第4節・湯煙の懇親会
アーちゃんが紹介してくれたのはベルファの町から少し離れたところにあるミカヅチ人が経営している宿であった。
アルヴィリアでは見ない建築様式で建てられ宿は私たちの目を奪い、まるで異国に来たかのようであった。
この宿には大浴場があるらしく、その単語を聞いた瞬間、ユキノが珍しくウキウキした表情を浮かべていた。
そしてアーちゃんが宿の主人と交渉し、泊まれるようにしてもらい、私たちは宿に入る。
アーちゃんは部下たちに報告した後、また戻ってくると言いミリを残して街へ戻っていった。
「靴をお脱ぎください」
ロイが宿の玄関から中に入ろうとすると宿の人からそう声を掛けられた。
「え? 靴を脱ぐんですか?」
「ロイ様、そこにある草履と言う靴に履き替えるのですよ。ミカヅチでは家の中を土足で歩かないのです」
「な、なるほど……」
私たちは靴を履き替えると宿の主人にもともと履いていた靴を預け、宿泊部屋に案内してもらった。
私たちの部屋は男部屋と女部屋に分けら、男部屋の横が女部屋であった。
部屋の扉を開けると独特な匂いがし、ユキノ曰く畳と言われる草の絨毯のようなものが発している匂いらしい。
部屋はきれいに掃除されており、この五日間で泊まった宿の中で間違いなく1番だ。
「いい部屋じゃない」
ルナミアがそう言い、草履を脱ぐと部屋に入っていく。
他の人たちも草履を脱いでいるのでどうやら室内では草履を履かないようだ。
私も草履を脱ぎ、部屋に入ると隣の部屋から声が聞こえて来る。
『これ、俺たちなんかが泊まっていい部屋なのか……?』
『あの傭兵がいいと言ったから大丈夫なはず……』
『ほらほら、さっさと二人とも上がってくださいよ』
随分と薄い壁だ。
向こう側の会話が筒抜けである。
というか、壁じゃなくてスライド式のドアに見えるのだが……。
「…………とう!」
ルナミアがドアのように見える壁を思いっきり横に動かすと、壁が空いた。
「うわあ!? ルナミア様!?」
エドガーとロイが驚くとルナミアは宿の主人の方を見る。
「これ、殆ど同室なようなものじゃない!?」
「その、急な話でしたので大部屋しか無く……」
空き部屋は無いそうなので仕方ない。
ドアで仕切れるだけマシだろう。
「いやん! 男の子たち夜這いし放題!!」
「誰がするか馬鹿!!」
エドガーがメリナローズにツッコミを入れる。
そういえば……。
「ミリとメリナローズも泊まるの?」
※※※
私の言葉にミリとメリナローズは信じられないものを見るような顔でこっちを見た。
え? なに?
「う、う、酷いわぁ。リーシェ様、大人しそうな顔してそんなサディストみたいなことを言ってくるなんて……素敵!!」
「そうよ! そうよ! 私たちだってたまには良い宿に泊まりたいわよ! ……え? 素敵?」
いや、メリナローズはともかくミリはどうなんだ?
「その、アーダルベルト様から自分とあと二人も宿泊すると聞いていたのですが……」
宿の主人の言葉にロイが「え!? あのおっさんも泊まるの!?」と驚いた。
「さすがは団長だわ! ほらみなさい馬鹿リーシェ! 私もちゃんとした宿泊客よ!!」
「いま、私の義妹にバカって言った……?」
「ひぃ!?」
なんだが大所帯になってしまったが、楽しいのでいいか。
コーンゴルドではルナミアくらいしか話せる同年代の女の子がいなかったのでなんだがワクワクする。
私たちは男衆に勝手に越境したら処断するだの、なぜか既に男部屋側に移動していたメリナローズを引き戻したりしていたら「あの」とユキノが手を挙げる。
「……大浴場にはいかないのでしょうか?」
「行きたい?」
私がそう訊ねると珍しく小恥ずかしそうに「はい」と頷いた。
あの毒舌メイドを魅了する大浴場とは……いったいどのような桃源郷なのだろうか?
