第5節・路地裏の革命家


 大浴場で入浴を終え、夜になると私たちは宿で食事をとることになった。


 ミカヅチ料理が食べられると聞いて皆、楽しみだと期待していたが……。


「なに、これ?」


 食堂に並べられた料理を見て私たちは目を丸くした。

木の板のようなものに乗せられているのは魚を薄く切った料理だ。

だが、それは焼いたり煮たりされておらず、生のまま出されている。

さらに……。


「う、うねうね!? な、なによこれ!?」


「イカですね。足がいっぱい生えている海の生き物です」


 イカ……。

初めて見たが、こんなグロテスクなものをよく食べようと思ったものだ。


「ユキノ? これ、調理されていないけどそのまま食べるの?」


「ええ。刺身、という料理で新鮮な魚を生で食べるのです。そこにある醤油という調味料を小皿に垂らして、それを付けて食べます」


「へえ」


 魚は調理されたものしか食べたことがない。

そもそも生魚は臭いし、食べるとお腹を壊す危険性があると聞いていたが?


「新鮮なものであるなら生で食べられますよ。ここは海が近いですし、魚を獲って直ぐに捌けるのでしょう」


 ちなみにユキノ曰くただ切っているだけのように見えて料理人の腕が必要な料理らしい。


 そんなことを考えていると「はい!」とロイが手を上げた。


「この棒みたいのなんですか!」


「ああ、それはお箸ですね。ミカヅチの国や遠くジン国とかで使用されている食べ物を摘まんで食べる器具……異国のフォークやスプーンのようなものと思っていただければいいです」


 これで、摘まむ?


 ユキノが器用に片手で箸と呼ばれる二本の棒をもって見せた。

それを使って刺身と呼ばれる料理を摘まみ、小皿に分ける。


 私たちも真似してみたが、これがなかなか難しく、皆悪戦苦闘している。

そんな様子を見ていたアーちゃんが「うふふ、フォークもあるから無理しないでね」とほほ笑んだ。


「っく、何人か出来ているのがいると自分も使えるようになりたくなるな……」


 エドガーが「ぐぬぬ」と何度か挑戦しているとメリナローズが「ほら、こうやるの」と彼の手を取って教え始めた。

そんな様子を私の隣に座っているルナミアが見ると小声で話しかかてきた。


「メリナローズ、エドガーに対してやたら積極的ね。ふふ、エドガーも隅に置けないわね」


 ルナ、それ絶対にエドガーに言っちゃだめだよ? 可哀そうだから。


 ロイの方を見れば彼はどうにか箸を握れたようで、此方に向かって勝ち誇った笑みを浮かべている。

だが、なんか持ち方がユキノに比べて変な気がする。


 私は何回か試した後、直ぐに諦めてフォークを持った。

それから刺身と呼ばれる料理に緑色の固形物があることに気が付く。


「ユキノ? これは? これもミカヅチの料理?」


「それはワサビですね。美味しいので食べてみてはいかがですか?」


 ユキノに勧められてフォークでとってみる。

それから口に居れようとするとヘンリーが「あ!?」とこちらを止めようとした。

口に入れ、咀嚼する。

それはとても柔らかく、口に入れた瞬間溶け始めた。

そして、徐々に味が広がり……。


「!?!?!?!?!?」


 辛い。


 いや、辛いなんてものじゃない!

あまりの刺激に鼻につーんとした痛みが走り、涙が溢れてくる。

慌てて水を飲むがそれがかえって辛さを増すことになり、私はむせた。


「そうだ。それ、直接食べるものではなく醤油に溶かして使うものなのでお気をつけて」


 こ、このメイド、わざと食べさせたな!?

