第6節・死霊騎士団Ⅲ
教会では奇妙な戦いが繰り広げられていた。
片方は黒いローブを身に纏った死霊騎士。
それに対するのはメイドだ。
メイドの両手には矢尻を大きくしたかのような武器━━苦無が逆手で握られており、死霊騎士の剣と激突する度に火花を散らしている。
メイドが死霊騎士の懐に飛び込み、高速で連続の斬撃を叩き込んだ。
死霊騎士はそれを剣で弾くと蹴りを返し、メイドは体を翻して後ろへ飛んだ。
死霊騎士が剣を握り直し、メイドが教会に並べらているチャーチチェアの上に着地すると両者は様子を窺い合い始めるのであった。
※※※
(さて……)
ユキノは敵の出方を探りながら一度呼吸を整えた。
何度か刃を交えてみて分かったが、この敵からは奇妙な気を感じた。
人とも、亡者とも違う何かが歪んでいる感じ。
(昔、聞いたことがありますね。外法により、生死を超越した者たちがいると)
女神を冒涜する外法を使い、人でありながら人でないものになった存在。
恐らく彼らはそうなのだろう。
死霊騎士が足を動かした瞬間に苦無を投げつけ、自分も敵に向かって跳ぶ。
敵は投げつけられた苦無を斬り払った。
苦無が外れるが事前に付けていたワイヤーを引っ張り手元に取り戻す。
そして空中で体を捻り、回転をつけると死霊騎士に蹴りを叩き込んだ。
蹴りは敵の左腕で受け止められるがそのまま敵の左腕に足を引っ掛け、体を固定し、今度は右足蹴りを敵の側頭部に叩き込んだ。
側頭部を蹴られた敵は大きく体勢を崩し、その間に敵の胴体を蹴って距離を取る。
着地と同時に再び苦無を投げつけ、苦無は死霊騎士の胸に突き刺さるが━━。
「まあ、そうですよね」
苦無は確実に心臓に刺さっている。
それにも関わらず敵はノーダメージだと言わんばかりに苦無を引き抜き、剣でワイヤーを斬った。
苦無が投げ捨てられ、チャーチチェアの下に入ってしまう。
とりあえず回収は無理そうだ。
『貴様、何者だ?』
「おや? 見て分かりませんか? ただのメイドですよ?」
『メイドだと? その身のこなし、その技。知っているぞ、貴様は━━』
突撃した。
真っ直ぐに突撃し、苦無を構える。
敵はすぐに横薙ぎの斬撃を放ってくるが、それを顎先が床に着きそうになるほどしゃがんで回避し、そこからバネのように上体を起こして一気に縦に回転した。
サマーソルト。
蹴りは綺麗な縦円を描き、敵の顎に叩き込まれる。
強烈な一撃を喰らった敵は宙に浮き、そして背中から地面に墜落した。
「女性の過去を詮索するのは失礼だと思います。私はただのメイド。そしてあなたは只のメイドに足蹴りにされたヒトモドキ。それで十分かと」
死霊騎士が起き上がる。
肉体的ダメージは無いようだが精神的ダメージは受けているらしい。
敵から怒気のようなものが溢れている。
流石は私。日頃から口の悪さをお嬢様に褒められているだけある。
『あまり、ふざけた事を言うなよっ……!』
「おや? 確かに私は冗談が大得意ですが、今のは完全に本心で━━━━っ!?」
咄嗟に顔を逸らすと何かが頬を掠めた。
茨だ。
死霊騎士の左腕より黒く光る茨がいくつも生え、伸びて来たのだ。
敵はそのまま腕を横に薙ぎ払い始め、咄嗟に伏せてやり過ごす。
(魔術ですか……厄介ですね)
見たことがない魔術だ。
通常、魔術は精霊と契約してその力を借りることで行使する。
一般的なのは火・水・風・土の四大属性。更に雷や木などの属性があるが、こんな魔術は見たことはない。
(木属性……にも見えますが)
だが黒く蠢くそれは自然界のものとは思えない。
ともかく、分からないものには不用意に触れない。
そして未知の攻撃が今以上に増えないように。
「早めに仕留めさせていただきます」
※※※
死霊騎士は苛立っていた。
教会の中に一人で入ってきたのは目的の小娘が教会にいるかもしれず、亡者の兵をけしかけるわけにはいかなかったからだ。
中に衛兵がいたとしても不死者である自分の敵ではない。
実際そうであった。
あとは辺境伯の娘がいないことを自ら確認し、亡者どもに始末させるだけ。
そう思っていたのだが……。
(面倒だな……!!)
