54 義元の首まで十九秒(注意 残酷描写あり)
ぼくは天幕の中を覗いている。
ぼくの脇で、平岩親吉も中を覗き込んだ。
権蔵、毛利良勝、服部一忠、そして小六の四名は、息を殺してぼくの指示を待っている。
天幕の中では、今川義元が酒を飲んでいた。八名の近衛兵が間隔を開けて警備をしている。地を打つ雨音だけが鳴り響いている。
ぼくは懐から天幕内部の、守備兵の配置図面を出した。
「よいか、この図面を見て、天幕の中と見比べて見よ。われは最初に右側にいるあの者の首を討つ、続いてその右後ろの者を斬る。権蔵は左端のあの者を討て、続いて左後ろの者を狙う」
ぼくは指でその位置を示した。
ハチ(小六)は中央にいるこの者を倒し、義元の前にいる、あのどでかい武者を、素早く討て。その後は乱戦になるやもしれぬ、心してかかれ」
図面を覗き込んでいた平岩親吉が言った。
「そのどでかき者は、今川きっての豪の者でござる。油断召されるな」
「心得てござる」
小六が神妙な顔つきで答える。
「毛利と服部は、背後に回り、武者二人を倒し、すかさず義元の首を落とすのだ」
毛利と服部は大きく頷く。
「合図は、われが最初の首を討った瞬間だ。すべてを、二十数える間に片づける。心してかかれ」
「はっ」
「配置につけ」
毛利と服部は、背後に回った。
ぼくと権蔵は天幕の端に身を置く。小六は中央に片膝をたて、天幕の裾を左手で掴んだ。
天幕の後ろの端に、毛利の顔が微かに見えた。
ぼくは天幕に飛び込むと、一瞬にして最初の首を落とした。同時に小六と権蔵の討った二つの首が転がる。続いて、ぼくは後ろの武者を抜刀の間も与えず、切り倒す。
小六が今川きっての豪の者に斬りかかっていく。
背後に回った服部は既に武者一人の首を刎ね、もう一人の武者の首筋をはらっていた。その間、毛利は義元の脇腹に槍先を突き立てた。義元が苦し紛れにはらった太刀の刃先が、義元に向かってきた服部の脚を切り裂いた。服部は前のめりになり、体が崩れる。
義元は服部に向かって太刀を大上段に構えた。
ぼくは義元の肩筋を斬りつけ、前に屈む義元を背後から組み伏せる。
「良勝(毛利)、首を刎ねよ」
「承知」
毛利が太刀を振り下ろした。ごろん、と義元の首が転がる。毛利はつかさず首を鷲掴みにし、腰の麻袋に入れた。
ぼくは義元の体から陣羽織を剥ぎ取った。
小六は中央のでかい武者と決着がつかず、権六と共に戦っている。
毛利は槍を持つと、その武者の背後に廻り、一瞬の隙をついて槍先を突き立てた。前のめりとなった武者の首を、小六が気合を入れて切り落とす。
ぼくは陣羽織を抱え、天幕の外に出た。
既に、権六が母衣を纏って立っていた。
「殿、平岩殿は大高城に向かいました」
「分かった。おまえも、直ちに善照寺砦に向かえ」
「承知」
権六はその言葉を残して豪雨の中に消えた。
小六と毛利が、服部の体を両脇から支え天幕から出て来た。
ぼくは、今川の旗刺物二つと陣羽織を抱えて、桶狭間の坂を街道めがけて駆け降りる。小六と毛利に抱えられ、服部も転がるように坂を下りてくる。
馬を繋いでいる防護柵に辿り着いたときには、全員泥だらけだった。
小六と毛利が服部を馬上に乗せる。ぼくの背中に旗刺物を取付けると、小六は毛利の背中にも旗刺物を付ける。ぼくは陣羽織を懐に押し込んだ。
全員が騎乗した。
「われが道筋を知っているゆえ、先頭に立つ。次は小六と服部。毛利、そなたがしんがりにつけ」
ぼくは豪雨を切り裂くごとく大声を上げる。
馬に気合を入れると、ぼくは桶狭間山の北に向かって馬をとばした。
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