鬼畜メイドの罠に私は見事に引っ掛かり、暫く「ひーひー」ともがいた。


「こ、これそんなに辛いの……って辛っ!?」


 ルナミアも少しだけワサビをなめて驚く。

ようやく辛さがひいてきたので深呼吸し、メイドを半目で睨みつけた。

ユキノは素知らぬふりをしているが、おのれ、いつか目に物見せてくれる。


※※※


 皆でミカヅチの食事を食べ、ある程度食べているとヘンリーが「ところで」とアーちゃんに訊ねた。


「昼間は訊きそびれましたが噂の賊っていうのは最近この一帯を荒らしまわっている連中のことですかね?」


「ええ、そうよ。このベルファ周辺の街道に現れては商人や旅人を襲う盗賊団。最近では町の中にまで現れ始めたのよ」


 アーちゃんはそういうと猪口に入った酒を呑む。


「クルギス伯は? そこまで問題になっているなら領主が動くはずだけれども」


 ルナミアの質問に答えたのはミリだ。

彼女は味噌汁と言う料理を飲むと首を横に振る。


「なんか、クルギス伯の腰が重いのよ。何度いってもなかなか討伐の兵を出してくれないし。だから、今度有志を集めて討伐隊を結成するつもりなのよ」


「ん? 賊の拠点がどこにあるか分かっているのか?」


 エドガーの言葉にアーちゃんが頷いた。


「何度か連中を追跡したことがあってね。奴らどうやら町の東にある森から来てるようなのよ」


 賊はかなりの規模のようで、討伐のためにはそれなりの戦力がいる。

アーちゃんたちは自分たちの傭兵団を主軸に町の商人たちが雇っている他の傭兵たちを集め、討伐に乗り出るつもりらしい。


 「ついに悪に正義の鉄槌を叩き込むのよ!!」とミリがガッツポーズをするが、メリナローズが「うーん」と首を傾げた。


「そんな大胆なことをしても大丈夫なのかなあ? 領主様に怒られない?」


「はあ? なんでよ? 私たちは領地を荒らす賊を討伐するのよ。感謝されることはあっても文句を言われる筋合いはないわ!」


「んー、そうなんだけど……。領主様の許可無しに町で傭兵が集まって討伐隊なんて結成したら……」


「領主への反乱を企んでいると思われかねない、と?」


 ユキノの言葉にメリナローズは頷く。

それにミリは「なによそれ!」と憤り、アーちゃんは頷く。


「クルギス伯はどうにも臆病と言うか神経質なところがあるわ。だから、今回の賊討伐を終えたらそろそろこの町から移動しようかと思っているわ」


「え!? そうなの!? 私、この町結構気に入っていたんだけどなぁ……」


「ここを出たらどこに行くの?」


 私がそう訊ねるとアーちゃんは「そうねえ」と考える。


「メフィル領は論外として、自由都市同盟の方に行こうかしらね?」


 自由都市同盟。


 アルヴィリア王国南西に存在する国家だ。

国家と言うが複数の都市がそれぞれ独立した国家として存在しており、それらが外敵から身を守るために同盟を結んだ結果できた勢力である。


 軍事力ではアルヴィリアに及ばないが経済力では圧倒していると言われており、王国とは経済面で繋がりが深いという。


 ただ、近年ではもともとあった都市国家同士の対立が表面化し始め、小競り合いが頻発しているという。


「確かに、あそこは今傭兵にとって稼ぎにはいい場所だ。どの都市につくかもう決めているので?」


 そうヘンリーが訊ねるとアーちゃんは首を横に振る。


「アタシはクライアントを自分の目で見極める主義なの。変な奴に肩入れして共倒れは勘弁だからね」


「なら、自由都市同盟に行く前にコーンゴルドに寄って行ってはいかがかしら? 暫くはアルヴィリア内にいるんでしょう? 歓迎するわ」


 ルナミアの言葉に頷く。

アーちゃんやミリが来ればコーンゴルドはもっと賑やかになるだろう。


「それもいいわね。その時が来たら是非立ち寄らせていただくわ」


 話しがいったん終わるとメリナローズが辺りをキョロキョロと見まわしてから猪口を持って立ち上がった。


「はいはーい! なんか! 堅っ苦しい話が続いたので!! 空気変えるためにももう一回、乾杯しましょう!」


