第6節・地下水道の異形


 暗い地下水道を三人で進んでいた。

手に持っているランタンだけが頼りであり、進路も退路も闇に閉ざされている。


 ヘンリーが定期的に壁に印をつけ、帰り道を見失わないようにしてくれている。


「ねえ、こっちで本当にあってるのよね?」


「……たぶん」


 地図通りには進んでいる筈だ。

そろそろドンの館の真下に通じる水路に出る筈だが……。


「あれ?」


 行き止まりであった。

地図ではこの先も水路が続いている筈だが煉瓦の壁で塞がれている。

道を間違えたか?

いや、そんな筈はない……と思うのだが……。


「どうする? 引き返す?」


 背後から地図を覗き込んでくるミリに少し待ってくれと言う。

そして辺りを見渡すがやはり行き止まりだ。


「ふむ……」


 ヘンリーが壁のほうに行くと彼は足元にランタンを置き、壁を触り始める。

そして壁の煉瓦を外すと振り返った。


「やはり隠し通路ですな。恐らく今外したところの奥にレバーか何かがあるはずです。では、ミリさん。どうぞ」


「え……? 何で私?」


「この穴は私が手を入れるには狭すぎますので。ここは一番細いミリさんが」


 ヘンリーにそう言われるとミリは「なんか嫌だなあ……」と呟きながら穴の前に行く。


「これ、罠とかないでしょうね? 腕、斬られたりしないわよね?」


「…………」


「おい、目を逸らすな」


 ミリはため息を吐くと「よし!」と頷くと勢いよく穴に手を突っ込んだ。

そして穴の中を探っていると「あ! なんかある!」と言う。


「たぶんレバーね。これを引っ張れば……」


 ぐちゃりという嫌な音がした。

何か粘液というか、そんなものを踏んだ時のような音が……。


「お、おい。ミリ?」


 穴に手を突っ込んだまま固まっているミリに声を掛けると彼女は顔を真っ青にしながら涙目で此方に振り返った。


「……なんか垂れてきた。手、離していい……」


「と、とにかくレバーを引っ張って下さい!」


 ヘンリーに促され慌ててミリは慌ててレバーを引くとゴトンという低い音と同時に壁の一部が動き始めた。

壁に大きな扉ができ、反対側に水路があるのを確認すると「ミリ、開いたぞ!」と彼女の方を見る。

すると彼女は白い粘液のようなものでべとべとになった手を青ざめた表情で見てそれから「ふ、拭くもの……」と此方に手を伸ばしてくる。


「おいこら! 俺のマントで拭こうとするな!」


 ヘンリーからハンカチを受け取り手を拭うとミリは半べそをかきながら「なんなのよぉ」と立ち上がった。


 とりあえず道が開けたため慎重にランタンで照らしながら壁の反対側に出るとすぐにミリの手に何が垂れてきたのかが分かった。


「……これは」


 水路の壁には白い何かが大量にこびり付いていた。

それはぶよぶよとした肉のようなものであり、蜘蛛の巣状に辺り一面に広がっている。


「こいつぁ……気色悪いですな……」


「ああ……何かやばそうだ」


 立ち止まっているわけにもいかないためゆっくりと前に進んでいく。

歩くたびに足の裏に粘液が付き、気持ちの悪い感触がする。


「わ、私、こういうベトベトしたの苦手なのよ……」


「まあこれが好きという人はいないでしょうなぁ……」


 この白いのいったい何なのだろうか?