突如現れたメイドは手強かった。
驚くほど身軽で、攻撃はすべて急所を狙ってくる。
確かミカヅチの国にはこのような戦い方をする連中が居たはずだ。
(辺境伯の許に鼠が紛れ込んでいたということか!!)
このメイドが自分たちと同じ目的で辺境伯に近づいたのかは分からない。
だがなんであれ我々の邪魔をするのであれば……。
『いい加減、死んでもらう!!』
我々が”主の腕”と呼ぶ魔術を使い敵を狙う。
メイドは茨を器用に避けてみせ、なかなか捉えることが出来ない。
どうにか敵の隙をつけないかと様子を伺っているとあることに気が付いた。
あのメイドの動き、常に教会の両壁側を背にしようとしている。
中央に居たほうが動きやすいはずなのになぜだ?
(ああ……なるほど……)
口元に笑みが浮かぶ。
あのメイドが中央に極力移動しないようにしている理由が分かった。
自分の予想通りならば、あのメイドを狙わなくとも━━━━。
『━━━━おっと、手が滑った』
教会の奥。
逃げ込んだ人々が小さく固まっている方に茨を伸ばした。
※※※
「━━━━ッ!!」
判断は一瞬であった。
こちらがなぜ動きにくい方に移動していたのか、その理由がバレた。
自分の背後には村人たちが居たのだ。
あの茨を使うようになってから巻き込まないようにしていたが、敵は村人の方を狙い始めた。
床を蹴り、加速する。
一直線に伸びる茨に対して苦無で斬撃を叩き込み、軌道を逸らすがその隙をつかれて脚に一本の茨が巻き付く。
「い……!?」
茨の棘が足に突き刺さり、鋭い痛みが走る。
それだけではない。棘が刺さった場所から何かが吸われるのが分かる。
(これは……生気を吸われている!?)
まずい。
体から力が抜けていく。
どうにかして茨を取り払おうとするが、茨に体を持ち上げられ逆さに吊るされた。
そして敵は腕を振り下ろし、床に叩きつけられる。
凄まじい衝撃と痛みに意識が一瞬飛ぶ。
息をすることも困難で、口から血の混じった唾液が飛び出る。
そのまま何度も床に叩きつけられた。
床に、椅子に、壁に。叩きつけれるたびに意識が遠のき、視界が暗くなっていく。
(ああ、これは本当にまずい……)
辺りが真っ暗になり、意識が途切れそうになった瞬間、昔のことを思い出した。
私には使命があった。
とても大切な使命。
その為にメイドに扮し、ヨアヒム様に近づいた。
あの奇妙なお嬢様の世話係を買って出たのもヨアヒム様やルナミア様の信頼を得ようとしたから。
特にゼダ人だから嫌いだとかは無かった。
効率良く信頼を得られそうな都合の良い存在。
それだけであった。
そう、それだけであった筈なのだ。
いつだっただろうか?