 メリナローズの提案に全員頷き、猪口を掲げる。


「えーでは、まだ出会って間もないですが! これからもみんな元気にやっていけることを願いまして! かんぱい!!」


「乾杯!!」


 私たちはその後、食事を楽しみ、騒いだ。

その日の夕飯は記憶に残るとても楽しいものであった。


※※※


 翌朝。


 私たちは本来の目的であるミカヅチの秘薬を手に入れるべく、ベルファの大市に向かうことにした。

アーちゃんは傭兵団の仕事があるから宿で分かれ、メリナローズも町で仕事があるからと町に入ったのちに分かれる。

そしてミリは本人の希望もあって私たちに同行することになった。


 ベルファの大市はまだ朝早いというのに既に多くの人々が訪れており、露天商たちが自分の店を見てもらおうと客引きを行っている。


 ヘンリーの友人がやっているという店は大市の中心から少し離れたところにあり、小さな建物に”ジェイムズ商店”という看板が掲げられている。


 ヘンリーが「ここですよ」と言うと店のドアを開け、中に入る。

ドアを開けるとドアに付けられていた小さな鐘が鳴り、客が訪れたことを店主に伝える。


 小さな店には棚一杯に様々なものが置かれており、どれも見たことがない異国のものばかりだ。


「へい、いらっしゃい」


 店の奥から店主が出てきた。


 立派な髭を生やし、鼻の先端を赤くした丸眼鏡を掛けたドワーフだ。

彼はヘンリーの姿を見ると「やや! これはこれは! ヘンド……ヘンリー様ではないですか! お久しぶりです!」と笑い、ヘンリーも「久しぶりだな! 元気そうでなによりだ」とハグをしあう。


「ええ、どうにか店の経営も安定してきましてね。今では店番の小僧を雇えるようになりましたよ」


「ほお! お前さんが誰かを雇うなんて数年前は思いもしなかったよ!」


「はは、私自身驚いていますよ。ところで……そちらの方々が?」


 店主はヘンリーの肩越しにこちらを見てくる。

それにヘンリーが「ああ、そうだ」と言うと私たちにもっと奥に入ってくるように言った。


「これはこれは遠路遥々。私、このベルファの町で貿易商をしております、ジェイムズと申します」


 ジェイムズと名乗った店主が頭を下げると、ルナミアが一歩前に出て、丁寧に挨拶をする。


「私、コーンゴルド辺境伯ヨアヒムの娘、ルナミアと申します。こちらは義妹のリーシェ。そして我が城の騎士エドガーと従騎士ロイ、そしてメイドのユキノですわ。今回は無理なお願いをヘンリーおじ様からしてしまい申し訳御座いませんでしたわ」


 ルナミアがその後もすらすらと自己紹介をするのを見て感心する。

流石は貴族の娘。こういったことは得意だ。

私も貴族だけど。


「さて、早速で申し訳ないのですけれどもお願いいしていた薬の方、見せていただけないでしょうか?」


 そうルナミアが言うとジェイムズがやや困ったように「それが……」と口を開いた。


「ミカヅチの秘薬なんですが、うちに無いんですよ?」


※※※


 私たちは店の奥のテーブルに通してもらうとジェームズが蜂蜜酒の入ったジョッキを持ってきた。


 それを私たちに差し出すと椅子に腰かけ「さて」と言う。


「秘薬の件、確かに自由都市同盟の方から取り寄せてもらっていたのですが、商品を乗せた馬車が賊に襲われ積み荷を全て奪われてしまったのですよ」


「賊っていうのは噂の?」


 ヘンリーの言葉にジェイムズは頷く。


「うちだけじゃない。ここ最近次々とベルファの町に向かう隊商が襲われてまして、みんな困り果てています。いちいち護衛の傭兵を雇っていては赤字になりますし……」


「海路で取り寄せることは? 自由都市からではなくミカヅチの国から直接取り寄せることもできるのでは? お金ならいくらでも払います」


 ルナミアの提案にジェイムズは首を横に振った。


「海路はもっとマズイ。メフィル大公の雇った海賊どもが大暴れしているので。ご領主様も艦隊を派遣して海賊退治を行っていますがそれでも海賊の被害にあう船が続出している」


