90 宇留摩城、猿ばみ城、金山城の三城同時攻撃(4)
その年の五月二十三日、小牧山城に権蔵、カナデが幼子を連れて現れた。永禄四年(1561)以来、四年ぶりのことである。
ぼくは帰蝶と共に彼らを大広間で出迎えた。
権蔵とカナデが頭を垂れていた。二人の間に幼き男の子が正座してかしこまっている。ぼくは思わず笑みを零した。
「権蔵、妻と共に再び殿にお仕えしたく参上いたしました。ここにおりますのは、われらの子、タケにございます。今年で三歳になります」
「そうですか、そうですか……」
ぼくが言う前に、帰蝶が甲高い声を上げた。よほど嬉しかったのだろう。
「権蔵、カナデ、よく戻った。これからも、よろしく頼むぞ」
「はっ」
「そうだ、おまえに姓を与えよう。そうだな、織道(おりどう)というのは、どうだ」
「有難きしあわせ」
「チョウよ、織道に、小牧城下に屋敷を与えよ。手配を頼む」
「畏まりました」
「殿、京で異変が起こりました。将軍義輝さまが三好勢によって謀殺されたのでございます」
「なにぃ……」
ぼくは思わず身を乗り出した。
「五月十九日のことでございます。二千の兵に将軍御所が囲まれ、百の兵で応戦したものの、多勢に無勢、討ち死にされた、とのこと」
「ウム……」
たしか足利義輝は、三十歳。ぼくより二つ下のはずだ。
仄聞するところによると、義輝は剣聖塚原卜伝より「一の太刀」を伝授された使い手であったそうな。惜しい人材である。これも、歴史の一ページ、仕方あるまい。
「義輝さまには、弟君がおったな?」
「はい、足利家の習いにより、仏門に入っております。名はたしか覚慶(かくけい)と申されたと思います」
「今、どこにおるのだ」
「たしか、奈良の興福寺一乗門跡におられると思います」
「権蔵、戻ったばかりで悪いが、すぐ奈良に行って、覚慶がどうされているか探ってまいるのだ」
「心得ました」
二日後、ぼくは犬山城に向かった。
城下には、丹羽長秀軍三千、森可成軍二千が僕の到着を待っていた。ぼくは馬上から美濃進撃の号令をかけた。
城下は兵たちの歓声に満ちた。
長井道利配下の岸信周が加治田城の南一キロほどの堂洞に付城を築くという情報が入ったのである。
圧力をかけるためには、一刻の猶予もなかった。
先に、森可成軍二千が木曽川を渡る。そのまま木曽川沿いに北上、金山城に向かった。
「殿、梅村殿の情報によると、猿ばみ城の給水源が猿ばみ城近くの大ぼて山にあるとのこと。その給水源を絶てば、有利に戦を進めることができると思われます」
轡を並べていた長秀が言った。
「そうか……」
ぼくは頷く。
「長秀よ、三千の兵で城を包囲し、西の宇留摩城に睨みを聞かせるのだ。伊木山に立て籠もっている宇留摩城の将兵五百を引かせるのだ。引かせねば、サルめが、砦を築けぬ。その方法は、そなたに任せる」
「仰せのとおりに」
「長秀、猿ばみ城の守りは、堅いぞ。どう攻める」
「まず日干しにし、手薄の木曽川側から攻め込みます」
「川幅十メートルほどの木曽川の激流を、船無しでどう渡るのだ」
「われの配下には、命知らずの者が数多くおりますゆえ」
長秀はそう言って笑った。
その日のうちに、丹羽長秀軍は五百の兵を残し、木曽川上流の浅瀬を渡っていった。
ぼくはその足で木下藤吉郎の陣屋に向かった。
藤吉郎は、木曽川の川べりに立って伊木山を見上げていた。
「サルよ、長秀が木曽川を渡り、猿ばみ城に向かったぞ」
ぼくは馬上から声をかける。
彼は片膝をついてぼくを見上げた。
「宇留摩城には、いかほどの兵がおるのだ」
「総勢、千数百ほどとの報告があります」
「そうか、思いのほか多いな」
「城主の大沢次郎左衛門殿は、斎藤家直属の家臣ゆえ、重きをなしておるのでございましょう」
「サルよ、どう攻めるのだ」
ぼくは試しに訊いてみた。
「伊木山に砦を築けば、われらは勝ったも同然。あとは真綿でじわじわと締め上げるだけでございます」
「美濃の長井道利が救援に出向いてくるやもしれぬぞ」
「ご安心なされい。美濃勢は殿のように機敏で迅速に動くことはできませぬゆえ」
藤吉郎はぼくを見上げて笑みを見せた。
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