「誰が毒舌メイドですか」
「こころよむにょ、よくにゃひよ」
ユキノに両頬をつねられているとミリがルナミアに「あれはいいの? 義妹、つねられてるよ?」と訊ねると義姉は「あれはいいのよ」と言う。
いや、よくないが。
「さて、それじゃあ大浴場とやらに行きましょうか」
場を纏めるため、ルナミアが笑顔でそう言うとみんなで頷くのであった。
※※※
大浴場というのは思った以上に凄かった。
コーンゴルドにもユキノがとと様に頼み込んで作らせた浴槽があったがそれより遥かに大きい。
十数人はは入れそうな浴槽にお湯が張っており、大浴場は湯気で覆われている。
運良く大浴場に来ている客は私たちだけのようで貸し切り状態であった。
ところでこれだけのお湯を何処から持ってて来たのだろうか?
「ああ、これはねぇ。あの宿のご主人が根性で川から水を引いてきたらしいわよ?」
メリナローズの言葉に「へえ」と驚く。
あのご主人、見た目に反してかなりパワフルな人のようだ。
ユキノはお湯に指を付けると臭いを嗅ぎ「ふむ、一応薬湯のようですね」と満足そうにうなずく。
前々から思っていたがユキノはお風呂が大好きだ。
「ね、ねえ? 本当に水着を着ないで入るの?」
そう言うのはタオルで体を隠し、恥ずかしそうにしているルナミアだ。
「お、お風呂に裸で入るのは分かるけど、こんな大勢の前で裸になるなんて……」
そういえばルナミアは誰かとお風呂に入ったことがないはずだ。
いや、私もないが彼女の方が根っからのお嬢様であるため、こういうのがとても恥ずかしいのだろう。
「わ、私、やっぱり部屋に……」
「なに立ってるんですか! ほら入りましょうよ! どーん!!」
「きゃあああ!?」
背後から現れたミリがルナミアを押し、彼女は腹からお湯に落ちて水柱が立つ。
あれは痛そうだ。
「貴女!! なにするのよ!!」
怒ったルナミアがミリの足を掴み引きずり込むと再び水柱が立った。
「ぎゃあ!? 頭打ったぁ!?」
そんな二人の様子にユキノはため息を吐くと「二人とも、お風呂は静かに入るものです」と眉を顰める。
それから浴槽に入ると座り、「ふう」と気持ちよさそうにした。
私もそれに続いて入る。
お湯の温かさとお湯に混じった薬草の臭いがとても心地よい。
なるほど。これはユキノが入りたがるわけだ。
「リーシェ様はルナミア様と違ってどうどうとしてるわねぇ。やっぱりスタイルに自信ある?」
メリナローズが私の体を嘗め回すように見てきたので慌てて隠す。
「そ、そんなことないよ。それに私、自分の姿にそんなに自信ないし……」
「いやいや、それは世の女に対する侮辱ですよ。リーシェ様、あたしが思うに将来かなり美人さんになると思うにゃあ」
ルナミアまでもが「当然よ! 私の義妹だもの」と乗っかってきたので恥ずかしくなる。
「わ、私、ゼダ人だし。背中に大きな傷あるし」
そう言ってしまったと思った。
背中の傷跡はルナミアにとって後悔の証だ。
義姉が申し訳なさそうな表情を浮かべているので慌ててフォローしようと思うといつの間にかにミリが後ろに回り込んできた。
「ほんとだ! すごい傷跡! どうしたのこれ?」
それに答えたのは私ではなくルナミアだ。
「三年前に起きたコーンゴルドの悲劇は知っているかしら?」
ミリが頷く。
「その時の襲撃者にケルベロスもいてね。リーシェはケルベロスから私を庇って大怪我を負ったのよ……」
あの時は大怪我どころではなかった。
一度死んだのだ。
そしてレプリカという少女によって蘇らせられ、襲撃者たちを私が撃退した……らしい。
レプリカ。
あの不思議な少女はあれから一度も夢に出てこない。
まだ眠っているのだろうか?
