80 仕方がない 小牧山に城を築くか


 八月、夏の盛り、ぼくは佐久間信盛と丹羽長秀を広間に呼んだ。

 二人の前に、信盛の素案に手を入れた小牧山城の築城図面を置いた。


「長秀、われは北尾張に新しく城を築くことにした。その図面を見て、どこに築くか分かるか」

 長秀は図面を食い入るように見つめる。

「これは、小牧山でございますな。やはり噂は誠でございましたか」

「どのような、噂であるか」

「はぁー」

 長秀は口籠った。


「皆、不平を漏らしておるのであろう。われは、北尾張ならどこでも良いと思っておる。これから、じっくり考えることにしておる」

 長秀は腕を組んだ。

「われは、小牧山が最適と思っております。それに、他の地ではこの城は築けませぬ」


 清州は尾張の国の真ん中にあり、交通の便もよく富裕の土地である。一方小牧山は主要な街道にも沿わず、地理的に魅力のない土地と見なされていた。

 清州から小牧山に居住を移すことに賛成する者などいるはずがない。だが、北の美濃への侵攻、犬山城を支配下に治めるには、最適な場所である。


「農作物の刈り入れが終わり次第、築城の準備にかかる。丹羽長秀、そなたに築城奉行を命じる。しかと心構えいたすがよかろう」

「はっ」

「これより職人を集めよ。木地師、石工職人、番匠(宮大工)、瓦師など、必要な職人は出来るだけ多く集めるのだ。築城場所が決まり次第、石工職人には、この絵図面を元に、より詳細な設計図を作らせるがよかろう」

「ははっ」

「人夫は、先のことになるが、それは生駒右衛門に相談するがよかろう」

「はっ」


「信盛、そなたには、銭の工面をしてもらう。帰蝶と相談するがよかろう。銭の工面ができたら、資材の調達に全力をあげよ。とくに、石材が重要である。石を寄進した者には、その石に名を記すことを許すことにした。競わせるのだ」

「ははぁー」


「城を築く場所は、誰にも話してはならぬ。ことが熟した折に、われより号令を下すことにするゆえ」



 十月に入り、秋めいてきた。

 ぼくは前田利家と共に、旗本の家臣団六名を引き連れて二宮山に向かった。山上でぼくは声を張り上げる。

「西の眼下に見えるのは、犬山城である。北を見よ、東から西まで、美濃の国である。犬山城を支配下に置き、美濃を攻略するには、この地が最適である。われは、ここに城を築く。城下には、わが家臣団すべてが移り住むことになる。よいか、どこがよいか今の内に考えておくがよかろう」


 翌日には、別の旗本家臣団を引き連れて二宮山に行き、同じように伝える。旗本家臣団の次は、最も手強い武将たちである。佐久間信盛に命じ、最もうるさそうな者を十名選び、さらにそれらを五名ずつに分けさせた。二日にわたって二宮山に引き連れ、旗本家臣団と同じように説明をする。


 その後も、ぼくは足しげく利家と共に馬を駆って、二宮山に通い続けた。

 そのことが城下に伝わり、お屋形様は二宮山に城を築かれるようだという噂が広がった。


 十一月に入って早々、ぼくは広間に家臣団を集めた。

 長い時間、ぼくは目を閉じて黙していた。広間のざわめきが消えていく。

 ぼくは目を開け、一同を見渡した。


「二宮山に、新しき城を築く。農作物の刈り取りが終わりしだい、築城の準備にかかる。皆の者、心してかかるのだ」

 広間は水を打ったように静まり返った。


 それからの事は、予想した通りに展開していく。

 不平不満が城内外に広まった。

 絵に描いたような展開である。


 十一月十日、信盛が旗本衆五名、武将代表の五名と共に、広間にいるぼくの元に現れた。二宮山城への移転反対を具申するために、旗本郎党を引き連れて参るように、ぼくは信盛に密かに命じていたのだ。


「殿、二宮山は、あまりにも土地柄が悪く、不便にございます。二宮山に移転することをお止めになられるよう、われら一同、お願いたてまつります」

 信盛、なかなかの演技者である。ぼくも負けてはいられない。


 ぼくはすくっと立ち上がった。

「そなたたちは、われの、美濃攻略に異議を申し立てるのか」

「そのようなことは、決して」

「それでは、どこがよいと申すのだ」

「はっ、小牧山が最適かと」

「小牧山?」

「はっ」

「他の者も、小牧山でよいのか」

「ははははーっ」

「そうか、それなら仕方がない。小牧山にするか……」


 ぼくは不機嫌面をあらわにして、広間を後にした。ぼくも、なかなかの演技者である。

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