113 近江路中山道攻略戦(2)


 九月十二日早朝愛知川を渡り、畔に布陣する。

 直ちに陣屋に武将たちを集めた。観音寺城、箕作城、和田山城攻略の陣立てを指示するためである。

 

 この三城は愛知川の西南に位置し、三角の配置になっていた。中山道はこの三角地帯を西に貫いている。おそらく六角側は、この地帯に我軍が兵を進め、まず愛知川の南に位置する和田山城を攻撃すると考えていたのであろう。その証拠に、和田山城に田中治郎大輔らを将とする主力六千を配置していた。

 

 主城観音寺城には、六角承禎と、その子六角義治、義定が馬廻り衆千を率いて籠城、箕作城には吉田出雲守を武者頭に三千の精鋭を配置している。その他被官衆を愛知川北側の支城に分け配置する布陣を敷いていた。


 主城観音寺城は、標高四百三十三メートルの繖山きぬがさやま全体に曲輪を築いて作られていた。ぼくの知る限り、この時代の最高級の山城である。急勾配の斜面が待ち受ける天然の要害である。承禎は難攻不落と信じているに違いない。だから、千の兵しか配置していなかったのだ。


「三城を同時に一斉攻撃する」ぼくは開口一番そう大声を上げる。

「明日の朝までに、三城を攻め落とす」


「浅井長政殿、そなたには観音寺城と箕作城の狭間、中山道に布陣してもらいたい。両城の動きを遮断するためである」

 ぼくは木下藤吉郎の提案を口にしてみた。さて、どう出るか。


「それは、あまりにも無謀な作戦、わが軍は両城の挟み打ちになりましょうぞ」

 長政は腕を組んでぼくを上目遣いで睨みつけた。

 ぼくは笑みを浮かべた。

「冗談だ、長政殿、言うてみただけじゃ。そなたは、安全な場所で、われらの戦いぶりを見物しておられるがよい。これよりは、われの譜代の者で軍議を行う。そなたは去ってよいぞ」

 長政はこうべを垂れると、憮然とした表情で供の旗本を引き連れて陣屋を出ていった。


 今軍議に残っているのは、佐久間信盛、柴田勝家、森可成、丹羽長秀、木下藤吉郎、そして新参者の稲葉良通である。


「稲葉良通、そなたには和田山城を任せたい。美濃の兵六千を委ねる。出来るか?」

「はっ、命にかけて」

「稲葉、命をかける必要はない。おまえは、われの大事な家臣じゃ。これより直ちに和田山城に向かい、包囲せよ。包囲しだい、間髪入れず弓矢、鉄砲で攻撃をしかけるのだ。いいか、総攻撃と見せかければいいのだ。和田山城には六千の兵が待ち受けている。六角が主戦場と見なしている城である。奴の期待に応えてやらねばなるまい。城を出て向かって來る者どもを弓矢と鉄砲で仕留めるだけでよい。決して、深追いしてはならぬ」

「仰せの通りに」


「勝家、可成、そなたらは、それぞれ三千の兵を与える。敵の主城観音寺城に向かい、包囲せよ。よもや、攻撃してくるとは思えぬが、よいか、一兵たりとも城外に出すではないぞ。観音寺城は見るからに、難攻不落だ。まともに闘っても、被害が増すだけだ。籠城しておるのは、戦に不慣れな馬廻り衆だと聞く。箕作城を落とせば、なんとでもなる」

「仰せの通りに」

 勝家と可成が口を揃える。


「さて、箕作城じゃ」ぼくは藤吉郎と長秀を見詰める。

「そなたらには、箕作城を任せる。箕作城は、われが考えておる主戦場である。この城が落ちれば、観音寺城にも、和田山城にも動揺が走る。なぜなら、箕作城に籠る三千の兵は、六角の精鋭部隊であるからだ。六角精鋭の三千がいなくなれば、奴らの心の支えがなくなるであろう」


 今や、丹羽長秀と木下藤吉郎は、わが軍の二枚看板である。知恵、度胸、戦功で他を抜きん出ている。

「そなたたちに、それぞれ三千の兵を与える。藤吉郎は北の口から攻撃せよ。長秀は東の口から同時に攻撃せよ。知ってのとおり、箕作城は急坂や大木が覆う堅城である。心してかかれ。何が何でも、明日の朝までに落城させるのだ」

「はっ」


「佐久間信盛、そなたは三城の間に兵を巡らせ、情報を遮断するのだ。三城を孤立させるのが、そなたの任務だ」

「はっ」


 直ちに三つの部隊は戦場に向かった。

 そして、午前十時に一斉攻撃が始まった。

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