臭いは特にしない。

だが、この白いの……何処かで見たことがあるような……。


「あ! 見て! 広い場所に出るわ!」


 ミリが指さす先、前方に開けた場所があった。


「恐らく水路の合流地点ですな」


「ということはそろそろドンの館だ」


 ドンの館はこの十字状になっている合流地点の更に北側だ。

このまま真っすぐ進めばすぐにたどり着けるだろう。

そう思いながら水路から合流地点に足を踏み入れると直ぐにその足が止まった。


「……これは」


 足を止めたことにより後ろにいたミリが「どうかしたの?」と訊ね、隣に立った。


「…………!!」


 絶句する。

それはそうだ。

水路の合流地点には沢山のそれが落ちていた。


 人だ。

肌が真っ白になり、倒れた人々。

中には身体の形状が変化し、ドロドロに溶けているのもいる。

水路を覆っていた白いものはまさか……。


「…………うっ!?」


 ミリが自分の手を一瞬見た後、慌てて水路に走り出した。

彼女が嘔吐している姿を見ないようにするとヘンリーが眉を顰めながら辺りを見渡す。


「酷い有様だ」


 そう言うと彼は近くに倒れていた人だったものに近づくと観察する。


「……驚いたな。彼らはまだ生きている……いや、生きていると言っていいのかは分かりませんが活動しています。こんな姿でよく……」


「転成石だ」


 そう呟くとヘンリーは頷いた。


「ええ、間違いないでしょうな。彼らは恐らくドンの実験の被験者。ここは恐らく被験者の遺棄所という所ですか……」


 拳を強く握りしめる。

激しい怒りが腹の奥底から湧いてくる。

ここに居る人たちを、いやきっと更に多くの人をドン・マルコは犠牲にしたのだろう。

何が目的かは分からないが人間をこんな姿にしていい筈がない。

必ず報いを受けさせなければ。


 そう考えていると顔を青くしたミリがやってくる。


「……ごめん。みっともない姿を見せちゃった」


「いや、仕方ない。大丈夫か?」


「うん、どうにか。一通り吐いたら落ち着いて来て、そしたら物凄く腹が立ってきた。ロイ、絶対にドン・マルコをやっつけるわよ」


「ああ、同感だ」


 今は怒りを胸に前に進もう。

三人で顔を見合わせ頷き再び歩き出そうとした瞬間、倒れていた男が立ち上がった。


「……まだ生きて!?」


「いや、待て!」


 男は虚ろな瞳で天井を見つめているとゆっくりと此方を向いた。

そして視線の定まらない瞳で此方を見るといきなり体を大きく振るわせ始めた。


「ア、アアアアアアアア!?」


 直後、背中から何かが突き出した。

それは腕だ。

背中の肩甲骨辺りから己の身長と同じぐらいある長い二本の腕が伸び、男は首も伸びていく。

そして四本の腕に長い首を持つ人型の異形になり果てると咆哮を上げる。


「……これは、黙って通してはくれなさそうですかな?」


「だろうな……。来るぞ━━━っ!!」


 その言葉と同時に異形が飛びかかってきた。


※※※


 異形が飛びかかって来ると三人は即座に散開した。

先ほどまで自分たちが立っていた場所に異形は着地し、長い腕で地面を叩くと石畳みの通路が粉砕される。


(……殴られたらひとたまりもないな!!)