 メフィル大公にとってこのベルファの町は目障りな存在である。

ベルファがエルダルタに次ぐ交易都市に発展したことによってメフィルが独占していた富がシェードランにも流れるようになった。

そのため、海賊を雇ってベルファの海洋交易を妨害しているそうだ。


 領主のクルギス伯もそれを阻止するため、メフィル大公と直接争わないように海賊退治という名目で艦隊を派遣しているらしい。


「大商人ならともかくうちみたいな小さな店じゃ、護衛の船まで手配することはできませんからな」


 「申し訳ない」とジェイムズは深々と頭を下げる。


「やっぱり、早く討伐隊を結成すべきよ!!」


 そう意気込むミリにジェイムズが「ああ、貴女はアーダルベルト様のところの」と言う。


「討伐隊を結成してくださるならお気を付けください。連中、特に武器や薬を運んだ隊商を襲っていると聞いています。いまや戦争を起こせるくらい武器を所有しているとか」


 「まったく、ご領主様にも早く動いていただきたいものですよ」とジェイムズは大きくため息を吐くのであった。


※※※


 店を出るとルナミアは落胆した様子でため息を吐く。


 ジェイムズは他の商売仲間に秘薬を取り扱っていないか訊いてみると言ってくれたが正直望みは薄いだろう。


「今度、賊の討伐をしたら奴らが奪ったものの中に秘薬が無いか探してみますよ」


「ええ、ありがとう。でも無理はしないでね」


 とと様の為にベルファまで来たが骨折り損になってしまいそうだ。

そう思っていると通りが妙に騒がしいことに気が付いた。

なにかそわそわとした、落ち着かない雰囲気。

何事かと思っていると近くを通った人々の話が耳に入った。


「おい、処刑されたのゼダ人の子供って本当か?」


「……ああ、絞首刑だとよ。いま港前の広場に吊るされてやがる」


 鼓動が跳ね上がった。


 ゼダ人の子供?

否応なしに昨日出会ったアジ少年の顔が思い浮かぶ。


 私はミリと顔を見合わせるとみんなに「ちょっと行ってくる!」と伝え駆け出した。


「ちょっと、リーシェ!」


「ルナミア様! 私もついていくんで! ”海鳥の住処”で合流しましょう!」


 ミリはそうルナミアに伝えると私の横に来て並走する。


「…………昨日の子じゃなきゃいいけどね」


 ミリの言葉に私は無言で頷いた。


※※※


 港前の広場には物凄い人だかりが出来ていた。


 子供が処刑されたというのにまるで見世物を見に来た客のようにしており、その光景が私には恐ろしく感じた。


 私とミリは人々をどうにか押しのけ、人だかりの先頭に出る。


「…………」


 広場に建てられた二つの木の柱。

そこに吊るされているのは二人の幼い子供だ。


 ゼダ人の少年と少女。少女の方は少年よりさらに幼く、こと切れたその顔から目が離せない。


「あの、彼らはどうして絞首刑に?」


 ミリが近くにいた人に訊く。


「盗みだとよ。兄妹で武器商から剣を盗んだから絞首刑にされたと聞いたな」


「あんな子供が剣を? 持ち運ぶのだって大変でしょうに。それにちゃんと公正な裁きは受けたの?」


「おいおい、俺に言わないでくれよ。だいたいゼダ人が理由なしで処刑されるのは良くあることだろうに」


 良くある

これが……? どうして?


