第36節・再臨の山



 私たちは目の前に立ちはだかった巨大なエンシェントゴーレムと対峙し身構えた。

ベルファの時に戦った個体とは形状が違うが、アレよりも遥かに威圧感がある。


「蛇……」


 ゴーレムの頭部は蛇の面のようになっており、紅く輝く瞳が此方を見下ろしている。

これは"蛇"の所有している兵器だろうか?

だとするとこの事態の裏には奴らがいるということだ。


『侵入者発見! 駆除駆除駆除駆除!!』


 ゴーレムは狂乱したように叫ぶと背中の装甲を展開していく。

そしてそこからいくつもの光の矢が放たれた。


「来るぞ!!」


 ロイの言葉で私たちは駆け出した。


 放たれた矢は空中で弧を描き降り注ぐ。

そして地面に当たるたびに爆発を起こしていく。


 私は身を屈めながら走り、ゴーレムの股下をスライディングしながら背後に抜ける。

仲間たちもどうやら無事のようで、此方に合流をしようとしていた。


(無視……は出来ないか!!)


 一刻も早く山頂に行きたいが、この敵に背を向けるのは危険過ぎる。

ならば速攻でコイツを片付けるしかない。

そう判断し剣を引き抜こうとするとウェルナー卿が私の前に立った。


「こいつの相手、俺に任せてくれませんかね?」


「な!? 正気!?」


 こんな化け物を一人で相手にするなどいくらウェルナー卿でも無謀だ。

彼は此方を見て「リーシェ様を助けるのでしょう?」と微笑む。


「なあに、別に倒そうってわけじゃない。時間を稼いで、泥水啜っても生き延びますよ」


 まだ躊躇う私に頷き、エドガーとロイの方を見る。


「お前ら! 主演は譲ってやるんだ! お嬢様方をお守りしろよ!!」


 若き騎士と従騎士はわずかに息を呑んだ後、「はい!!」と力強く返事をする。


「ルナミア様、行こう」


 ミリに手を取られ、私は目を固く瞑る。

周りはリーシェを助けるため決意してくれているのだ。

ならば自分も決めなければいけない。


「ウェルナー卿。ここは任せます。ぜっったいに、死んでは駄目よ! 死んだら地獄まで追いかけて尻を叩いてやるわ!」


 私はそう言うと仲間たちと共に走り出した。


※※※


 ルナミアたちが走り出すとエンシェントゴーレムは彼女たちを追いかけようとした。

それを「おっと」と進路を塞いで妨害する。


「脇役は脇役同士仲良くしようぜ」


『脇役? 囮? 無駄無謀無意味!!』


「あー、はいはい。分かったから黙っていろ」


 敵意を剥き出しにするゴーレムに対して苦笑する。

それにしても尻を叩く、か……。


 ますます母親に似てきた。

時折ルナミアと彼女の母であるラヴェンナの姿が重なって見える。

かつて、自分が本気で命を掛けて尽くしたいと思った女性。

その娘に生きろと言われたのであれば……。


「死ぬわけには行かないよな!」


『無駄諦観絶命! 即時撃破追撃再開!!』


 ゴーレムの目より光線が放たれた瞬間、敵に向かって突撃を開始するのであった。



※※※


 山頂の祭壇では一対三の戦いが繰り広げられていた。


 数では私たちが上であるが戦況は芳しくない。


 "大祭司"は常に己の周囲に岩を浮かべ、此方が近づこうとするとそれを放って迎撃してくる。

そのため敵に接近することが非常に困難なのであった。

更に……。


『リーシェ! 後ろ!!』


 レプリカの言葉で咄嗟に横に跳ぶと、先ほどまで自分がいた空間が歪んだ。

歪みにより岩が圧縮され砕けるのを見ると冷や汗を掻く。


「あれ、なに!?」


『マナの圧縮崩壊……。つまり空間操作ね』


 敵の側面に回り込もうとしていた"大淫婦"の進路が歪み、彼女は慌てて後ろへ跳ぶ。

そして舌打ちすると鎖を放った。


 放たれた鎖は全て"大祭司"を守る岩に迎撃され、"大祭司"が王笏を地面に突き立てると"大淫婦"の足元の地面が槍上に変化し、彼女を下から突き刺そうとする。


