85 犬山城宿老和田新介、中島左衛門の二人が投降する
木下藤吉郎、蜂須賀小六、帰蝶が黒田城に向かった二日後、全員が黒田城主和田新介を同道して、小牧山城に戻ってきた。
和田新介は広間に入ると、ぼくの前にひれ伏した。
「和田新介殿、頭を上げられよ」
新介は上目遣いにぼくを見上げた。ぼくは笑顔で彼を見詰める。
「そなたは、われからの人質を取らずに、一人で参ったのか」
「はっ。主より人質をとるなどもってのほか。われは、これより殿とは主従の縁を結びたく、参ったのでございます 」
「新介、天晴な心掛けであるぞ。そなたに黒田の本領安堵を与える。これからの加増は、そなたの働きしだいである」
ぼくは、本領安堵の書状を新介に与えた。
「和田新介、これよりは粉骨いたし、ご奉公してまいります。われにいたす事あらば、なんなりとお申しつけくだされませ」
ぼくは前に屈んで、新介を見据えた。
「ならば新介、犬山城に隠れておる中島左衛門を、われの配下になるよう、説得してまいれ」
新介は目を伏せると、呻き声を上げた。
「できぬのか、新介」
「はあぁ、口説いてみせまする……」
「うん。そなたの働き振り、見ものであるな」
ぼくは満足気に声を出して笑った。
新介が去った後、ぼくは仲間を集めた。
議題は犬山城攻略であった。
ぼくは黒田城、小口城にかかる事の次第を説明した、そして話を続ける。
「われが気になっておるのは、犬山城を攻めたときの斎藤方の動きである。城攻めの最中に、後ろから攻め立てられては、たまったものではないからな」
「その前に手を打っておいた方がいいことがございます」
太田信定が言った。
「申してみよ」
「美濃攻略のためには、西と東の備えを整えておかなければなりませぬ。西には北近江の小谷城、浅井長政がおります。東には甲斐武田信玄がおります。この二人を押さえておかなければなりませぬ」
「具体策はあるのか」
「浅井長政は現在二十歳にございます。織田家との縁組をなされてはどうかと。問題は武田信玄にございます。この人物、煮ても焼いても食えませぬ」
「信玄が介入してくることは、ないのではないか。上杉、今川、北条、徳川と、難題を抱えておるではないか」
「殿」小六が言った。
「美濃には、快川紹喜なる高僧がおりまして、甲斐との同盟工作を企んでいるとの風聞が立っております」
「ならば、上杉との同盟工作を考えられたらいかがです。北の上杉、南の徳川、南北で挟んでおくのでございます」
帰蝶が提案した。
「面白い」ぼくは頷いた。
「ウシ(信定)よ、どう考える}
「よき考えと思われますが、どう接近するかにかかっております」
「上杉の重臣、直江景綱に、まず接触してみたら如何かと。景綱は外交を所管しておりますゆえ」
蜂須賀小六が口添えした。
「ウシよ、直江景綱なる人物を知っておるか」
「仄聞するところによりますと、有能な人物で、信玄公の信任も厚いとか」
「景綱なる人物を詳しく調べあげよ。機を見て、文を書くことにしよう」
「承知いたしました」
「それで、浅井長政との縁組のよきおなごはおるか」
「それはもう、妹君の市さまで、いかがですか。歳はたしか十七歳。世に稀にみる美しきおなごであるとの、もっぱらの評判にございます」
帰蝶が言った。
市か……。信長の十三歳年下である。確かに妹ではあるが、弟信行の妹でもある。聞くところによると、母土田御前のもとで、兄信行を慕っていたという。おそらく、市はぼくのことを信行を殺した張本人として恨んでいるに違いない。その証拠に、この小牧山城には来ようとはしなかったではないか。
「考えが変わった。北近江はもう少し様子を見ることにしよう」
「美濃攻めは、いかがいたします」
「犬山城を落とすのが先決だ。その後で、美濃はじっくりと攻めたてる。城攻めに際し、美濃方の干渉をいかに阻止するか、その方向で策を考えよ」
「ならば、城下町の繁栄に力をいれましょう」藤吉郎が言った。
「小牧山城の威容と、城下町の繁栄が巷に溢れれば、自ずと犬山城の評価が落ちてまいりましょう」
「犬山城攻略は、丹羽長秀に任せることにする。サルよ、長秀と組んで、方策をたてよ」
「はっ」
二日後、和田新介は小口城主中島左衛門とその嫡男を同道させて、小牧山城を訪れた。ぼくは左衛門に佩刀を与え、手厚く饗応した。
犬山城は、もはや裸同然。じわじわと締め上げていけばいい。
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