第8節・囚われの反撃者達


 サジはリーシェの言葉に眉を顰めた。

自分を止めるために一人でのこのこと来たのか?

何か裏があるのでは?

逃げ出したというエルフが気になる。


「なにか言ったらどうですか?」


「……申し訳ないが、そのような安い挑発に乗るつもりはない」


 手を小さく上げ、部下たちに指示を出すと部下たちはリーシェに対する包囲を狭める。


 周りの部下たちの動きに対してリーシェは周りを警戒しながら此方を睨みつけた。


「私の義姉は昔、こう言いました。馬鹿は殴って黙らせろ。貴方は自分の復讐のために全てを巻き込もうとしている大馬鹿者。だから今から殴ります!」


「やれやれ、困ったお嬢さんだ。━━━━牢に戻っていただけ」


 そう言うと部下たちが一斉に動き始めた。


※※※


 私は敵が動き出すのと同時に状況を確認した。


 此方に向かって来たのは5人。

全員武装しているが動き出し方がバラバラだ。

戦いの経験はあってもまともな訓練は受けていないのだろう。


 私はまず前方に突撃した。

正面からくる敵と激突するように見せかけて、突然停止、後方へ跳んだ。


 その際に肘を引き、槍を後ろへ突き出すと背後から追いかけていた敵の顔面に槍の石突きを叩き込む。


(まず1人!!)


 敵が倒れきる前に即座に左に跳び、槍を横に薙ぐ。


 槍の攻撃を受けた敵は剣で受け止めるが体勢を崩し、その隙にほぼ体がくっつくぐらい接近して敵の股間に膝蹴りを入れた。


(2人!!)


 残り3人。

とにかく動け! 主導権を握れ!!


 以前、ウェルナー卿から対集団戦の訓練を受けた時にこう教わった。


『いいですか? 戦いの基本は一対一だ。でも戦場ではどうしても複数の敵を同時に相手にしなきゃいかん時があります。その時に重要なのは戦いの主導権を握ることだ。弱い奴から切り崩し、自分が優勢な状況で一気に敵の数を減らす。数的有利があったはずなのにそれを覆せれば、相手は動揺し、足が止まる』


 3人目が襲いかかって来た。


 それに対して先ほど股間に蹴りを入れられ、崩れかけていた敵を投げつける。


 味方を斬るわけにいかず、襲いかかって来た敵は足を止めた

その間に横を通り過ぎて背後に回り込むと槍の石突きで敵の側頭部を殴打する。


(3人!! あと2人……っ!?)


 刃が迫っていた。

咄嗟に体を捻って避けるが剣が此方の右肩を浅く斬り裂く。


 鋭い痛みに思わず足が止まりそうになるがどうにか動く。


 敵の腕を掴み、思いっきり引き寄せると頭突きを叩きこんだ。

衝撃で一瞬視界がぼやけるが私の方が頭が硬い。


 頭突きを喰らった敵は気絶し、私の足元に倒れた。


「さあ、あと1人!!」


 瞬く間に仲間が全滅した最後の1人は完全に憔悴しており、足が震えている。


(心が折れているなら武器を捨てて……!)


 槍をゆっくりと構え、一歩一歩前にでる。


 敵は焦りながらも武器を構えるが、背後から肩に手が乗せられた。


「もういい、退がれ。俺がやる」


 そう言い、敵の後ろから二本の剣を持ったサジが現れた。


※※※


 本命が登場したことで私は気合いを入れ直した。


 サジが持っているのは片刃の細い剣だ。

確かシャムシールという東国の武器のはず。

それを2つ持ち、構えた。


「侮っていたよ。まさかここまでやるとはね」


「いい師匠がいたから」


 この男、強い!

先ほどまでの連中とは違い隙が無い。

油断すれば一瞬で討ち取られてしまうだろう。


(くるっ……!!)