リーシェは当然の事ながら屋敷内で浮いていた。
周りからは避けられ、時折り嫌がらせを受け。
それでもあの少女は顔色ひとつ変えずに己に対する言われもない誹謗中傷を無視し続けていた。
肝が座っているのか、感情がないのか。
仕え始めた主人のそんな姿を見てそう思った。
周りからの嫌がらせで傷つき、自分に依存してくれれば御し易くなる。そんな腹づもりだったのだが……。
仕え始めてからある程度経ち、もう余計なことは考えず黙って信頼を勝ち取ろうと考え始めた頃。
私は夜の見回りをしていた。
主人の部屋の近くを通りかかった時、部屋の中から物音が聞こえ、何事かと様子を伺ってみれば━━━━泣いていた。
暗い部屋の中、ベッドの上で膝を抱えて座る主人は一人すすり泣いていた。
どうしたのかと思えば机の上に壊れたオルゴールがあったのに気がつく。
あれは確か姉のルナミアがプレゼントとして妹に渡したものだ。
そういえば昼にメイド達がリーシェ様の部屋で掃除をした時、オルゴールを落っことしたと話していたような気がする。
『なぜ、ルナミア様たちに連絡しないのですか?』
思わずリーシェに話しかけていた。
彼女は私が入って来たことにやや驚いたような顔をした後、涙を拭いていつもの無表情に戻る。
『迷惑がかかるから』
『迷惑?』
『私がルナミア様に言うと、ルナミア様また怒ってメイドを追い出しちゃうかも。そうしたらそのメイドに大変な思いをさせちゃう』
ああ、この子は。
感情が無いわけではない。
この子は周りのことばかり考えているのだ。
周囲に迷惑を掛けないように何をされても反応せず、辛い事を内側に溜め込んで無色無臭。
透明人間になろうとしているのだ。
そんな小さな主人の姿が、自分の幼い頃に重なり……。
(同情心、なんですかね? 私にも良く分かりません)
再び床に叩きつけられた。
その衝撃で意識が戻り、肺に詰まっていた空気を吐き出すようにむせる。
まだ、死ねない。
あの不器用だが優しいお嬢様を残して先に逝くわけにはいかないのだ。
「!」
視線を動かした先にあるものが見えた。
苦無だ。
最初に捨てられた苦無がすぐ近くにある。
どうにか腕を伸ばそうとするが叩きつけられ続けたことによるダメージと茨に生気を吸われていることによって体が上手く動かない。
だが、それでも。
「届け……!!」
指が苦無に触れた。
そして、体が再び持ち上げられるのと同時に苦無を掴み、敵に向かって放った。
※※※
死霊騎士は勝利を確信した慢心もあったため、突如投げられた苦無に反応できなかった。
苦無は顔面に突き刺さり、仮面が砕ける。
その衝撃で思わず術を解除してしまい、メイドが床に落ちる。
彼女はすぐに立ち上がり、此方へ向かって突撃してくるがさっきまで攻撃を受けていたせいで目に見えて動きが悪い。
(馬鹿め! やぶれかぶれになったか!!)
刺し違えるつもりなのだろうがそもそも此方は死なない。
獲物の方から飛び込んでくるならそれを迎え撃ってやろう。
そう考えて、剣を構えると何かが飛びかかって来た。
衛兵だ。
三人いた衛兵の内、最後に腹を刺したやつが飛びかかって来たのだ。
衛兵は腹と口から血を吹き出しながら不敵な笑みを浮かべる。
「よう、死神ヤロウ……一緒に地獄に堕ちようぜ……!!」
『貴様ッ!?』
直ぐに衛兵の背中を剣で突き刺し、今度こそ仕留めると慌ててメイドの方を見る。
すると、メイドは既に眼前におり、彼女と至近距離で視線を交わす。
「下品な言葉ですがあえて言わせていただきます。━━━━━━くたばれ、クソ野郎!!」
直後、口の中に紫のクリスタルのようなものがぶち込まれた。
※※※
ユキノは死霊騎士の口に封魂石を叩き込むと直ぐに距離をとった。
ヘンリーの話ではこれで奴を倒せる筈だが……。
『ガッ……』
死霊騎士の体が跳ねるように震える。
仮面が無くなり、剥き出しになった蒼白い死者の顔が激しく光ると封魂石に吸い込まれ始めた。
『お……のれぇ……!! このような物を隠し持って……』
死霊騎士が膝から崩れ落ちる。
いや、既に膝から下が無くなっていたのだ。
敵は恨めしそうに此方に手を伸ばし、怨嗟の言葉を放つ。
『ただでは、消えんぞ……。亡者どもよ! 皆殺しだ!! この女を引き裂き、冥府の底へ……』
「堕ちるのは貴方です」
死霊騎士の頭に回し蹴りを叩き込み、それによって敵は光となっ霧散した。
そして後に残ったのは死霊騎士の着ていたローブと怪しく光る封魂石だけであった。
※※※
ユキノは封魂石を拾うと懐に仕舞い、先ほど敵に飛びかかった衛兵の遺体の前で合掌する。
それから「さて」と呟くとふらつく体を両足でしっかりと支え、教会の門の方に身構える。
死霊騎士の最期の悪足掻きで外に待機していた亡者が一斉に動き始めた。
もう間も無くしたら教会に殺到して来るだろう。
(これは、文字通り死ぬ気で行くしかないですね)
先ほどまでの戦闘で満身創痍だがやるしかない。
敵を撃退し、村人たちを救わなければ。
「さあ、お次は団体客様です。マナーの悪いお客様方にはお仕置きが必要ですね」
そう己を奮い立たせ、敵を迎え撃とうと一歩進んだ瞬間、大地が揺れた。
(地震!?)