『おっと!!』


 "大淫婦"ばバク転をしながら槍を回避すると私の横に来る。


『あの杖、厄介だにゃあ……。ただでさえアイツの力は強いってのに』


 飛んできた岩を避けながら私は”大淫婦”に訊ねる。


「あの杖、そんなに凄いものなの?」


 その問いに答えたのはレプリカだ。

彼女は頭上に振ってきた岩をサマーソルトキックで砕くと『あれは六合の杖よ』と言う。

というか、意外と肉体派なんですね。


『女神アルテミシアが所有していた杖。あらゆるマナを制御し、創造と消滅を行う杖よ。アルテミシアはかつてあの杖で島一つを消滅させたことがあるわ』


「そんなのにどう対抗すれば……」


『そこんところは多分大丈夫ねぇ。あの杖はアルテミシア様の物。あの男じゃ完全には使いこなせないわ。実際、アイツは今のところ拘束と小規模な消滅にしか使用していない』


 ならまだ勝ち目はあるということだろうか?

いや、それでもこの戦力差はかなり厳しい。

六合の杖による消滅と、”大祭司”本来の土属性の魔術にどう対抗するかだが……。


『ねえ、レプリカちゃん。やっぱりドカンとかできないの? ”狩人”をヤった時みたいに』


『ちゃん付けすんな。……無理よ。”大祭司”の言っていた通り、私にはそんなに力が残されていないんだから』


『はぁ……使えないチビねぇ』


『お前から消してやろうか!!』


『戯言は済んだか?』


 私たちの居た空間が歪み、三人は散らばる。

正面からはレプリカ、左側面は”大淫婦”、そして右側面は私だ。


 ”大祭司”は私の方に六合の杖を向け、先端から鎖を伸ばしてくる。

足を掬うおうとしてくる鎖をジャンプで避けると岩陰に隠れる。

するとそこには地面に突き刺さった槍があり、私は即座にそれを掴んで引き抜いた。

その直後、岩が空間の収束により砕ける。


「く……!!」


 私は岩陰より飛び出し敵に向かって駆け出す。

それに合わせてレプリカも突撃する速度を速め、”大祭司”は巨大な岩の柱を召喚すると彼女目掛けて発射する。


 一直線に放たれた岩の柱に対してレプリカは回避せず、拳を構えると思いっきり殴打した。


『女神パンチ!!』


 レプリカの一撃により柱は砕け散り、彼女はそのまま”大祭司”の懐に飛び込んだ。

高速の連続ジャブを”大祭司”は体を捻りながら回避し、その隙に私は己の身体を強化する。

そして地面を蹴ると一気に距離を詰め、槍を上から敵に叩きつけた。


 それに対して”大祭司”は六合の杖で此方の槍を受け止める。

そこに”大淫婦”が鎖を放った。

彼女が放ったいくつもの鎖は”大祭司”の腕や腰に巻き付き、体を拘束していく。


『レプリカちゃん!!』


『だから、ちゃん付けすんっな!!』


 レプリカが腰を落とし、渾身の正拳突きを放つ。

拳は真っすぐに敵の胸を穿つように思えたが……。


『我に近づけば勝てるとでも思ったか!!』


 ”大祭司”が咄嗟に右足を上げ、レプリカの拳を受け止める。

それにより敵の右足は砕けるがレプリカが放った必殺の一撃は防がれてしまった。

更に六合の杖が光ったため慌てて槍を手放して離れると槍が拉げながら消滅した。


『こいつ!!』


 ”大淫婦”が”大祭司”をどうにか動けないように拘束しようとするが、それよりも早く”大祭司”は六合の杖を振るい、己を拘束している鎖を断ち切る。


『貴様の処分は後だ』


 ”大祭司”が王笏を”大淫婦”に向けると彼の足元から石の柱が伸び、”大淫婦”の胴を穿つ。


『がっ!?』


 腹に柱を喰らった”大淫婦”は大きく吹き飛び山頂から転げ落ちてしまった。


 ”大祭司”は砕けた己の足に六合の杖の先端で触れると瞬く間に再生していく。

あれが創造の力というやつか!!