 どうやら身体能力がかなり強化されているらしい。

アレと正面からやり合うのは自殺行為だろう。


「オ? オオ!?」


 異形は砕いた床の破片を握ると此方に向かって投げつけてくる。

高速で放たれた破片をしゃがんで躱すと異形が此方に向かって突撃してきているのが見えた。


「ロイ! 右!!」


 ミリの言葉に咄嗟に右に跳ぶと異形の左肩に矢が突き刺さる。

矢が刺さったことにより異形は転倒し、左側の壁に激突した。


 異形は肩に刺さった矢を引き抜くとミリを睨みつけ、彼女に向かって体当たりを敢行する。


「うわ! はや!?」


 ミリは急いで異形の進路から逃れようとするが敵の方が遥かに速い。

このままでは彼女が吹き飛ばされると思った瞬間、敵の側面から鎖の付いた鉄球が飛んできた。


 鉄球は異形の顔面に直撃し、敵の顔は嫌な音を出しながら砕ける。


「ロイ坊ちゃん!!」


「ああ!」


 異形が大きく体勢を崩した隙を狙い、敵の首に剣を叩き込むと首を刎ねる。

頭を失った異形はもがき、暴れるとひっくり返って倒れた。


「さて、生物ならこれで死にますが……」


「望みは薄いだろうな」


 予想通り異形は起き上がった。

断ち切られた首は既に断面が塞がっており首の中心に巨大な瞳が現れた。

やはりこれでは殺せない。

恐らく以前戦った魔獣と同じように敵の核を破壊しなければいけないのだろう。

問題はどこに核があるかだが……。


「ミリ! なんか、こう、敵を粉々にする魔法とか無いか?」


「うーん……。大技が一つだけあるけど、多分こんな狭いところでそれをやったら私たちもお陀仏よ?」


 それはまずい。

こんなところでこんな奴と相打ちなんて御免だ。

ならばやはり敵の急所を探りながら戦い続けるしかないだろう。


 敵が動いた。

異形は近くにある石を摘むと指で弾いて飛ばしてくる。

それを体を捻って避けるが……。


「な……!?」


 腰に提げていたランタンが砕けた。

異形は既に二発目の指弾を放っており、ミリのランタンも砕かれる。


「こいつ! こっちの目を潰す気!?」


 異形は三発目を放ち、ヘンリーが持つ最後のランタンを砕こうとするが射線に飛び込んで盾で指弾を弾いた。

指弾を弾いたことにより盾越しに強烈な衝撃を受け、腕が痺れる。


 異形は指弾を防がれたのを見るとゆっくりと後退り暗闇の中に消えた。


「……魔獣というのはこんなに知的に戦うものなんで?」


「いや、こんなの初めてだ……」


 魔獣は理性無く、本能のまま暴れる。

明かりを排除して此方の視界を奪ってくるなんて思わなかった。


 三人で背中合わせに周囲を警戒する。

敵の姿は暗闇で見ることが出来ず、音で敵を探ろうにも地下では唸り声が反響してしまっていた。

視覚も聴覚もあてにならないのであれば……。


「ミリ、頼めるか?」


「ええ任せて」


 ミリが目を閉じ、長い耳をピクピクと動かし始める。

彼女は片目の視力を失った代わりに風の流れを読めるようになったという。

そんな彼女なら敵の動きを把握できるかもしれない。


「………」


 ヘンリーが息を呑み、鉄球を構える。


 異形が放っている音が変わった。

そして突然音が消え、辺りが静寂に包まれる。


「来る! 右!!」


 ミリの言葉と同時に動いた。

前後に分かれて跳ぶと異形が先ほどまで立っていた場所を叩き砕いているのが見えた。


「これ以上好きさせるかっての!」


 ミリが着地と同時に矢を放ち、異形の首から生えた巨大な瞳を射抜く。

それと同時にヘンリーが鉄球を放つと敵の右脚を砕いた。


 脚を砕かれたことにより異形が大きく体勢を崩し、その隙をついて懐に飛び込む。

そして右肩から左わき腹に掛けて大きく斬撃を叩き込むと腹のあたりに光る物が見えた。


(あった……!!)


 恐らくこれが敵の核だ。

これを破壊すれば……。

「ロイ! 危ない!!」


 危険を察知し、後ろに跳ぶと異形が背中から生えた両腕を叩きつけるように放っていた。

どうにか敵の攻撃を避けるとすぐに「ミリ! 腹の光を!!」と叫ぶ。


「見えてるわ! 喰らいなさいっての!!」


 ミリが即座に矢を放ち、異形の腹にある核に突き刺さるが……。


「浅いわ!!」


 矢は核を砕くには至らなかった。


 異形は苦悶の声をあげ、後方に跳ぶと自分たちが入ってきた水路側に移動する。

此方も敵と相対し、武器を構えなおす。

核を砕くことはできなかったがかなりのダメージを与えたはずだ。

このまま一気に押し込めば……。


「……なんだ?」


 異形が苦しみながら丸まり始めた。

そして全身の身体が膨らみはじめ……。


「二人とも! 離れたほうが!!」


 ヘンリーの言葉に頷き敵と反対の方向に駆け出した瞬間、爆発が生じた。

爆風により地面を転がり、近くの壁に叩きつけられる。

衝撃によりふらつくがどうにか立ち上がると「二人とも無事か!」と叫んだ。


「ええ……どうにか……」


「こっちも生きてますよ……」


 ミリとヘンリーが立ち上がるのを見てほっと胸を撫でおろすと先ほどまで異形が居た方向を見る。

そこは爆発により完全に崩れてしまい、入ってきた水路は塞がってしまっていた。


「自爆……。いや、体を保てなくなったように見えましたな……」


 もともと不安定な状態だったのかもしれない。

そこにミリの放った矢が核を傷つけたことにより爆発してしまったということか?


「……退路が無くなったわね」


 ミリがそう呟き、「なら進むだけさ」と返す。

本当はリーシェを助け出したら再び地下水路を使って脱出するつもりであったがそれは不可能になった。

ならばひたすら前に進む作戦をとるだけだ。

リーシェを助け出し、そのまま強行突破で館を脱出する。

かなり危険だろうがここまで来たらやるしかない。


 三人で顔を見合わせ頷くと再び水路を進み始めるのであった。


※※※


 私は地下牢で震える体を抱きしめながら座っていた。

寒い。

本当に寒い。

あの仮面男、言いたいことだけ言って何処かに消えてしまった。

私が貴重な存在ならまともな服ぐらいくれてもいいのではないだろうか?