いや、違う。
これは地震などでは無い。
教会の外。
村の方からそれは生じた。
天を貫く赤い塔。
それは燃え盛る巨大な火柱だ。
火柱により空は赤く染まり、その光景はまるで終末であった。
「一体……なにが……?」
※※※
ウェルナーは”狩人”の放つ矢を避けながら敵の攻撃の性質を理解し始めていた。
あの大弓から放たれる矢は確かに凄まじい威力だ。
高速で放たれた矢はものにぶつかると爆発を引き起こす。
その威力は建物の壁を一撃で粉砕し、恐らく鎧すらも砕くだろう。
だが貫通力という面では普通の矢よりも劣っていた。
何かにぶつかると爆発する性質のせいで壁の裏にいる敵を打ち抜いたりすることはできないのだ。
それに普通の矢なら可能な放物線を描く射撃もできない。
威力に特化した魔導兵器。それがあの大弓なのだろう。
ならば、と考える。
”狩人”が放った弓が目の前の地面に直撃し、爆発するとその衝撃を利用して後ろへ跳んだ。
そして着地と同時に再び駆け出す。
目指すのは既に何度か流れ弾が当たって壁や屋根に穴が開いているロイの家だ。
途中、斃れているロイの両親を横目で見て「お借りします」と内心で頭を下げる。
背後から矢が来た。
斜め前に前転してやり過ごすとそのままロイの家の壁に空いた穴から中に飛び込む。
即座に、二射目、三射目が逃げ込んだ家に叩き込まれ、壁や屋根が砕け散っていく。
居間にあった机をひっくり返し、その裏に隠れるとゆっくりと息を吐いた。
近くで爆発が生じ、家の中の食器棚が吹き飛んだ。
次は寝室の方に直撃したらしく、部屋が根こそぎ吹き飛ぶ。
(……こりゃあ、ロイの奴に新しい家を建ててやらないとな)
あと両親の仇は討ってやる。必ずだ。
矢による攻撃が止まった。
辺りを煙が覆っている、視界が悪くなったため不用意な攻撃を避けたのだろう。
ここからが勝負だ。
実はもう体力的にキツイ。
次で勝負を決められなければ負けるだろう。
腰の袋に入れていた封魂石を取り出す。
これが奴に効くかは分からないがやるしかない。
「……行くぞ」
そう呟くと煙の中、家の外に向かって歩き出すのであった。
※※※
『さて、どうでるか?』
”狩人”は大弓を構えたまま敵の出方を伺った。
先ほど騎士が逃げ込んた家に何発も矢を撃ちこみ、家を砕いたがあれであの騎士が死ぬとは思えない。
必ず反撃に転じてくるはずだ。
そう”狩人”は騎士に対して信頼にも近い感情を持っていた。
途中から騎士の動きが鈍くなっていたのには気が付いていた。
恐らく矢を避け続けることによって体力が底を着き始めてきたのだろう。
人間の弱点だ。
どんな強い人間でもいずれは疲弊し、倒れる。
対してこちらには疲れと言う概念が無く、長期戦では圧倒的有利。
ならばあの騎士が選択する行動は━━━━。
『━━━━勝負に出ること!!』
煙の中から何かが飛び出した。
それに即座に矢を放つが。
(マント……! 囮か!!)
矢を放った相手は騎士が付けていた青いマントであった。
あれはこちらの攻撃を誘発する囮。
ならば敵は……来た!!
上だ。
煙の中から飛び出し、太陽を背に飛びかかってくる。
即座に大弓を上に構え、敵を狙おうとするが何かが引っかかった。
(このような単純な策を敵がとるか?)