『さて、邪魔者は去った。あとは貴様らだけだ。大人しく降伏し、我が大義の為の贄となるがよい』


 ”大淫婦”が居なくなったことにより数の優位も崩れつつある。

先ほどまで以上に戦いは苦しくなるであろうが……。


『リーシェ、やれるわよね?』


「うん、”私”なら分かるでしょう?」


 そう返すとレプリカは口元に笑みを浮かべ、『強くなったわね』と言う。


「”私”たちは貴方を否定する! 誰が贄なんかになってやるもんか!!」


『ならば致し方なし。まずは貴様の手足を断ち、その後模造の神に封印を解かせるとしよう』


 ”大祭司”が王笏を構えるのと同時に”私”たちは駆け出し、敵との戦いを再開するのであった。


※※※


 私たちは階段を駆け上っていた。


 上に向かえば向かうほど戦いの音が大きくなっていく。

やはりリーシェが上にいるのだろう。

一刻も早く助太刀しに行かなければ!!


 階段を登り切るとまた開けた場所に出た。

辺りを見渡し、登れそうなところを確認していると上から誰かが転げ落ちてくるのが見えた。


 私たちは落ちてきた人物の方に駆け寄ると驚愕し、足を止める。


 落ちてきたのは”蛇”だ。

うつ伏せで倒れている女の”蛇”。

たしか彼女は……。


「”大淫婦”!!」


 エドガーがそう睨みつけ剣を構える。

上から転がってきたということは山頂での戦闘に彼女も関わっていたということだろうか?


『いっ……てててて……」


 うつ伏せに倒れていた”大淫婦”がゆっくりと起き上がる。

そして私たちの方を見ると……。


「…………嘘」


 私は驚き、目を見開いた。


 ”大淫婦”の仮面は砕けていたのだ。

その奥にあったのは知っている顔。

水色の髪を持ち、整った顔立ちの女。


━━━━メリナローズだった。


 メリナローズは己の仮面が砕けていることに気が付くと動揺した表情をし、そのあと苦笑する。


「や、やっほー。さっきぶりだにゃあ」


「…………!!」


 エドガーがメリナローズに詰め寄る。

そして彼女の襟元を掴むと睨みつけた。


「お前! なんで……!!」


「……気が付いていたんでしょう? あたしが”蛇”だって」


「……っく!!」


 エドガーはメリナローズを突き放すと彼女に剣を向ける。

私はそれを「待って」と止めるとメリナローズの方を見る。


 正直言ってかなり動揺している。

知り合いが敵、しかも幹部の一人だったなんてすぐに受け入れるのは難しい。

私より付き合いが長いであろうミリなんて動揺しきっている。


「……ベルファの件。貴女も関わっていたのかしら?」


 野盗に襲われていたのも、その後のことも全て演技なのだとしたら大した役者だ。

私は彼女の動きに警戒しつつ「答えて」と再度問いかけるとメリナローズは肩を竦める。


「一度目の出会いも、二度目の出会いも偶然。あたしは確かに使徒だけれども他の奴らほど計画に積極的じゃないし。ま、信じてもらえないでしょうけど」


 メリナローズの言葉は本当であろうか?

それに計画とは?