 あの子供たちは何も悪いことをしていなかったかもしれない。

ただ普通に兄妹で生きていただけなのかもしれない。それなのに……。


「ああ……! なんてことを!? 私の子供たち……!!」


 人ごみの中からゼダ人の女性が飛び出てくる。

それを町の衛兵たちが「とまれ!」と取り押さえた。


「どうして! あの子たちが何をしたというのですか!!」


「黙れ! 貴様、あの餓鬼どもの親か!! ならば貴様も連行する!!」


「そんな、どうして!! あの子たちの傍に行かせてください!!」


 衛兵が剣を抜き、女性を殴った。

それを見て、私は思わず「止めて!!」と叫ぶ。


 すると衛兵たちは「なんだ貴様は?」とこちらに寄ってくるのが見えた。


「貴様もゼダ人か! どいつもこいつもギャーギャーと騒ぐ薄汚い虫どもめ!」


「……あの子たちは本当に盗みを働いたんですか?」


「そんなことは知らん! だがゼダ人だ、どうせ悪事を働いていたのだろうよ!」


 こいつら、ゼダ人を人とも思っていない。

拳を強く握りしめ、衛兵を睨みつける。

すると衛兵は「反抗的だな」と私の腕を掴んできた。


「ゼダ人にしてはいい服を着ている。貴様、その服を盗んだのではあるまいな?」


「盗んでいません。これは私の服です。離してください」


 衛兵の手を振り払うと彼は眉を逆立て「反抗するか!」と拳を振り上げた。

反撃しては駄目だ。

反撃してはこいつらに正当性を持たせることになる。


 衛兵が拳を振り下ろそうとした瞬間、その腕をミリが掴んだ。


「そこまでよ。うちの団員にこれ以上手を出すなら容赦しないわ」


「……なんだ貴様は?」


「”薔薇の団”所属の傭兵よ。あんた、うちの団長とやり合いたい?」


 ”薔薇の団”と訊いて衛兵たちが動揺する。

ミリに腕を掴まれていた衛兵は忌々し気に舌打ちすると見物客たちに「おい、貴様ら散れ!!」と指示を出す。

それにより広場に集まっていた人々は解散し始め、衛兵たちも撤収の準備を始める。


 ミリは掴んでいた腕を離すと衛兵に「あの女性も解放しなさい」と言うと衛兵は「傭兵め……」と眉を顰めると女性を解放するように部下に伝える。


 解放された女性は直ぐに子どもたちの亡骸へと駆け出し、泣き崩れたのが見える。


「この件は領主様に報告させてもらうぞ……」


「ええ、お好きにどうぞ」


 衛兵は最後にまた大きく舌打ちすると部下と共に広場から離れる。


 ほっと胸をなでおろすミリの横で私は子供たちを失い絶望する母親から目が離せないのであった。


※※※


 帰り道。


 私たちは重い空気のままベルファの大通りを歩いていた。


 またヘンリーの言葉が頭の中で渦巻く。

私は幸せだと。


 コーンゴルドから一歩外に出て知ったゼダ人の状況はどれも私の心に重くのしかかるものであった。

遥か昔に犯した罪を今でも問われ、毎日のように迫害される。


 確かに狂王が引き起こしたことにより大陸の半数の人間が死んだ。

ゼダ人は確かにその悪事に加担したのだろう。

だが数百年経ったあとでもゼダ人はそれを理由に迫害され、殺される必要があるのだろうか?


━━━━分からない。


 罪は償わなければいけない。

だがそれはいつまで? どうやって? ずっとこのままでいいの?

それは私には分からなかった。


「……しばらくは大人しくしてなさい」


 ミリにそう声を掛けられる。


「ゼダ人が処刑されると連鎖的に私刑が起きることがあるわ。本当に悪いことをしていた奴が殺されることもあるし、八つ当たりで殺されることもある。まったく……腐っているわ」


「……ミリは、ゼダ人が嫌いではないの? ゼダ人はエルフやドワーフたちにも酷いことをしたけれども」


 そう言うとミリは「そうねえ」と考える。


「確かにゼダ人が昔、私たちにしたことは許されないわ。でもね、私たちエルフから見たらアルヴィリア人もゼダ人も変わらないのよ。結局、ゼダ人からアルヴィリア人に支配者が変わっても人間が亜人種を迫害することは止めなかった。ゼダ人が掲げた人間至上主義を再び掲げながら、自分たちはゼダ人と違うんだと迫害する姿は滑稽に見えるわ」