そう思い、矢を撃つのを躊躇うと煙の中から真っすぐに鎧を脱いだ騎士が現れる。
やはりそうだ。上から飛びかかってきているのは奴の鎧。
囮を二度使い、三度目でこちらに突撃を敢行する。
悪くない策だ。悪くないが……。
『少々甘かったな!!』
そう笑うと真っすぐに向かってくる騎士に向かって矢を放つのであった。
※※※
(気が付かれるのは百も承知!!)
”狩人”が上に投げた鎧にではなく此方に大弓を向けていたのを察知した瞬間、手にしていたものを前方に投げた。
机だ。
先ほどまで自分が隠れていた机を投げ、赤い閃光と激突させる。
魔力の矢は机と激突したことにより爆発し、机が砕け散る。
爆発によって生じた木片がこちらの手足に突き刺さるが構わない。
距離を、距離を詰めろ!
『小癪な!!』
”狩人”が後ろへ跳躍しながら大弓を構える。
逃がすな! ここで逃がしたら負ける!!
赤い閃光が放たれた。
閃光は一直線にこちらに向かって迫り、それをわずかに体を逸らして直撃を免れる。
魔力の矢が体を掠めたことにより左手足が焼ける。
激痛で顔を歪め、左手に持っていた封魂石を落としそうになるが、どうにか握り直し、駆ける足は止めずに懐に飛び込む。
咄嗟に大弓で自分の体を守る”狩人”に対して下からの斬撃を叩き込み、敵は大きく体勢を崩した。
「━━貰ったぞ!!」
『…………見事!!』
火傷を負った左手を渾身の力を込めて突き出す。
狙うは敵の腹。
そこに封魂石を叩き込もうとした瞬間、納屋の壁を突き破って子供たちが転がってきた。
それに一瞬気を取られてしまい━━━━。
『しくじったな騎士よ!!』
腹に蹴りを叩き込まれ、吹き飛ぶ。
手にしていた封魂石は地面を転がり、ウェルナーは落下するのであった。
※※※
”狩人”は騎士が遠くに落下するのを見ると近くに紫色のクリスタルが落ちていることに気が付いた。
『これは……封魂石か? なるほど、奴の切り札だったというわけだ』
確かに封魂石は自分たちにも効く。
むしろ肉体を捨てているため普通の人間よりも脅威だ。
これが体に打ち込まれていたら自分は消滅していただろう。
あの騎士は使徒である自分を倒す、あと一歩のところまで来ていたのだ。
人でありながらここまで自分を追い詰めるとは、誠に見事。
『だが、これで貴様に勝ち目は無くなった』
矢を放ち、封魂石を砕く。
奴が予備の封魂石を持っている可能性はあるが、もうあの傷と体力ではどうにもなるまい。
それよりも……。
『随分と派手にやられたものだな?』
子供たちが吹き飛んできた納屋から瀕死のケルベロスがゆっくりと這い出てきた。
左と真ん中の頭をやられ、かろうじて右頭だけで生きている状態だ。
よほど油断したか、予想以上のあの子供たちが優秀であったか。
まあ、どちらにしろ我々の勝利は決まった。
あとは騎士にとどめを刺し、辺境伯の娘を連れ去るだけだ。
そう思っていると黒髪の辺境伯の娘がのろのろと起き上がるのが見えた。
※※※
完全に油断していた。
首を二つやってあの魔獣を殺せたと思っていたのだ。
自分が油断さえしなければこんなことにはならなかった。
そう後悔しながらルナミアはぼやけた視界の中、辺りを見渡す。
近くにロイが倒れていた。
彼は意識はあるようでどうにか立ち上がろうとしているのが見える。
そして少し遠く、ケルベロスの方にリーシェが倒れているのが見えた。
「リーシェ……!!」
這うように義妹に近づく。
彼女はぐったりとしており、まったく動かない。
「リーシェ!!」
義妹の名を必死に呼び、どうにか彼女の傍まで寄ると抱き起す。
「ル……ナ?」
義妹が目を開けた。
ああ、良かった。意識がある。すぐにロイと一緒にここを離れな……きゃ……?