 サジが踏み込んできた。

両腕を大きく振り、二刀による縦からの斬撃。

それを咄嗟に槍の柄で受けると即座にサジが蹴りを放って来た。


 私は後方へ跳び、距離を取ろうとするかサジは此方を逃すまいと踏み込んでくる。

そして次に放ったのは腕をクロスさせた二本のシャムシールによる挟撃だ。


 左右から迫る刃を体を思いっきり後ろへ逸らし、避けるがそれにより体勢が大きく崩れた。

倒れそうになる体を槍を地面に立てることで持ち堪え、そのまま右足を振り上げる。


「ミリにやられたやつ!!」


 サマーソルトキック。


 先日ミリに喰らわされたやつを真似て放った。

蹴りはサジが顔を逸らしたことにより小鼻を掠めただけだが、その間に一度距離を離す。


 槍の穂先を敵に向け、ゆっくりと息を吐き、そして突撃した。

高速の三段突き。


 槍は敵の胴を狙い突き出されるが、サジは両手のシャムシールで全て弾く。

刃が激突する度に火花が散り、刃が光る。


 サジは三撃目を右手で弾くと直ぐに左手のシャムシールを突き出してくる。

シャムシールは此方の頬を掠め、頬から血が流れる。


「…………っ!!」


 私はサジが次の攻撃に移る前に槍を短く持つと体を捻り、槍の石突き側の柄でサジの横腹を殴打した。


「ぐっ!?」


 脇腹への一撃でサジは僅かによろめき、その瞬間に今度は反対側に体を捻り穂先側の柄で反対側の脇腹を殴打する。

二連続の攻撃に敵はついに体勢を大きく崩し━━━━。


「とった!!」


 絶好の好機を逃すまいと渾身の突きを放ち、サジの胸を狙うが……。


 サジと目があった。

この一撃で彼を仕留めれる。

だが、仕留めてしまったら?

私は彼の命を奪い、アジ君から兄弟を奪うことになる。


(…………!!)


 私はためらってしまった。


※※※


 サジはリーシェの放った一撃を見た瞬間、死を覚悟した。


 彼女を甘く見たツケか?

いや、そもそも部外者をこの砦に招き入れたのが失敗であったか……。

だがここで死んで、我が憎悪を止めてくれるというのであれば……。


 だが見てしまった。

槍の突きを放った少女の顔を。


 先ほどまでの覚悟を秘めた戦士の顔では無い、此方を殺すのにためらい、怯える少女の顔。

その顔を見た瞬間、激怒した。


「ためらったな! 俺を殺すことに!! 我が憎悪を、復讐をそのような未熟な気持ちで止められてなるものか!!」


 限界まで体を捻り、どうにか槍を避けようとする。


 槍は持ち手がためらっていたこともあり狙いが逸れ、此方の左肩に深く突き刺さった。


 肉を裂かれ、刃が骨に達する痛みに歯を噛み締める。

左手に持っていたシャムシールを地面に落とすが右手のシャムシールを槍の柄に全力で叩き込み、斬り折った。


※※※


(しくじった……!!)


 実戦では絶対に躊躇してはならない。

そう散々ウェルナー卿に教わったのに土壇場で躊躇をしてしまった。


 槍の柄を斬られ、体は前のめりになってしまった。


 サジが右腕のシャムシールで此方の腰から肩に掛けて斬撃を叩き込もうとして来た。

どうにかしてそれを避けようと後ろへ飛ぶが間に合わず横腹を切り裂かれる。


 痛い。

いや、痛いなんてもんじゃ無い。

横腹に広がる血の熱さを感じ、傷口を手で押さえた。


(なんか……はみ出したりはしてない!)


 幸い傷は内臓には達していなかったようだ。

だが傷は結構深いようで、血が溢れ出てくる。


「勝負はついた。降伏したまえ。早く傷口を塞いだ方がいい」


 サジはそう言いと肩に刺さった槍を引き抜き、痛みに顔を歪める。


 向こうは肩。こっちは脇腹。

こちらの得物は失われ、相手はまだ武器を一つ持っている。

どう見ても形勢不利だ。


 だが、まだ諦めるわけにはいかない。

サジを倒せなくとも船の出航は阻止しなければ。


 深呼吸を行い、額の汗を手で拭う。

そんなこちらの様子にサジは呆れたような、だが関心したかのような表情を浮かべた。


「その状態でも闘志を失わないとは。やはり君はゼダ人の指導者にふさわしいよ」


 サジがシャムシールを構える。

こちらに武器は無いが粘るだけ粘ってみよう。

そう思った瞬間、砦に爆発音が響いた。


(ミリ!? いや、違う!?)


