに準備しておいてください。恐らく必要になりますから」


 ヘンリーの言葉に頷き、ロイが荷台に置いてあった木箱を開けると中から弓を取り出す。

その内の一つを私に渡すと「使えるか?」と訊ねてきた。


「うん。一応使えるよ」


 傭兵稼業の時に何度か弓を扱ったことがある。

上手とは言えないが下手でも無い筈だ。


 私は受け取った弓の弦を引き、感触を確かめながら遠のいていくファスローの町を見つめた。

約一年半。

私が過ごした町がどんどん小さくなっていく。


 酷い街だったがそれなりに愛着があった。

もしいつか、すべてに決着が着いたらまた訪れよう。

そう考えながら私は馬車の中でロイたちと共に追手に備えるのであった。

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