隣の牢ではボリバルがずっとぶつぶつと何かを呟いているし、精神的に参ってくる。 


 ふと何か物音がしていることに気がついた。

ゴリゴリという石が動くような音。

そしてしばらくすると突然地下室の壁がスライドして動き始めた。


「な、なんだあ?」


 ボリバルが立ち上がり、私も立つと鉄格子のそばに近寄る。

そして地下室に突然できた出入り口を見ているとそこから意外な人物が現れた。


 赤毛の自由騎士だ。

酒場にいた赤毛の自由騎士が地下室に現れ、彼に続いて路地裏で会ったエルフとそしてドワーフの男が入って来る。


 自由騎士は私の方を見ると「リーシェ!?」と目を丸くし、急いで鉄格子の近くに来る。


「すぐに出してやるからな! 待ってろ!」


 そう言うと彼らは地下室で牢の鍵を探し始め、ドワーフの男が「これでは?」と壁に備え付けられていた鍵置きから鍵束を取る。

それを自由騎士が受け取り、私が入っている牢の扉に鍵を一つ一つ差し込んで試していく。

そして八本目で鍵が外れ、扉が開いた。


 自由騎士は「よし!」と頷き牢に入って来るのだが私は思い出す。

今、私は非常に裸に近い格好だということを。


 私は慌てて自由騎士から離れようとするがその際に足を滑らせてしまった。


「危ない!」


 倒れる私に自由騎士は慌てて手を伸ばし一緒に転んでしまう。

そして気がつけば自由騎士が此方に覆いかぶさる形になっており……。


「その……。出来れば見ないでくれると……色々助かる」


 私がそう言うと自由騎士は「え?」と服のはだけた私を見て顔を真っ赤にする。


「す、すまん! 故意にやったわけじゃなくて……!!」


「わ、分かったから! とりあえず退いて!」


 自由騎士が立ち上がり、真っ赤にした顔を逸らしながら私に手を差し伸べると私はその手を取って立ち上がる。


 すると自由騎士の背後では口笛を吹くドワーフと冷たい視線を自由騎士に送っているエルフがいた。


「えっと……。どうしてここに?」


 そう自由騎士に訊ねると彼は「お前を助けるためだ」と返してきた。

そしてじっと私の顔を見ると「無事で本当に良かった」と言う。


「……うん」


 何故だろう。

彼が、彼らが来てくれたことが無性に嬉しい。


「そう言えば名乗ってなかったな。俺はロイ、そっちのエルフがミリでドワーフがヘンリー」


 ミリとヘンリーの方を見ると二人は軽く手を振ってきた。


「私は、シア。なんだけど最近よくリーシェって呼ばれてる」


 そう言うとロイは苦笑し、「どっちで呼んだら良い?」と訊いてきた。


 私としてはシアの方がしっくりくるのだが恐らく三人は私をリーシェと呼びたい筈だ。


「リーシェでいいよ。そのうち慣れる」


 私の言葉にロイは「そうか」と頷くと牢から出ていき、私もそれに続く。

牢屋から出るとすぐにミリが私に毛布を掛けてくれ、「もうちょっと待ってね。ヘンリーがアンタの服を探してるから」と言う。

そしてマジマジと私の体を見ると「……また成長したわね」と何故か遠い目をする。


「箱の中にリーシェ様の装備がありましたぞ!」


 ヘンリーがそう言うとミリが私の服を受け取り手渡して来る。

そして「ほら、野郎共はあっちむいてる!」と私の姿が見えないように立ってくれたため、その場で着替え始めるのであった。


※※※


 服を着替え終えると近くの壁に立て掛けてあった双刃刀を手にする。

そしてロイたちの方を向くと「これからどうするの?」と訊ねた。


「俺たちが使った水路は残念ながら塞がっちまった。だからなるべく見つからないように館から脱出する。見つかった場合は強行するから……やれるな?」


「うん。これでも傭兵だからね。足手まといにはならないよ」


 私の言葉にロイは頷くと「館から脱出できたら」と話しを続けた。


「脱出後はすぐに町を離れる。とりあえずドンの手が及ばないウォルツァの町に向かおう。そこで一旦休息したらアルヴィリア……コーンゴルドに向かう」


 コーンゴルドと言えばシェードラン辺境伯が治めている土地だ。

確か今の辺境伯は私と同年齢くらいの少女だと聞いている。


「……町を出る前に孤児院に寄っちゃ駄目かな?」


「孤児院の方は心配しなくても大丈夫だ。あっちにも人を送ってある。孤児院の人たちにはドンの部下が来る前に町から脱出してもらう予定だ」


 「人?」と私が首を傾げるとロイは頷く。


「お前が所属している傭兵団だ。彼らに孤児院の人たちを守ってもらうように頼んである」


 驚いた。

いつの間に団長と知り合いになっていたのだろうか?

