96 関・加治田合戦顛末
小牧山城の寝所で目覚めた。
枕元に、帰蝶、太田牛一(信定)、前田利家の三人がいた。
「今は何日であるか」
「八月三十一日にございます」
帰蝶が答えた。
「戦はどうなっておる」
「殿の仰せの通り陣立てし、激しい戦いが続いております」
ぼくは上半身を起した。
朝日が寝所に流れ込んでいる。どうやら、気を失ったまま運び込まれ、二晩眠っていたようだ。
「詳しく説明せよ」
「はい」牛一が身を乗り出して口を開く。
「加治田方は、弓、鉄砲の兵二千を二手に分け、西大手口は佐藤忠康殿(城主忠能嫡子)と斎藤利治の軍併せて二千が守り、裏の東北側は忠能軍千が守備いたしました」
「うん……」
「忠康殿は馬上から指揮をとっていたところ、矢攻めにあい討死されました。劣勢のなか、槍の名手湯浅讃岐なるものが、槍を奮って長井勢の中を駆け入り突き崩したのをきっかけに、形勢逆転させ、激戦中にございます」
「うん……」
「東からは、米田城の肥田忠政なるものが杉洞峠を越えて押し寄せ攻めかかりました。忠能軍はこれを向かい打ち、それに併せ秀隆軍五百が、敵の背後をつき激しい戦いが続いております」
肥田忠政? 記憶にない名だ。
それにしても、河尻秀隆という人物、ぼくの命に背いて独断で行動に出る。恐るべき強者だ。ま、ぼくは意識を失っていたのだから、それに免じて不問といたそう。
「チョウよ、腹が減った。飯を用意してくれ」
「はい」
帰蝶は笑顔で言うと、立ち上がった。
正午前、前線から母衣武者二騎が駆ってきた。
ぼくは牛一、藤吉郎と共に大手門で出迎えた。
「殿、長井軍が敗走しました。肥田軍は降伏し、われらの軍の傘下に入ることを望んでおるとのこと。斎藤殿が、殿の下知を待っております」
「そうか、いいだろう。受け入れよう。そう伝えよ」
「はっ」
「殿」もう一人の武者が声を張り上げた。
「斎藤殿からの、言上があります」
「何だ」
「この際、勢いに乗じて関城を一挙に占領しませんと、後々まで美濃攻略の妨げになるのではないか、と。籠城の備蓄が整っていないとの忍びの情報もあり、今が攻め時と申されております」
「ウム……」
「お許しがあれば、急きょ援軍を差し向けられたし、とのことであります」
「イヌ、ウシ、どう考える」
「良策か、と」
牛一が答えた。
「小牧山城本隊が動き出さぬうちに、決着をつけるのが、良策かと」
利家も口を揃える。
「了解した、と利治に伝えよ。直ちに大軍を差し向ける、と」
「はっ、直ちに」
母衣武者が去った後、ぼくは牛一と利家に言った。
「龍興が出張って来ぬうちに、関城を全軍を挙げて攻め落とす。イヌよ、直ちに長秀と可成をわれのもとに参るように伝えよ」
「はっ」
「ウシよ、直ちに動かすことのできる兵の数はいかほどか」
「およそ、八千ほではないか、と」
「すべての兵に伝えよ。戦支度を整えて、犬山城に集結せよ、と」
「はっ」
利家と牛一があっと言う間にぼくの目の前から姿を消した。
九月三日、織田、佐藤連合軍は一万を超える兵で関城を包囲した。
斎藤利治は加治田城兵らを率いて東から攻撃し、わが援軍は南と西から攻撃した。
九月五日。関城主長井道利が降伏を申し出たという情報を、ぼくは犬山城で聞いた。城を明け渡し、身一つで立ち去ることを条件に、その降伏を受け入れた。
関城の武将たちには、忠節を誓い信長に仕えるのであらば、今まで通りの処遇を与えると伝えさせた。
ぼくは労なく美濃の数千の兵を手に入れることができた。
それにしても、斎藤龍興、何故動かぬ。
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