「え?」
彼女を抱き起した腕に何か温かく、ヌメリとした感触が広がる。
(嫌だ)
見てはいけない。理解してはいけない。
そう本能が伝えていた。
だがそれは否応なしにもこちらの視界に入ってくる。
彼女の背中からあふれ出て、私の腕を真っ赤に染めるもの。
右肩から腰に掛けて彼女の肌は裂け、肉は削がれている。
傷口からは血が大量にあふれ出し、一目でもう助からないと分かってしまう。
「ルナ……無事?」
「ええ、無事よ」
どうして?
どうしてこんなことに。
「よかった……二人とも……無事で……」
「ええ、貴女の、お陰よ……」
あの時、私が油断したせいで。あの時、私なんかを庇おうとしたせいで。
「直ぐにお医者様に行きましょう? そうしたらきっと……」
義妹は微笑む。
ああ、ダメだ。駄目だ。だめだ。そんな顔をしないでちょうだい。
起き上がっていたロイがこちらに気が付き、私の腕の中に居る義妹の姿を見て彼は「そんな……」と力無く膝から崩れ落ちる。
「ねえ……?」
「なあに?」
涙が溢れかえり、彼女の顔が見えなくなる。
リーシェはゆっくりと腕を上げ、私の涙を手で拭う。
「昔、約束した……。海……今度、見に行こう……。ロイ……も、エドガーも……ユキノ……も」
「ええ、ええ! 行きましょう! 行くなら夏がいいわ!! エスニアの海はとても綺麗だって話よ!!」
義妹の目から光が消え始める。
もう彼女の瞳には何も映っていないのだ。
「そう……だね。き……な……うみ、い……しょ……に…………」
リーシェの腕が地面に落ちた。
彼女は小さく息を吐き。そしてそのまま二度と息を、しなくなった。
「ああ、ああああ! あああああああああああ!!」
私は義妹の抱きかかえ泣き叫ぶ。
そしてその瞬間、私の中で何かが崩れ落ちた。
※※※
”狩人”はそれを見た。
泣き叫ぶ辺境伯の娘。
その背中には巨大な光の翼が現れ、周囲の魔力を急激に吸い取っていく。
近くにいた亡者たちが体を維持できなくなり、崩壊を始める。
(これが、聖王の血か……!!)
鍵にして我ら最大の脅威。
"大祭司"から話は聞いていたがまさかこれほどまでとは……。
魔力を吸われるのを恐れたケルベロスが下がろうとすると辺境伯の娘が死んだ妹を抱きかかえながら立ち上がる。
そして虚な瞳でケルベロスを見つめると突如、その双眸に激しい憎悪を浮かべる。
「貴様がッ━━━━!!」
辺境伯の娘が悲鳴にも近い叫びをあげるた瞬間、ケルベロスの体が燃え上がった。
ケルベロスの体を突如覆った炎は渦を巻きながら天へと伸びて、魔獣は渦の中で断末魔の声をあげながら細切れになり、消炭となる。
(……これは、火と風の力か!?)
魔術師が使える魔法は原則一属性だけ。
これは精霊の契約による制限で、過去の反省から人間が強力な魔術を使えないようにするために精霊たちは重複契約をさせないようにした。
もしこの掟を破って複数の精霊と契約した場合、精霊の怒りを買い、精霊界に攫われるという。
あの娘は最初に水の魔術を使っていた。
そして今、ケルベロスを葬ったのは火と恐らく風の力。
普通ならあり得ない事だ。
しかも。
『これは、精霊から力を奪っているのか!!』
あの娘は精霊から力を借りるのではなく、強奪して暴走させている。
魔術に消費する魔力はあの光の翼で周囲から吸いとっているため、ほぼ無限に魔術を暴走させることが出来る。
このままではこの一帯が消滅する大惨事になりかねないだろう。
『致し方ないか……!』
本当なら五体満足で連れ帰るつもりであったが、この状況を止めるため手足の一本はもぎ取るしかない。
そう判断すると近くに落ちていた槍を拾う。
大弓では矢の魔力が翼に吸われるため、実体のある武器を使うしかない。
"狩人"は槍を構え、辺境伯の娘に投げつけようとした瞬間、彼女の抱えていた妹の亡骸が突如光り。
━━━━眩い光に包まれた。
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