「へぇー……よくこの傷で無事だったわね。でもなんか、かっこいい!」
「か、かっこいい?」
そう訊くとミリは頷く。
「姉を守るために負った傷! なんか格好良くない? 私はこれは誇りある傷だと思うわ」
ミリが背中の傷を指でなぞった。
それがくすぐったくて「ひゃん」と変な声が出てしまった。
「…………」
「ひゃん!?」
「……こちょこちょ」
「ひゃん!?」
「あ、なんか楽し……がぼっぼぼ!?」
しつこかったのでお湯に沈めた。
それからルナミアの方を見た。
「ルナ。私もこの傷を誇りに思っているよ。大切な義姉を守った証だって。だからそんな顔をしないで」
「……リーシェ」
大浴場がしんみりとした空気で包まれる。
するとメリナローズが「美しき姉妹愛!」と手を叩くと、こういった。
「それじゃあ辺境伯姉妹の姉妹愛を祝福して、ちょっと一献いきましょうか!」
※※※
「はああああ、生き返る!」
ヘンリーは風呂につかるとそう思わず声が出てしまった。
「おっさん、おっさんみたいだぞ」
「こりゃ失礼。でも年をとるとこういうのが本当に幸せに感じるんですよ。エドガー坊ちゃんもそのうち分かります」
そう言うとエドガーは「坊ちゃんはやめろ」と言う。
「いやいや、私からしたら二人ともまだまだ坊ちゃんですよ」
「ヘンリーさんは今何歳なんですか?」
ロイに訊ねられ「ふむ」と考える。
実を言うとあまり自分の歳を覚えていないのだが……。
「確か今年で124だったかな?」
「ひゃ、ひゃく!? じじいじゃねーか!!」
エドガーが驚愕するのに笑う。
「エルフほどじゃないですが、ドワーフも人間よりは長寿。だいたい200年ほど生きますからな」
エルフの平均寿命は300歳ほど。
樹海に住むエルフの中には500を超えるのもいるという。
「ヨアヒム様とはどうやって知り合ったんですか?」
「ふむ、話すと長くなるのでかいつまんで話しますが、ヨアヒム様はああ見えて若いころはかなりやんちゃな方でしてな。夜な夜な町に繰り出しては酒を飲み、女と遊び、賭け事をしていたのですよ」
「し、信じられん……」とエドガーが目を丸くする。
昔の話だ。
期待されていなかった貴族の次男。
頭が良く、両親に愛された長男の背後にいつもいたヨアヒムはさぞ鬱屈とした青春を送っていたのだろう。
「で、だ。ある日のこと、私がガーンウィッツの町の酒場に立ち寄ると人だかり出来ていた。何事かと見てみれば大公━━ああ、この大公と言うのはヨアヒム様の父君ですな。大公の次男がカードで賭博しているではないですか。で、酒に酔いながら彼は勝ち続けていたようでこう言ったのですよ『俺はシェードランの次男だぞ! 捨てられた男に負ける気分はどうだ!』と」
エドガーが「ヨアヒム様のイメージがあああ!」と頭を抱える。
ロイの方は「それで?」と興味深げに話の続きを促してくる。
「当時の私もね、次男ということに色々と思うところがあったのですよ。で、ヨアヒム様が『俺に勝てるやつはいるか!』と言ってきたのでね、『ここにいるぞ!!』と言ったのですよ。で、カードで賭け事をした。私は持っている金貨全部。ヨアヒム様はなんと母君の形見を出してきたのですよ。お互いカードが配られ、私たちは勝負を行った━━━━」
若者たちが息をのんでこちらの話を聞く。
「結果は私の勝ちだ。まあ、実は絶対に勝てるようにいかさまをしたんですがね。で、ヨアヒム様は茫然としたあと母君の形見であるブローチをこっちに差し出してきたのですが、私は『そのようなものいりません。ですがお母上もあなたのお姿をみて嘆いていらっしゃるだろう』と言い返しました。そしたらもうヨアヒム様は顔を真っ赤にして飛びかかってきてそのまま取っ組み合い、殴り合いの大喧嘩ですよ」
当時のことは今もでも思い出す。