 船は無傷だ。

あのエルフ、まさか外したのかと思ったが煙が砦の奥の方から生じていた。


「て、敵襲!!」


 誰かがそう叫んだ。

砦内が騒然とした。

サジがすぐに「何事だ!」と大声を出すと煙の方から駆けてきた部下が報告する。


「わ、わかりません! 奴ら突然襲って来て! 既に砦内に突入して来ています!!」


 その言葉にサジは「まさか領主の軍か?」と眉を顰め、即座に指示を出す。


「どうにかして持ち堪えろ! 戦えない奴を避難させ、船は出航させる!!」


 サジは此方に一瞥すると船に向かって駆け出す。


「ま、待て!!」


 走り出したサジを追い、私も脇腹を押さえながら必死に追うのであった。


※※※


 サジが桟橋から船に飛び乗るのを見て私も船に飛び乗った。


 甲板の上では男たちが大急ぎで出航の準備をしており、肩から血を流したサジとそれを折って来た私を見ると驚愕し、慌てて武器を取ろうとする。


「待て」


 それを制したのはサジだ。


 肩の傷が酷く痛むらしく、彼は大粒の汗を額に浮かべながら此方を見る。


「まったく、その傷で追いかけてくるとは。もう諦めたまえ。船の出航は止められない」


「残念だけど、諦めはかなり悪い方……!」


 ミリが砲撃をするまでどうにか時間を稼がなければ。

だが、サジは部下たちに私を無視して作業を続けるように伝えるとシャムシールを此方に突き付けた。


「……残念だ。君なら真の指導者になってくれるのではと思ったが」


「コーンゴルドを出てから私はゼダ人がどういう立場なのかを、どんな目にあっているのかを知りました。サジさん、貴方の言う通りゼダ人が迫害され続けるのは間違っていると思う。メフィル大公の暴虐は止めなくてはならないと思う。でも━━━━」


 私はしっかりと、今度こそブレないように相手を睨む。


「こんな無関係な多くの人を巻き込んで、ゼダ人とアルヴィリア人が殺し合う方法では駄目」


「君は少々考えが甘すぎるな」


「甘いのは理解してる。貴方が過去にメフィルに酷いことをされ、その憎しみに対して私の覚悟がいかに弱いかも自覚している。でも、それでも、貴方の考え、行為は極論過ぎる」


 全てのアルヴィリア人がゼダ人や亜人種を心の底から迫害している訳では無い。

コーンゴルドのように何かきっかけが、アルヴィリア人がゼダ人を認める何かがあれば変わり始める筈だ。


(やっぱり甘い考えかな? でも、甘い考えでも私は貫き通す!!)


 サジがため息を吐き、武器を構えた。


「君を招き入れたのはやはり間違いであったな。どうやら俺と君の意見はどうやっても交わらなさそうだ」


 サジが右足を一歩前に出す。

それに対して此方も下がるのではなく一歩前進。

自分の意志を相手に叩きつける気持ちで前に出る。


 甲板にいた人たちはそんな此方の様子を作業を止め、固唾を飲んで見ていた。


 そして、互いに踏み込み合おうとした瞬間、遠くの崖の方で紫の閃光が生じ、甲板にあったエンシェントゴーレムを入れた木箱が大爆発する。


 それを見て私は目を丸くし。


(え!? これも外すの!?)


※※※


「だぁ! 疲れたぁー!!」


「ミリねーちゃん、声デカイって!」


 アジにそう言われ、ミリは慌てて口を手で抑える。


 リーシェと別れてから2人で抱え式の魔導砲を船を安全に狙える位置まで運んだ。


 リーシェが港で派手に暴れてくれたおかげで見張りの数はだいぶ少なかった。

だがそれでも数人は進路上にいたため、物陰に隠れたりしながらやり過ごし、どうにかここまで来たのだ。


 リーシェが今暴れているであろう桟橋から船を挟んで反対側の崖。

港を一望できる崖に魔導砲を置き、早速砲撃の準備を行う。


 準備といってもやることは簡単だ。


 魔導砲後方の魔晶石に手で触れ魔力を充填後、砲下部にある引き金を引くだけだ。

ちなみにこの充填用魔晶石は取り外せて、魔力を充填済みの魔晶石に取り替えることも出来る。


 魔力を砲に充填し、狙いをつける。

狙うは船の喫水線。

そこを吹き飛ばせば船は浸水し、沈むはずである。


(砲撃するとこに人がいないといいけど)


 船の出航阻止が最優先であるため多少の犠牲はしょうがないと思っている。

だが人が死なないで済むならそれに越したことはない。


 慎重に砲の狙いを定め、片目を閉じる。


 砲に取り付けられている簡単な照準器を使い、まずは甲板を見て、それから狙いを下に……。


「んん!?」


「ど、どうしたんだよ!?」


 目には自信があるため、遠くの甲板に誰がいるのかすぐに分かった。


 リーシェだ。

彼女は負傷しているのか脇腹を押さえている。


(あの子、あんな場所で何をしているのよ!!)