「……"大祭司"と言う男がこの場で新たな神を呼び出そうとしている。奴はその力で世界を焼き払うつもり。今、山頂の祭壇でリーシェ様たちが必死に戦っているわ。早く行った方がいいにゃあ。あたしも手伝ってあげる」


「……どういうつもり? 貴女は敵でしょう?」


 そう言うとメリナローズは首を横に振った。


「敵の敵は味方。"大祭司"が盟約を破ったからいま絶賛内輪揉め中なのよぉ」


 信じて良いものか……。

だがリーシェを一刻も早く助けなければならないのは確かだ。


「ルナミア様、行きましょう。こいつが変な動きをしたら私が撃つわ」


「俺もすぐに叩き斬ります」


「いやん、ミリやんもエドガー君もこわーい! ま、いいけどね。あたしを信じろって方が無理あるし」


 二人が監視してくれるなら少しは安全だろう。

私が頷くとロイが「じゃあ行きましょう」と歩き始めた直後、彼は後ろに飛び退いた。


 飛び退きながら盾を構えるとそこに斬撃が叩きこまれる。

それを弾くとロイはすぐに剣を引き抜いた。


『ヒッヒヒ! この程度では討てぬよなぁ』


 二対の刀を持つ老人がいた。

鴉の羽毛のような外套を羽織った蛇面の老人。

ミリは老人を睨みつけると弓を構えた。


「“鴉"……!!」


『おやおや? 誰かと思えばあの時のエルフか。どうやら片目だけですんだようだねぇ。次はもう一つの目も奪ってやろうかい?』


 ミリが怒りの表情で弓を引き絞る。

そんな彼女に対して「ちょい待ち」と言ったのはメリナローズだ。


「"鴉"、あんた今起きていることは理解しているわよね?」


『無論理解しておるよ。故にここにいる』


「なら、"大祭司"を止めるのを手伝いなさいよ。アイツは盟約を破った……っ!?」


 メリナローズが慌てて上体を逸らすと彼女の喉近くを刀の刃が横切った。

メリナローズは後ろへ後ずさると踏み込んできた"鴉"を睨みつける。


「アンタ……!!」


『ヒヒッ! 悪いが儂も"大祭司"の側につかせてもらうぞ。奴が生み出そうとしているものが儂の夢の果てやもしれぬからな』


 "鴉"は愉快そうに笑うと私たちから距離を取る。

それに対してメリナローズは大きなため息を吐くと眉を顰めた。


「つまり盟約を守っているのはあたしと"殉教者"だけってこと? この分だと使徒以外の連中も抱きこまれていそうね……」


『貴様も此方に来れば良い。貴様の願いは新しき世界で果たせば良い』


 "鴉"の誘いにメリナローズは首を横に振る。

そして私の方を見ると山頂を指差した。


「先、行きなさい。あたしはこいつをどうにかするわ」


 メリナローズ一人で使徒と戦うというのか!?

いや、メリナローズも使徒だから大丈夫かもしれないが、しかし……。


(信じていいのかしら……)


 もしメリナローズが嘘をついていたら?

使徒二人に背後から襲われたらひとたまりも無い。

少し判断を躊躇うとエドガーが前に出た。


「エドガー?」


「ルナミア様、行ってください。俺も残ります」


 エドガーは私に力強く頷くとメリナローズの方を見る。


「裏切りそうならコイツごと斬ります」


「エドガー君は心配性だにゃあ」


「……俺のことは大丈夫ですから。ロイ! ルナミア様を頼んだぞ!」


 エドガーがロイにそう声を掛けるとロイは「任せろ!」と頷いた。


「分かったわ。でも絶対に無理はしないこと!」


 私はエドガーの目をしっかりと見て頷くと走り出す。

山頂まではあと少し。


(リーシェ、今行くわ!!)


 現在進行形で敵と戦っているであろう義妹のことを考え駆ける足を早めるのであった。


※※※


 ルナミアたちが山頂に向かったのを見届けるとエドガーは深呼吸をし、メリナローズの横に並んで剣を構える。


「ルナミア様と一緒に行けばいいのに」


「うるさい黙れ。誰のせいだと思っている」


 この女が信用できないから自分は残る。

それに上手くすれば使徒の一人を片付けられるかもしれない。

ただそれだけだ。


『ヒヒッ! 使徒が一人に、人間が一人。喰らいがいはあるであろう』


「悪いけど、人を食べるのは私の仕事よ」


「……おい、まさか本当の意味で人を喰ってないだろうな?」


 そう訊ねるとメリナローズは何故か目を逸らし、「物理的には……」と呟いた。

待て。物理的じゃなかったら人を喰っているのか!?


