78 小牧山に築城できるか
「信盛、小牧山はどうなっておる」
ぼくは佐久間信盛を前にして声を荒げた。昨年の暮れに小牧山に築城するむね伝え、密かに計画を策定することを命じていたのである。
「殿、ここは慎重にことを運ばねばなりませぬ」
「何だ、どういうことだ」
「清州の城下には、町人の戸数だけでも三千戸ありますし、人口も数万に達しております。家臣たちの館、住まいも数多く、引っ越しとなりますと、おそらく……」
信盛は口籠った。
「おそらく、何だ」
「殿、町民、家臣たちの不評をかうということですよ」帰蝶が見かねて横から口を出した。
「城下では、引っ越しの噂が流れております」
「ウム……」
「信盛、とりあえず、小牧山への移転は保留する。極秘に新しき城の設計図を作ることを命じる。今までに見たこともない、新しき城だ。分かっておるな。小牧山にだ。早く素案を作るのだ」
「はっ」
「殿、滝川一益さまが、三河からお戻りでございます」
小姓が広間の廊下から伝えた。
「ここに、通せ」
信盛が脇に退いた。
一益が権蔵を引き連れて入って来る。
二人はぼくの前で胡坐をかき、額を床に擦りつける。
「殿、松平元康様が上之郷城を攻略、城主鵜殿長照は討死しました。しかしながら、子の氏長と氏次をみごと生け捕りにいたしてございます。城攻めには、難儀いたしましたが、この権蔵の火責めで、突破口をつくりました」
「うんうん」
ぼくは満足気に頷く。
「去る二月四日、人質交換がなり、瀬名姫さま、竹千代(信康)さま、亀姫さまの奪還に成功いたしました」
「天晴である。権蔵、褒美をとらす。申してみよ」
「カナデに子が生まれました。男子にございます。われは、これより里に帰り、カナデを労わりたく思います」
ウム……。もしかして、カナデの子は権蔵の子か。ぼくは思わず帰蝶の顔を振り返った。帰蝶は笑みを浮かべている。
「権蔵、里に戻るがよい。しかし、必ず戻ってくるのだぞ、カナデと子を連れて」
「はっ」
五月下旬、信盛が築城の素案を持って現れた。
ぼくは小牧山城がいかなる城なのか熟知していない。転生前の記憶によると、初めて石垣を取り入れた城ということぐらいである。信長公記にも、小牧山城がどのような城であったかは、記されていない。
信盛の描いた図面を見て、ぼくはすぐ小牧山城だと分かった。
小牧山の標高は八十六メートル。山の大きさは、東西約六百メートル、南北約四百メートル。山全体の面積は約二十一万平方メートルである。
素案は山全体を城域としている。巨大な山城である。
山腹には横堀、土塁が何重にも積まれ、山頂まで続いている。
南山麓からは本丸のある頂上に向かって大手道が設けられ、中腹からは折れ曲がった道に変化している。
頂上には本丸、二の丸。
そして中腹には多くの曲輪(くるわ)を配置している。下から見上げれば、壮観な山城として迫ってくるであろう。
「殿、縄張(なわばり)は、いかがでしょうか」
信盛が恐る恐る訊く。縄張とは、曲輪の配置のことを言う。ちなみに曲輪とは、堀、石垣、土塁で仕切られた区画のことである。
「縄張は見事である。防御の面で申し分ない。しかし、気に入らぬことがある。われは、今までになき、新しき城と命じていたはず。これでは、誰も驚きはせぬ」
「ははははっ」
信盛は床に額をつけ、上目使いにぼくを見ている。
「信盛、石を使うのだ。大きな石を積み上げるのだ。大手道に、曲輪に」
「石垣にございますな」
「そうだ。土塁はもっと高くせよ、石垣も高く積み上げるのだ。見上げる者を圧倒する、高さにだ」
「ははっ」
「それから、この図面には、城下の区割りが入っておらぬ。家臣たち、町人たちの、館、住まいの区割りを考えねばならぬぞ」
「はははっ」
「早急に、作り直すのだ」
「ははっ」
「よいか、信盛。これは、われとそなたの二人だけの秘密である。小牧山に城を築くなどとは、誰に言ってもならぬぞ」
「ははははっ」
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