自暴自棄になったいる男が自分の姿に重なり、ついついかっとなってしまった。
私はこんなやつとは違う。そう否定するためにヨアヒムと殴り合ったのだ。
「で、日が昇るまで殴り合いの喧嘩をしたところ自然とお互いのことが分かりまして。町の路地裏でお互いに大の字で倒れた後は何故か気が合ってしまったのですよ。そこからが腐れ縁の始まりです」
「これ以上は話が長くなるので」と止めるとロイが「ヨアヒム様にそんな過去が……」と驚いていた。
「まあ、若いころはだれしもやんちゃをするもんですよ」
「やんちゃで思い出した」と言うと大浴場の壁の方を指さす。
「実はこの浴場、浴槽が男女で繋がっていましてね? 壁一枚向こうは女湯だ」
エドガーとロイが急にお湯を凝視する。
壁の向こう側では若い女子衆が同じ湯に浸かっているのだ。
若い男ならつい意識してしまう。
「ここだけの話なんですが、実は一か所壁に穴が開いている箇所がありまして。そこからなら向こう側が見えるかもしれないんですよ」
「な、なんだと!? というかなぜ知っている!? 前にも来たことがあるのか!?」
実は以前にこの宿はドワーフ仲間と来たことがあるのだ。
その時、仲間の一人がどうにか女湯を覗けないかと穴を開けた。
結局、穴を開けた場所からでは全然女湯が見えなかったそうだが、今も塞がれてなければ……。
「お? あった」
不自然に立てかけられた板の後ろ。そこに指が入るくらいの穴が開いてあった。
「どうします? 覗きます?」
「いや! 何を言っているんだ!! そんなことをするわけないだろう!! というかルナミア様のお身体を見たら許さんぞ!!」
「お堅いですねえ。ロイぼっちゃんはどうします?」
「お、俺もいいです! 興味あるけどバレたら怖いし……」
最近の若者は消極的だ。
若いころのヨアヒム様なら我先にと覗きに行っただろう。
「さて、まあ見えたら万々歳ということで……」
「あ、こら! 待て!!」
穴からどうせ何も見えないだろうと覗いた瞬間、壁越しにユキノの顔があった。
「…………おっと?」
「秘儀・目潰し」
「ぐあああああああ!?」
ヘンリーの目にユキノの指が直撃し、彼はひっくり返った。
※※※
「んー? 覗きかにゃあ?」
ユキノが端っこの方の壁に空いた穴に指を突っ込んだのを見てメリナローズはそう言った。
「覗きですって!?」
ルナミアが慌てて体を隠すがユキノは「大丈夫です、この穴の位置では何も見えません」と言った。
「ですが、壁の向こうから邪念を感じたため成敗いたしました」
「ちょっとくらい覗かせてあげてもいいんじゃない? なんなら今からあたし、あっち側に行こうかしら」
「やめなさい」
立ち上がろうとしたメリナローズをミリとルナミアが止めた。
彼女は「冗談だってばあ」と笑ったがミリが「信用できんわ!」とツッコミを入れる。
それからメリナローズは先ほど宿の主人に頼んで持ってきてもらったミカヅチの酒に口をつける。
「で? なんの話をしていたんだっけ?」
「ルナミア様の容姿をお褒めするところから始まり、メリナローズ様が女は見た目が1番という話をされ始めた所です。この脳内ピンク」
「そうそうそれ! あたしが思うに女は見た目が命。産まれた瞬間に容姿で全てが決まるってやつ」
「それはいいすぎじゃない? 確かに顔とか良ければ得するかもしれないけど……」
ミリの言葉に「美形揃いのエルフが言うと嫌味に聞こえるにゃあ」と言う。
それから猪口と呼ばれる容器に入った酒を飲み干し、大浴場の天井を見た。
彼女の頬は酔いのせいかのぼせているせいか、ほんのりと赤くなっており、目を細めると話始める。
「昔、さ。ある店にとても可愛い子がいたんよ。その子は明るく、頭も良くて、容姿もいい。ただ、生まれが貧乏だったから稼ぐために売ってたらしいんだけどね。とにかくその店では1番の娘で店主からは『お前はうちのエースだ』、同僚や後輩からは慕われていたわ」