 いや、甲板に移らざるおえない状況になったのか?

とにかく、これでは砲撃を……。


「……するしか無いわよね」


 リーシェは負傷した状態でも此方のために時間を稼ごうとしてくれているのだ。

今更砲撃中止などありえない。


「ちゃんとすぐに船から脱出してよ……」


 狙いを再度定める。


 船の喫水線。

そこに照準器を合わせ、引き金を引こうとした瞬間。


(殺気!?)


 判断は咄嗟であった。


 殺気を感じた瞬間に体をのけ反らせる。

すると眼前を何かが横切った。


(吹き矢!?)


 それは吹き矢であった。


 吹き矢を避けたことにより砲の狙いが大きくズレ、思わず引き金を引いてしまう。


 魔導砲の砲口より凝縮された魔力が放たれ、甲板の上にある木箱に直撃したのが見えた。


 外した!

すぐに再装填して砲撃しなければならない。

だが。


「アジ君、隠れていて!」


 そうアジに伝えると砲から離れる。


 既に吹き矢による奇襲に失敗した敵が此方に向かって来ていた。


 ベルファの町でサジの背後にいたエルフだ。

敵は再び吹き矢で此方を狙い、それから逃れるために近くの岩陰に身を潜める。


 岩陰で石を拾い、しばらく様子を見た後、岩陰から飛び出す。


 即座に吹き矢が放たれるがそれをしゃがんで躱し、手に持っていた石を投げつける。


「ちぃ!?」


 石は敵の吹き筒に当たり、筒は弾き飛ばされる。

その隙に拳を構え、一気に接近するが敵もナイフを引き抜き迎撃の態勢をとる。


 体を低くした状態からのアッパー。

それを敵は避け、即座にナイフで斬りつけてきた。

ナイフの刃をグローブの装甲部で受け、弾くと回し蹴りを入れる。


 対して敵は後ろへ飛びながらナイフを投げつけた。


「!!」


 飛んでくるナイフをすぐに拳で叩き落とすがその間に敵は別のナイフを取り出し構える。


「あんた……何者よ?」


 ただの賊にしては戦い慣れている。

先ほどの吹き矢やナイフ投げ、その他の動きは訓練された暗殺者のものだ。


「答えるつもりはない」


「あらそう? まあ、私も聞いただけだけ……ど!」


 敵の懐に飛び込む。


 相手の顔を狙ったワンツーパンチだ。

それを敵はのけ反りながら避け、此方の腹を切り裂こうとナイフによる斬撃を放つ。


 それを敵に蹴りを入れることで距離を離し、回避すると一度息を整えた。


 やはり手強い。

だがあまり時間をかけてもいられないのだ。


(あと1回分の砲撃用魔力を残してやれること……)


 一つだけ思いついた。

上手くいくかは分からないがやれることは全てやる。

それが自分のスタンスだ。


 一度目を瞑り、ゆっくりと深呼吸をすると駆け出した。


※※※


 此方の突撃に対して敵は再び迎え撃つ態勢だ。


 己の間合いに入った瞬間に此方をナイフで刺し殺すつもりだ。

ならば、その間合いを見誤らせる!


 駆ける速度を速める。

拳を構えた全力の突撃。


 敵もナイフを構え、待ち構える。


 そして敵の間合いに入りそうになった瞬間、体が一気に加速した。


 風の魔法による加速術。

それを敵の間合いに入る瞬間に使用したのだ。


 敵は此方の突然の加速に動揺し、慌ててナイフを突き出してくる。

だがもう遅い。

敵の突き出された腕を左腕で受けて逸らし、右腕で渾身の正拳突きを腹に叩き込む。


 敵は正拳突きを喰らったことにより体がくの字に曲がり、突き出された顎にすかさずアッパーを叩き込んだ。


 グローブ越しに顎の骨が砕けた感触が伝わる。

敵は大きく吹き飛び、地面に落下すると暫く痙攣した後、動かなくなった。


※※※


 ミリは敵を倒し終えほっと一息を吐く。


 中々苦戦したがどうにか無事に勝てた。


(それにしても、何者よ?)