「気にしないでおく……」


「それがよろしい」


 メリナローズが鎖を伸ばし始めるのと同時に"鴉"が右足を前に出した。

互いの動作を監視しあうように警戒し、そして左足を横にずらすように動かした瞬間、敵が動いた。


 踏み込んでくるのと同時に二対の刀が振るわれ、此方も剣を振ると刃が激突しあう。

こうして山頂近くでの戦いが開始された。


※※※


 ”大淫婦”が離脱してからは防戦一方であった。


 "大祭司"は二つの杖による波状攻撃を放ち、"私"たちはそれを避けるので手一杯だ。


 六号の杖による空間攻撃はなんとなく予兆が掴めてきた。

空間が圧縮される前にわずかに空気が揺れる。

恐らく微弱なマナの消失が大気を振動させているのだ。


 放たれた岩の槍を横に跳んで回避すると回避した先の大気が揺れる。

急ぎ地面に足を付け、蹴ると別の方向に跳ぶ。

すると最初に私が逃げようとした場所が歪んだ。


『ほう? 頭の回転は早いようだな』


 "大祭司"が王笏を地面に突き刺すと岩盤が捲れ上がり、津波のように押し寄せる。


(これは、回避できない!!)


『任せなさい!!』


 レプリカが私の前に立つと魔導障壁を何重にも展開する。

展開された障壁は岩盤と激突し、砕いていった。


『抜けたら、行くわよ!!』


 私はレプリカに頷く。

押し寄せる岩盤を障壁が掘り続けついに抜けた瞬間、

私は地面を蹴って駆け出した。


 全身に強化を施し、体に紅い紋様を浮かび上がらせる。


 "大祭司"は六号の杖を此方に向け、私の進路を歪ませる。


(止まるな! 駆け抜けろ!!)


 私は臆せず駆け続ける。

空間圧縮は体を捻り回避し、その次の圧縮は跳躍して避ける。

そして直ぐにスライディングをすると放たれていた岩の柱の下を潜り抜けた。


「詰めた!!」


 私は敵の懐に飛び込み拳を叩き込もうとすると"大祭司"は己の周囲に浮かばせていた岩を正面に集め、盾にした。


 私の拳は岩の盾を砕き、私の拳も反動で折れる。

あまりの痛みに叫びそうになるがどうにか堪えると私の体をすり抜けてレプリカが現れる。


『くたばれぇー!!』


 私の体をすり抜けて放たれた不意打ち。

レプリカの拳は真っ直ぐに"大祭司"の頭に直撃するかに思えたが……。


『━━━━━ッ!?』


「レプリカ!!」


 レプリカの胸に六合の杖が突き刺さっていた。

彼女は悔しそうに眉を顰め、”大祭司”を睨みつける。


『こうも容易く捉えられるとはな。力だけではなく、戦いの才まで失ったか』


『うる……さい……!!』


 ”大祭司”がレプリカから杖を引き抜くと彼女は足元からクリスタルのようなもので覆われ始めた。

私は急いで彼女を助けようとするが”大祭司”が放った石の礫が腹に直撃し、吹き飛ばされる。


『それは貴様自身の魔力で出来た牢獄。その中で凍り、門の封印を解くために魔力を放出するがよい』


『……リーシェ! 私を……!!』


 何かを伝える前にレプリカはクリスタルに閉じ込められてしまう。

そしてクリスタルの表面より光があふれ出し、天に向かって伸び始めた。

光は門に巻き付いていた巨大な茨荊のようなものに吸収されて行き、茨荊はゆっくりと枯れ始める。

あれが全て枯れ落ちたとき、あの門の封印が解除されてしまうのであろう。


『さて……。模造品を取り出した以上、その宿り主は不要であろう』


 起き上がろうとしていた私を”大祭司”は見下ろす。

ついに私一人だけになってしまった。

武器もなく、たった一人でこの敵と戦う?