「でも」とメリナローズは続ける。
「ある日悪い客に当たっちゃってね? 彼女の噂を聞いた貴族様が一晩買いたいと言ってお相手をしに行ったんだけど、まあそいつが酷いサディスト野郎で、殴るは蹴るは首締めるはで、身の危険を感じたその子は反撃しちゃったのよ」
メリナローズが殴るジェスチャーをする。
「で、当然殴られた方は激昂。持っていた薬品みたいのをその子の顔にぶっかけてその子は顔に大怪我を負ったわ。まあ店はそのことに対して怒ったけど貴族が新しい店がくらいの金貨を渡すと店は急に態度を変えてね? 手打ちにしたのよ」
メリナローズは猪口に酒を入れると一気に呑む。
「顔に大怪我を負った娘はそりゃ醜くなったわ。それでも健気に明るく振る舞おうとしたけど、その日以来客を取れ無くなった彼女を店主は突き放し、あれだけ慕っていた仲間たちも彼女を厄介者扱いし始めたのよ。酷い話よね。顔が良い間は持て囃して、醜女になった途端に掌返し。で、居場所がなくなった彼女は……」
「彼女は……?」と一同息を飲む。
「首吊って死んじゃった!」
メリナローズは茶化すように言うが一気に場の空気が重くなる。
それな様子に慌てて彼女は「ちょ、暗すぎ! 昔のことだがら! ほらミリやん! バカなことして! いつもみたいに!」と言う。
「はあ!? 私に振るな! てかいつもってどう言うこと!?」
それから皆の注目を浴びたミリは「ああ、もう!」と言うとメリナローズから酒をひったくり、呑む。
そしてむせた。
「これ、つよっ!?」
彼女はコホンと一度咳をすると「じゃあ、私が傭兵団に入る経緯の話とかどう?」と言った。
「私は父さんの仇を探しているのよ。私の父はオースエン家に仕える狩人でね? オースエン大公とは結構仲が良かったらしいのよ。まあ、そういうのもあって時々大公から密偵のようなことをさせられていたわ」
「ちなみに、私の弓は父の形見だ」とミリは言う。
「で、ある日のこと、父が慌てて家に帰ってくると私や母さんに急いで逃げろというのよ。あとから知ったことなんだけど、父さんはメフィルのことを探っていたらしくてそれで何かヤバいことを掴んだらしいの。で、身に危険が迫っているから夜逃げしようとしたら……殺されたわ。荷物を取ってくる、そう言って家に入ったら殺されていた」
※※※
私はユキノが僅かに動揺したように見えた。
直ぐにいつもの落ち着いた雰囲気に戻ったがいったいどうしたのだろうか?
「父さんはきっとメフィルに殺されたんだわ! そう思って奴の息の根を止めようと旅に出たはいいもののメフィル領で農民に殺されかけるし、金は尽きるしでもうダメだと諦めかけていた頃に団長に拾われたのよ」
その後はアーちゃんの下で働き、実力をつけたらまた仇を探す旅に出るつもりらしい。
彼女の話を聞き終えるとユキノが「あの」と手を挙げる。
「ミリ様はもし仇を見つけたらどうしますか?」
「そんなの決まっているじゃない。━━━━━刺し違えても殺すわ」
ミリの目には激しい怒りと憎悪が映っていた。
ユキノはそんな彼女の瞳をじっと見つめ返すと「復讐が果たされることを祈ります」と頷いた。
「まあ、刺し違えるのはやっぱり嫌だから、もしよかったら一緒に敵討ちしてくれない? なんちゃって」
「ええ、そうですね。ミリ様が宿願を果たす際はきっと…………私もいます」
さて、大浴場が再びしんみりとした空気に包まれてしまった。
するとメリナローズが私の背後に回り込んできて━━━━。
「なんか真面目な話続いたから楽しいことしよう! てなわけで!!」
「!?!?」
背後から胸を鷲掴みにされた。
突然のことに声にならない悲鳴が出た。
「ちょっと! 私の義妹に何するのよ! 羨ましい!!」
羨ましい?
