82 軍師竹中半兵衛現る 新加納の戦い(2)
その年永禄六年(1563)、四月二十日、ぼくは兵を引き連れて清州城を出、北上する。一挙に木曽川を渡り、新加納村に布陣する。
目的の稲葉城は西北に位置している。
陽は西に傾きつつある。
日暮れまでには、稲葉山城を包囲するつもりである。
総兵数五千七百、すべて兵農分離した職業軍人たちである。多くの戦を、戦い抜いてきた強者たちである。美濃軍はおよそ三千五百、兵農混在部隊である。わが軍の優勢は明らかである。兵の質から言っても、負けようがないのである。
備(そなえ・一つの戦闘集団)は五つ。
先陣は池田恒興、二陣は森可成、三陣は柴田勝家、四陣は丹羽長秀、最後は僕、旗本軍である。
ここ新加納は、西と南に川が流れており、川を自然の堀とした要害の地である。
北面は森に覆われており、林道を抜けた先に、稲葉山の城下がある。
「殿、この森の先に、美濃軍数百が布陣し、攻撃の機をうかがっております」
物見の兵が報告する。
「殿、一陣から四陣まで、一挙に進軍し、徹底的に叩き潰しましょう」
勝家が提案した。
ぼくに異存がなかった。
これまで、これほど潤沢な兵力を持って戦ったことがなかったからだ。
美濃軍の先陣、騎馬軍団数百が林道を進んでくるという情報が入ってくる。
「池田恒興、先陣を仕ります」
「かかれっ」
ぼくは手にした長槍を振り上げる。
引き続き二陣森可成軍、三陣柴田勝家軍が進撃していく。
四陣の丹羽長秀が進軍しようとした、その矢先、ぼくの目の前で異変が起きた。
森の両側から、突然槍衾が迫ってきたのである。不意を突かれた長秀軍は混乱に陥った。敵軍は只ひたすら長槍を打ち下ろしてくる。攻撃は単純だが、躊躇いがない。
混乱する長秀軍をさらに混乱させたのは、勝家軍の一部が後退してきた事である。勝家軍と長秀軍がぶつかりあい、将棋倒しになっていく。
「何があったのだ」
ぼくは叫んだ。
伝令が飛び込んできた。
「森の中に、伏兵多数。全軍、側面から攻撃を受けております。先にも進めず、後退することもままなず……」
「しまったっ」
ぼくは天を仰いだ。
森の中、敵味方が混在し、鉄砲による組織戦ができない。混乱の中で、指揮命令系統はずたずたになっているに違いない。
各部隊は指揮官不在と同じ状態になってしまったのか。
新たな敵兵軍団が現れ、ぼくの旗本軍に長槍を向けてきた。
「殿、ここは、引いてくだされ」
小姓が手綱を持って叫んだ。
「馬鹿者、そんなことができるか」
ぼくは一喝した。
「円陣を組め、鉄砲隊は狙撃の態勢をとれっ」
ぼくは叫び続ける。
最後尾の旗本軍は円陣を構え、矢盾を張りながら、少しずつ後退していく。
「利家は、おるかっ」
「はっ、ここに」
「敵の大将は、何者だ」
「長井隼人にございます」
「長井隼人? やつに、こんな小細工が出来るとは思えぬ……」
ウム……、素っ破の権蔵がいないのが、痛い。
「イヌよ、森の中のわれらの軍が、どうなっているか、見てまいれ」
「はっ」
「備え太鼓を打ち鳴らせ。備え太鼓を打ち鳴らせ」
ぼくは叫び続ける。
旗本隊は後退を続ける。
四陣の長秀軍も後退してくる。やがて、旗本軍と長秀軍は合流した。
それでも、敵軍に包囲されているという不利から脱したわけではない。
利家が戻ってきた。
「先陣の池田恒興軍が崩されおります。二陣の森可成軍、三軍の柴田勝家軍は、敵の日根野の軍勢に押され、圧倒され、敗色濃厚であります」
「ウム……。どうしたのだ、勝家、可成っ」
ぼくは暗くなっていく空を見上げた。
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