心が折れそうだ。

だが………!


『まだ立ち上がるか。そのまま倒れていれば苦しまずに死なせてやろうと思っていたが……』


「死ぬもんか……! お前なんかに負けるもんか! 私はシェードランの娘!! 体が朽ちようとも心は朽ちない!!』


 拳を握りしめ、そう叫ぶと”大祭司”は嗤い始めた。

彼は此方を憐れむように、そして愉快だというように嗤う。


『シェードランの娘、か。人のように振る舞い、人を父とするとは何とも哀れなことよ』


「……どういう意味!!」


『覚えていないのならそれでよい。哀れな人形よ。夢を見たまま潰えるがよい』


 ”大祭司”の言葉に一瞬何かがフラッシュバックした。

薄暗い部屋。

拘束具の着いた岩の椅子。

そして……たくさんの……私……?


「……!!」


 私は頭を振り、浮かんだ光景を振り払う。

私の過去が何だっていうんだ。

私は、私だ! ヨアヒム・シェードランの娘で、ルナミア・シェードランの義妹なのだ!!


 私は駆け出す。

武器が無いのなら殴ればよい。

殴れないのなら蹴ればよい。

蹴れないのなら噛みつくまでだ。

たとえ無様であろうとも絶対に諦めない。

義姉なら絶対に諦めない。

だから私は━━━━!!


『足掻けば苦しみが増えるのみよ』


 ”大祭司”が六合の杖を翳し、私と敵の間を大きく歪ませ始める。

これまでにない大規模な空間圧縮に私は咄嗟に足を止め、横に回り込もうとした。

すると地面から黒い茨荊が伸び、私の足に巻き付く。


「しまった━━━━!!」


 私は茨荊に持ち上げられ、そのまま地面に叩きつけられる。

背中に強烈な一撃を受け、息が止まる。

そしてどうにか立ち上がろうとすると”大祭司”が無数の石の礫を浮かばせているのが見えた。


「…………ぁ」


 何かを口から発する前に礫が放たれる。

雨のように放たれた礫は私の全身を穿ち、その度に肌が、肉が裂け、骨が折れる。

そして礫による攻撃が終わったころ、私は文字通りボロボロになっていた。


 肉体を急ぎ再生させるが間に合わない。


 全身から血を流し、私は前のめりに倒れると口からどす黒い血を吐き出した。

ああ、ダメだ。

生きてはいるが指一つ動かせない。

魔力を全て再生に使っているが私が回復するよりも先に敵が止めを刺そうとしているのが見えた。


 巨大な岩の杭。

それを浮かばせ、”大祭司”は倒れている私に叩きつけようとしている。


『━━━━終わりだ』


 杭が放たれる。

まるで全てがスローモーションのように見え、私は己の最期を確信しゆっくりと瞼を閉じようとする。


(ごめん、ルナ……。ここまでみたい……)


「……勝手に死んだら許さないわよ!!」


 声が聞こえた。

それは私の良く知る人物の声。

私が尊敬し、大好きな姉の声。


 放たれた岩は巨大な水鉄砲と激突し砕ける。

そして倒れている私の前に彼女は立った。


 ルナミア・シェードラン。

私にとっては最強で、最大の援軍だ。


 彼女は全身から血を流しながら倒れる私を見て、次にクリスタルに包まれたレプリカを、そして最後に”大祭司”の方を見る。


「どういう状況かまだちゃんと理解していないけれども……」 


 ルナミアは”大祭司”を睨みつける。

静かな、しかし燃え盛る炎のような激しい怒りを込め、”蛇”の首魁に剣の先端を向けるのであった。


「私の義妹をここまで傷つけてただで済むと思わないことね!! 徹底的に叩きのめしてやるわ!!」


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