いや、それよりもメリナローズの手つきがなんかいやらしい!?
※※※
『これはこれは……この年でこの育ち具合。将来が楽しみですなあ』
『ちょ、やめ!』
『ほほーう、確かにこれは中々で』
『ミリもやめ! ひゃん!!』
『貴女たち! リーシェが嫌がっているでしょう! いい加減に……』
『ルナミア様も隙あり!!』
『きゃああああ!?』
『皆様、あまりそちらに行くと男どもに覗かれるかもしれませんよ?』
『いいーじゃん、むしろ見せてあげようよー』
『良くない!!』
壁一枚。向こう側から聞こえてくる桃色な会話をロイたちは沈黙して聞いていた。
「さて……」
そう言い、ロイが立ち上がるとエドガーが「待て」と言う。
「……どこに行く気だ?」
「どこにって、ちょっと向こうで体を冷やそうかと」
「そうか…………って、行かせるか!!」
エドガーがロイを羽交い絞めにした。
「貴様! さっきは怖いから覗かないとか言っていただろうが!!」
「そうだけど! でも、男としてなんだか行かなければいけない気がするんだ!!」
「そんな気をするな! 貴様、それでもコーンゴルドの男か!!」
「エドガーだって実は見たんじゃないか!? 壁一枚向こう側、俺たちの知らない世界があるんだぞ!?」
ロイの言葉にエドガーが固まる。
それから少しためらうと首を横に振った。
「や、やっぱりだめだ! こんな形でルナミア様のお、お身体を見るなど……!! それに、貴様もこんな卑怯な手でリーシェ様のあられもない姿を見てもいいのか!?」
「な!? リ、リーシェは関係ないだろう!?」
どうにかエドガーの拘束を逃れようとロイはもがく。
ヘンリーは先ほどの目潰しで懲りたのか「私は遠慮しておきます」と遠くに逃げる。
「こ、こうなったら! 勝負だ! エドガー!!」
「ふ! この俺に格闘戦で勝とうなど笑止千万!!」
風呂の中でエドガーと取っ組み合いになる。
そしてそのタイミングで浴場の扉が勢いよく開かれた。
「お、ま、た、せ! みんな大好きアーちゃんがやってき……た……」
素っ裸のアーダルベルトが二人を見て体をくねらせる。
「あらやだ! あなたたち、そんな関係なの!? アタシも混ぜて!!」
そういうと、二人に飛びついてくるのであった。
「くるなああああああ!?」
※※※
「まったく……ひどい目にあった」
そう呟きながらエドガーは少しのぼせた体を冷やすため、宿の外へと出た。
あのあと、ロイと共に飛びかかってきたアーダルベルトを押し返そうとしたが逆に二人纏めて投げ飛ばされてしまった。
油断していたとはいえ、ああも簡単に投げられるとは……。
(アーダルベルト、言動はふざけているが実力は本物か?)
外に出ると空が既に夕暮れの色に染まっていることに気が付いた。
思ったよりも長風呂をしていたらしい。
「ん? あれは?」
メリナローズがいた。
彼女は赤く染まった空を見つめ、なにやら物憂げにしている。
「何をしている?」
そう背後から声を掛けると彼女は振り返った。
「おや、エドガー君。どうしたのかなぁ? もしかして夜のお誘いにでも来た?」
「……いい加減、反応するのも面倒になってきたな」
「ありゃりゃ、反応悪い。もしかして、お姉さん飽きられちゃった?」
「お姉さんというほど歳は離れていないだろう。というかお前何歳だ?」
こちらの言葉に「女の子に年齢を聞いちゃ駄目だよぉ」とメリナローズは笑う。
それからこちらの横に立つと「んー」と伸びをする。
「ちょっと考え事を、ね」
「お前みたいなやつでも考え事をするのだな。……湯冷めするまえに宿に戻れよ?」
「嫌いな人の心配をしてくれるなんて優しいねえ」
嫌い?