 「もちろん全てのアルヴィリア人がそうではないことは分かっているわ」と彼女は続ける。


「アルヴィリア人の中にもいい奴と悪い奴がいる。でもそれはきっとゼダ人だってそう。だから私はゼダ人だからと迫害なんてしないわ」


 「偉そうなこと言っちゃったわね」とミリは気恥ずかしそうにする。

彼女のような考えが世界中に広がればいいのに。

私とルナミアみたいにゼダ人とアルヴィリア人が手を取り合えればいいのに。

それはお花畑な考え方なのだろうか……。


  そう考えていると路地から突然声を掛けられた。

何だろうと思い、そちらを見ると路地にはアジ少年が物陰に隠れるようにこちらに手を振っていた。


 私たちは顔を見合わせるとアジ少年の方に向かう。


「おや、少年。今日は盗みを働いてないでしょうねえ?」


「や、やってねーよ!」


 アジ少年はそう言うと声を小さくする。


「えっと、そっちのねーちゃん。リーシェねーちゃんに用があったんだよ」


 「え? 私?」と首を傾げるとアジ少年は頷く。


「昨日、おいらを見逃してくれただろう。それで、銀貨まで恵んでくれて。それをにーちゃんに言ったらお礼をしたいから呼んできてくれって」


 ミリが眉を僅かに顰める。


「……お兄さんが直接会いにくればいいじゃない?」


「にーちゃんは……ちょっと事情があって人前には出られないんだ。だからおいらが代わりに来たんだよ」


 直接会えない?

何か病気だろうか?

そう思っているとミリが耳元で囁く。


「警戒したほうがいいよ。何か企んでるかも」


 昨日ミリが言っていたことだ。

銀貨を恵んでも更正するとは限らない。むしろより悪事に手を染めるかもしれない。


「ねーちゃんたちが信じられないのはあたりまえだ。だけど、おいらはゼダ人は裏切らない。おいらたちゼダ人はゼダ人同士助け合っていく。そうしないとこの大変な時代を生きていけないって」


 アジ少年の目には迷いがない。

真っすぐと自分の本心だと伝えてくる。

その目を見て私は……。


「分かった。でもちょっと会うだけだからね」


「リーシェ、貴女分かっているの?」


「……うん。だから私だけで行く。ミリは先に帰ってて」


 そう言うとミリは「あーもう!」と頭を掻く。


「そこの少年! 私もついていくわよ! いいわよね!」


「あ、ああ! 勿論!」


 アジ少年は嬉しそうに頷くと「ついてきてくれ!」と歩き始める。

その背中を追い、私たちも歩き始めるとミリが横目で私を見てきた。


「警戒はしておきなさいよ」


「うん、分かっているよ」


※※※


 私たちはアジ少年の後を追って路地を歩いた。


 複雑に入り組んだ路地はまるで迷路のようであり、アジ少年はできるだけ人が少ない道を選んで進んでいく。

そして何度か道を曲がると大市の裏にあるやや開けた空き地に出た。


「ここがそうなの?」


 ミリが警戒しながら辺りを見渡すとアジ少年が頷く。


「ああ、ここだ! にーちゃん! ねーちゃんたちを連れてきたよ!!」


「そうか。ありがとうな、アジ」


 空き地に積み重なっていた箱の裏から男が出てきた。

それにミリが警戒し、身構える。


「警戒しないでくれ……とは言えないな」


 物陰から出てきたのは頭にターバンを巻いた男だ。

彼は顔の右半分を布で隠しており、優しく弟の頭を撫でるとこちらに頭を下げた。


「昨日は俺の弟を助けてくれてありがとう。君が見逃してくれなければ今日、絞首刑になっていたのは弟だろう」


「い、いえ」


 男は一歩前に出てくる。

それに合わせてミリが私を庇うように前に出た。


「俺の名はサジ。今日はリーシェ・シェードラン。君に話があるんだ」


「話、ですか?」


「ああ、ゼダ人でありながらアルヴィリアの貴族である君に頼みがあるんだ。単刀直入に言う。俺たちの仲間になってくれないか?」


※※※


「仲間……ですか? サジさんはいったい何をしている人なんですか?」


 私の言葉にサジは頷く。


「一言で言うと、俺はアルヴィリア内のゼダ人。いや、亜人種を含めた虐げられている人々を救おうと思っている」


 虐げられている人たちを救う?

それはいったいどういう意味なのだろうか?