というかマザーたちだけでは無く傭兵団にも迷惑を掛けてしまった。


「団長が協力してくれるならマザーたちは大丈夫だと思うけど……。ちょっとある理由があって孤児院に行きたいの」


 私がそう言うと三人は顔を見合わせる。


「孤児院にずっと眠っている女の子がいるの。その子はきっと私の関係者。だから置いてはいけない」


「もしかして、その女の子は……」


 ミリが何かを言いかけた瞬間、牢の中にいたボリバルが「おい!!」と突然大声を出した。


「てめえら! 俺のこと忘れてるだろう!! 俺も助けろよ!!」


 ボリバルが檻に張り付きそう騒ぐとミリが冷たい目で彼を睨みつけた。


「はあ? アンタがリーシェを、孤児院を売ったんでしょう? そんな奴を助けるなんて御免よ」


「それにゃあ、深い訳があったんだよ! なあ、シア! いやリーシェか? お前なら分かってくれるだろう? まさか俺を見捨てないよな!?」


 さて、どうしようか。

孤児院をドン・マルコに売ったこの男には色々と思うところがある。

だがここで放置し、あの蛇面の男の実験材料となって死なれるのも目覚めが悪そうだ。


「そうだ! 道案内が必要だろう!! ドンの館の構造は結構把握しているんだ! 闇雲に動くよりも俺に先導をさせたほうがドンの部下に見つかりにくいはずだぜ!?」


「と、言っていますがどうしますかな?」


 ヘンリーがロイに訊ねると彼は腕を組んで暫く思案し、それから私の方を見た。


「リーシェ。こいつは信用に値するか?」


「ううん、全く」


「おいこら! このクソアマ!! 裸にひん剥いてヒイヒイ言わせ……ひぃ!?」


 ロイが剣をいつの間にか引き抜き、檻越しにボリバルの首元に突き付けていた。


「裸に……なんだって? 次にそんなことを言ってみろ。舌を引き抜いてやる」


 その言葉にボリバルは冷や汗を掻きながら何度も頷き、ロイは剣を鞘に納めた。


 さて、どうしようか?

ボリバルは全く信用できない。

だが彼が館の構造を知っているのは本当のように思える。

なるべくならドンの部下に見つからずに逃げたい。

ならば……。


「ロイ……でいいかな?」


「ああ、構わない。というか”さん”とかつけられたら少し落ち込む」


「じゃあ、ロイ。ボリバルを出してあげよう」


 そう言うとロイは「良いのか?」と訊ねてくる。


「うん。ボリバルの言っていることが嘘なら囮にして逃げよう。そして裏切るようなら……私が責任を持って処理する」


 あまりそ言うことにはならないで欲しい。

でももしこの男が裏切り、皆を危険に晒すようであれば本気で叩き斬るつもりだ。


「ボリバルもそれでいいよね?」


「あ、ああ。勿論だ! 裏切ったら殺しても構わねえ!」


 ミリとヘンリーはまだ難色を示していたがロイが暫く沈黙し、頷くとボリバルの牢の扉を開ける。

するとボリバルは「へ、へへ。恩に着るぜ」と言うと牢から出て早速地下室を物色し始めた。


「おい、何をしている?」


「まあ待てって。逃げるにも準備が必要だろう? 使えそうなものが無いか探しているんだよ」


 ボリバルの言葉にロイは僅かに眉を顰めると「五分待つ」と言った。


 私はその間にロイの近くに行くと彼の顔をじっと見つめ、それからずっと気になっていることを訊いてみた。


「あの……答えたくなかったら答えなくてもいいけど……」


「え? ああ」


「……私たち、どういう関係だったの?」


 その言葉にヘンリーが「ほう!?」と何故か楽しそうに笑みを浮かべ、ミリがロイの方を見つめた。

そしてロイは気まずそうに「えーっと」と頬を掻くと私の方を見る。


「俺は……お前の騎士━━予定だ。子供のころから一緒で、お前の騎士になるって誓ってた」


 私の騎士?

騎士というのは貴族や王に仕えるものだ。

ロイが私の騎士になる予定だということは……。


「私は……誰なの?」


 そう訊ねるとロイは一度口を閉ざし、それからゆっくりと息を吐くとこう答えた。


「お前はリーシェ。リーシェ・シェードラン。前コーンゴルド領主、ヨアヒム・シェードラン様の養子で現辺境伯ルナミア・シェードラン様の妹だ」


 ある程度予想はしていたが自分が貴族の、それもシェードランの娘だと知らされ息を呑むのであった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る