誰が? 俺が? お前を?
「ありゃ、違うの? あたしみたいな商売女を軽蔑しているかと思った」
「……生きるためにそうせざるおえない人間がいることは理解している。別に俺はお前がどんなことをしてようが軽蔑はしないが……」
「しないが?」
「自分の体は大事にすべきだ、と思う」
メリナローズのような仕事をしている女性は短命なことが多い。
仕事上悪い病気を移され、それでも生きるためにどうにか客を取ろうとし、最後は枯れ果てる。
出会って間もないが知り合いがそのような運命を辿るのは気分が良くない。
そう思っているとメリナローズがこちらの顔を覗き込んでくる。
「な、なんだ」
「んっふっふ、エドガー君優しいねえ。お姉さん、本気で狙っちゃいそう。騎士の男を捕まえたらもう将来安泰だし」
「悪いが、俺にその気はないぞ?」
「だよねえ。ライバルがルナミア様じゃあ分が悪いわ」
「な、なぜルナミア様が出てくる!?」
メリナローズは「いやいや、バレバレだから」と言った。
そ、そうなのか!? 俺はそんなに分かりやすかったのか!?
だとするとルナミア様にも俺の気持ちが知られている可能性が……!?
「ごめん、それはない。あの子、想像以上に鈍いから」
それは安心したような悲しいような。
「で、エドガー君はどうして騎士になったの? もとは平民なんでしょう?」
「どうして元平民だと分かった?」
「女の勘」
この女と話していると疲れる。
こいつは人をからかって近づいてくるかと思えば自分のことは知られないようにと距離をとる。
まるで空に浮かぶ雲と話しているかのようだ。
「やっぱりルナミア様のため?」
「……それもあるが、理由は別にある」
「へえ? どんなの?」
メリナローズは興味深げにこちらを見てきた。
この女に話したらからかわれるような気がするが、まあいいか。
「俺は、正義の騎士になりたいんだ。どんな理不尽にも抗い、弱きものを助ける騎士。この世界は理不尽なことばかりだ。そんな世界で俺は俺のできる範囲で人々を救えるようになりたい。それが俺の騎士になった理由だ。まあ、騎士になりたての頃は舞い上がってその夢を忘れかけていたがな」
そう言うとメリナローズは暫くじっとこちらを見ると「ぷっ」と噴き出した。
「わ、笑うな。自分でも青臭いと思っているんだから」
「あはは、ごめんごめん。つい懐かしくってさ」
「懐かしい?」と首を傾げるとメリナローズは頷き、空を見上げる。
「昔さ、君と同じようなことを言っている奴がいたんだよ。そいつも弱い人を守りたい、理不尽に抗って”お前たちを守りたい”って」
「立派なやつじゃないか」
「大馬鹿だよ。大馬鹿で、ちょっとかっこいい奴だった」
メリナローズは懐かしそうに目を細める。
彼女の言葉の節々からその人物に対する思いが感じられた。
彼女の想い人……だったりするのだろうか?
「そいつは今何を? 気が合いそうだ」
「多分凄く気が合うよ。出会った時から少し似てるなあ、って思ったから……でもそれは無理」
「……なぜだ?」
メリナローズは微笑む。
それは過去を懐かしみ、そして……寂しがるような表情だった。
「死んじゃったから。人を守ろうとして、死んで。結局死んだ後も馬鹿にされて。ほんと、馬鹿だよ」
「…………」
彼女の過去に何があったのだろうか?
死んだその人との間にどのような思い出があったのだろうか?
それは、自分が訊いていいことなのだろうか?
そう考えているとメリナローズはこちらを見る。
「あまりあたしのことを知ろうとしないほうがいいよ。あたしは、君が思っているほど━━━━いい人じゃないから」
「それはどういう意味だ」と言う前に彼女は「じゃあ、宿にもどるねえ!」と駆け出してしまった。
その背中を見送り、彼女が見上げていた空を見る。
「……どうにも、つかみどころがない奴だ」
そう言うと、自分も宿に戻るのであった。
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