「リーシェ君、いや、リーシェ様の方がいいかな? 君は今日の処刑を見てどう思った?」


「…………」


「あの兄妹は別に何も悪いことをしていなかった。武器商が商品を亡くした際にたまたま近くにいただけで盗みを働いたとでっち上げられ、殺されたんだ」


 サジは悲しむように目を閉じる。


「二人は無実だと必死に訴えたそうだ。だがいちいち犯人の捜索や裁判をするこを面倒に思った衛兵たちが彼らの訴えを無視して首に縄を掛けた。あとで分かったことなのだがね? 商品が無くなったのは商人の見間違えだったそうだ」


「……クソ野郎ども」


 ミリが忌々しそうに舌打ちする。


 それはあまりにも理不尽だ。

商人の勘違いで兄妹は殺され、あの母親はあんなに嘆き悲しむことになったのか。


「こんなことはそこら中で起きている。俺たちゼダ人はたとえ自分たちが正しくてもそれを声に出すことが許されない。なあ、俺たちはそんなに罪深いか? 数百年前のことを今でも言われ、殺されなければいけないのか?」


 「だから」と彼はこちらをじっと見る。

力強い。決意に満ちた瞳だ。


「俺たちは立ち上がる。俺たちはただ怯えて殺される家畜ではないと。アルヴィリア人と同じ人間なんだと」


「……立ち上がるですって? 反乱でも起こす気?」


 ミリの言葉に「それが必要なら」とサジは言った。


「だが、俺たちは弱い。長い間迫害されているうちに立ち向かう牙を、勇気を奪われた。しかし、完全にではない。何か切っ掛けがあれば、立ち上がる旗印があれば俺たちは再び前に進める」


 「だから」と彼は再びこちらに一歩近づいた。


「……リーシェ・シェードラン。君には俺たちの象徴になって欲しいんだ。ゼダ人でありながらもアルヴィリアの貴族である君が立ち上がれば王国中のゼダ人に勇気を与えることになる」


※※※


 私はサジの話を聞き終えるとゆっくりと目を閉じた。

彼がゼダ人のために活動をしているのは本当だろう。

本心からアルヴィリアのゼダ人を迫害されないようにしようとしているのだろう。

だが。


「さっき、反乱を起こすのが必要ならすると言いましたよね」


「ああ、言った。必要なら俺たちは武器を手に取るだろう」


「その結果多くの人が死ぬことになってもですか?」


「……そうだ。このまま迫害され殺され続けるよりは戦うべきだ。無論、それで生じる死については俺が全て責を負う」


「…………そうですか」


 迫害されて死ぬくらいなら立ち向かって死ぬべき。

その気持ちは分かる。

分かるが……私にはその選択は到底受け入れられない。


 一度殺し合いに発展してしまえばもう収拾がつかないだろう。

待ってるのはどちらかが滅ぶまで続く果てしない戦争だ。


「お断りします」


 私はしっかりと相手の目をにらみ返し、そう伝える。

そんな私の様子にミリは「よく言ったわ」と頷き、サジはじっと見つめ返してくる。

するとサジは「ふう」と諦めたようにため息を吐いた。


「まあ、断られると思っていたさ。だから━━━━しょうがない」


 サジがそう言い、手を上げた瞬間、首にちくりとした痛みが生じた。


(え……)


 そして辺りが歪み、私は意識が途絶えた。


※※※


 ミリの判断は咄嗟であった。


 リーシェが首を押さえて倒れた瞬間、横へ跳んだ。

だがそれよりも早く何かが右肩に刺さり、痛みが生じる。


(これは……吹き矢……!!)


 毒だ。

恐らく神経毒。


 サジの背後から顔をフードで隠した男たちが現れる。

警戒していたにも関わらず気配を感じられなかった。


(こいつら、只者じゃない!!)


 右腕は既に痺れている。

咄嗟に左手でナイフを引き抜くが、右太ももと腹に吹き矢が刺さった。


「……こ……の!!」


 ナイフを放つが狙いがそれ現れた男の顔を掠めるだけであった。

それによりフードが外れ、長くとがった耳が現れる。


(エルフか……!!)


 意識が遠のき、膝から崩れ落ちる。

そして意識が途絶える前に見たのは兄に「話すだけじゃなかったのかよ!!」としがみつくアジ少年の姿であった。


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