59 下天の内をくらぶれば 令和の十四歳のぼくに会いにいく

 


 久しぶりに、清州城の寝間で眠った。

 勝利を勝ち取り、久しぶりに不安から解放された安堵の夜であった。


 

 ぼくは真夜中に目が覚めた。

 遠くからぼくを呼んでいる声がしたからだ。微かな声だった。ぼくは耳を澄ました。

 ノブト…、ノブト…。

 ぼくは上半身を起こし、両手を顔に当てた。


 ノブト…。それは母の声だった。


 天井に大きな影が現れ、やがて、その影が姿を現してくる。

「六天魔王……」


 深く暗いマントフードの奥から、赤く燃え上がる二つの目がぼくを見据えている。両手を広げて、ぼくに覆いかぶさり、体を鷲掴みにする。

 そして、信長の体からぼくの魂を引き上げていく。


「小僧、ここまで、よく耐え抜いた」

 ぼくの魂は、六天魔王の腕の中に抱かれた。

「令和のお前に会わせてやろう。それが、おまえへの褒美である」


 ぼくは宙に浮いている。

 眼下に、ベッドに横たわり、点滴を受けているぼくがいる。ベッドの脇には、母がいた。ぼくの左手を両手で握り締めている。その温かい感触が伝わってくる。


 雷にうたれたあの日から、どのくらい月日が経過しているのであろうか。もし、令和の時代が下天であるとするならば、戦国時代の十三年間は、令和の時代ではおよそ三か月ほどに当たることになるのだ。

 本能寺まで、後二十二年。令和の時代においては、おそらく、これより五か月ほど先のことになるのであろう。

 

 戦国時代に転生して十三年、信長の体の中で成長し、ぼくの心は、今や二十七歳になっている。本能寺で命を落とす時には、ぼくの心も四十九歳になっているであろう。四十九歳に成長したぼくの魂は、果たして十四歳の心の中へ戻って行けるのであろうか。



「トノ」

 声が聞こえた。ぼくはそっと目を開く。

 寝間の天井が見える。

「殿、サルめにございます」

 もう一度声がした。ぼくは上半身を上げる。

「何事か」


 襖戸が開き、藤吉郎の顔が現れた。

「殿、犬山城の織田信清さまが、美濃へ内通しているとの、情報が……」

「ウム……」

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