 明らかに砦にいた他の連中と動きが違った。

サジが雇った暗殺者だろうか?


「ん?」


 ふと倒した敵を見ると倒れた際に服が乱れ、腰のあたりが少し露出している。

その露出部に何やら火傷のような痕があった。


 何だろうかと慎重に近づき、服を捲って見ると驚愕した。


 焼印だ。


 このエルフの背中には大きな焼印があり、しかもそれはワイバーンの紋様、メフィル家の家紋であった。


「どういうこと……?」


 拷問か何かを過去に受け、焼印を入れられたか?

いや、亜人種嫌いのメフィルが拷問のためだけに自分の家紋を入れるとは思えない。


(メフィルの奴隷だったということ?)


 この男がメフィルの所有物であったなら奴隷の証として焼印を入れるかもしれない。

だとすると、こいつはメフィルの奴隷、暗殺者でメフィルのところから逃げてきたと?

いや、しかし、何かが引っかかる。


 暫く背中の焼印をじっと見ているとアジが「ミリのねーちゃん大変だ!」と駆け寄ってきた。

そうだ、すぐに砲撃を再開しなければ。


「船の上、なんか動いてるんだ!!」


「は? 動くって何が……」


 アジに連れら、崖から船の様子を窺うと絶句した。


 ボロボロになった甲板の上。

それが動いていたのだ。


※※※


 私は木箱の爆発に巻き込まれ、甲板の上を転がった。

幸い木片等が突き刺さったりはせず、怪我もかすり傷だけで済んでいる。


「あれ……」


 体の怪我を気にしている時に気がついた。


 先ほどの切り裂かれた脇腹。

確かに傷はあるが斬られた時より傷が塞がっているような気がする。


 前々から薄々感づいていた。

私は普通の人よりも遥かに傷の治りが早い。

これもあの少女、レプリカの力なのだろうか?


 甲板上では私以外にも作業をしていた人たちが倒れており、中には傷が深い人もいた。


 自分の選択で多くの人を傷つけた。

その事実がずっしりとのしかかって来るが立ち止まるわけにはいかない。


 頭を振り、邪念を払うと立ち上がる。

それとほぼ同時にサジも立ち上がった。


 彼は頭から血を流し、怒りの表情で此方を睨みつけてくる。


「なるほど、エルフの娘を逃したというのは嘘か。やってくれる!」


 「しかし!」とサジは先ほどの砲撃が直撃した木箱の方を見る。

そこには木箱の代わりに無傷のゴーレムが佇んでおり、それを見てサジは笑みを浮かべた。


「ゴーレムは無事だ! 船もこの程度の損傷なら問題なく航行できる!」


 サジが動ける人間に緊急出航を命じ、部下たちが船を係留している縄を外しにかかる。


(どうにかして時間を……!)


 ミリが二発目を放つまで時間を稼がなければ。

そう思い、動こうとした瞬間にシャムシールによる斬撃が放たれた。


「くっ……!!」


 それを後ろへ跳び、避けるがサジは次々と斬撃を放ち、ゴーレムの足元に追い詰められる。


「出来れば生かしてやりたかったが、ここまでされた以上許すことは出来ない。諦めろ、苦しまずに逝かせてやる」


 シャムシールを突き出された、私はゴーレムの足を背にする。

背中から鉄の冷たい感触を感じながら必死に打開策を考えた。


 状況は大変厳しい。

だがまだ生きている以上挽回の可能性は残っている。

意地汚く、最後まで粘ったやつが勝機を掴む。

そうウェルナー卿に教わったのだ。


(粘るのは……得意な方!!)


 身構え、サジの動きを警戒すると背中から何かが動いたのを感じた。


「え?」


 見上げる。

先ほどまで沈黙していたゴーレムの瞳には光が灯り、私を見下ろしていた。


「馬鹿な……起動しない筈だぞ……!!」


 ゴーレムが体を揺らし、船体が大きく揺れる。

船の端に立っていた人が海に落ちたのが見えた・


『━━━━━最優先━━━━━━対象━━━━攻撃ヲ━━━━━始スル』


 ゴーレムが掠れた声で何かを喋る。

そしてその巨体を立ち上がらせ━━━━鋼鉄の巨人が再始動した。


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